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2007年8月の23件の投稿

2007年8月29日 (水)

LOTO6シミュレータで悩む

過去のLOTO6当籤データを持っているので、これと比較してあなたが買おうと思っている数字が過去にどの程度あたっていたかを判定するプログラムを作って見ました。

http://picks-clicks.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/lotosim.cgi?v=2%2C8%2C10%2C13%2C27%2C30

(このURLは2010年10月末まで有効)

ここで例として入力してある数字は過去の大当たりの数字です。最後の30を39にすると2等になります。

まぁ、こうやっていろいろシミュレーションしてみると、当たりを取るのがどれくらい難しいかわかるってもんで。

これは去年の7月ごろまでのデータをもとに計算しています。最近のデータまで入れればいいんですが、手入力だと面倒だし、と思って自動的に取得しようとするとさらに面倒だったのでまだ実現していません。当分このままかも。

もうひとつの改良予定点は、傾向の動きをグラフ化すること。ある数字グループが最近「来ている」のかどうかを読めるかもしれない。

まぁなんにしても、総計で609万通りあるうちの300通りの抽籤結果だから確率がどうとか言うのはナンセンスなんだろうとは思う。でも、シミュレーションだけでも楽しいと思うよ。お金かからないし。

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2007年8月28日 (火)

ネクタイ労働で悩む

このクソ暑い中を、ネクタイ締めていかなくちゃいけないこともあるわけですよ。もちろん直前までネクタイは外して、上着も手に持っているわけですが。ネクタイ禁止の法令でもできたらいいのにと思いながらのネクタイ労働。

そこでこんな製品。ネクタイから涼風?

Necktie

しかし、USBから給電するってことは、外で使えないってことか。

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2007年8月27日 (月)

カルロス・リラの曲で悩む

Carloslyra 映画「ディス・イズ・ボサノバ」を見てから、というか、その予告をTVで見てからカルロス・リラのことを気にしているのだが、実はすでに数年前にちょっと気になっていて彼のCDを買っていたりしたのだった。

この間のTV番組でも、「Coisa mais Linda(最も美しいもの)」よりも「Voce e eu(あなたと私)」のほうがなんだか心地よいなぁと思っていたのだったが、そのどちらも昔買ったCDに収録されていたのであった。だから聞き覚えはあるはずだよなぁ。

Voce e euのほうが、コード進行がボサノバ的だったり、メロディがジョビン的であったりしてCoisa mais Lindaよりもとっつきやすそうだったので、レパートリーに入れてみようと思った。コードはわかるので先に紹介したYoutubeのパフォーマンスからメロディを採譜して一応の形にはなった。これ、36小節なんだな。

で、Coisa mais Lindaもコード進行はわかるので、これもレパートリーにしようと思った。でもまだメロディを採譜していない。例の連続4度進行の部分の調性がよくわからない、というか、メロディをちゃんと採譜すればわかるはずなのだが、youtubeのパフォーマンスでボーカルが不安定なのか、なんだかよくわからない。こちらの曲も36小節だ。ABAB'の形式で、B'のみ12小節、あとのAもBも8小節だ。この人の曲はみんなそうなのかな?

カルロス・リラのオリジナルから採譜してみようかとも思ったが、なぜかCDが見当たらない。そうこうしているうちに別のCDでこの曲を見つけた。しかもインストルメンタルなので採譜しやすい。これはいいぞ。

そのCDはCharlie Byrdの「Bossa Nova Pelos Passaros」というアルバムだった。これはなかなか選曲がよくていいアルバムだと思う。Charlie Byrdについてはまた改めて書きたい。

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原作者が演出する映画に悩む

Hannibal 「ハンニバル・ライジング」である。もうとっくに小説で読んじゃったもんなぁ。まぁ追体験みたいなもんだわ。

大体のストーリーは頭に入っているから、それをなぞりながら見てしまうのだが、それが見事にはまる。

一番びっくりしたのは変名でレストランを経営している悪者の店にハンニバルが訪問するシーンだった。小説を読んで想像していたのとほとんど同じような映像で、あるしゅのデジャブのような気がした。

そんなこんなで、(あちこちはしおってはあるけど)ほんとに小説のとおりだなぁ、と思っていたら、スタッフロールにトマス・ハリスが演出者として書かれていた。もちろん原作もトマス・ハリスである。

