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2004年3月の投稿

なんだこれ?

Elevator なんだこれ~?

横浜駅ビルCIALのエレベータ横で見つけたメッセージボード。意味が分かりません。書いた人にしてみれば「これでわからない奴はバカ」くらいに思っているんだろうけど、おあいにく様、バカはお互いサマだと思うよ。

カメラ付きのケータイを持って町を歩いていると、こういうのを見逃すのが罪のように思えてくる。おもしろい人なんか見ると撮りたくなるが、人はいろいろ問題がありそうで撮れないな、やっぱり。電車の中で口開けて寝ている人なんか撮りたいんだけど。

この間は電車の中で口開けて寝ている人がいて、しかもそのひと、アイマスクをしているのだ。男性だったし、これを写真に撮っても誰も文句は言わないだろうとは思ったが、やはり自粛してしまった。今度見かけたら撮ってやろう。


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何だこれ〜?





「何だこれ〜?」シリーズ第二段。 神奈川県某ショッピングモールで見つけたお店の看板なんだけど、そのお店が仏壇屋さんだというところがミソ。この人形はどう見てもポール牧師匠だが、そういえば私は師匠が黄色いロールスロイスから降り立ったところにたまたま遭遇し、握手してもらったことがあるぞ(自慢)。





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交番の日





道を歩いていて、「なんだこれ〜?」ってことってありますよね。 これもそんなもののひとつ。「交番の日」ってなに?



これだけではさっぱりわからないので早速ググってみると、「神奈川県警察では、毎月27日を「交番の日」とし、安心して暮らせる地域づくりを目指して、できるだけ多くの制服警察官を交番に配置して警戒活動をしています。 また、○ 臨時交番の開設○ 交番相談窓口の開設により、県民の皆さんの要望、意見を確認して解決したり、地域住民と共同による警らなどをはじめ、 県民の皆さんと警察が一体となって地域の安全を守る ためのいろいろな活動を強化しています。 」ということなんですが、でもなんだか自己満足クサいなぁ。この交番にもお巡りさん居なかったし。



そういえばたしかにこの写真を撮ったのは神奈川県某所で3月27日でした。都道府県によって日は違うようです。例えば福井県は毎月1日らしいです。






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冗談のようなギタリスト






いえ、ほんとに冗談じゃないんです。Stanley Jordanという冗談みたいな名前のギタリストなんです。ここに掲げた写真は、1990年のジャズフェステバルでのものですが、なにをやっているのかわかるかな?



ギター、特にエレキギターは、弦を押さえるだけでも音を出すことができます。普通の弾き方で言うと、左手で鳴らしたいポジションのフレットを押さえるだけで、右手で弾かなくても音を出すことはできるのです。これをハンマリングと呼んだりすることもあります。



さらに、右手で弦をはじくのではなくて、左手におけるハンマリングのように右手で弦を押さえることによっても音を出すことができるのです。これは「ライトハンド」というテクニックとしてロックギタリストなどが多用しています。



Stanley Jordanはそれをさらに押し進めました。おもに右手のハンマリングでメロディを弾き、左手は伴奏に撤するテクニックを身に付けたのです。このテクニックを彼はタッピングと呼んでいます。



最初の写真は、そのタッピングをさらに進めて、2本のギターを同時に弾いているところです。肩から下げたギターを左手で押さえて伴奏とし、スタンドに固定した別のギターを右手でタッピングしています。




この右手の動きをクローズアップしているのがこの写真です。









さらになにを思ったか、肩から下げているギターを右手でタッピングし、左手でスタンドに固定したギターを弾いています。








もともとはこんなふうに、一本のギターを両手で弾いていたのですがね。








1990年前後はジャズギター界の話題をかっさらっていたStanley Jordanでしたが、その後はまるで忘れ去られたかのようになってしまっています。ひとつには奏法の奇抜さだけがクローズアップされて、音楽性を問われることがなかったということが言えるかもしれません。



じっさい、独特のトーンを持てはいたのですが、音楽的に目新しいものを導入したとは言い難かったということだったのかもしれません。特徴的なトーンも、あまり細かいコントロールが効かないようで、一本調子に聞こえることもありました。



実際、「そんなに苦労してこういうテクニック身に付けるより、ピアノ弾いたほうがいいんじゃないの」と思うのでした。



彼の公式ホームページを見ると、このテクニックを彼はもっと広めたかったらしいことが読み取れます。でも後継者が現れなかったんですね。






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日本人特有の動作





3年ほど前にイギリス人から言われたことなんだけど、「日本人はなにかわからないことがあると、頭を傾けるね、気がついていたかい?」と。そりゃ気がついているけどさ、これって日本人だけとは思っていなかったから、そっちの方がショックだった。これって、世界共通じゃないのか?と聞くと、「日本人だけだね」と言っていた。ほんとうかなぁ?



「ターミネーター」(2と3)で悪い方のターミネーターが人を殺すときに指先から金属棒を突き出して人を殺しておいて「あれ?死んじゃったの?」みたいに首をかしげるシーンがあるけど、じゃぁあれは何だったんだろうか?



ほかに、日本人が生活の中で普通にやっていて、外国人には理解できないものというと「ズッコケ」がある。あれはクレージーキャッツの影響で日本中がギャグ体質になったのだと思う。



ほかにもなにかないかな? 日本人は世界共通だと思っていても、実は日本ローカルなしぐさって。



私は生まれも育ちも関西で、首都圏生活が長いのだけれども、「押しピン」が方言だということを知らされた時には驚いた。そういう驚きを日本全国レベルでおどろきたいなぁ、と。



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みなとみらい21線





2月1日に開業した横浜みなとみらい21線に初乗り体験してきました。ほんとは開業と同時に行きたかったんだけど、なんだか混んでいたみたいだったので伸ばし伸ばしにしているうちにこんな季節になってしまいました。



みなとみらい21線の横浜駅は地下5階ということで、これは今まで東急で横浜まで来ていた人は大変なんじゃないかなぁ、などといらぬ心配を。



開業してもうそろそろ2か月になろうというのに、まだもの珍しさからかお客さんはたくさん乗ってました。当初の予定では1日フリー切符を買って全駅を制覇するつもりだったのですが、横浜から乗った東急線がいきなり特急で、特急は新高島町の駅なんぞはすっ飛ばしてしまうので、いきなり挫折してしまったのでした。



特急がとまったのはみなとみらい駅。ここはどうもクイーンズ・スクエアの、いままでは「ここ何に使うんだろう」と思っていた空間を使っているらしい。元々そういう計画があったんだなぁ、きっと。



