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2004年4月の24件の投稿

2004年4月29日 (木)

久々におやすみ

久々に休めてるけど、やっぱりメールはばしばし来るので処理しないと。

先週だったか、500miles highの譜面が出てきたのでBBで作ってみたのだが、この曲は難しい。こんなのチック・コリアでないとできないよ。

最初Bmaj7にすべきところをBbMaj7にしてて、それでも気がつかなかったというくらいだ。どうでもいいのか?>この曲のコード進行。

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ん?なんだ? ここは一日に一個しか書けないのかな?

この間作ったグリーンドルフィンがおかしくてさ、後から手を加えたベースの部分がピアノの音になっている。どうなっているんだろうと思って、いにしえの必殺ツール「SC」で解析してみると、なんと後から入れた音がCH8に飛ばされてる。ちゃんねる飛ばしだな。なんじゃこれは? そういえば昔、そういう相談を受けたことがあったなぁ。どうもこれはPT ver5のバグじゃないかなぁ。

そういえばBBにもバグらしきものがあった。ベースラインでFが3つ連続するとタイになってしまう。それぞれの音長が1:00(4分音符)を越えちゃってるのだ。

などと、BBとかPTがなんのことだかわからないひとには全然わからないことを書いてみる。ちなみに、BBとはBand-in-a-Box、PTとはPowerTracks-ProというMIDIツール。どちらもPG-Musicの製品である。私はBBのVer12とPTのVer5を使っている。けっこうバグはあるなぁ。昔から使っているので慣れてしまったけど。


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はてなDTMというはてなダイアリークラブがあるらしいがどうやって参加するんだかわからない。なんだか難しいところだなぁ。

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2004年4月27日 (火)

ケータイから書いてみる

結局、先週も土日出勤だった。

昨日は久しぶりに早く帰れたので、BBでグリーン・ドルフィンのマイナス・ワンを作った。

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2004年4月23日 (金)

高いホテル

今日も夜遅くまで仕事だ。明日も仕事だ。泊まりだ。

高いホテルだが予約してもらった。ちゃんと経費で落ちるんだろうな。

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2004年4月22日 (木)

2004-04-22

まぁ初めだから、これくらいにしといてやろうか。

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2004年4月18日 (日)

Jeremy Steig

Whatsnew ジャズを聴くようになって、3枚目か4枚目に買ったのがこの「What's New」というアルバムだった。ビル・エバンスとジェレミー・スタイグの競演で、たしかVerveのパンフレットかなにかで「必聴盤」と推薦されていたので買ってみたのだったと思う。

鮮烈だった。このアルバムを聴いて、それまでのフルートのイメージが吹っ飛んでしまった。実際、このアルバムではビル・エバンスもスタイグの毒気に押されてか、いつもとは違った側面を見せている。スタイグがエバンスをあおったのだ。

このアルバムで初めて聞いた「ストレイト・ノー・チェイサー」も「SO WHAT」も私の中ではこのアルバムでの演奏が基準となっている。他の演奏を聴いてもいつもこの演奏と比べてしまう。

「無限に向かって集束する」という表現を実感したのもこのアルバムでだった。スタイグの演奏でそういうところがあるので。

私はこのアルバムを大変気に入ってしまって、自分でも3枚(LP2枚、CD1枚)買ったし、ほかの人にも何枚かプレゼントしたりしたものだ。いやもうほんとに私の好きなジャズ・アルバムのベスト5にはいまでも入っているのである。

ジェレミー・スタイグは当時のビル・エバンス・トリオでベースを弾いていたエディ・ゴメスの高校時代の友人である。ニューヨークの「High School of Art and Music」とか言うところで一緒だったらしい。このころ、ビル・エバンスとスタイグのこのユニットは大評判だったらしく、何度もTVに出演していたらしい。村上龍がこのころアメリカで遊んでいたらしく、随筆にこのユニットを見たことを書いていた。

鮮烈なスタイグのフルートには実は秘密がある。彼は子供の頃に交通事故に遭い、顔面の半分が不随なのだ。そのために唇のコントロールが実はうまくできず、特殊なマウスピースを使っているらしい、実際にどんなマウスピースを使っているのかは私もよく知らない。


このアルバムを機会に、私のジャズの好みはエバンス系とスタイグ系の両方に人脈を追究するようになり、趣味が錯綜していくことになる。スタイグからはヤン・ハマーとかデニーザイトリンとか。あ、そういえばビトウス→ハンコック→マクラフリン→デジョネットという人脈も追いかけていたのだった。

スタイグの父親はウイリアム・スタイグと言って有名な漫画家らしい。今も活躍しているのだそうだ。スタイグ本人も微妙なテイストの線画を得意としていて、今年の10月にも横浜(なんで横浜?)で個展を開くらしい。

私はまだ彼のライブを見たことがないのだが、日本にもよく来ているらしい。毎年春ごろに来るというので気にしているのだが、まだ見つけていない。ライブに行くときにはぜひとも彼のアルバムを持っていってサインをねだろうと思っている