なるほど、だから、小説のとおりの出来なのだな。実際、あの小説を彼ほど理解しているひとはいないだろうし、適役といえば適役といえるのだろう。

しかし、あえて言うと、これはつまらんのではないか。作者と別の視点から描かれた物語というものも見てみたいし、作者の発想を超えた表現というのもあっていいはずだし期待していいはずだ。

で、おそらくは欧米人のなかでは作者にしか理解できない日本文化の話はばっさり切られていて、それはつまり、作者が演出者としての立場に配慮したということなのだろうな。

というわけなので、もちろん面白い話なのだが、小説をすでに読んだ人には追体験でしかないということを納得したうえで見たほうがいいと思いますです。

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痴漢冤罪で悩む

Soreboku 私が疑われたわけじゃなくて、映画の話だ。「それでもボクはやってない」。怖い話だ。

ナニが怖いって、刑事事件の裁判では99.9%が有罪になる、という話。さらにそれは被告が有罪であることを認めているものも含んでいるからというので、被告が罪状を否認している場合には無罪になる確率が3%だということ。

そもそも、刑事事件というのは国家(検察)が個人を訴えるものであって、その訴えに対して「無罪」と断ずることは裁判官としても非常に難しいことであるらしい。

たとえ裁判の本来の目的が「無罪である人を罰から救うこと」であっても、上記のような現実のまえには裁判官の勤務評定(?)もあったりして難しいことであるらしい。「司法の独立」というのはいったいどうなっているのだ?

そんなふうに有罪率が高いものだから、弁護士もはじめから「無罪になればもうけもの」という気持ちが奥のほうにあったりすることもあるかもしれない。

たいていの刑事事件は証拠があり、アリバイがあったりなかったりするわけだが、痴漢というのは証拠がなくても逮捕できてしまう。現行犯は一般人であっても逮捕権があるのだ。

それらのことをベースにして作られた映画が、そんなに面白いわけはない。腹を抱えて笑うようなシーンは一度もないのだが、これはぜひ見ておいたほうがいいと思うよ。

さて、私はそんなことは以前から百も承知なので、通勤電車の中では常に両手をつり革にかけて、手でおかしなことをしていない、ということを常にアピールしている。だいたい、そんなに混む路線でもないので、電車で通学していた娘たちも痴漢にあった経験がないという環境ではあるのだが。

もし万一、電車の中で痴漢の疑いをかけられたら、冤罪対策として近くにいる男性に股間を触ってもらおうと思っている。勃起しているかどうかをチェックしてもらって、証人になってもらうのだ。電車の中でそういういかがわしい気持ちになっていることがないとは言い切れないが、まず大丈夫だろう。何かの都合で勃起してたら、アウトだな。

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2007年8月25日 (土)

UNIQLOCKで悩む

UNIQLOのCLOCKでUNIQLOCK。まずは10秒ご覧ください。

http://www.uniqlo.jp/uniqlock/

5秒おきに5秒のパフォーマンスがランダムに続きます。メカニカルな振り付けが面白い。

よく見ると、4人が入れ替わったりいっしょになったりして参加している。

オーディションの様子も大変面白い。18人が参加しているのだが、上記の4人はどこにいるんだろう?

http://www.uniqlo.jp/uniqlock/audition/

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中国語で悩む

ひょんなことから中国語を勉強することになって、まぁ続くかどうかわからないんだけどとにかく最初のレッスンをマンツーマンで1時間半ほど受けてきた。

なので忘れないうちに書いとこうと思って。

まず先生は台湾から来た北京語の先生だ。これがまず前提。

以前から中国語には関心はあって、それは例えば中国の子供たちはどうやって漢字を学ぶのだろうか、というふうなことだった。

日本語ならひらかなやカタカナがあるので「漢字」を「かんじ」と読むのであるということを表記できるわけだが、中国語には漢字しかないので、じゃぁ難しい字があったときにどうやって辞書を引くのだろう?辞書にはどう書いてあるのだろう?