というわけで、ここで降車してあたりをうろついてみると、なんと地上のフロアから地下を走る電車が見えるので、ここは写真を撮らねばの娘。この写真で地下のホームに電車が止まっているのが見えるだろうか? 電車が走っているのは地下5階じゃないのかなぁ?改札が地下2階? なんだかよく分からないけど、地下の駅から上まで吹き抜けというのはちょっと珍しいと思うのでここは頑張って写真を撮ってみる。この視線から見上げるとさらに上階も吹き抜けになっているので、これはまるでエッシャーの絵のようだ。



4フロアだか5フロアだかをぶち抜くエスカレータとか、この吹き抜けを見下ろすエレベーターとか、こんなところへジャッキー・チェンを連れてきたら大変なことになるのは間違いない。



ここでニンニク飯(謎)を食ってさらに移動する。今度は各駅停車だったので馬車道駅で降りてみる。改札から通路に上がると、なんだかかっこいいんだけど何にもない空間が。ほんとに柱しかないぞ。







地上に上がっても、あんまり見るべきものはなくて、いや、博物館とかもあったんだけど、浮世絵博物館とかはまぁ今でなくてもイイだろうということでパスしたのでそういうことになったんだけど。



細かいことを省略して、その後山下公園方面まで歩いていくと、外国人の大道芸人がゴム手袋を頭にかぶって鼻からの空気で膨らまし、手袋を破裂させるという芸を披露していた。下の写真は「もうすぐ割れる、みんなでカウントダウンして!!」といいつつ割れずに苦しんでいるところ。この後なんとか割ることができて「今日の手袋は硬かった」とか言ってた。「ぼく、日本語上手でしょう!? 公文式で習いました」と言って受けていたが。このギャグはこの辺りでは有名らしい。







そののち、中華街を歩いて、元町にはよらずに帰ったのだが、すっかりぐったりしてしまいましたとさ。ああくたびれた。お上りさんの物見遊山は疲れるワイ。


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ヒップ・ウォーキング





ヒップ・ウォーキングっていうのは、「尻歩き」じゃなくて、「カッコイイ」のヒップで、アメリカの黒人が「歩いているだけでサマになる」というのをいうのだと思うけど、ここではまさに「尻で歩く」という話をしたい。



前を歩いている女性のお尻の動きが気になるのは、変でしょうか? なんらかの行動に出ない限り、「どこに注目しようとかまわないじゃないか」というのはすでにおじさんですか? はい、そうです。



で、お尻の動きにはおおざっぱに行って二種類あって、それはヨーイングとローリング。お尻の絵をいろいろ描いてみたけれども、どうにも使用に耐えるものができなかったのでここではギターの写真をおしりに見立てて語ることにする。



図中で青い矢印で示しているのがヨーイング。背骨を中心に腰が水平面上で回るような感じ。ふつうはこうじゃないかな? 骨盤の左右の先端の動きで表現すると、右骨盤が前に動くときには左骨盤は(相対的に)後ろへ下がるような動きになる。



図中で赤く描いたのがローリング。モンローウォークなんてのがこういう感じになるんじゃないだろうか。骨盤の左右の先端の動きで表現すると、右骨盤が上がるときには左骨盤が下がり、右骨盤が下がるときには左骨盤が上がる。



ここでローリングって言っている動きは、セクシーに見てもらいたければやってればいいんじゃないの、ってところで、普通はヨーイングになるんじゃないのかなぁ?



とか思いつつ、自分の歩きを点検してみると、骨盤はあんまり動いてなかった。つまりお尻を振らずに歩いているらしい。これは男らしくていいのか? よくわからないけど。少なくとも左右の骨盤の先が上下には動いてなかった。




なんでこんなことを気にし出したのかというと、かなり様子のいいお嬢さん達なのに、なんだかだらしない歩き方をしている人を見かけて、これがどうしてなんだろうと考えたことに端を発している。



まず先に書いたような、モンローウォーク系の歩き方なのかな? と考えたのだが、どうもそうではないようだ。ちゃんと左右の腰が交互に前後するような形になっている。



ところが、肩の動きとの関係がなんかおかしい。右の腰が前に出るときに左の肩がちゃんと前にでているばいいのだが、どうもそれが遅れているのか進んでいるのか、肩と腰が前後の一番振れたところに同時に到着していないようなのだ。電気系の言葉ではこれを「位相がずれている」と表現するのだが、普通に言うにはなんていえばいいのだろう?



これを説明するために、今日の朝方の時間をかけてこんな説明図を作ってみた。肩の線と腰の線を単純な線で表してあるので、比較してみて欲しい。上側がきっちり同時に前後の最大の振れに到達しているもの、下が「位相ずれ」を起こしているものだ。なんだかだらだらした動きに見えるという私の感覚に同意してもらえるだろうか?











TRack Back to ひざ曲げ


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座頭市





キタノ・ブランド最新作。映画館で見た友人によると「とりあえずタケシが強い」と。



劇画調の作りでベネチアで監督賞。5月からアメリカ封切りだが、わかりやすいからけっこう受けるんじゃないかな。エンタテインメントに撤しているから、タケシが本当に言いたかったであろう最後のメッセージは薄められてほとんど意味を持たなくなってしまっている。これを補強する伏線が欲しかったところだ。それがあればもっと作品に深みが出たと思う。



打楽器パフォーマンスグループ「STOMP」の影響が随所に見られることを指摘しておこう。





大楠道代の「コケ」という珍しいものも見られる。タケシ軍団がおいしいところをもらっているのもご愛敬。「アレ」は義太夫じゃないのかなぁ?



