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2004年6月の12件の投稿

2004年6月29日 (火)

歌ってみる

今朝は朝からおなかの調子が悪くて、結局仕事は休んでしまった。先月たっぷり休日出勤しているので、代休は捨てるほどある。

で、朝のうちはぐだぐだ寝ていたのだが、家人がいないのをいいことに、ちょっと歌の練習でもしてみようか、と。MIDIで作ったバックと一緒にギターの弾き語りをやって録音してみる。曲は簡単そうな「Bim Bom」と、歌詞がすてきな「Corcovado」だ。

「Bim Bom」はコード進行が簡単なのだが、歌詞がリズミカルなので伴奏がそっちに持っていかれて困る。さらに、サビが高くてしんどい。移調すればいいんだけど、するとコードが面倒になる。Dm7/G7というのがうれしいのだ。

で、歌詞もコードも覚えてはいるのだが、これらを同時に思い出すってのが難しい。覚えているのに思い出せないんだな。Corcovadoのあの英語の言い回しを思い出そうとすると手元のコードがおろそかになる。弾き語りっちゅうのは、やはり難しいものだなぁ。

で、「弾き語りは難しい」と言う話ではなくて、その録音を聞いてみてガックリという話なのであった。ほんとにガックリだよ。自分で歌っているときにはヘタに聞こえても、客観的に聞けばよく聞こえるってこともあるんじゃないかと思ったがおおまちがいで、これはほんとに落ち込むぞ。もっとヘタならまだネタになるが、普通にヘタだからなぁ(しかし他人からみるとネタ級かも)。

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2004年6月28日 (月)

アイスキャンデー

Atari 昔ながらのアイスキャンデーを買ってみた。バニラとチョコレートともうひとつなにか種類があって、なにを買ったのかは忘れたが、とにかく2本買った。名糖のホームランバーというのだと思う。

そうすると、そのうちの一本が当たりだった。「同点ホームラン(一本)」とか書いてある。これはうれしい。

調子に乗ってまた買いに行った。アホである。四本買って当たりのバーを出し、三本の値段で買ってくる。

で、ぼちぼち食べていたわけだが、驚いたことにその四本のうち、二本がまた当たりだった。つまり、合計五本買ってそのうちの三本が当たりだったわけだ。これって、なかなかすごくないか?

と言うわけでこんなことで運を使ってしまいましたとさ。

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2004年6月27日 (日)

窪田晴男

窪田晴男って、ギタリストらしいんだけど、全然知らない人だ。

でもその人が書いたらしい「音楽業界用語集」みたいなのがおもしろかったので引用する。

【ロック】私は青二才でどこにも着地できないので助けてくださいと叫ぶこと。

【明日はロックで】こういわれたレコーディングの前日は細かいことの練習はしない方が良いようである。

【ジャズ】とりあえず思い思いに好きなことを演っているのであんまりジャマしないで下さいお願いしますと考えている人々の営み。

【ジャズで】各セクションで打ち合わせができてなかったり、リハーサルしてなかったりというような杜撰(ずさん)な状況をみんなで楽しみましょうという意。

【ブラボー】クラシックのコンサートの最後に観客がかけるかけ声。良くても悪くても皆言うので言葉の意味は不明。

【クラッシック】自分のやっていることが架空の観客(人によっては神)に届いているや否やでびくびくすること。このジャンルで活躍する人はまじめでプライドが高いのに心が不安定で、とてもかわいい人が多い。

【グルーブがない】歌手がバックの演奏を気に入らないときに使う言い回し。ほぼ5割の的中率があるので注意したいが、深刻なのはあとの5割の方である。彼女(まれに彼)は感情的になっているのであってその原因を真摯に捜さないと後でグルーブどころの騒ぎではなくなることもある。

・・・もって他山の石(なのか?)とすべし、ですなぁ。

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2004年6月26日 (土)

Now She is a Blonde

「Now Shoe is a BLonde」というのはJohn Scofieldというギタリストの曲で、なんとなく気にかかる曲なもんだから最近練習してるんだけど、このコード進行がなかなかすごい。最初8小節のメロディがAmっぽいものだからAm一発ものかなと思っていたらとんでもない。譜面を買ってみるとこんなコード進行だった。

Bm7 A/C#

Dm7 C/E

F G9

Am7 Eb9

Dm7 C/E

F F#m7-5

G7sus4

%

Em7 D/F#

Gm7 F/A

Bb C9

Dm7 Ab9

Gm7 F/A

BbM7 Bm7-5

C7sus4

%

F7

A7+5

Bb9

%

A7+5

Bb9

G9

% G#7

A7+5

Bb9

Bm7-5

C7sus4

AbM7 C7#9b13

DbM7 Gb7-5

FM7 A7+5

Bb7 G/B A/C#

D7(13) E7-9

%

G9 Dsus4/F#

Abm7-5A7sus4

Bm7 E9,13

% G7

%

%

%

%

Amと思わせておいて、Bm7とはにくいねー、だんな。で、低音部のじわじわと上昇していくのはどういうつもりなんだろうか?