ということを以前中国人に聞いてみたら、「それにはピンインを使うのだ」という、ピンインはつまり日本で言うところのローマ字であって、アルファベットで中国語の発音を表記するわけだ。だから、中国の子供たちは自国語を覚える前にまずアルファベットを習い、ピンインを通じて漢字を学ぶというわけだ。

しかし、アルファベットが中国に導入されたのは最近(といっても数十年)のはずだ。その前はどうしていたのだろう? ということも疑問だったので、今回、先生に聞いてみた。

すると、「注音符号」(中国語でもこういう風に表記する)というのがあった、という。37の記号を組み合わせて音を表現するのだ。これはちょうどハングルに似ている。母音と子音を記号化して組み合わせることによって発音を表現するのだ。

Fourintonations_2 ところで皆様もご存知のとおり、中国語は発音だけでは意味が通じない。発音プラス抑揚で初めて記号として成立する。これには有名な四声と、私も今まで知らなかったのだが軽声(短音のような感じ)というのがあるという。つまり発音×(四声+軽声)で初めて中国語として成立する、と。

で、この四声というのが抑揚といっても音の強弱ではなくて音の高低なので、これがまた不思議だった。つまり、普通にしゃべっているだけでも音楽のように音程がついてしまうのである。じゃぁ、歌を歌うときにはどうするんだ? 中国語でワン・ノート・サンバを歌ったら、ワンノートにならないじゃないか、というと、これは確かにそうなんだそうだ。「中国語で歌っているのを聴いていると、意味がわからないことはよくある」と先生も言っていた。つまり類推しながら聞かないとわからないということなのだろう。

その四声を音の高低で図示すると図のようになるのだが、3声は長いのだな。2声と3声はその長さで判断しないと聞き取れない。で、軽声は直前の四声の最後の音と同じ音程で発音する。

「じゃぁ、これを覚えるには楽譜書きたくなるねぇ」と言ったら、そうなのだ、と先生が経験を語ってくれたのだが、先生は「チャゲ&飛鳥」が1995年に台湾でコンサートを行ったときに通訳として一緒についていたらしい。そのときに飛鳥が「中国語で挨拶したいので教えて欲しい」というので即席で教えたのだが、教えているうちに飛鳥がそれを楽譜に書きとめ始めたのだそうだ。

実際、四声の音の高低は音程にして2度や3度はあるのだ。3声などは「出せる一番低い音まで下げる」と言う人もいるくらいだから、楽譜にするのももっともな話である。

他にも難しいことはいろいろあって、zhaとchaの発音の違いとか、「e」の発音とか(これはもう完全に忘れた、二日前だったのに)、難しかったなぁ。

簡単な挨拶とか、自己紹介なんかも教えてもらったけど、発音と同時に四声も覚えないと役に立たないので、これは難しいよ。つまり、歌を覚えるかのごとく覚えないといけないわけだ。コードまでつけてやれば覚えられるかな?

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2007年8月23日 (木)

ボサノバの奥深さに悩む

Carloslyra なにしろ「イパネマの娘」を弾きたくてギターを始めたくらいなので、正直私にとってのボサノバはつまりすなわちジョビンなのであったのだった。

ジョアン・ジルベルトも最初は「ああ、アストラッドの旦那さんね。奥さんが有名だと大変だね。」という認識違いもはなはだしいことを思っていたのだった。

一方では「ジョアン・ジルベルトこそがボサノバである」というボサノバ原理主義者みたいな人もいて、その人に言わせるとジョビンですらボサノバではないというのだ。いやはや。

で、そんな私は、ボサノバらしいボサノバというとエドゥ・ロボあたりまでかな、と思っていたりして、例えばジョルジュ・ベンあたりになるとちょっとボサノバとは違うのではないか、という違和感を持ったりする。これはつまり、私がアメリカへ渡ってからのボサノバを見聞きしているからなので、先の原理主義者などに言わせるときっととんでもない認識なのだろう。

そういう私なので、カルロス・リラやホベルト・メネスカル(「二人と海」の作曲者である!!)という人たちは、ボサノバの中心からはちょっと離れたところにおいでになるのではないか、と踏んでいた。その二人がいきなり出てくるので、「ディス・イズ・ボサノバ」には当初違和感を感じていたのである。

例えば、「ディス・イズ・ボサノバ」の原題は「Coisa Mais Linda」(一番美しいもの)という、カルロス・リラの曲名が使われているのだが、この曲のコード進行はこんな感じである。