VHSで見たんだけど、音声のレベルが低いしみんなぼそぼそしゃべるので台詞が聞き取りづらい。映画館で見たら消化不良になると思う。これはレンタルで見るべきです。タケシの映画って、そういう意味で(字幕で見た方がわかりやすい)国際市場を意識しているのかも。





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クサい飯





刑務所に入ることを「クサい飯を食う」と言ったりすることがあるが、実をいうとわたしもその「クサい飯」を食ったことがある。



もう10年くらい前になるだろうか、新聞広告かなにかで地元の刑務所の「公開」というのがあるということだったので見に行ってみたのだった。刑務所の中で作られた家具とか、ええと、家具とか、ええと、家具とか、まぁそんなようなものが格安で買えるということも聞いていたので、行ってみようかという気になっていたのだった。



実際に行ってみると、「所内製作」の作品はそれほど安くもなく、飛び抜けて魅力的なものもなかったので結局なにも買わなかったのだが、展示会場の一角で「刑務所内の食事を体験」というコーナーが設けられていてそれに興味を引かれた。



実際に所内で食事に供されているものを(有料で)体験できるというのだ。せっかく来たのだから、ぜひこれはひとつ体験して帰ろうと思った。



注文したのはカツ丼、たしか220円だった。給食で使っているような、やや黄色っぽいプラスティックの容器に盛られた麦入りのご飯にやや薄くて硬いカツが乗っている。味噌汁が付いているのだが、これもなんだか薄くて、具には薄揚げともやしがはいっていたんだったかな。



カツ丼はおいしくない。それに、食べ始めるとすぐに雨が降ってきた。そこで考える。そうだよなぁ。こんなご飯がおいしいわけはないよなぁ。「所内のあのおいしいご飯が忘れられない」なんてことで戻って来る奴がいたら大変だものなぁ。殊更にまずくしているわけではないのだろうけれども、殊更においしくする理由もないものなぁ。



そういうふうに考えていると、そぼ降る雨の下の粗末なテントのしたで雨をしのぎながら特においしくもないカツ丼を食べている自分が情けなくなってきて、ようし、絶対にこんなご飯を食べるような境遇にはならないぞ、と思ったとたんに涙が一粒こぼれてしまったのだった。





Track Back to NAOさん、こんなご飯食べてます

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美人の基準





どういう人を美人と思うかなんてのは、しょせん主観の問題なので絶対的な基準なんてあるはずもないんだろうけど、日本女性が全般的に綺麗になってしまったので、男としても自分の審美眼を再点検する必要があるんじゃないかと思ったり、一方ではまぁそういうカタいこと言わないで、みんな綺麗になったんだからそれをそのまま受け入れればいいじゃないか、ということもあったり。



でも、例えば○川○が美人とか言われると、「え〜!? ちょっとなぁ」とか思うし、米○涼○もよく見ると変な顔だし、個性派美人ということなんだろうけど元モデルの○ょ○なんてよく見ると気持ち悪い顔していると思うんだ。



とまぁ、この先を書き続けていくと、なんだか女性が綺麗になっていくのをねたんでいるような論調になってきたので、やめよう。



そういうことじゃなくて、どういう顔だったら美人だと思うんだろうとかそういうことを書きたかったのだった。




4年ほど前に仕事で3週間ほどドイツに行ったことがあった。アメリカには何度か行ったことがあったが、ヨーロッパ、特にドイツは初めてだった。すると、目に映るドイツ人たちがやけにかっこよく見えるんです。特に女性はほんとに綺麗に思えた。感覚的には顔つきがシャープでみんな背が高く、アメリカ人みたいに太っている人は少なくて、がっちりした体つきの人は多くてもデブはそんなにいない。



特に顔つきに関しては、一緒に行ったもう一人の日本人が本当に扁平な顔だったので、ドイツ人達と「日本人は正面から受ける風をまともに受けるので、速くは走れないのだ、でもドイツ人は横風に弱くてまっすぐには走れないだろう?」などと軽口をたたいたものだった。図に示すとこんな感じ。





ホテルで朝食を運んでくれたおねえさんもずいぶん綺麗な人で、何日目かには「あら、貴方たち日本人なの?」とか言いだしたのだった。彼女は日本語を学んでいたらしいのだが、途中で断念し、もう忘れてしまったということだったが、あれで日本語がある程度話せたら日本でタレントとしてやっていけるんじゃないかと思ったくらいだった。



そんなわけで、ドイツ女性に目を奪われつつも仕事をなんとか終わらせるころには綺麗な女性を見ても別にいちいち驚かなくなってしまっていた。



ところが、だ。日本に帰ってきたらこんどは逆に日本女性が綺麗に見えてきた。これは一体どういうことだろうか?



思うに、着目するところが変ってきたのではないだろうか。例えばドイツ女性はみんな鼻が高いが、それは逆に言うと鼻にはバリエーションが少ないのでて鼻には注目しないということになるのではないだろうか。別の、例えば目とか口元とか、そういう個人個人を識別しやすいところに注目するようになったとき、「いちいち驚かなくなってきた」ということになったのではないか。



もちろん私は日本に長年住んでいるので、日本人の顔のバリエーションをそれこそ体に染み込ませている。それはつまり、日本人の顔のバリエーションをある意味統計的に分析して、バリエーションの大きい、言い換えると人々を識別しやすい部分に注目する傾向があるのではないだろうか。



そして、その傾向が、ドイツに行った当初の衝撃となる。日本人の顔の統計的なダイナミクスがドイツ人(民族的に「濃い」から)の顔の統計的性質に適応できなかった結果、「どっちを見ても美人ばっかりだ〜」という混乱状態に陥ったのではないかな? と言って見るテスト。



だから、3週間でドイツの顔を見慣れてしまうと、帰国してから日本女性が綺麗に見えたのではないのだろうか?



というふうなことを考えたりしているのです。






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茶柱・・






茶柱・・・じゃなくて



「うんこの長さはのぞき込まないとわからない」ということわざがある。自分の行いを客観的に見るのは難しいことなのだ、という意味なのだが、きっと聞いたことはないと思う。私が作ったんだからな。



そういうわけなので、毎朝、自分の便は色つや形など熱心にチェックしている。



ところで、便のなかにも浮くものと沈むものがあることはご存じだろうか? 浮くのは内部に空気の泡を含んでいるために浮くのだという話と、脂肪分が含まれていて浮くのだという説もあるようだ。



私の便には脂肪はないと思う。がんばって水面にへばりついていたものが、くぷくぷとあぶくを吐きながらいかにも「ああ、無念」という感じで沈んでいくのを何度も見たことがあるからだ。



そのあぶくが中に閉じ込められたまま、しかも片方の端によっていたらどうなるか。重い方を下にして、ウンコが水の中で立つのである。なんとけなげではないか。ウンコ柱である。



これはきっといいことがあるに違いないと思って始まったその日は、最悪の1日であった。




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Google計算機能





いや〜、知らなかった。こんな機能があったとはね。



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Cristy Thom





インターネットにアクセスし始めたのは1993年の終わりごろだっただろうか。まだプロバイダなんてのもあんまりなかった頃で、ではどうやってアクセスしていたかというと、先にどこかで書いたasciiネットに電話回線からつないで、asciiからインターネットに出て行っていたのだった。