で、後半がメロディなんだかなんだかよくわからないんだよな~。作曲者の譜面じゃなくて、録音から採譜したものだから、作曲者の意図ってやつがわからないんだ。

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2004年6月24日 (木)

diminished Scale

Dim791 ギター上で、普通のスケールはまぁたいていは弾ける。全音音階も弾ける。でもディミニッシュ・スケールは練習してなかった。

何でだろうと考えると、ディミニッシュはそのほんの一部を経過的に使うので、あんまり重視してなかったんだと思う。実際、全音と半音の組み合わせを即興的に作り上げるというのはよくやっていることだし。

でも、いろんなフレーズを作ろうとしたときに、やはりとっさにディミニッシュが出てこないのはまずいと思うようになった。あるスケールから別のスケールへ移動するときに経過的にディミニッシュスケールを使えると便利かもしれない。

そう思って、ギターの指板上にディミニッシュド・スケールをプロットしてみた。一部が青くなっているのは、このポジションをまず重点的に覚えてみようという意欲の現れである。

意外なことに、1~4弦あたりのパターンが予想に反して定型的になっていて、逆に5弦6弦のほうが変則的なポジションになっている。なるほどディミニッシュは一筋縄では行かないものなのだなぁ。

このスケールを縦横に駆使できるようになると、コンディミ(コンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケール;だったかな?)を実現できるんだといいな。

あ~、図がこんなに小さくなってしまうのか~。

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2004年6月22日 (火)

ロバート・ゴダード

 で、ロバート・ゴダードだが、私がよく行く書店に平積みされていたので読んでみようかという気になった。面白いと思ったのは文春文庫と創元文庫の両方から重なり合うことなく何冊かが出版されているということで、こういうのは珍しいんじゃないかな。

 「蒼窮のかなたへ」は文春からでている2冊目で、「ダメ男の・・」と書いてある腰巻きに惹かれて買ってしまったのだった。


 特に頭がよいわけでもなく、特殊な技能を持っているわけでもなく金持ちでもない男が幸せになるためには何が必要だろうか? それは幸運か、あるいは愛情に裏づけられた執念だろうか? いやその、ちょっと気取ったことを書いてみたかったので。

 非凡な主人公が活躍する物語りは、いっちゃ悪いが誰でも書けるんじゃないだろうか。しかし、平凡な主人公を活躍させるには作家は非凡でなくてはならない。そういう観点から「ダメ男もの」というのが私の興味を惹いたのだが、やはりこの作者はただ者ではないと思う。実はまだこの本読み終わっていなくて、下巻に入ったところなのだが、いろいろな謎が熟成していきつつも主人公が真実に迫る様子が興味深い。LAコンフみたいに登場人物が多いってわけでもないし。

 ただ、下巻に入って私はちょっと混乱している。誰かこの本を読もうという人がいたら、上巻で「5月22日」という日付と、「アンソニー・セドリー」という名前が最初に出てきたページを教えてもらえないだろうか。

***

 19世紀末のイギリスあたりに婚約しているカップルがいたと思いねぇ。で、その男の方が結婚式の数日前に自殺してしまったと思いなよ。女性の方はそりゃ落ち込むわなぁ。で、そこへつけこんでその女性と結婚してしまった男が主人公となっている小説がロバート・ゴダードの「闇に浮かぶ絵」なのだが、この主人公が結婚して10年ほど経ったころにその自殺したはずの男が生き返って現れたからさぁたいへん。

 というところまで読んだが、この先一体どうなることやら。

 ロバート・ゴダードの小説は以前に「蒼穹のかなた」を読んで、その後「日輪の・・・」というのを読んだ。これはレポートを書くのをサボってしまったが、実はすごくおもしろかったのだった。つまりいわゆる「超能力」は数学の素養を得ることによって可能になるという仮設を前提にしていて、読み進むとそうかもしれないな、と思った方がおもしろいかな、と思うようになってくるという次第。