 Coisa Mais Linda by Carlos Lyra

| G6 | G6 | F#7-9 | B7-9 |
| E7 | A7 | D7(9) | G7 |
| C7 | F7 | E7(b13) | E7 |
| A7(13) | A7(b13) | Am7 | D7-9 ||
| G6 | G6 | F#7-9 | b7-9 |
| E7 | A7 | D7(9) | G7 |
| C7 | F7 | GM7 | Em7 |
| Bm BmM7 | Bm7 G7 | C#m7-5 | F#7 |
| Am7(11) |  Am7(11) | D7-9 | D7-9 ||

ううむぅ。これがボサノバですか? なんかビバップみたいなコード進行ですが、これをあんなふうに弾くってのは、こりゃかなりの技量が必要ですね。7thの連続4度進行ってのには参りました。私はこんなの弾けません。

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2007年8月22日 (水)

ギャル曽根のウンコに悩む

Galsone 大食い選手権というのはもともとテレビ東京の「TVチャンピオン」の企画だったと思う。人気が出てきたので他の各局がアイディアやタレントを引き抜いていったのだ。

私がいつも不思議に思っていたのはあれだけ食べたものがいったいどこへ行くんだろうということだ。いったいどれほどのウンコが出るものかという、全く純粋に科学的な疑問があったのだった。

ギャル曽根はここ1,2年のし上がってきた大食い界の新星である。高校生だったころからこの業界に足を踏み入れたのだろうか? いまや便利なタレントとして忙しいらしい。

そんなギャル曽根を科学的に解明しようとしたのがお笑いグループ「ネプチューン」の深夜番組である。番組タイトルは知らない。昨夜というか、火曜日の25時くらいの番組だったと思う。どこの局かは知らない。

その番組ではギャル曽根の一日を密着でレポートし、朝からオムレツ5kgを平らげ、夜には回転寿司を数十皿食べる姿をレポートしていた。ちなみに、この一日でギャル曽根が摂ったカロリーは15,000Kcalだということだった。そのなかで、ギャル曽根自身が「一日に、多いときには6回ウンコする」と言っていた。

さらに番組はギャル曽根に対して検便を行い、腸内細菌の分析を行った。それによると、ギャル曽根の腸内には50%近くのビフィズス菌が生息しているということで、これは平均よりもはるかに多い値なのだそうだ。

しかし、たかがビフィズス菌がたくさん住んでいるからって、あれだけ食べられるものなのだろうか?あの大きな口、小さな鼻の穴でもりもり食べるにはきっと別の秘密があるに違いない。

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2007年8月21日 (火)

洗顔で悩む

もう10年以上になると思うが、毎日、一日に4回石鹸で顔を洗っている。

まずは朝に顔を洗うときに二回。二回目は少しの石鹸でよく泡が立つので、その泡で電気かみそりを使って石鹸剃りをする。

夜には風呂に入るわけだが、ここでも二回顔を洗う。頭洗って顔洗って体洗って、そのあとでもう一回石鹸で顔を洗うのだ。

もともと、風呂で顔を洗うときに一回だけではどうしても耳が綺麗になった気がしなくて、二回洗ってみると綺麗になったので、ついでに顔も二回洗うようになったのだった。

たしかに、顔を一回洗っただけだと、なんだかまだぬるぬるが残っている感じがするのだが、二回洗うと、お皿をあらったときのように「きゅっきゅっ」という感じになる。

この感じを覚えてしまうと、朝の洗顔にもこういう「きゅっきゅっ」を求めるようになる。

世の女性たちは、「手の中で石鹸を泡立ててから、その泡を使ってそうっと顔を洗う」ということをやっているようだが、男はそんな女々しい洗い方をするものではない。手でごしごし洗って、洗うと同時にきたえるのぢゃ。

・・・と思っていたのだが、最近放映されたTV番組で、こういうごしごし洗いはよくないのだ、ということを言っていて、それが実は気になっている。朝の洗顔で脂気を取り去ってしまうと、却って(それを補填しようとして)脂性になる、というのだ。

ううむ、そうなのかなぁ?夏なんか、家を出て1,2分で汗まみれになるんだから、そんな脂性になる余裕なんかないと思うのだが。

とか思いつつ、今日もいつもの習慣でついつい朝二回、夜二回の合計4回石鹸洗顔しているわけだ。

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循環コードで悩む

何でそんなことで悩むのかというと、自分で考えた循環コードがあるんだけど、それが難しくてうまく使えないっていう話です。

どういう循環かというと、

||: Am7 | D7 | Ebm7 | Ab7 :||

というわけで、4度進行しちゃ半音上がる、という循環で、これをネタに曲まで作ったけど難しくて練習する気にもならないというていたらく。曲名もつけたけど忘れてしまった。