当時のアクセス速度は2400bpsだった。その2年後くらいには28.8kのモデムを輸入して「高速化」したりしたのだったが、それでも電話代は高くついたものだった。



で、どういうところへアクセスしていたかというと、まじめなところではマイクロソフトにいろいろな開発資料をもらいに行ったり、そのほかのところにも行ったりしていたが、なにしろまだ検索エンジンもなかった頃でGopherという似たような目的のものもあったのだけれども、私はどうもこれをうまく使えなかった記憶がある。



で、そういう中でもスケベ心だけは旺盛で、ご多分に漏れずエッチな画像などを探したりしていたわけだ。検索エンジンも無しでどうやって捜したのかよく覚えていないのだが、有料のBBSに接続して、そこから2400bpsでダウンロードなんかしていたのだった。有料BBSと言っても月10ドルくらいで、電話代の方がよっぽど高くかかっていた。



96年くらいになると、プロバイダの値段もこなれてきて(でも電話代はやっぱり悩みの種だった)、検索エンジンもyahooをはじめとしてhotbotとかAltavisaとかいろいろ出てきてだいたい今のようなインターネットアクセスの形ができ上がってきた。



そうなると、それに比例してスケベ心は世界を駆け巡るのであった。当時は今とちょっと様子が違っていて、まだインターネット利用者の数が少なかったから、多少問題になるような画像であっても不問にされるtことが少なくなかったように思う。



そんなわけで、夜な夜なよからぬことに体力と知力を消費しておったわけです。



でもまぁ、エッチな絵というのもひととおり見てしまうと、それほど食指の動くものじゃなくて、なにかこう、別の視点が欲しいな、と思い始めた頃に出会ったのがこの「Cristy Thom」というモデルさん。



1971年生まれで、中国とベトナムのハーフということだが、たしか1988年あたりにプレイメイトとしてプレイボーイ誌に登場したらしい。どういう反響があったかは知らないがとりあえずそんなことはいいのであって、私としてはイカれてしまったわけですね。



確か当時23歳か24歳だったと思うので、そうすると1995年あたりかな? オフィシャルホームページなんかもあって、メールアドレスも公開されていたので、「日本へ来なさいよ〜、きっといいビジネスチャンスがあるよ〜」とか書いたり「今のところそういう予定はないの」みたいな返事をもらったり、まぁ本人が書いたかどうかは知らないけれども。



しかし、そうこうするうちになんだかオフィシャルHPも更新がだんだんいいかげんになってきて、なんだかアジア系の男と同棲しているらしいとか、映画女優を目指しているのがちょっとした端役(確かウエイトレスの役だった)しかもらえなかったりとか、そんなうわさが聞こえてきたかと思うと、HPが閉鎖されてしまった。



アメリカの「あのスターは今どこに?」みたいなサイトで調べても「HPも閉鎖されて行方不明」とか書かれているし。



そんなわけで私の方もすっかり忘れてしまっていたわけだ。



ところが昨年の秋口、ふと思いついて彼女の名前で検索をかけてみると、いきなり消息が分かってしまった。HPによるとなんと消息を絶っていた間に大学へ行って2001年に卒業し、いまやアーティストとして活躍中だという。この投稿の頭の方に置いたのが現在の彼女の写真だ。過去の写真はもしうまく見つけられたら、この投稿の末尾に付けるつもり。



というわけで、なんとまぁしたたかなものだなぁ、と思うと同時に、かつて好きだった人が元気で居てくれているというのがうれしかったりしたのだった。またメールだしてみようかな。







この人の写真を集めていろいろ見ていると、メークの仕方がいろいろ違っていておもしろい。アメリカふうのメークでいわゆるハリウッド映画に出てくるアジア人みたいになってしまうのは、西洋人向けのメークをそのまま適用してしまうからなんだろうな。





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女が油断するとき





日本の女性が綺麗になったのは、ここ10数年くらいのことだろうか。やはり、80年代の後半、いわゆるバブルのころから女性が綺麗(たぶん化粧法が発達したんだろう)になって、自信満々で闊歩するようになったような気がする。



バブルが去っても日本の女性は綺麗なままだ。バブルがはじけても女性が綺麗になったんだったらそれでもいいか、とも思う。しょせん男ってものは女性を幸せにするために身を粉にしているのさ。



しかし、せっかく綺麗になった女性が、ふとした油断からどうにもみっともない局面を見せることがある。以下にあげるこれらのことをぜひとも気をつけていただきたい。



1)鼻をすする


花粉とか風邪とかいろいろあるだろうけど、自分が鼻をすすり上げる瞬間をチェックしている人はあまり居ないんじゃないだろうか。公衆の面前でやることだから、一度はチェックしてみた方がいいよ。すごい顔してすすり上げる人がけっこういるもんです。



2)ガムを噛む


ガムを噛むとき、口を開けますか?それとも閉じていますか? どちらにしても格好のいいものではないと思うんだけど、こう思うのは私だけかもしれないな。



3)前かがみ


暖かくなってきて、薄着になって、胸ぐりが大きな服を着て、私の方を向いて前かがみになるのはやめてください。その瞬間、まるで訓練したかのように目線が自動的に胸元へ行くのはどうしてなんでしょうか?



さらに、前かがみになっておいて、急に見上げるのもやめてください。目線が逢って非常に気まずいじゃないですか。目線が逢わなくても、目線が泳いでいるところを見られるのはこれまた気まずいものです。



あ、これは話が違うかなぁ。



4)歩き方


これには一言あるんだけど、図を用意しないといけないので、また今度にしましょう。



5)タバコを吸う


ニコチンで汚染されたからだが元のきれいな体に戻るには5年かかるんだそうです。ここでいう「きれいな体」というのはニコチンが妊娠に影響を与えないようになるには、ということを意味しています。



そういうニコチンの害はさておき(置いていいのか?)、タバコを吸うのがサマになると考えているなら、考えを改めたほうがいいと思います。



最近、おじさんたちよりも若い女性の喫煙者が目につくんだなぁ、しかもそういう人たちに限って喫煙マナーがなってない。平気で歩行喫煙するし。おじさんたちの方がよっぽどマナーがよかったように思うな。






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光るピン






まずこれが、昨日買った4つのうちまだ紹介してなかった3つ。左からパム太郎、真ん中はたぶんストラトキャスターのようなもの。右側はギディちゃん。りっぱなパチモンである。パム太郎は色使いが本物とは違っているみたいだ。ギディちゃんは・・・・・。