 そういうわけだったので、今回の「闇に・・」はあらすじもなにも読まずに著者名だけで買った。最初はすごく読みづらかったのだが、要するに先に書いたようなことなので先行きが楽しみです。

 で、「闇に浮かぶ絵」読了。う~む、最後の方でショッキングな事実が暴露されるのだが、これの受け取り方でずいぶん評価が変わってくるのではないかな。それも日本人と欧米人ではずいぶん解釈が変わるだろうと思うのだ。

 全般的にさすがゴダードで複雑な作りにはなっているのだが、私としては「日輪」の方がおもしろかった。ともにストーリー・テラーとしての形式的な主人公のほかに実際の主人公がおり、さらにその奥には真の主人公がいるという点では共通しているので、「人生の中では誰でも主人公になりうるのだ」というふうなトンチンカンな受け取り方もアリなんじゃないでしょうか


リオノーラの肖像/ロバート・ゴダード

 ここのところ、ゴダードの作品をよく読んでいるのだが、これはひとつにはアメリカ製の小説のハリウッドを意識した内容(映画化を意識したような派手なシーンが多い)に辟易しているからで、イギリスのどちらかと言えばセコい話の方が私の性に合っているのかもしれないとか思ったりもする。

 しかし、ゴダードの作品ってのはなかなかハッピーエンドにはならないよなぁ、アメリカの売れ筋小説だとたいていハッピーエンドなんだけどなぁ。などと考えながらこの小説を読んでいたのだが、考えてみると、ゴダードの小説ではまず主人公というものがはっきりしなかったりあるいは存在感が薄かったり、もう死んでいたりするわけで、そんな主人公が最後に勝利するということはなかなかに難しいことではあるわけだ。

 で、ふと思ったのだが、ゴダードの小説の中では最後に何が勝利するのかというと、それは(作者の作った)真実である。つまり作者の作った複雑なストーリーが真実として最後に勝利するのであって、読者はそれに翻弄されることを楽しんでいるわけだ。


 そういうわけで、「リオノーラの肖像」も複雑な構成になっている。全体が「リオノーラ」の回想になっているのだが、その回想の中にまた重要な人物の回想が入っており、さらにまたその中に回想やら人の話の引用が入ったりで、読んでいる時にたびたび「今、誰が誰に話しているんだっけか?」と確認することが必要になる。


 で、まぁそのリオノーラ自身こそが作者の真実に翻弄されているわけなのだが、その翻弄されっぷりがまたすごいので、まぁある程度は先が読めるのだが読めてはいても作者によるその提示の仕方がうまいっちゅうか、まぁそこんとこで読んでて泣いてしまったのだが、これは子供を持っていないと泣けないかもしれない。ちなみに私が泣いたページ数は3桁の数字なのだが、その3桁の3つの数字を足したときの1の位の数は8になる。

 本を読んでて泣いたのは久しぶりだったような気がしたので、もう一度読み返してみたが最初の半分くらいは泣けた。3回目はほとんど泣けなかった。

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2004年6月16日 (水)

アドリブ

学生のころからJAZZを志して、いろいろもがいていたわけだ。そして今ももがいている。

ずっと、「コードの呪縛から逃れたい」と思っていた。アドリブはコードに沿って行うので、コードを意識することなくアドリブすることはできないのだが、しかし、それはなにか違うのではないか、という気持ちが常にしていたのだった。

最近になって、やっと気がついた。アドリブはこーどに「合わせよう」としてはいけないのだ。いや、別にいけないことはないのだが、合わせようとしなくてもいいのだ、ということだ。コード進行に合わせようと汲々とするのじゃなくて、自分のフレーズを出していくことに専念する方がおもしろい。

例えばマイルスの曲でこんなコード進行のがある。

EbM7 F#m7/B7 Fm7 Bb7

この2小節目がくせ者で、ここはスケールが半音上がるのだが、アドリブとしてはだからと言ってべつに半音上のスケールをなぞることはないのだ。Ebのスケールでアドリブして、バックが勝手にテンションを入れていると思えばいいのだから。

まぁいつもいつも無視していると、それではアドリブがおもしろくなくなるとも思うので、たまには意識してもいいんじゃないかとも思う、無理して半音上のスケールやら、全音下のスケール(なぜ?)を使ったりもしてみる。まぁいろいろ試せておもしろいのだ。これこそアドリブの醍醐味ではないだろうか。