この循環をどうやって考えたか、という話もあるんですがまたの機会に。

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山口小夜子の死で悩む

Sayoko 山口小夜子さんが亡くなったそうだ。8月14日だったという。享年57歳。

そういえば日本女性としてその美しさを世界に知らしめたのはこの人が最初じゃないかもしれないけど(田中絹代さんとか)、私たちの世代の認識ではこの人の功績はとても大きい。

なんでも、美しく歩くために合気道を学んだとかいう話も聞いたことがある。そして、パリの街角で暴漢に襲われたときに、無意識のうちに投げ飛ばしたということをエッセイか何かで読んだ。

そういうことがあったので、子供にも合気道は学ばせたかったし、自分でもやってみようかと思っていた。近所の同情にも行ってみたのだが(体験のみ)、子供たちは汗臭くていやだとか言うし、私も足が痛くなって入隊(?)にはいたらなかったのだった。

しかし、合気道やってても57歳で他界してしまうのかぁ。でも美しく生きられたなら、それでもいいのかもね。

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カーナビ購入で悩む

Carnavi カーナビを買うことになったわけですよ。で、オートバックスなんかに行って物色したわけです。

車の構造から、オーディオを取り付ける部分に組み込むのがいいだろう、ということになって、しかしオーディオの位置では下すぎるので(下の写真で印のついているところ)視線の動きが大きくなる。これは運転中にはまずい、ということで、カーナビはそこからせり出して上に立ち上がるような形がよいだろう。

ということになったのだが、これが意外に選択肢がなくて、しかも高いんだ。

オーディオユニットのところに画面がべったりつくタイプだと、15万くらいなのに、こういう立ち上がりタイプだと28万円になる。倍だ。

何でそんなに高いかというと、オーディオとビジュアルの機能がついてしまうからなのだ、そんなのいらないのに。

サラウンドの5.1chとかデジタルTVなんていらないっていうのに、「いや、渋滞の時には役に立ちますよ」、役立つもんかそんなもん。

Cockpit 「CDを入れると、自動的にデジタルで録音します。」しかし、それはAACであって、しかもそれをHDDから持ち出すことはできない。同じメーカーのステレオセットを持っていれば、そのなかでAACにエンコードしたものをSDカードで持ち込むことはできる。しかし、そんなステレオセットは持ってない。うちは徹底してPCでmp3だ。

だいたい、うちでは車の中ではmp3プレーヤをFM電波で飛ばしてカーステレオで聴いている。このカーナビを入れても、どうせipodやSONYのmp3プレーヤからの音を信号で入れることになるのだから、オーディオ・ビデオにかける約10万円(計算は後述)は全くドブに捨てるようなものだ。

なので、最新のモデルは要らない、として一つ前のモデルが展示品21万円というので、それにした。でもオーバーホールするとかで取り付けは月末になる、と。で、そのうちの10万円くらいがオーディオ・ビデオというわけだ。

というわけで、手付金を1万円置いてきたわけだが、実はまだ納得してないので、他でいいものがあったら1万円は捨ててそちらで買ってもいいと思っている。

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2007年8月19日 (日)

映画「デジャブ」で悩む

Dejavu 「デジャブ」は「既視感」と訳される。「アレ?この風景はいつか見たことがあるぞ?」というやつだ。これは脳が物事を記憶するときにいつの記憶であるかを閉める情報を入れそこなったためにたった今体験したことを以前に体験したことのように思ってしまうものであると説明されている。本当かどうかは知らない。

ディンゼル・ワシントン主演のこの映画はよくできた映画だと思う。究極のデジャブとはどういうものであるか、ということを突き詰めて考えて、それを実現するストーリーを作り上げたという感じだが、導入部にはGoogleEarthのアイディアから発展させたのではないかと思われるシステムが提示されるから、これはSFと言ってもいいのかもしれない。