今夜は雨が降っていたので、ちょっと写りが悪いが、私が釣られた店頭をケータイで写真に撮ってきました。これで感じはわかってもらえるかな。



で、今日買ったのがこれ(また買ったんかいっ)。









これを私のロゴにしようかな。お店のおやじさん(推定65歳)が言うには「私もね、時々ね、夜にこれ付けて遊んだりするんですよ。胸に三つくらいね。」お仕事がむばってください。


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楽器の形をしたもの






そういえば昔、ギターをかたどったネクタイピンをしていたことがあった。バカだなぁ。



これは今日、さるレコード屋(いや、今どき当然CD屋なんだろうけどさ)で見つけたもの。会社の行き帰りに時々のぞいたりする店なんだけど、いかにも昔からある「レコード屋」と言う感じの店先に、こういうのがたくさん飾ってあったので、釣られてあげたわけです。



これはネクタイピンじゃなくて(私は最近、ネクタイピンをしない)、いわゆる(ってなんだ?)ピンだそうで、服につけたりするのかな? 磁石で布をはさんで固定するとか言うんだけどだいじょうぶなのかな?



で、これがですね、光るんですね。LED(発光ダイオード)が赤青緑と合計6つ付いていて、これが光る光る。写真がうまく取れてないかもしれないけどまぁ感じだけでも見てやってください。



で、「電池は何?」と聞くと「点かなくなったら持ってきてください」とかいうけど、これはCR927というリチウム電池だな。3Vと書いてあるけど、3.7Vじゃないのか?






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片岡義雄の英語本






あらかじめ買う本が決まっているときにはアマゾンとかオンラインで買う方がいい。捜すのが早いし。でも、本屋さんでなんとなく見ているうちに「へぇ、こんな本があるんだ!?」と本を手にとって買うというのもショッピングの楽しみかも。



この本もそんなふうにして見つけた。本来まったく別の教養書を捜していたのだったが、なんと言っても片岡義雄という名前には反応してしまう。実は私は彼の書くものが大好きなのだ。



「英語で言うとはこういうこと」は、実用書だろうと思うが、そのなかには片岡義雄が小説の中に書いてきていたエッセンスというか、そういうものが詰まっている。彼は確かハワイ生まれで、育っていくうちにアメリカで生活するか日本で生活するかの決断を迫られ、そのなかで日本での生活を選んだ人なのだ(と本人がどこかで書いていた)。だから、私はこの人にもっと日米文化比較みたいなことを書いてもらいたい、と思いつつもきっとそれは我々からみるとずいぶんアメリカよりになるだろうな、とは思う。



そう思うのはやはり彼の「プレスリーが大好き」あたりを読んでいるから感じるのだろうか。この本はアメリカのロックンロールの発生と発展を冷徹な目で見据えたおもしろい読み物だ。



彼の作品でたしか「給料日」という短編があった。内容はどうでもいいとして、その中で主人公の若い男が電車の中で隣に立っていた女性に「ガム噛みますか?」と話しかけるシーンがあった。日本人にはちょっとなかなかできないことである。



ところがある日、私が電車に乗っていると、隣のつり革にぶら下がっている女性がなんとこの「給料日」を読んでいた。それも、あと1,2ページでそのガムの所へ来るというタイミングだ。ここは一発、「ガム噛みませんか?」と話しかけたかったのだったが、あいにくガムなんか持ち合わせがないので断念したのだった。後から考えてみると、ガむなんてどうでもよかったので、ガムを持っていなくても「噛みませんか」と言ってやればよかったのだ。まさか「ください」とはいわないだろうし、言ったとしても「あ、もうなくなっちゃった」でもいいわけで。



話が脱線した。



「英語で言うとはこういうこと」はいかにも日本語的な例文が200ほどあって、それをどういうふうに英語にするかということを片岡義雄が解説してくれている。はっきりいってこれ全部覚えるわけにはいかないし、内容もそう簡単ではない。英語の初級ではちょっと苦しいかもしれない。



でも、このなかに含まれている「英語的なとらえ方」のエッセンスはこれから英語を学ぼうという人にも十分役に立つと思う。なに、肩ひじ張らずに読み流せばいいのだと思う。おもしろかったら2、3度読み直せばいいし、おもしろくなければほうり投げておけばいいのだ。



ではどういう例文があるのかというと、こんな感じだ。


1)「今後ともよろしくお願いいたします」


2)「いろいろと御助力をいただき、ありがとうございました」


3)「彼にとっての大きな転機」


4)「単刀直入な」


5)「防縮加工により小さくなりません」



答えは下の方に書くつもりなので、あなたならどういうか考えてみて欲しい。



ちなみに私は「それって、英語だとこういうんだよね」「そんなことは日本人しか言わないよ、英語の発想では・・・」みたいなことを言ったり言われたりするのは大嫌いだ。日本人は日本人なりの英語をはなせばいいのであって、なにもネイティブのまねをすることはないと思っている。



英語は英米人だけのためのものではなく、国際共通語なのだから、インド人の英語もあれば中国人の英語もあり、日本人流の英語があってもちっともかまわないはずだ。ただ、できればやはり誤解は少ない方がいいし、英語的発想というのを身に付けるのは悪いことではないと思う。それに流されなければね。



1) We welcome your interest and look forward to serving you.


2) Thank you for being there whenever I needed you.


3) a major turnng point for him


4) straight and to the point


5) Shrink treated to keep its size

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ブラッド・シンプル/ザ・スリラー





コーエン兄弟の作品ということで、そういえばこの間「ビッグ・リボウスキ」を見てその作風というのか、そういうものに興味を持っていたので。



しかし、アメリカ人ってのは大雑把というのか、人を殺すならもっと計画的にやれよなぁ。田舎の話だからこんなもんなんだろうか?



そういえばリボウスキの話もずいぶんと乱暴な話だったな。ある意味そういう豪快さがコーエン兄弟のもともとの持ち味なのか?