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サン・テグジュペリのP38

Lp38 サン・テグジュペリの乗っていた飛行機が発見されたのは4月の初めだっただろうか。

P38のタービン部分の部品番号から彼の飛行機だと判明したらしい。コルシカ島の近くだったということだが、私には何のことだかよくわからない。

サン・テグジュペリと言えばもちろん「星の王子様」だが、私はこの本を読んだことがない。演劇として見たりしてだいたいの話は分かっているつもりだから、特に本で読み直す必要もないと思って。

それよりもこの人の書いた「夜間飛行」とかタイトルを忘れたけど南アメリカの郵便飛行事業をテーマにした作品のほうに惹かれるものを感じていた。「飛行機なんて使い物になるもんか」というふうに言われていた時代で、そういう逆風の中をパイロットとして飛んでいたサン・テグジュペリはよほど飛ぶのが好きだったのだろう。

だから、サン・テグジュペリは私にとっては「星の王子様」の作者ではなく、空飛ぶ随筆家なのだった。それもちょっと屈折した随筆家だ。郵便飛行事業の矛盾した危険な業務に反感を感じつつも自分の責務と、自分と同じような境遇にいる同僚に対して忠実だったのだろう。

そんな彼が消息を絶ったのは1944年7月31日、最新鋭のロッキードP38「ライトニング」に乗って偵察飛行に出たきり消息不明となったと聞いていた。ここで急にP38が出てくるのだが、これはすごいことである。なぜならサン・テグジュペリは複葉機のような旧式の飛行機の時代に操縦を会得していたが、そのころの技術だけではこの最新鋭機に乗ることはできないはずだったからだ。



P38は双発単座の戦闘機で、ゼロ戦などの二次大戦中の主力戦闘機に対抗して設計されたものだ。主翼後端の上の胴体に黒いものが見えるが、これが排気タービンで、これによって1万数千mという超高空での機動性を確保していた。高々度で虎視眈々と機会をうかがい、敵を見つけるとその高速を活かして一撃離脱する戦法を得意としていた。

なんでそんなP38で偵察飛行に出たのかはよく分からない。そもそも彼はこの時期すでに軍人ではなくて民間人の資格で戦闘機に乗っていたというのである。それでしかも偵察飛行? よくわからないなぁ。

一説にはサン・テグジュペリの飛行技量を疑問視するむきもあるらしい。いろいろと事故に遭ったことも多かったらしいから、たしかにそうなのかもしれない。きっと冒険心と技量のバランスの問題だったんだろうな。

この件についてWEBを探ってみると、マンガふうに撃墜された様子を表現してあったり、海底に沈んだ実際の機体などが散見される。フォッケウルフにやられたのか。

60年前になくなったひとのことをいまさら悼んでみてもしかたがないとは思うけれども、「夜間飛行」をまるまる一冊読んだときには、ああ、このひともこんな死に方をしなくてもよかったのに、と思ったもんだった。44歳か。WESも44歳だったな。

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2004年4月13日 (火)

ハービー・マン

Memphis ドリフターズのチョーさんが亡くなった日、たまたまこのハービー・マンが亡くなったという話を耳にした。後でよく調べてみると、その日になくなったのではなくて昨年の7月だったらしい。全然知らなかった。

ハービー・マンはアルトサックスとフルートを得意とするジャズマンだが、おそらくは営業的配慮からキャリアの後半をフルーティストとして過ごした。ここに掲げた写真は彼の大ヒット「Memphis Undergroud」である。当時はまだ珍しかったジャズとロックの融合を最初に成功させた作品と言ってもいいんじゃないだろうか。

たまたま、ハービー・マンの死去の話を聞く前の週あたりにこのCDを店頭で見ていてちょっと欲しくなり、でもいまさらこんなの聞いてもなぁ、と思ってやはり買わなかったのだった。

タイトル曲であるMemphis Undergroudはシンプルなメロディと特徴あるベースラインでわりと好きな曲だった。ケータイの着メロにしてやろうと思って地下鉄で打ち込みつつ耳で聞いて確かめるということを繰り返していると、前に座っていたお姉さんになんとなく見られているような気がしていて、曲が完成したときに私はどうやらうれしそうな顔をしたらしく、そのお姉さんが吹き出してしまったということがあった。

ハービー・マンはこのMemphis Undergroudの成功の後、新人ミュージシャンの育成に力を入れる。育成型プロデューサーとしてエンブリオ・レーベルを立ち上げ、新人の発掘に注力したのだった。このエンブリオからはミロスラフ・ビトウスやロン・カーターが初のリーダーアルバムを出すなどの成果を上げている。ほかにもアッティラ・ゾラーやフィル・ウッズなどがこのレーベルからアルバムを出しているが、フイル・ウッズは当時もう新人とは言えない活躍をしていたはずだなぁ。