でも、話としての破綻もなく(いや、途中のアレはちょっとナニだが)、よくできた映画脱兎思う、面白かった。

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ボサノバ映画見てきて悩む

「ディス・イズ・ボサノバ」見てきました。渋谷のミニシアター「Q-AX」です。

Wanda 前半はカルロス・リラとホベルト・メネスカルの語る「ボサノバ黎明期」で、大体この映画ってジョビンとジョアンの話にあんまり重きを置いていないような印象があったので、へぇ、そういうものなのかな? 私のこれまでの知識がジョビン/ジョアンに偏重していたのだったろうか?などと考えていたのだが、後半になって「やっぱりトム(ジョビン)とジョアンだよね」というふうな話になった。

前半ではナラ・レオンにかなりスポットが当たっていたりして、なるほど、そういうことがあったのか(コルコバドを見下ろすナラのアパートにみんなで集まって・・・)、などと納得。

他にも、TANBAトリオの動画や、TANBAトリオでフルートを吹いていたベベートのインタビュー、ジョビンとジェリー・マリガンのワンノートサンバなどお宝映像満載で、これはDVDの発売が待たれるところなのだが、この映画は2005年に完成しているわけで、まだDVDになっていないってことは当分無理なのかな?

他にも「小舟って曲はこうやってできたんだよ」みたいな話が満載です。

Q-AXでは今日、特別にボサノバライブコンサートというのが企画されていて、16時、18時、19時、20時にいろいろあったのだが、なんだかめんどくさくなってそれは見なかった。20時からはボサノバセッションってことで、今日はたまたま(なんでだ?)ギターを持っていってたので、参加してもよかったのだが、今日は散髪しないとどうにもならなかったので、それは断念したのだった。

上映予定などはこちらから。
http://www.wisepolicy.com/thisisbossanova/

あ、なんだ、もうDVD出てるんだな。リージョン4とかいてありますけど。
http://www.amazon.com/This-Bossa-Nova-History-Stories/dp/857660079X/ref=pd_bbs_sr_1/002-4891808-6552833?ie=UTF8&s=dvd&qid=1187529482&sr=8-1

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2007年8月15日 (水)

実家の片づけで悩む

父が21年前に他界し、母が実家に一人で住んでいたのですが、その母も4月に亡くなりました。弟が住むという話もあったのですが、仕事の関係でそれもならず、実家を処分することになりました。

そのために、盆休みを利用して家を空っぽにしてきました。

とは言っても、自分たちでやるととても捨てられないものばかりなので業者さんに頼んだわけですが、一切合財処分する前に残すものを取り分けないといけません。

残すものとして、すでに金目のものは取り分けてあるので、仏様関係とあとは写真かな、とか思ってたんだけど・・・。

父が写真を趣味にしていたので、写真とネガ、そしてポジフィルムも山ほどあります。それらを全部残せればいいのですがそういうわけにもいかないので、その中から必要なものを選りだしてきました。父の写真は風景が多くて、めったに人を撮らないのですが、時折親戚の貴重な写真があったりします。

今回、アルバムの中からの貴重な資料としては、カリフォルニアに住んでいる親戚の手がかりが得られたことです。まだ手元に届いていませんが、手紙を出してみようと思います。

母の着物にも困ったなぁ。結局着物買取センターというところに引き取ってもらいましたが、大半はカビにやられていたせいもあって20着もあってたったの2000円でした。

それから仏壇。これは私が引き取るという話になっていたので、予めいろいろ考えていたのですが、結局ぎりぎりになって頼んでみた引越しセンターが一番安かった。しかし「運び出す前に仏壇の魂を抜いておいてください」と言われたのには参った。浄土真宗ではそういうことをやらないらしいが、正式にはお寺さんにお願いすることになりました。

Yamahagut屋根裏からこんなものが出てきました。私が高校生のころに弾いていたヤマハのガットギターです。

トップの一部が割れていて、補修するのに薄板を貼ってあるのと、ネックの付け根にクラックが入っていて、それを補強するために穴を開けて接着剤を流し込んだりしているので、まぁ使えないかもしれないな。

母がギターを捨てるとは思えなかったのだが、しまいこんで忘れていたのかもしれない。

ほかにもいろいろ家電製品とかあったのだが、みんな引き取られていった。なんだかリサイクルするようだったなぁ。

・・・と、なんとなくかしこまって、ですます調で始めてみたが、やっぱりいつもの文体に戻ってしまった。一気に書かないからだな。途中で休みと文体を維持できないや。

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コード表記に悩む

例えば、

| Gm Gm+7|Gm7 Gm6| EbM7 |  Eb6 |

なんていう表記があるわけです。

これはGmの伴奏をするときの常套手段(クリシェ)としてGからの半音下降をもってきて、それでついでにEbM7へつなげてしまいなさい、という指示なんだろうけど、それは演奏する側の裁量で考えることであって、作曲者が指定することではないのではないか、と思うわけです。