コーエン兄弟が日本のマンガ/アニメに大きく影響を受けているらしいということが常々気になっていて、その気配を画面から読み取ろうとしているのだけれども、この映画に関して言えばそれは「劇画風」ってことだろうか? この「劇画」というキーワードはその後にマトリックスと言う形で花開いて行くのだけれども、その開花の過程をいくつかの作品の中で追いかけていけたらおもしろいと思っている。



しかし、最後の方のシーン、あれは痛いだろうなぁ。思わず声だしちゃったよ。




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シティ・オブ・ゴッド





ブラジル映画という、これまた珍しいものを借りてしまったわけだが、実話に基づく映画ということで、ブラジルのスラム街を描いているわけだが、撮影も命がけだったらしい。



平和な日本に住んでいると、こんな日常生活なんてとても信じられないが、現実としてこういうことがあるんだなぁ、としみじみおもっちゃうね(って、それだけかいっ)。




まぁ、それだけだよ、厳しい現実に自分が直面してなくてよかったなぁ、ってね。







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チャーリーズ・エンジェルズ: フルスロットル





今頃こんな話をするってのは、つまりDVDをレンタルしてきたわけだ。



始まっていきなり「なんじゃこりゃ?」と言うわけでツッコミどころ満載。「そんなアホなぁ〜」「ありえねぇ〜」というのがおよそ百連発。まぁこれだけバカをやってくれれば痛快と言うか、それはそれで評価できるって言うか、ごたごた言わずにおもしろいと言っておけばいいんだろう。



こういうのをきっとマンガの実写化っていうんだろうと思う。マトリックスがそうであったように。その辺りのことをうまくまとめたwebがあったんだけど,urlがわからないや。



一番すきなのは、mcハマーの曲にあわせて3人が踊るところ、やっぱり美人が三人楽しそうにしているのを見るのはこちらも楽しくなるってもんだ。まぁ美人にもランクがあるだろうけどね。




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テグレッ





テグレット



昔から「直子の代筆」とか「知子の情報」とか人を食ったネーミングのソフトを出し続けているテグレットという会社からメールが来ていたので紹介したい。



>お世話になります。最近はソフトを出しても仲々売れない状況で、


>バージョンアップ・新作ソフトウェアの開発・販売ができずに申し訳ございません。


>弊社では、最近はインターネット中心に仕事をしております。近い


>内に行われる主な企画としては、女優さんと一緒にお花見ツアー等


>があります。ちなみにその女優さんは日本テレビ系電波少年の「十五少女漂流記」にも出演した人です。


>よろしければテグレットのホームページをご覧下さい。


>


>非まじめ旅行社:


>http://web.teglet.co.jp/himajime/


>


>※本メールは「直子の代筆」・「知子の情報」等の登録ユーザー様に


>送信させて頂きました。


>今後もお客様に忘れられないように、時々メールを送信させて頂く予定です。


>今後弊社からのメール不要の場合は、件名に「登録ユーザー向けメール不要」と書いて返信して下さい。



この会社から出ているソフトは「直子の代筆」と「光の辞書」というのを買っていたはずだ。「光」というのは当時この会社の社長に子供が生まれて、その子供の名前だったはずだ。



こういう感じで仕事ができるって言うのはうらやましいね。




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閉店





会社のそばのいくつかの店が閉店になってしまった。それは知っていたのだが、今日帰り道をいつもとちょっと変えてみたら、そっちの方でもやはりビルの1階が空き店舗になっていたりして、これは寂しいなぁ。なんの店だったかが思い出せないというのも寂しい話だ。



景気は上向き調子だというけれども、それは企業にとっての話であって、企業は人を切り捨てて経費を節減し(切り捨てられるも地獄、残るも地獄)、一時的に業績を改善はしているけれども、こういうことをしていると、日本はどんどん駄目になっていくと思う。



小泉がいけないのだ。「痛みを伴う改革」という言葉が今も効力を持っているから、人々はいつまで経っても将来に希望を持てない。「痛みを伴う改革」に3年とか5年とか期限をつければよかったのだ。将来に不安を持ったままで大きな買い物なんてできないし、いつリストラされるかわからないという不安のなかで、勇気を持った改革なんて言い出せるわけもない。



「年功序列、終身雇用」という枠組みがなくなっていって、日本は確実に悪くなっていく。「年功序列、終身雇用」のすべてがよいというわけではないけれども、欧米式の「実力主義」への急激な移行は多くのドロップアウトを生む。欧米の実力主義だって一日にしてできたわけではないのだ。ちゃんと弱者救済の仕組みがあっての上での実力主義なので、そういう仕組みがないままに「年功序列、終身雇用」を打ち壊したのではホームレスが急増するだけだ。交通事故の死者数をはるかに越える年間3万人の自殺者が意味しているのはこういうことだと思う。



「年功序列、終身雇用」にはたしかに不合理な面もあった。コストの高い中高年の生産性が悪く、「うん、まぁぼくにはよくわからないけどねぇ」とか言っている部長が高給取りだったりして腹立たしい思いをしたものだが、そういう仕組みが多くの人の教育の機会を与えてきたのだ。流通機構にも無駄は多かったが、その無駄が多くの人々の教育機会という社会コストを支えてきたのだ。



もちろん、欧米流のビジネスが流入することによって、こういう「年功序列、終身雇用」の会社が不利になるのは当然のことだ。日本の会社が「実力主義」を取り入れ始めたときに、これはまずいことになると思ったのは、「実力主義」の会社は当然コストを安く押さえることができて「年功序列、終身雇用」の会社を凌駕することができるから、日本全体の流れがどんどんと実力主義へ流れて行くだろうと思ったからだ。



そしてやっぱりそうなった。今の日本は実力主義だが、落ちこぼれを拾うことができない。私もいつかは落ちこぼれていくのだろうか



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著作権





海外からのCD逆輸入を阻止するためにいろいろと動きがあるようだが、これはちょっとよ〜く考えてみた方がいいと思う。



元来、音楽というものは記録できないものだった。風とともに流れていって、残すことはできないものだったのだ。



ところが音を記録し、蓄積し、複製する技術が出てきたおかげで、私たちは時間と空間を越えてすばらしい音楽を楽しむことができるようになった。そしてそれと同時に音楽ビジネスというものも発達していった。



で、今、記録/蓄積/複製がデジタルになって問題が起こってきた。誰にでもコピーができるということが、音楽ビジネスにとっての脅威となってきたのだ。



音楽ビジネスの言い分はこうだ「著作権を守りましょう」「音楽家への資金供給をなくしてはいけません」。しかし、CDやDVDの売り上げのどれほどが音楽家にわたるのだ? 売り上げのほとんどは「音楽ビジネス」の中に吸収されているのではないのか?



