「最悪」「邪魔」奥田英郎
カタチあるものはすべて、いつかそのカタチを失う運命にある。熱湯も氷も放置しておくと室温の水になってしまう。部屋をキチンとかたずけても、いつのまにか散らかってしまうし、岩も長い年月の間には風化して砂になってしまう。
そんなふうにさせないためには、人為的な、あるいはなんらかの意志によって「再秩序化」することが必要だ。常温の水を熱湯にするにも氷にするにもエネルギーが必要になる。
これは「熱力学の第二法則」あるいは「エントロピー増大の法則」と呼ばれるもので、簡単に言うと「秩序あるものはすべて無秩序の方向へ向かう」ということだ。ちなみに「熱力学の第一法則」はいわゆる「エネルギー保存則」だ。エネルギーは不滅であってなくなることはないが、発散する。発散してしまったエネルギーは使うことができないということを言っているのが第二法則だ。
なんでこんなこと書いているのかというと、人生というのもそんなところがあるなぁ、と思ったので。漫然と暮らしていると、きっと人生は悪い方へ転がっていくのだろう。人生が風化していくのだ。
奥田英郎の小説は「邪魔」を先に読んでいて、その手法に興味を持っていた。複数の主要な登場人物を克明にリアルに描いてキャラクターとして確立させた後で、彼らの人生をグリグリとねじりあげてストーリーをひねり出していく。
各キャラクタのリアルさに引かれて読み進んでいくうちに、あれよあれよと言う間に彼らの人生が絡まりあい、ストーリーが展開していくのだ。キャラクタの動作のリアルさに比べて全体的なストーリーの練られ方が今ひとつだなぁ、というのが「邪魔」を読んでの感想だった(しかしなんちゅうタイトルだ!?)。
たしかに、そういう小説の作法というのはあるんだろうなぁ、と思っていて、筆力によって確立されたキャラクタが、「場」を与えられて行動を開始するというのもありえるだろうと思っていた。「邪魔」ではあちこちにそういう痕跡が見て取れて、リアルな描写が張りっぱなしで忘れられた伏線のように見えるところもあった。
「最悪」は「邪魔」の前に書かれた作品で、どうもこの手法を初めて使ったんじゃないかという気がする。「邪魔」は「最悪」での成功に味を占めてさらにこの手法を頭(ズ)に乗って展開したような感じだ(しかしどちらもなんちゅうタイトルだ!?)。
うん、いや、それで「最悪」を読み始めて思ったことが冒頭の「人生はほうっておくとどんどん悪い方へ転がっていく」ということなのだ。比較的平凡な生活を送っている主要キャラクタたちがいろいろな選択をするたびにどんどん悪い方へ落ちていく。もちろん、それが作者の意図なので、そこで作者の思惑とかが入るわけだが、そのあたりで作者のキャラクタに対する愛情のなさが露呈されている。
つまり、この小説は結果として(その手法の如何にかかわらず)平凡な生活を生きている人がいかに落ちて行くか、あるいは人生を風化させていくかと言う話なのだ。だから、はっきりいってこの話はおもしろくないよ。私なんかはあるキャラクタの悲惨な落ちざまに耐えられなくて、その人が落ちていく様子のところを飛ばして読んでいたくらいだ。
人生を風化させないためには、その再秩序化が必要だ。それは夢であったり希望であったり、人生のイベントであったり、他人との関係性であるのかもしれない。この小説の登場人物のように作者(あるいは不特定の誰か)の意図によって人生がどんどん風化しないようにするにはどうしたらいいのか、小説の登場人物ではない本当にリアルな我々は真剣にそれを考え続けなければならない。
この作品は「犯罪小説のターニングポイント」とか言われているようだが、私はお勧めしない。人の不幸を心の底から喜べる人にはきっと楽しいことだろうと思う。
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コメント
ちなみに、この小説の中で使われている関西弁は考証が不十分である。
投稿: picks-clicks | 2004年10月25日 (月) 13時22分