どうしてそういうことにこだわるのかというと、曲としての基本的なコード表記と、ソロをするときに参考にするコード表記は別物であってよいと考えているからなんで。

これは言い過ぎかもしれないけれども、各自が勝手に代理コードでアドリブしたり伴奏したりするのがジャズなので(大体、伴奏とソロを分けるのもあんまり意味がない気がするし)。

だから、Fdim7がEm7へのアプローチコードだとすると、アプローチコードというのは演奏者の裁量の領域だから、それをコード進行として表記するのは最初に挙げた例のような違和感を感じるわけです。

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2007年8月 4日 (土)

ロト6必勝法に悩む

ロト6は1から43までの数字から6つを選ぶ籤である。毎週抽選(?)されて結果が出るが、6つがドンピシャで当たると大きな賞金が出る。いくらになるのかはよく知らない。

5つまであたると、それは残念でしたということでボーナス数というのが毎週設定される。5つとボーナス数まであたると、準優勝みたいな賞金が出るらしい。こういう高額賞金は狙ってないのでよく知らない。

私が狙っているのは1万円前後とか、もう一桁上とかのあたりである。

どうやって狙うかというと、過去の当籤数が公表されているから、それをもとに法則性を探ろうというわけである。LOTO6に関しては過去に300回行われているのである程度有意な推測ができるのではないかと思っているわけだ。

まぁいろんな方法があるだろうけど、私がやってみたのは6つの当籤数を計算してあるマジックナンバーを算出することだった。過去300回でのマジックナンバーの出現率と、ランダムに生成した仮想的当籤数30000組で同じように算出したマジックナンバーを比較すると、有意かどうかわかるかもしれない。

下の表がその比較結果である。

301回の実績 30000回のシミュレーション
マジック# 出現数 出現率 マジック# 出現数 出現率
0 98 33% 0 7561 25%
1 36 12% 1 3559 12%
2 3 1% 2 609 2%
3 80 27% 3 7783 26%
4 37 12% 4 3951 13%
5 1 0% 5 640 2%
6 26 9% 6 3437 11%
7 14 5% 7 1365 5%
8 3 1% 8 198 1%
9 1 0% 9 529 2%
10 2 1% 10 233 1%
11 0 0% 11 51 0%
12 0 0% 12 47 0%
13 0 0% 13 29 0%
14 0 0% 14 4 0%
16 0 0% 16 4 0%

これを見ると、マジックナンバー「0」を与えるような組み合わせを選ぶといいのかもしれない。

・・・という結論に達したのが実は昨年の5月のことだった。で、また乱数を使っていろんな組み合わせを作り、マジックナンバーを計算してその中からマジックナンバー「0」な組み合わせで何度か買ってみた。

その結果、2回くらいはそこそこよかったのだが3回目に大負けしてそれからぱったり買わなくなってしまった。

結局1年の間に5回くらい買ったかな。1回千円ずつ(5口)で、先日久しぶりに買ったら5口のうち1口が1000円当たった。

まぁそんなもんで、確率論的に当たり前といえば当たり前で、一攫千金ってのはなかなか難しいようだ。

基礎データから作成した当籤数の出現回数をリストアップしてみた。次回はこれで買ってみよう。

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ボサノバ映画で悩む

Thisisbossa ディス・イズ・ボサノヴァという映画が8月4日に日本で封切りらしい。カルロス・リラとホベルト・メネスカルが解説するらしい。ポルトガル語で読むとホベルトだが、英語よみするとロベルトなんだろうな。

原題は「Coisa Mais Linda(もっとも美しいもの)」だということだが、同名の曲をさっきカルロス・リラがTVで歌っていた。カルロス・りラは初日挨拶で歌うために日本まで来たらしい。

カルロス・リラはヤマハのサイレントギター(ナイロン弦)を使っていたが、いい音出していた。まぁ伴奏だけど。サイレントギターを座ってい弾いているのだが、肩にストラップをかけていて、そこにもしっかりと「YAMAHA」の文字が見える。

映画の原題の曲より、「私とそよ風」だったか、そっちのほうがよかったなぁ。

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2007年8月 3日 (金)