著作権とコピーライトは同じではないが、コピーライトとはまさに「コピーする権利」のことだ。今、技術の発達によって誰にでもコピーができるようになったにもかかわらず、その「コピーする権利」を音楽ビジネス業界の中で独占しようとするのが今の著作権保護の動きだ。CCCDのような中途半端な技術でしか対策を立てられないのなら、ほんとにいっそのこと業界全体をリストラすればいいのだ。



今のように、理不尽な著作権保護の動きはきっと破綻する。国内にCD/DVDの再販制度を残したまま格安CD/DVDの輸入を制限するようなおかしなことがいつまでも続けられるはずはない。


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ハードディスクレコーダ





年末にハードディスク/DVD・レコーダを買った。DIGAのE200Hだ。インターネットで価格を調べると、定価の半額くらいで売られているところを見つけたので、浅草橋まで飛んでいって買ってきたのだ。



EPG(電子番組表)かあるので、番組予約もらくちんで、家族にも受けがよい。見ている番組をとっさに録画するのにも、空きテープを探す必要がない。保存版な番組はCMを抜き取ってDVDに焼いてしまう。さらには、昔から撮り貯めてある「保存版」のビデオテープをDVDに焼いて、テープを捨てると、場所が大幅に空く(はずなんだけど、なかなかテープを捨てられない)。



そんなわけで、夜中に古いテープからDIGAへコピーさせておいて寝る。それを何回か繰り返して、休みの日に編集し、DVDに焼く。でもやっぱりテープはまだ捨てられないんだな。ちなみに古いテープにはイカ天とかジャズのライブとか古いTVのドラマとかが入っている。



で、悩んでしまったのがAV機器の配線だ。いろいろ悩んだ末にこんな風に配線してみた。これで、DIGAに電源を入れなくても従来通りVTRを見ることもできるし、VTR越しにBSも見える。VTRからDIGAへのダビングもできるし、逆にDIGAからVTRへのダビングも(モノによるけれども)できるときにはできる。







VTRの出力を二つに分けてTVとDIGAに入れているが、これは普通はうまくいかない。インピーダンスが低いので二つをつなぐと画質が落ちる、というか簡単に言うと画面が暗くなってしまう。なので、ここにはAVセレクタを入れた。セレクタは普通入力切り替えに使うのだが、ここでは出力切り替えに使っている。DVDプレーヤがもう一台あって、これはリージョン1専用となっている。海外で買ってきたものを見るのに使っている。



VTRからサブのTVにはRF(高周波信号)で結んでいる。VTRの電源を切る度にこの設定をやり直さないといけないのが手間だが、それほど使うことはないので、まぁいいか、と。これのおかげで家人がTVを見ているときに横でDIGAに録画したビデオの編集ができる。



私がこれを買ったすぐあとにNECから大容量のレコーダが出て、またその後にPSXがでた。PSXはDIGAのH200クラスの容量を持っていてしかもPS2が付いていて、値段が10万円を切っている。いまなら7万円台か。でも、PSXは家人にはたぶん使いにくいのではないかと思っている。あれはオタク仕様だからな。



そういえば、松下がまた新機種を出したらしい。私が買ったのより格段によくなっていないことを祈るのみである(悔しいからな)。


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夢はなにを顕わしているか





このところ、特徴的な夢を見る。ある意味、「変な夢」と言えなくもない。



1)風呂にはいっていたら、BOAが入ってきた(欲求不満)


2)2時間の生番組にでているはずが、収録に6時間かかっている。実は全編生というわけじゃなくて、オンエアの4時間前から収録したのをタイムしフトしながらオンエアとかなんとか。


3)小学生くらいの女の子がギターを貸してくれという。でお人よしにもかしてやるのだが、帰ってきたのを見てびっくり。弦がへんなのに張り替えられている。しかも左利き用だ。つまり今まで細い弦が入っていたところへ太い弦を無理やり入れている。そかもその弦がエレキギター用のフラットワウンドだ。「なんちゅうことをしてくれんねん!?」と憤慨しているところで目が覚めた。



なんだかあんまりハピーではないみたいですね。


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出会い系における市場価値とは





ネットワークで活動しているさる女性が結婚を前提とした出会い系に出入りしていて、「わたしの市場価値もまだ捨てたものじゃない」とかいう発言をしていた。私はそれを読んで「なんだそりゃ」と思ったのだが、他にもそう思った人は多くていろいろと叩かれていた。ちなみにこの人はexciteにblogを持っていません。



で、我ながらどうしてそう思ったのか整理してみると、なんだか自動車や不動産を予算の範囲内でできるだけ自分にあった、いいものを捜しているような、そんなふうに見えて、でもそれがどうしていけないことなのかよく分からない、という落ち着かない気持ちにさせられてしまったのが悔しいのかな? とか。



例えば、今パソコンを買おうとすると「もうちょっと待てばきっといいものが安く買える」ということになって、きっといつまでも買えないということになると思う。まぁ、いいんじゃないですか、すぐに必要ないのなら2年先には今よりももっといいものがもっと安くなっているんだろうし。



しかしね、結婚というのは違うんじゃないのかな? 結婚した後も「ああ、もう3日待てばもっといい人が現れたのに」というふうなことを考えながら生活するわけですか?



結婚でなくて、誰かとおつきあいしているときでも、いつもその人とほかの人と比べているわけですか? もっといい人が現れたらそっちへ乗り換えるために?



パソコンや車や不動産だったらそういうこともあるんだろうけど、相手は人間だからねぇ。付き合っていてもある時期からはほかの人と比べることが失礼と言うか、やっちゃいけないことのような気がするんだけどな。



それが「愛」ってものなのだろうか? ほかの人と比べることが無意味になることが? いや、それは私にもよく分からないんだけどね。



こういう話はどこにカテゴライズすればいいんだろうね?




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アマゾンとの戦い





2月8日に注文した4枚のCDのうち、最後の一枚が3月5日に届きました。


Jim Hallの「無言歌+Live in Tokyo」です。



職場でアマゾンのサイトを覗いて、発送済みということをチェックしていたのですが、そういうチェックをしていると「こんなCDがお勧めですよ」とささやきかけてくる。なにしろ私の好みはアマゾンに熟知されているので、こういうお誘いが実に効果的にやってくるのだ。



勧められたのはアントニオ・カルロス・ジョビンの「アントニオ・ブラジレーロ」。しかも「残り一枚です。」というコメント付き。私がこういうコメントに弱いの知っているんだな?