そんな風にしていろんな曲にチャレンジしているのだが、コードの束縛からはかなり自由になった代わりに、「自分のフレーズ」というものがどうも頼りなくなってきた。しょせん天才ではないので、フレーズにも限りがあって、自分でも聞き飽きたフレーズがいろいろ出てくる。やっぱりこういうことがあるから基礎練習は欠かせないのだなぁ。

コード進行のおもしろい曲というと、まずはBlue in Greenだろうか。これはコード進行に対して実に挑戦的なメロディが付けられている。いや、逆か? メロディに対して挑戦的なコードが付けられているのかもしれない。なにしろ、曲の最初のBbM7のコードで始まる最初の音がEだ。これはドミソの和音に対してソbを鳴らしているのに等しい。こんなことがあっていいのか? さらにはどう見てもE7のフレーズに付けられているコードがCだ。逆にAm的なフレーズにはE7が付けられている。この譜面を見ていると、コードに対する考えが変わろうというものだ。

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2004年6月15日 (火)

ジェームズ・エルロイ

初めてジェームズ・エルロイの名前を知ったのは「ホワイト・ジャズ」という小説の作者としてだった。「ホワイト・ジャズ」という本はもちろんその「ジャズ」というところに興味があって買ってみたわけだが、それを読み終わってこの本が四部作の最後の一冊であることを知り、そのシリーズを最初から読み返すことになる。

その4冊とは、

「ブラック・ダリア」

「LAコンフィデンシャル」

「ビッグ・ノーホエア」

「ホワイト・ジャズ」

だった。この四冊を一挙にまとめて映画化したのがアカデミー賞映画「LAコンフィデンシャル」だった。この映画をみたのはこれらの小説を読む前のことで、正直言って何のことやら全然わからなかった。これらの4冊を読んで、やっと映画の筋がわかり、もう一度読んだときには完全に理解できた。

書かれてあることは、要するにロサンゼルスの暗黒街と腐敗した警察、検事局の組んずほぐれつの戦いの日々というものなのだが、筋がよく分からなくてもドンパチだけでも楽しめるということでアカデミー賞となったのだろう(違う)。

で、このジェームズ・エルロイというひとの書いた本を見つけたので買ってみたわけだ。「ハリウッド・ノクターン」というのがその題名で、中身は短編集なのだが、上記のLA4連作に当てはまる時期の隠れたエピソードのようなものが綴られている。

ジェームズ・エルロイはどうやらそのころ実在した人物にいろいろインタビューして事実関係を把握し、その上で架空の自分物を創作して物語を作ったものらしい。実際、4部作のあちこちが活躍するミッキー・コーエンというギャングは実在したらしいし、ハワード・ヒューズはもちろん実在する。

この人の短編を読んでいて、野坂昭如の初期の作品を思い出した。野坂の初期の作品はTV業界の話を書いたものが多かったのだが、その業界の人々を熟知している野坂は、それらを群像として描くのではなく、一人一人にスポットライトを当てて、一人一人を主人公にした短編を多数書くという方法を取った。

だから、野坂のある短編の主人公は別の短編ではわき役になったり、主人公と対立する立場になったりする。

これはおもしろい手法だと思った。実際人生というものはそういうものだし、「人生とは、ひととひととが織り成す綾織りのようなものである」というフランスのことわざがあるくらいだ。

エルロイのこの短編集を読んで、二次大戦末期のLAの怪しい肥土人の群像を結ぶものが見えてきたような気になってくる。これはおもしろい体験だった。また4部作読まないと。

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2004年6月13日 (日)

ケーブル

あのね、もうね、限界っていうか。もうほんとにね。

PCまわりにケーブルがごちゃごちゃ。LANケーブルに電源ケーブル、電話ケーブル、さらにギターのケーブルがディレイにつながっていて、そのディレイにもまた電源がつながっているし。

今日、無線LANを導入したのはいいけれども、その電源を捻出できない。電源ソケットがもうないのだ。

で、まずいったい電源はいくつあればいいのか数えてみようという気持ちになった。よし、数えてみよう。

まずPC2台とCRTが1台(CRTは兼用)。これで3つ。

外付けDVDドライブ。

カセットデッキはギターのアンプとして使っている。

実は使っていないけれども、オーディオ装置が一台。

そうそう、電気スタンドがあった。

無線ヘッドフォンにも電源が必要だ。

ZOOM508(ディレイ)も電源アダプタで運用している。

ADSLモデム

IP電話アダプタ(これ使ってないから外していいはず)