他にもハービー・マンはチック・コリアの希望を聞き入れてチックの憧れのベーシスト、スティーブ・スワロウを組み合わせてアルバムを作ったりした(Tones for Jones Bones)。

こういう功績がどういうふうに彼の人生に影響を与えたのかよくわからないのだが、新しいことにも意欲的に取り組んでいて、日本に来たときにはなんと小坂明子(あな〜た〜にいて欲しい)に一緒にアルバムを作るべく声をかけたが、小坂に「あんた、誰?」といわれたとか。でもなんかアルバムがあったような気もする。

どうでもいいことだが、彼はもともとユダヤ人で本名はなんだか難しくてよく覚えられないものだったのを簡単で覚えやすいものにした、という話もどこかで読んだ。そういえばどこかしら「商売に敏感」という感じがあったなぁ。

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2004年4月12日 (月)

BBv12 スクリーンショット

ご要望により、Band-in-a-Box v12のスクリーンショットをご覧に入れます。

Carioca BBv12 スクリーンショット

ついでと言ってはナニですが、s-ohtaniさんのところにサンプルとして、画像になっていたものからコードを引っ張り出して伴奏にしてみたのがこれです。でもSTYLEを同じにしたので、たいして変らないかも。

自動伴奏

さらに、このコード進行で作曲させてみました。勝手に倍テンポにしています。

自動作曲

As a track back to [第1回] わたしの曲作りの楽器やツール  (2004. 4/5)

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2004年4月10日 (土)

SAGEMANって・・・

Djenbe 実は先週の日曜に、ほとんど買うつもりでDjembe売っているところへ行ったんです。1万円2千円握りしめて。ほんとに買うところまで行ってたんだけど、ジャンベの底のあたりをみて愕然とした。手彫りで「SAGEMAN」って彫ってある。なにこれ? 冗談? いたずら? いやがらせ?

ちょっとショックを受けてそのまま帰ってきたんだけど、一体あれはなんだろうか?と。

で、今日になって調べてみた。すると、SAGEMANというのはBali島にある貿易会社で、どうやらそこがこのジャンベを扱っているらしい。
そこのカタログを見ると、28インチ(70cm)のが300ドルとか500ドルとかしてるんだよなぁ。1万2千円なんてめちゃくちゃ安いことになるなぁ。

と言うわけで、なおさら悩み中。

As Track back to ジャンベ

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ゴッド・ファーザー

3週間くらいかけてゴッドファーザーのビデオを1〜3まで見ました。VHSだったので全6本だ。

小説では読んでたので、いくつかのシーンはイメージがあって「ああ、あれか」ということがあったんだけど、後半になると誰が誰だったのかわけがわからなくなってくる。

家系図とかそういう参考資料がWEBにないかと捜してみたんだけどなかなかいいのはなかった。こういう参考資料というのも難しいだろうなぁ。見ている人によってなにがネタばれかなにがネタばれでないかわからないから、「この男はこれこれこういう関係の男だけれども、その後裏切ったので殺される」ってそこまでまだ知りたくないことまで教えられたりして。

よくできた映画だと思うけど、さすがに古いだけあって、テープのいたみも激しい。ラベルもすり減ってしまって、ゴッドファーザーIIの前半なんだか後半なんだかわからなかったりする。IIIでは今年アカデミー賞の脚本賞を取ったソフィア・コッポラが女優デビューしているのだが、他の俳優が大物過ぎるのか、かすんでしまっている。大役なのに、ちょっと期待大きすぎかも。

IIIのラストは、しかし「あれでいいのか!?」という感がどうしてもぬぐえないなぁ。小説ではどうだっただろうか? おぼえてないけど。ああなる前に、もうひとステップ欲しいんじゃないのかなぁ。そのまえにいろいろ落とし前付けているからいいのか? いいのか。

いまではDVDボックスも出ているらしい。特典映像も満載とか。

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2004年4月 8日 (木)

ラッキーストライク

Luckeystrike 3月ごろ、やたらにラッキーストライクの宣伝が目について、実を言うと気分が悪かった。というのは「ラッキーストライクというのは東京空襲の成功を記念したタバコであって、あの赤い丸は日の丸を表している」という話をかなり本気で信じていたからだ。

実際、ラッキーストライクのマルが赤くなったのは1942年のことで、これって真珠湾の報復としてB25爆撃機を空母から飛び立たせるという無茶をやって東京空襲をしたころと一致するような気がするし。

しかし、WEB中を探し回ってもそれらしい文献は見つからない。もっともらしいものとしては、「それまで緑だった丸を赤にすることによって、印刷インクの材料だった銅を節約できるので、戦争に貢献することができるという口実の元に、女性への販売促進を狙って赤くした」というものだった。どうやらこれが公式な見解らしい。

でも、公式な見解以外にどうも「やったぜ、ニッポン叩いたぜ!」というのがあるような気がするんだなぁ。WEBで見たのか何で見たのか忘れたけれども、8階建てくらいのビルの壁に大きなラッキーストライクの看板をつけて日本への爆撃成功を祝うの図という写真を見た気がするのだ。セピア色のその写真がつよいインパクトとなって、私のなかでうずいている。

