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2007年10月の17件の投稿

2007年10月27日 (土)

グライダースーツで悩む

人間が空の高いところから自由落下すると、時速二百数十km/hくらいの速度になるらしい。速度が無限に大きくならないのは空気抵抗があるからだ。パラシュートだと秒速5~10mだから時速にすると20~40km/hというところだろうか。

グライダー・スーツとかいう、こういうのを身に着けると、落下速度を60~100km/hくらいにまで落とせるということだ。その速度は垂直速度ではなくて、飛行速度ではないのだろうか? 降下率が・・・、まぁいいや。とにかく、こんなのを身に着けて落ちていくのは、鳥になったようなちょっといい気分ではないだろうか。

まずはまっすぐ垂直に急降下して速度をつけたらそこから引き起こして水平飛行から上昇に入る。きっと重力加速度がすごいだろうな。水平から頭が上がってきたあたりで右へひねって右旋回に入る。高度を保ちながら旋回し、高度を保てなくなったら緩やかに旋回から直線飛行に移り下降する。こういうことを何度くらい繰り返せるだろうか?

着陸はとても無理だろうから、パラシュートを使うのだろう。失速速度を20km/hくらいにまで落とせれば、この格好のまま着陸することもできるんじゃないかな? それにはこの倍以上の翼面積が必要だろう。

なんにしても、(安全を確保した上で)一度は体験してみたいものだと思う。

Glidersuites

10/31:こんな動画を見つけたので追記。

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2007年10月25日 (木)

小説「ブラックダリア」に悩む

Blackdahlia 映画「LAコンフィデンシャル」が封切られたのが1997年で1998年のアカデミー賞を目指したが、この年には「タイタニック」がアカデミー賞を総なめしたために、「LA」は助演女優賞(キム・ベイシンガー)しかとれなかったのだった。

だから私がこの映画を見たのは多分1998年だ。レンタルのビデオだったのかDVDだったのか、とにかくツタヤで借りたんだろう。

しかし、正直言って、この映画はさっぱりわからなかったのだった。いやもうほんとにわからなかった。でもそういうことはよくあることだったので、気にすることもなくすごしていたのだった。

「ホワイトジャズ」という小説を読んだのは、多分1999年だったのではなかっただろうか。これは単にそのタイトルから白人ジャズマンの話かなと思って買ってみたのだった。ゲッツとかエバンスとかマリガンとかかな?と。

読み終わってから、この小説は「LA4部作」(当時は3部作と言われていたかもしれない)の3作目にあたる作品であることを知った。そうか、これがあの「LAコンフィデンシャル」の原作だったのか!!、ということで、改めて4部作を初めから読み始めたのがやはり1999年だった。

3部作の最初の作品がこの「ブラックダリア」である。若い女性が惨殺された迷宮入りの実話を元に、作者ジェイムズ・エルロイが事件を創造する。

ところがこのとき、私はこの小説をちゃんと読めていなかったようだったのだ。というのは主役級の二人の警察官「リー・ブランチャード(Lee Blanchard)」と「バッキー・ブライチャート(Bucky Bleichart)」を混同した上に、ファーストネームで呼ばれたりするときにどっちがどっちだったかわからなくなり、話を追いかけられないまま読み進んでいったのではないかと思われる。

で、この小説は私の中では消化不良となっていた。だからなのだろうか、この本は捨てられることなく、綺麗にケースにいれられて物置にしまいこまれていたのだった。

この本をもう一度読む気になったのは、映画「ブラックダリア」を見たからだ。印象薄いと思っていた原作から生まれた映画がこんなに面白いのなら、やはりこれは原作を読み直すしかないだろう。

というわけで、小説「ブラックダリア」を通勤電車の行き返りだけで読んだ。2週間かかったかな?

今回はブランチャードとブライチャートを混同することなく、映画のいろんなシーンを思い出しながら、明確に小説のストーリーを追うことができた。面白かった。後半は映画との違いがいろいろとあったが、それでも楽しむことができた。やはり映画は小説とは違った展開もあっていい。例えばこの話は極端に回り道をしたラブストーリーであるという見方もありだと思う。

LA4部作は、それぞれの主役が別の巻では脇役になっていたりして、野坂昭如のTV界黎明期の群像小説を思わせるところがある。「人生は人々の生き様が織り成す綾織りである」とはどこかのフランス人の言葉だが、その言葉を実感させるものがこの4部作には確かにある。

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2007年10月21日 (日)

ガットギターが欲しくて悩む

ガットギターを買う代わりに、去年手に入れたヤマハのエレアコにガット弦を張れないか、と考えてみた。問題はブリッジとナットだが、ブリッジのほうは弦の先を結んでコブにすればなんとかなるんじゃないかな? ナットはおそらく削って溝を太くしないといけないだろう。ペグに弦が通るだろうか?それは大丈夫じゃないかな?

