喪失の国,
買いたいと決まっている本を買うならAmazonだが、やはり本屋には行ってみるもんだ。「インドのエリートビジネスマンが見た日本」というテーマにまず惹かれてしまった。実は今、仕事でインド人と付き合うことがしばしばあるのだ。中国もとんでもない国だし日本もとんでもない国だが、インドもやはりとんでもない国なのだ。
日本に来たインド人に聞いた話では、インドには24の県があり、そのそれぞれで言葉が違う。だが共通語としてのヒンズー語(彼らは「ヒンディ」と言う)、公用語としての英語があるので、例えば日本へ来るような仕事をしているひとはたいていその3種類の言葉を話す。インド人同士でも英語でしゃべっているのは、ヒンディよりも使いやすいからなのだろうか?
まぁ、そんなこんなで立ち読みしはじめたこの本なのだが、そのまえがきを読んでぶっ飛んでしまった。これは買うしかないと思って買って帰り、読み始めると、これは予想にたがわず、どえらくおもしろい。
開発途上国の人間が先進国へ旅をして紀行文を書くとたいていおもしろいものになる。それはたいていの場合、そういう旅に行かせてもらえるひとが並大抵のひとではないからで、この本の筆者もさすがはエリートと思わせる。インド人に関する私の疑問(それも直接彼らには聞けないようなこと)もいくつか明らかになったりした。
ちょっと脱線すると、そういう「開発途上国からの視線」としては「パパラギ」という先輩がいる。これは南国の酋長がヨーロッパを旅した見聞録を自分の島の人たちに報告した文章で、文明に対する驚きだけでなく、かなり的確な文明批判となっている点についても注目された。実は私もこの本を会社の新人教育のテキストとして使ったことがある。
まぁ、そんなわけで楽しく読み進んでいたのだが、これはもともとヒンディで書かれていて、それを英語に訳したものをさらに日本語へ訳したということから、きっと英語版とか、ひょっとしたらヒンディ版とかもあるのかもしれない、と思って検索してみた。
すると、ううむ、検索しなきゃよかったかな、と言うふうな結果が現れてしまった。つまり、この本はインド人が書いたのではなく、前書きに紹介されているような発見話も含めて全部日本語訳者の創作なのではないか、との指摘がなされているというのだ。
どうやら文藝春秋社発行のこの本に対して、週刊朝日あたりがツッコミを入れたらしい。アサヒのインタビューに対して著者の山田和氏は「書いてあることは真実です」とのみ答えたそうだ。歯切れ悪いなぁ。
たしかに、そういわれてみると日本語訳が妙にこなれているのが気にはなっていたし、「いつのまにそんなメモとったの?」というくらい日本の事象についての描写が正確なのにもちょっと変だなとは思っていた。特にインド人が日本で世話になったという「佐藤サン」の言動が完璧な日本語として再現されているのが私には納得行かないところだった。「向こう三軒両隣」という言葉が英語で話されてヒンズー語で記録され、また英語に訳された後、さらに日本語に訳されて元の言葉に戻れるわけはないと思うのだ。
そんなわけで、インド人が書いたものと信じて読めばもっと楽しかっただろうにと思いつつも読んでいるわけだが、それでもこの本は大変におもしろいのであった。
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