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2004年4月 7日 (水)

人間は顔じゃない

バカ話しているうちに「人間は顔じゃないよね~」という話だったのが、なんだかそのうちに「顔が人間じゃない人」ということになってきて、「魚面人」「馬面人」なんて話になってしまった。いやはや最近ではこういうバカ話ができる場というのも少なくなってしまって、どうもね。

で、「ビールを飲む馬面人(顔が長いので、ジョッキの上下動が激しい)」「顔を洗う馬面人(顔が長いので手の動きが普通と違っている;なぜか手にひづめがない)」「新聞を読む魚面人(真正面を向けないので顔を横に向けて正面に置いた新聞を読む)」みたいな話をして盛り上がったりしていたわけだ。ま、その場にいないとこんな話聞いてもつまらないよね。

というわけで、謹製「顔を洗う馬面人」をどうぞ。

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音楽とオーディオ

床を這うように流れる音楽を聴きたいときもあるし、部屋中を隅々までたっぷり満たすような音楽を聴きたいこともある。たとえば、部屋を一杯に満たすような音量でビル・エバンスを聞きたいとは思わないのだ。Chick CoreaのA.R.Cなんかは音量を上げて、部屋一杯の音で聞きたい。

高級なオーディオ装置なんていらない。記録された音楽というのはしょせんリアルなものではあり得なくて、言ってみれば足跡のようなものなのだ。再生された音は、本当の音を思い出すヒントでしかない。想像力で補えば、ラジオ程度の音質でも十分に鑑賞することができる。

そうだ。写真を見て、長く逢っていない人を想うように。そりゃ写真は綺麗で大きくて解像度がいい方がいいのだけれども、しょせんは平面なのだ。音楽だって、いくら高価な装置を使ってみたところで、再生できるのは幻影だ。

だから私はオーディオ装置が主役であるようなオーディオルームなんていらない。それよりも住んでいる空間全部にオーディオ装置を埋め込みたいな。存在を感じさせずにしかも死角なくオーディオを楽しめるような空間を至る所に作り出したい。それはつまり居住空間すべてをオーディオ・ルーム化するということかもしれない。

それは例えば小さなスピーカを1mおきに配置するようなものになるかもしれない。低音はベースの音がわかる程度でよいので壁全体を鳴らすようなしかけがあるといいな。

Echonic0 昔、「エコニック」という壁を鳴らすユニットがあった。スピーカのコーン紙に相当する部分をねじで壁に取りつけ、それを駆動する永久磁石が自由振動できるようになる。信号を加えると永久磁石が振動し、その反動として壁がドライブされる。家を建てるなら、要所要所にこのエコニックを埋め込もうと思っていたのだった。


Echonic そのエコニックは今どうなっているのだろうかと思って調べてみると、トランスデューサという名前で「体感型AVチェア」なんかに使われているらしい。この会社のHPを見ていると、このトランスデューサを使って、お酒をおいしくしたりできるんだそうだ。

脱線したけれども、「どこでも音楽」という意味で言うと、ワイヤレスヘッドホンはなかなかいい線いってるのだ。もっと軽いといいのだけれども、PCでCDを再生しながらトイレまで電波が届くのでね。

リアリティを追究したい気持ちは分かるけれども、オーディオ装置にかけるお金があったら私はCDを買うね。

As Track back to オーディオルームが欲しい

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2004年4月 6日 (火)

Driving in USA

Avalon
初めてアメリカで車を運転したのは2年前のことだ。

時差ぼけの寝ぼけマナコでサンノゼ空港のレンタカー・センターまでよろよろと歩いていき、車を選ぶのだが、小さい車を選んだはずが「保険はフルに付けてね」と言ったとたんになぜか「それならナントカカントカでどうのこうの」とまくし立てられていつの間にかクラウンクラスの車を借りることになってしまっている。駐車場の指定された番号の車の所まで行って「ゲ、こんなにでかい車なのか!?」とびびった次第。ちなみにこの時はトヨタのAVALONという車だった。


で、荷物を積み込んで車をよろよろとスタートさせ出口へ向かうと、さすがにこれはやばいと思ったのかゲートの守衛みたいな人が免許証を見せろという。緊張しながら「実はアメリカで運転するのは初めてなんだ。日本じゃハンドルは反対側に付いているし、道の反対側を走るんだぞ」というと「グッドラック」とかいいやがった。たしかに幸運が必要かも、と思ったもんだったよ。

レンタカー・センターで地図はもらっていたのだが、「空港」と書いてあるだけでレンターカー・センターがどこにあるとか、さらにその出口がどこにあるとか、出口を出てからの誘導路がどこに通じているのかとかはいっさい書かれていないので、一般道に出たときには自分がどこにいるのか、私はすっかりわからなくなっていた。空港のそばだろうということはもちろんわかるのだが。