ヤマハのエレアコというのは、去年オークションで手に入れたものだ。電気系は保証しないということで値が上がらず、2100円で落札したものだ。電気系は電池を入れ替えれば何とかなるだろうと思ったのだが、電池を入れ替えても電気信号は出てこなかった。電気系のパーツはボディの中にあって、これは取り出し方もわからない。ヤマハの工場送りにして修理してもらったら9500円かかった。

Us440be_2  で、ナイロン弦を買ってみようと思って横浜へ行ってみた。最初は「一番硬い弦」を探していたのだが、探しているうちに面白いものを見つけた。「エレアコ用ナイロン弦」というものだ。

何のことかと思ってパッケージをよく見てみると「Ball End」と書いてある。つまり。弦の端っこがスティール弦のようにボール処理してあるということだろう。これで問題のひとつは片付くことになる。

ではそのボールエンドっていうのはどうなっているんだろうか?

Electricnylon1st これが1弦のボールエンド。ビーズに通した弦に結び目を作って止めてある。

Electricnylon6th これが6弦のボールエンド。こちらは、スティール弦と同じような真鍮のボールがついている。

残る問題はナットだ。APX6は12年前に製造中止になっているから、ギターとしてもずいぶん古いものだが、程度は悪くない。ネックはしっかりしているし、フレットも新品のようにはいかないが、演奏には問題ない。そのナットもスティール弦にぴったり合うように調整されている。このナットをへたくそな細工で台無しにするのは忍びないので、この続きはまた来週。

Apx6nut

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2007年10月20日 (土)

女性ギタリストに悩む

Muraji 昨夜、ボーっとテレビの番をしていたら、徳永英明の番組みたいなのが始まって、ライブ演奏になった。

伴奏はギター一本だ。女性が弾いている。うまい。美人かも。

キャプションに「徳永英明+村治佳織」とか書いてある。おお、村治はこんな仕事もするのか。さすがにうまいなぁ。アレンジは自分でやるんだろうか? 譜面を見ていないようなのと、マイクを2本立てているのが印象的。曲名は覚えていない。

などと、またガットギターが欲しくなる秋なのであった。

YOUTUBEに投稿されるといいなぁ。深夜番組で流すだけではもったいないパフォーマンスだった。

徳永の番組ではなくて「僕らの音楽」というものらしい。佳織というのも漢字が間違っていたので修正、ついでに写真を入れてみた。

10/27追記:辛抱強く待った甲斐あって、徳永×村冶がYoutubeで公開されました。放映の2、3日後にいったんuploadされたのですが、フジテレビが即効で削除依頼を出していったん削除され、その後またUPLOADされたものです。

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2007年10月17日 (水)

壊れキャラに悩む

知り合いに薦められてみたのだが、こういう「壊れキャラ」って演技なのか地なのか「はて、どうなんだろ?」と思われているうちが華なんだろうなぁ。一人でやってる分にはかなりイタいのだが、竹山がうまく転がしている。

竹山の役割は、ツッコミっていうんじゃなくて「転がし」だな。時には受け止め、時にはツッこみ、うまく面白さを引き出しているのだなぁ。

しかし「バッティング・センターでバント」ってのは私もやったことがあるぞ。私の場合は「バッティング・センターでデッドボール」ってのもあったのだ。勝ったな。

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2007年10月14日 (日)

ゴミの分別で悩む

一人暮らしを始めたころ、「プラスティック、あ、これは燃えるわな」、「茶殻、こんなの燃えないよな」という感覚で分別して、マンションの管理人にこっぴどくしかられた。

「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」というのは実は間違いで「燃やしてよいゴミ」「燃やしちゃいけないゴミ」というべきだと思う。