8ポートHUB

懐中電灯をACアダプタで点灯するようにしているのが一台

これで13台か?でもそのうち3つ(オーディオ、IP電話、懐中電灯)はなくてもいいはずだな。10台か。それに無線LANが加わるわけだな。

というわけで、テーブルタップもうひとつかってこよう。

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2004年6月 6日 (日)

映画「ストーカー」

Stoker ロビン・ウイリアムズは嫌いだ。いつも善人面した役ばっかりで、極端に言うと「見ていて吐き気がする」という感じ。「いい人なんだけどユーモアもたっぷり」というのが鼻持ちならない。だいたい「ユーモア」なんて言葉は嫌いだ。誰だこんな言葉を日本ではやらせたのは? 遠藤周作か? こいつも嫌いだ。

家族も私のロビン嫌いは知っているのだが、このDVDを借りてきて私に見ろという。見た。おもしろかった。

映画本編もおもしろかったが、特典映像としてついているTV番組「チャーリー・ローズショウ」がおもしろく、また興味深かった。もともとふざけ回るひとらしいことは知っていたのだが、それがTV番組収録中に大爆発。そのおふざけもおもしろかったのだが、「なんだこいつはまたこんな役をやっているのか、と言われるのがいやでこの映画に出ることにした」と言うコメントが興味深い。つまりこいつは私みたいなアンチ・ロビンファンのためにこの映画に出たらしいのだ。

実際、監督はロビンのような大物に出演してもらえるとは思っていなかったらしい。インディ系の俳優を捕まえられたらラッキーと思っていたらしいのだが、このあたりはプロデューサーの腕ということなんだろう。

ロビンの演じる「サイ」は本当にさえない男なんだが、これをほんとうにさえない役者がやると、これは本当にさえない映画になっただろうと思う。ロビンのような大物が演じることによって生まれた緊張感、あるいは観客からの期待感というものが映画を大きく膨らませている。

映画では髪の毛も薄く短いのだが、番組のインタビューではそこそこふさふさした頭になっている、どちらがカツラなんだろうか?

というわけで、ロビンが悪役を演じるこの映画、おもしろかったです。

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2004年6月 3日 (木)

Joshua

ここ2年くらい活動していないが、バンドに参加している。

ハードバップからファンクまでやるジャズバンドだ。バンドではベースを弾いている。ま、その話はまたにするとして。

マイルスのJoshuaを練習していたときのことだった。この曲は3拍子と4拍子が入り乱れるというなかなかの難曲で、特に三拍子から四拍子に切り替わるところが難しかった。

そこで、そこんとこを重点的に練習してみようということになったのだったが、四拍子になるところのアタマから始めようとして1、2、1234と四拍子のカウントで入ったのでは意味がない。直前までは三拍子でやっているのだから、カウントは三拍子で、そして四拍子で演奏を始めるということをやろうとしたのだったが、これは難しい。

実際、四拍子カウントでは、その時うまくいっても通してやってみるとぼろぼろになるので、三拍子カウントがどうしても必要だったのだ。

結局、この曲は完成させることができずにお蔵入りとなってしまった。こういう曲を軽々と演奏するマイルス・グループというのは、さすがにさすがである(比べるのが大間違い)。

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2004年6月 1日 (火)

歌え! ギタリスト

渡辺香津美がそんなことを言ってたこともあったようなきがする。ギタリストは楽器にばっかり頼っていずに、自分で歌うこともやってみたらどうか、という風なことだったと思う。

言われなくても、歌いたいとは思っている。もともとイパネマの娘を弾き語りたくてギターを弾き始めたのだ。ヘタは承知でそれでも歌いたい。でも、実のところ歌う実力よりも聞いて評価する力の方が強くて、なかなか自分に対してオッケーが出ない。

簡単なヤツがいいよな、と思って「BIM BOM」などを歌ってみるが、やはりなんかキーが合わないっていうか・・・ポルトガル語の歌詞もいまいち覚えきれないし、英語の歌詞も後半が怪しい(セルメン版)。

でもこういうのって、歌詞を覚えるのが楽しかったりする。先週末に覚えたコルコバドの歌詞をそのまま書くと問題かな? うろ覚えならいいんじゃないだろうか。

Quiet night of Quiet stars, Quiet chord from my guitar

Floating on the silence that surrounds us.

Quiet thought and quiet dreams, Quiet walk by quiet stream

And the window that looks out on Corcovado Oh how lovely.

This is where I want to be Here with you so close to me

until the final flicker of life's ember.

I who was lost and lonely believing life was only

A bitter tragic joke have found with you the meaning of existence oh my love.

「This is where I want to be Here with you so close to me」ってところが好きだなぁ。

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