しかたがないので、とにかくぶらぶらと走ることにする。すると交差点があって私の進行方向には「First」という標識がぶら下がっている。First? 空港を出て最初ってこと? などといぶかりながら車を進めていくのだがなんだか標識がよく分からない。国道101に入りたいのだが、時々見える「101はこっち」みたいな標識を見つけたときにはすでに遅かったり、右側のレーンを走っているのに左折しなければいけなかったりして、同じところを2度3度まわったりしたりした。

同じところを3度回ったときには、さすがに自分はアホではないか、と思って、これはいかん。とにかくいったん空港へ戻ってみようと思った。

さっきの交差点に「Airport ParkWay」という標識があったよなぁ、と思い出してそちらへ向かい、その交差点の「Airport Parkway」という標識が下がっている道へ入っていく。でもどうも空港に向かっているようには見えないんだなぁ。普通の住宅地みたいな道に入ってしまって、行けども行けども空港は見えてこない。そうこうしているうちに、あさっての方向から飛行機が飛んで行くのが見えて、明らかに道を間違えたらしいことを思い知る。

すっかり意気阻喪して、車を道端に止め、シートを倒して車の天井を見上げる、と、空が見える。ああ、この車はサンルーフだったのか、と初めて気がつく。

そういえば、まだエアコンの使い方がわかっていなかったので、緊張もあって汗だくだ。気持ちを落ち着けてエアコンを調べ、なんとか動作させることに成功する。ラジオもつけてみるが、音楽を聴く気分じゃないのですぐに消してしまう。

結局どうやって気づいたのか覚えていないのだが、私の間違いは交差点に下げられた標識の意味を理解していたかったことが原因だったのだ。つまり私の見た「First」という標識は「あなたが今横切っている道路がFirst Streetです」ということだったのだ。

おそらくサンルーフを発見してからしばらくの試行錯誤の後、この事実に気づいてなんとか私は国道101を発見して思い切って乗り入れたものの、それはやはり方向が反対で、また101を降りて反対方向に乗り直し、そうしてやっと目的のホテルにたどり着いたのだった。普通なら20分もあれば着けるところを1時間半もかけてしまった。地元の連中にバカにされてしまったが、ようしそれなら成田から都内まで車で走って見ろってんだコノヤロー。羽田に負けといてやってもいいぞ。

最初は右側通行、左ハンドルということにずいぶんびびっていたのだったが、実際にはそれは問題ではなかった。間違えて左側を走ったのは2回くらいしかない。

問題はむしろウインカとワイパーのレバーが左右逆になっていることで、赤信号を右折しようとして(アメリカでは車がいなければ赤信号でも右折してよい)気合いを入れてウインカ!!を出したつもりがワイパーを動かしてしまうということを何度もやってしまったのだった。

というわけで、アメリカにおける道路標識の読み方はきっとお役に立つことと思います(ただし、カリフォルニア州での話、他の州でどうかは知らないよ)。

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ポルシェ

ポルシェ

そういえば学生時代の友人であるY川君の実家が私の職場の近くでスナックを開いていたのだった。ポルシェという名前だった。

この間仕事の帰りにぶらぶら歩いていて、昔の場所に「ポルシェ」を見つけた。ああそういえばここだったなぁ、南北に延びる道路に面して交差点の南西の角からすこし南へ下ったあたり。

そう思ってその時は寄るつもりもなく通りすぎたのだったが、その後になってポルシェの正確な位置を思い出そうとしてもなかなか思い出せない。確かこの辺りだったと思うところへ行ってみるのだが、そこにポルシェはないのだ。

あれは幻だったのだろうか? 本気で捜そうと思えば104で聞くとか手はあるのだけれども、もうちょっと自分の記憶と一緒に遊んでみようと思う。

さらに、そういえば昔仕事でサンフランシスコに行ったときに、現地に住み着いている友人の所へ遊びに行って、彼の所有するポルシェに乗せてもらったことがあった。そのとき私はまだ国際免許を持っていなかったのだが、ちょっと運転気分を出させてもらおうと思って運転席に座らせてもらった。

どきどきしながらドアを開け、シートに座る。と、しかし目の前にあるはずのハンドルがない。・・・と思ったら、悲しいかな習慣とは恐ろしいもので私は運転席に座るつもりで助手席に座っていたのだった。さすがにポルシェは頑固に左ハンドルであった。

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2004年4月 5日 (月)

ボトル・プラント

Bottleplants 昨日のことだが、街でおもしろいものを見つけた。ボトル・プラントというもので、つまりご覧の通り「密閉された」ビンの中に観葉植物が入っている。で、説明書きがあって「水も肥料もいりません、明るいところに置いておくだけ」というのだ。直射日光に当てると「煮立ってしまって」死んでしまうらしい。

なるほど、飾ってあったビンの内側には水蒸気が結露して水滴になっている。水は内部で循環するのだな。

しかし、二酸化炭素はどうなんだろう? 光合成で空気中の二酸化炭素はどんどん酸素に変換されるはずだ。土の中の微生物が酸素を消費するんだろうか?