というわけで、土曜日に注文したそのCDが、月曜日の今日、手元にあるわけです。



なんだかいいようにやられてるな。





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友達の友達





友達の友達は皆友達だが、友達との間には距離というものがある。直接の友達X君との距離を「1」とすると、その友達の友達であるY君との距離は「2」ということになる。あるいはそういうことにする。



すると、例えばこんな絵がかけるわけだ。





ここはAからLまでの12人が織り成すネットワークである。このネットワークで一番遠い距離はAからLまたはJまでの距離で「6」である。この「6」をこのネットワークの直径と呼ぶ。つまりネットワークの「さしわたし」というわけだ。AとかJとかLを「このネットワークの僻地にいる」というふうにいうこともある。



ここでHという人を中心に考えると、Hから見て、一番遠い人は距離4にいるAである。同じように、それぞれの人について一番遠くまでの距離を考えていくと、



A:6


B:5


C:4


D:4


E:4


F:3


G:4


H:4


I:4


J:6


K:5


L:6



ということになる。つまり、EとFは「友達の友達の友達」と言う関係でもってほかの全員と結ばれ得るということで、これはEとFがネットワークのほぼ中心にいるということを意味している。まさにそういう意味でEとFを「ネットワークの中心」と呼び、ネットワークの中心から僻地までの距離(この場合は「3」)を「ネットワークの半径」と呼ぶのだ。



「ネットワークの中心」が意味するものは明白だが、半径や直径はそのネットワークの結びつきの強さあるいは弱さを示している。各個人についての「一番遠い人までの距離」はその人がネットワークでどういう位置づけにあるかを示している。さらには、各個人からほかの人達全員への距離の平均をリストアップすることによっても、そのネットワークの性質と、その個人の位置づけを測ることができる、かもしれない。



さらに、Hが突然このネットワークから居なくなったらどうなるか、DとKが突然知り合いになったらネットワークとしてはどういう影響を受けるか、などといろんなことがこの図からわかる(かもしれない)。



かつて、600人くらいのネットワークで、そういう計算をしてみたことがあったのだが、そのときには「遠い友人への距離」の平均が4.6というふうな値だったと思う。



「友達の友達の友達・・・」を10回やると、世界中の人々が友達になる(はずだ)、という試算もあるそうだ。あなたの職場や友人の間で、こういうネットワーク図を描いてみたらおもしろいかもしれない。おもしろくないかもしれない。



ちなみに、いろいろと考察するためには友達同士の間の距離は「1」とは限らないかもい知れないし、また、友達関係も対称とは限らない。つまり、一方通行の片思いのような関係もありえるし、A君からB子さんへの距離は0.3でも、B子さんからA君への距離は4.3くらいかもしれない。ま、世の中いろいろですから。




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上原ひろみ





去年の暮ぐらいから気になっていた上原ひろみの「Another Mind」というCDをやっと買いました。年末ぐらいにTVのCMで(おそらくジャイアント・ステップスのコード進行にあわせて)しゃらしゃらっと軽々ピアノを弾いていた女の子のCDです。







ここのところ、昔買ったLPをCDで買い直したり、昔買いそびれたものをCDで買うということが多かったので、こういう最近のひとのCDを買うのは久しぶりです。



まだ25歳ということなんだけど、演奏からとても若々しい、みずみずしいものを感じました。奇をてらうことなく、新しいことをどんどんやってのけます。変な表現だけど「こんな女性なら抱いてみたい」と思わせるような印象でした。70分を飽きることなく楽しめました。



まだ未完成という感じもありますが、未完成なまま、妙に完成されることなくつっ走って欲しいと思わせる演奏です。


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彼女はカリオカ





「Ela e Carioca」という曲が最近のお気に入りだ。



短くてかわいらしい曲なのだが、ジョビンらしいというか、コード進行がよく分からない。



ギターで弾きたいのだが譜面がないのでいろいろと捜すと、WEBにコード進行は見つけた。こんなのとか、こんなのだ。ところがこれが、歌詞にコードを書いてあるので、曲のどこでコードが変わるのかわからない。この曲を歌っているCDを持っていないのだ。



そういうわけなので、手探りでMIDIにしてみたのだが、まだそのコード進行に納得していないのであった。





このMIDIがおかしく聞こえても、作曲者:A.C.ジョビンのせいではありません。


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愛のため





愛のためにすること



難しいことはないと思うんですけどね。なんでもいいんじゃないですか。


例えば極端な話「そのひとのために祈ってあげる」でもいいわけで。



Track Back to 久しぶりに小説読もうかな by Uran_exe

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泳ぐ





ここ2週間ほどサボっているのだが、週末には泳ぎに行くことにしている。この既設はやはり寒いのと花粉のせいで泳いだあと調子悪くなるので休んでいるのだ。



夏ごろには休みなく1時間泳いでいた。だいたい3kmくらいだろうか。25mのコースを何回往復したかというのは数えていられなくなるので、時間で見当をつけている。25mを一往復がだいたい1分くらいなので20分で1kmというところだろう。



ところが、泳ぐとなぜか鼻汁が出るのだ、これは学生のころからそうなのだが、去年の今ごろは実にひどかった。土曜日に泳ぐと、次の木曜日とか金曜日までずっと鼻水を垂らしているのだ。つまりまるまる一週間ハナタレ小僧になってしまうので、これはまずい。仕事にも影響する。



というわけで、だんだん泳ぐ時間を減らしていった。そうすると、22分までなら土日くらいで鼻水は収まるということがわかった。そういうわけなので去年の秋くらいからは「水泳は22分」ということにしているのだが、これではやはりちょっと運動不足である。



もともと3年前に泳ぎ始めた頃は300m泳ぐのでもヒーハー言っていたのだが、だんだん泳ぎがうまくなってきたらしくて、そのくらいでは全然平気になってしまった。本当に当時は600m(当時はまだ往復の回数を数えていられた)くらい泳いだだけで体重が1kg減っていたのだ。



ところが去年の夏は1時間泳いでやっと体重が1kg減るということになってしまった。いまなら600mは12分で泳げる勘定だが、22分泳いでも体重は500gくらいしか減らない。かといって自転車漕ぎなんてのはつまらなくてやってられない。



そんなわけで、徐々に体重を増やしつつあるこの冬なのであります。



下の写真は、プールでビデオレッスンを受けたときのビデオからキャプチャしたもの。バタフライをかっこよく泳ぎたいのだが、上体のピッチング(縦揺れの動き)が足りなくて顔が高く上がらずに苦労している。要するに息継ぎに失敗してしまうのだ。



腕が後ろに言ったときのキックのタイミングがやや早すぎると言われるのだが、これは今のところよく分からない。「男の人は肩甲骨が大きいので、腕が開きにくいんです」と女性のコーチに言われたのだが、男性のコーチに言わせると、「そんなことは関係ない。肩がちゃんと水面に出ていれば、うでも水の上に出ます」ということで、やはり肩の上下動が足りないらしい。





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