雑草根性に悩む

Zassou 写真ではよくわからないかもしれないが、これは歩道橋の側壁の隙間に根を下ろした雑草(セイタカアワダチソウ?)である。

コンクリートの隙間にどうやってか種子が入り込み、根を下ろして生き延びでいるのである。

すばらしい生命力である。これこそが「根性」という言葉の由来ではないかと思うくらいだ。

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ヨレる歯ブラシに悩む

Haburashi なぜか歯ブラシがいつもこんなふうに反時計方向にヨレるのだ。

私はちゃんと歯ブラシを水平に持ってブラシを垂直に動かして歯を磨いているのだ。ロボットの様に正確に。なのになんでこんなふうにヨレるのだろう?

やはりどこかで回ってしまっているのだな。

というわけなので、なんとなくではあるがこれが気持ち悪いということから、左手で歯を磨くことにしてみた。ところがこれがなかなか難しい。昔右手に大怪我をしたことがあって、そのときには歯磨きも箸を使うのも左手でやっていたのだったのだったが、そのコロもこんなに不器用だったのだったろうか? 

左手だけで磨くとやはり心もとないので、右手でもやはり磨くことにしたのだが、やっぱり左手だと30%くらいの力でしか磨けないな。

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首相の詭弁に悩む

今朝の新聞によると、「(首相が解散させることができる衆議院とはちがって)参議院は解散させることができないのだから、参議院選で負けたからと言って首相を辞める必要はない。」と安部が言っているらしい。

ははぁ、なるほど。衆議院とは違うからねぇ、っておいっ!

つまり、「民意を汲む」という意識が全くないわけだな。

参議院の性格と、その選挙の結果をうまく結びつけた詭弁だ。これは「(法律で領収書の提出が義務となっていないから)領収書をださなくても適切な処理と言える」というのと根は同じだ。

つまり、誠意ってものがない。誠意を抜きにして、無理やり理由をくっつけようとしているだけのこと。

ほんとにこんな政府はもういやだ。

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2007年8月 2日 (木)

更迭か辞職かで悩む

赤城農相は「前日夜、ひとりで静かに考えて決めた」と言っているが、1日朝にはやる気満々だったという報道もある(ソース未確認)。1日朝、安部首相に呼ばれ、「一からやり直してはどうか」と言われて、「紙をください」と事務官に便箋をもらい、その場で辞職願いを書いたということらしい。

つまり「詰め腹を切らされた」、「辞職だが実質更迭」というのが真相らしい。

では「実質更迭」と「更迭」では何が違うかというと、それはつまり安部首相に説明責任があるかないか、というわけで。「更迭」するには理由を説明しないといけないが、「辞職」なら単に了承するだけでよくて説明する必要がないからだ。

ずるいな。いや、小ずるいんだな。こうやって、小さな小ずるいことを重ねてごまかしていくのが安部のやり口だ。「法律の範囲で処理していると聞いている」、「月800円で大臣を辞めろというのか」。

小泉も論点のすり替えが得意だったが、安部はもっとスケール小さく小ネタでいらつかせてくれる。まったく情けない政府だ。

7月末の時点で安部は「赤城を含めて内閣を一新する」と、名指しで赤城の次期内閣入りはないことを明示した。これを受けて赤城は「内閣改造までは安泰」「よ~しそれまでがんばるぞ」と思っていたらしい。ところが8月1日朝にまた別の赤城疑惑が発覚し、安部の堪忍袋が切れたらしい。

しかし、こうやって「実質更迭」を「辞職」と言いくるめ、「前日の夜に一人で静かに考えた」などと、ごまかしにもほどがある。赤城はしゃべればしゃべるほどボロが出る体質らしい。

決して同情するわけではないが、実は私にもそんな経験がある。しゃべればしゃべるほど言っていることがおかしくなるのだ。それはなぜかというと、「絶対にしゃべってはいけないこと」があるからなのだ。いや、私の場合はそうだったのだ。

で、「言いたいことがあるなら言ってみろ」と言われて、「言いたくないことはありますが、言いたいことはありません」とか言ってさらに墓穴を掘ったりする。「じゃぁ、その言いたくないことを言ってみろ」「言いたくないので言いません」「なぜ言えないのか言ってみろ」「言いたくありません」等等。ああ、もう思い出したくもありません。

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