同じような物として、密閉された水中で、水草と小さな魚が生き続けるというものがあった。いまでもあるんじゃないかな。魚が水あかを食べてフンをし、フンを水草が養分として吸収する。酸素と二酸化炭素は魚と水草でやり取りをする。絶妙のバランスで生き続ける、とはいってもそのバランスはいつか破綻しそうな気がする。

ボトル・プラントはどうなんだろうか? 土もテキトーでいいのなら簡単に実験できそうな気もする。WEBで探すと、PETボトルで学校の教材みたいにして使っている例もあるらしい。

というわけで、2000円くらいの値段の付いていたボトル・プラントは結局買わなかったんだけどさ。

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ネットワーク内の距離計算




「友達の友達」でネットワーク内の距離ということを書いた。









こういうネットワークを例にとって人と人との距離を計算するということ、さらにその結果からネットワーク(人間の集団)の結束力とか人間関係とかを測ることができるのではないか、ということを指摘したかったのだった。



例えばBLOGでトラックバックしたりされたり、コメントを付けたり付けられたりというふうなことからBLOGの世界全体でこういうことができるとおもしろいなぁ、とか思っているわけです。実際、こういうことを実現しているBLOGサイトもありますね。表示にJavaを使っているのでかなり重たいようですが。



そのためにはこういうデータをコンピュータで扱える必要があって、そういうことをやってみたのが下の表です。人間にとってはもちろんネットワークく図の方が認識しやすいのだが、コンピュータはそういう認識とか把握が苦手で、こういう表にしてやらないと扱うことができないのです。



例のようなネットワークに関して、それぞれのメンバ間の距離を計算するとこんなふうになります。





黄色い部分は距離が1ということでお隣どうしということである。これはネットワークを表している図からよみとって入力した。一律に「1」になっているのはそういう決めごとにしているからだ。FからDに行くのもその逆も「1」になっているのはお互いの関係が対等であることを反映している。



灰色に囲まれている「0」は自分自身との距離だ。普通に考えれば自分自身との距離がゼロというのは順当だと思うが、ここを「0.2」とか設定することもできる。一人の人間を情報や友情が通るときに時には変質することもあるだろうし。



背景が白いままの数字は、計算によって得られた各メンバ間の距離である。お約束に従って対角線に対して対象になっている。



この計算はPerlで書いた小さなプログラムで行ったのですが、リカーシブ・コールを実現できるはずがなかなかうまく行かなくて、時間がかかりました。変数を「my」にしているのに局所化できないという現象です。結局おかしな(カコワルイ)方法で回避しています。



CGIの形で公開してみようかと思っていますが、使い道ありますかね?


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2004年4月 3日 (土)

後輪駆動車は疲れない(?)

Reardrive いやぁ、あったかくなりましたねぇ。ってまるでおじいさんの茶飲み話みたいだが、今日車を運転していたら冷房になってたものなぁ。外気温21度なのに。

そういえば車のタイヤがそろそろやばいんだった。後輪がね。

ウチの車は最近では珍しい後輪駆動なんです。だから前のタイヤははまだぴんぴんしてるのに、うしろがかなりやばい状態。

元々私はバイク乗りで、原付き→自動二輪→普通免許という順序で由緒正しく免許を取ったのでした。正しいってことは効率が悪いってことでもあるんですが、この場合。実際は二輪で事故って自宅療養中(自宅謹慎中ともいう)に車の免許をとった、ということで、まぁこういう取り方もあるもんだ、と。

で、バイク乗りが車を運転すると、ハンドルにぶら下がっちゃうんですよ。バイクを運転しているときには常にハンドルの「操舵抵抗」を感じているわけなんです。ハンドルをまっすぐにしているとなんの抵抗もないわけですが、カーブで車体を寝かせて要るときには操舵抵抗を感じながらエンジンのトルクでバランスを取っているわけです。

初めて乗った車は後輪駆動だったので問題なかったのですが、次に買った車が前輪駆動でこれが怖かった。何が怖いかというと、高速コーナーで操舵抵抗を感じられないのですごく不安になってしまうということなんです。ハンドルに手応えを期待して、それが裏切られるからなんですね。

後輪駆動だと、後輪が車を前へ押し出しているので、前輪を操作するとそれが抵抗として感じられるのですが、前輪駆動だと前輪はどっちへ向こうがその方向へ行くわけですから操舵抵抗なんてものはありえないわけなんです。

とまぁ、こういう理屈は前輪駆動の車に乗っているうちに思いついた話なので実際の所どうなのか知りませんが。

で、どうしたかというと、前輪駆動の車で高速コーナーが怖いのはハンドルにぶら下がっているかららしい、ということはハンドルにぶら下がらなければいいわけで、それに気がついた私はシートに背中をべったりつけて運転するようにしてみたのです。そうすると、ハンドルに体重をかけることなく運転ができる。これは効きましたね。

そうやって運転していたその前輪駆動の車も寿命を迎え、車を新しくするときに私が選んだのが後輪駆動の車だったのだ。

久しぶりに後輪駆動の車に乗ってみると、これは運転していてすごく疲れが少ない。同じ車に乗っている人がやはり「疲れないんだよね」といっているので、この車種がそう言う車なのかもしれないのだが、往復250kmほどのドライブをすると、前輪駆動の車では途中で一眠りしないとつらかったのだが、今度の車だと全然平気なのだ。

やっぱり、車は後輪駆動に限るのかもしれないな、と思う今日このごろであります。

今日も阪神快勝だ!



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ブルーベリータルト

イタリア料理の店で、タルト祭り(だったかな?)みたいなことをやっていて、デザートにタルトを選んでもあんまり高くならないというのでついつい釣られてきました。

特に目を引いたのがブルベリー満載のタルト。これ、カット前の写真を見ると本当に山盛りで、これはすごいぞ、と。

で、ピザを食べた後にやってきたこのタルトを一口食べた後「おお、そうじゃった」と思い出して写真を撮りました。

お皿の上に赤いソースで描かれた「Por」って何のことだろう? イタリア語なんだろうな。

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ブタのケツ

←何に見えますか? これ、豚串焼きの店のウインドウに飾ってあったのをスナップしてきたものです。しっぽがあるので人間でなくて、豚のおねえさんだということがわかります。ビルみたいなものが映っているのはガラスに反射したもの。

なんだかBSEのおかげですっかり牛肉の影が薄くなっちゃって。まぁその前から豚肉のひそかなブームというのがあったようでしたが(トントロとかね)、最近では牛どんが廃れた代わりにこういう豚肉専門店が出てきているようです。

この店も2月まではドイツ系のパン屋さんだったのが、3月後半に工事をしてこんな店になりました。ここのパン屋さんではそれほど買わなかったけど、パン屋さん全般にはなんとなくあこがれがあるので、パンやさんがなくなると寂しいんです。

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ジャンベ

Djenbe_1 土曜日の昼飯をどこで食べようかな? とショッピングモールをうろうろしていたら、いつもちょこちょこ覗いている小物屋にジャンベがいつくか並べられているのに釣られてしまった。

この店にジャンベが置いてあるのは前から知っていたし、前に小物を買いがてらジャンベをいじったりしていたので、いつも通りの冷やかしだったのだが、いつもとは別の店員さんが私の目線を素早くたどって「これが一番いい音なんですよ」というセールストークだ。

なんでも店長がこういうの好きらしくて、バリ島で買ってくるらしい。

で、実は私もこういうのが好きなのだ。コンガ、ボンゴの系統は大好きで、店先においてあるとついつい手が出る。「触るな」と書いてあっても触る。ヘリのあたりを強く叩いて「カン!」という感じの音が出るとうれしい。さらに連打してそれが決まるとさらにうれしい。

昔、マイルス・ディビスのライブを見に行ったときに、コンガ奏者のムトゥーメがコンガを手でダブルストロークしているのを見て、なんとかかんとかまねごとをやっていたりしたのだ。手首を回転させながら親指と他の4本の指を交互に使ってダブルにするのだ。ベースのチョッパーに似ていなくもない動作だ。

これを右手ではちゃんとできるのだが、左手がまだ完全でない、テンポが速くなると遅れてしまう。それで、両手を使った三連符まではできるようになっているのだが、16分ができないんだなぁ。

とまぁ、そんなことを頭の中でつぶやきつつ、ジャンベを三連符で叩いていると「うまいですねぇ、どうやるんですか、それ?」と店員さんが聞いてくる。誉め殺しか? 上手じゃないか。

実はコンガのテクニックとしては指先と手首の近いところの両方を使ってダブルストロークするテクニックがあるらしいのだが、私はどうもこれが苦手なのでもっぱら手首の回転を使っている。そんな話も交えて盛り上がってしまい、なんだかどうにも買わないと引っ込みがつかないような感じになってきていた。これはまずい。

しかもお値段が意外におてごろだ。高さ30cm」くらいの小さいものが2300円、50cmくらいのが4300円、もう一回り大きい60cmくらいのが1万円だという。ちなみにここに掲げた写真のものは高さ65cm、打面の直径が37cmで6万円する。

しかしだ、私は自問する。
「おまえはこれが欲しいのか?」
「YES。」
「買ってどうするのだ?」
「練習する。」
「練習してどうするのだ?」
「・・・・・・。」

というわけで、「またくるから」と言い残して帰ってきたわけだが、これ、きっとまた行くと思う。



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2004年4月 2日 (金)

ジョアン・ジルベルト

Joao320 ジョアン・ジルベルトはボサノバの創始者である。実際に多くの曲を書いてボサノバを発展させたのはトム(アントニオ・カルロス)・ジョビンなのだが、ボサノバのルーツはジョアン・ジルベルトだ。ボサノバ特有のギターの弾き方をバチータというのだが、これを最初にやったのもジョアン・ジルベルトだ。

奥さんだったアストラッド・ジルベルトのほうが日本では有名かもしれない。私も最初はアストラッドしか知らなくて、ジョアンは「アストラッドの夫」だと思っていた。実際にはアストラッドはジョアンたちの取り巻きの一人で、虎視眈々と妻の座と歌手デビューを狙っていたのだ。

そのジョアンが昨年9月初めて来日した。ボサノバ誕生から45年にして初めての来日であった。そのうわさを聞いたときにチケットを取ろうとしたが、すでに売り切れていた。このCDを見つけたのは先週だった。Amazonと値段を比較した上で都内某所で今日買ってきた。

このコンサートをCD化する計画は当初なかったそうだ。しかしジョアンいわく「こういう聴衆を何十年も求めていたのだ(もっと早く気づけよ)」というほどの反応のよさと、本人が自分のパフォーマンスを気に入ったこともあって、本人がDATで録音していたものを急遽CDにすることが決まったという。

残念なのは雑音その他の理由によって「イパネマの娘」や「ディサフィナード」など数曲を収録できなかったことだ。

演奏はいつもながらに丁寧なもので、歌とギターだけのシンプルな構成ながら、「これ以上に何が必要だというのだ?」とでも言わんばかりの完成度だ。ギターも難しいことはしていないようで、長年の年輪を感じさせる丁寧なでき上がり。

私がギターを弾きたいと思ったのは、「イパネマの娘」を弾きたいと思ったからだった。中学生の頃どこかで耳にしたこの曲をナントカ自分で弾きたいと思ったのだった。

ご存じの方も多いと思うが「イパネマの娘」はブラジルのイパネマ海岸をさっそうと歩く娘を見て「ああ、おれはあのこに惚れちゃったぜ、でもあのこはこっちを向いてもくれないんだな。チッ。」という歌なのだが、実際にその曲を作ったジョビンがその時に見ていた娘というのが特定されていて、この人は本当にモデルになってしまったらしい。

東京の四谷に小野リサのお父さんが経営するブラジル料理の店があって(名前を失念)、一度だけ行ったことがある。生演奏が始まると、各テーブルに簡単なシェーカー(缶ジュースの空き缶に砂を入れてガムテープでふたをしたもの)が置かれて、お客さんも参加するというものだったのだが、その缶に印刷されていたモデルさんがまさにその「イパネマの娘」だという。

いまではその「イパネマの娘」の娘が2代目を継いでいるそうだが、ちょっと見てみたい気はするね。


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2004年4月 1日 (木)

焦げたポップコーン

Burnt 電子レンジで作るポップコーンがあったのを思い出したので作ってみた。何分加熱するんだったのか思い出せなかったので、ちょっと多めに加熱してやれと思って4分加熱した。はじけ損なったコーンがのこるのがいやだったのだ。

そしたら、はじけ残りはなかったが、袋を開けると水蒸気の白い煙に混じって青っぽい煙が・・・。

ポップコーンの真ん中へんの部分が焦げてしまったらしい。その部分をそのままゴミ箱に入れると危ないので、流しにいったん捨てて、水をかける前に記念撮影。

そういえば1分か2分かだったような気がするなぁ。4分はさすがに長すぎた。焦げたポップコーンは本当に「bitter Taste」だった。

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楽器など

Espbass ほかの人が使っている楽器なんかが気になってコメント付けたりしたので、私のもお見せしましょう。

最初はまずベース。プレシジョンタイプのフレットレスです。メーカーはESPという渋谷にあったメーカですね。移転したらしいという話を聞きました。買ってすぐにネックの所の具合が悪くなって無償修理してもらった後はノートラブルです。

フレットレスのいいところは、フレットがないので弦が傷まなくて長持ちするってところですね(そこかいっ)。弦はラウンドワウンドです。ジャコパスなんかは「練習してると弦がネックを食っちゃうからねぇ」とか言ってますが、私はそんなに練習しないので大丈夫です。指板はローズウッドですが、弦が当たってすり減るということはあんまりないですね。

2guitars ついでなので、ギターもお見せするとこんな感じです。





アコースティックとエレキ(と呼びたくないんだけど、他に呼びようがない。電気ギターってのもいやだし)を並べてみました。エレキの方チャキという京都のメーカーのですが、ピックアップが駄目になってしまって交換したので本来の音からは変ってしまいました。弦はフラットワウンドのものを使っています。

アコースティックの方はヤイリという岐阜のメーカーのです。まだ2年目ですがとても気に入っていて、弾かない日はほとんどありません。分類としてはフォークギターということになるのでしょうが、私としてはスパニッシュ・ギター(クラシックギターの形をしていてスティール弦を張ったもの)と呼びたいところ。ナイロン弦のを弾いていたこともあったのですが、どうも音がはっきりしなくて好きになれませんでした。

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