いまどきのゴミはさらに「リサイクルさせるゴミ」なんてのがあるから難しくなっている。

横浜市ではほんの数年前まで、「強力な焼却機があるから、なんでもこい!!」だったはずだったのだが、なんだか今は難しいことになっているぞ。

なにしろ、横浜市の広報誌にこんなクイズが載っているのだ。

【問題】次のものをプラと燃やすごみに分けてください。
1) CDやビデオテープのケース
2) 名詞のケース(プラマーク付き)
3) コンビニの弁当容器
4) 買ったポケットティッシュの外袋
5) クリーニング店で洋服にかけてくれるビニールのカバー
6) 街頭でもらったポケットティッシュの外袋
7) 残り物の皿にかけるなど、自宅で使ったラップ
8) 自分で買った使い捨て用弁当容器
9) 肉や魚、総菜などの食品トレイにかけてあるラップ
10) 家宝の壺を親戚に宅配便で送るときにつめたプラスチック製緩衝材

Puramark だいたい、「プラ」ってなんだよ? っていうと、これがつまり「プラスチック製容器包装」ということなんだそうで、基本的にはこういうマークがついている。「商品をを入れたり包んだりしているもの」という定義だということだ。う~んそんなゆるい定義でいいのかな?

ちなみに、先のクイズの答えは、2)、3)、4)、9)がプラであってリサイクル回収する、そのほかは「燃やすごみ」。こんなのわかんねぇ~。

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スパム・トラックバックに悩む

先週から、やたらとスパムなトラックバックが増えている。

ちょっと規制したほうがいいかな?

推測ですが、ここをご覧の方が、なにやらスパイウエアを担いでいるのかもしれません。その人が見ているブログをどこかのサーバへ送信していて、そのサーバからスパムなトラックバックを書きに来る、というのはありそうです。

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2007年10月13日 (土)

セルメンの新機軸に悩む

Sermentimeless「セルメン」とは「Sergio Mendes」のことである。セルメンはもともとファンキー系のジャズピアニストだったのだが、ボサノバブームに乗ってポップス界への転進を図る。

まずはピアノトリオで活動していたようだが、「ボサリオ」という名前でもトリオ活動を行っていたようだ。これはあとで出てくる(はず)ボサリオとは別グループである。

セルメンは「ブラジル65」というグループで同名のアルバムをつくり、米国マーケットのマーケティング調査を行った、のだと私は思う。英語の曲も歌えるワンダ・ヂ・サーをボーカルに起用し、インストルメンタルな曲や、原語(ポルトガル語)の曲も配して、どの曲がウケるのかを見定めようとしたのだと思う。

そのマーケティングの結果生まれたのがボサロック(という、今から思えば恥ずかしい名前で当時呼ばれていた、と思う)「ブラジル66」である。

ブラジル66はピアノトリオに二人の女性ボーカルを配したグループである。最初のころは追加的なパーカッショニストもいなかったはずだ。このグループの歌う「マシュ・ケ・ナダ」をご記憶の方も多いと思う。私も今日の夕刻、大阪の某所で何かの店の店先で流されていたのを聞いたばかりだ。バスドラムを強調したリズムセクションと、二人の女性ハーモニーの妙が40年前の曲であっても古さを(それほど)感じさせない。

ブラジル66は、その後ブラジル77、88と進化を遂げ、99とか2000ってのもあったのかな?77の時には、弟分グループとしてデビューさせた「(新)ボサリオ」からメインボーカルを引っこ抜き、さらにはセルメンの奥さんにしてしまうという暴挙に出たりした。このボサリオというグループのプロデューサーがセルメンだったのだから、なんだそれ?という感じだが、この件は以前に書いた。

で、1996年に「OCEANO」というアルバムを出してからセルメンはぱったりアルバムを出すのをやめてしまった。このオーシャノというのもラップを入れたりしていたのだが、これが当時のブラジル音楽としてどう評価されていたのかはよくわからない。

で、そのオーシャノからそろそろ10年たとうという2005年にセルメンが発表したのが「TIMELESS」というアルバムなのだ。ああ前置きが長い。

この新しいアルバムは、セルメンが大好きという変なHIPHOP野郎が「YO!YO!,セルメンYO!,おれはYO!、あんたをYO!、リスペクトしてるぜYO!メ~ン!?」などといってセルメンと意気投合して作った、ということになっている。ほんとかなぁ?

まぁいきさつはともかく、出来上がったものはブラジル66にラップがかぶさっているようなもので、なんだか猥雑極まりない、って感じだ。私の頭が古いんだろうけどね。どうもHIPHOPってのはコンビニの前にたむろしているチンピラのイメージで好きになれない。HIPHOPダンスを見るのは好きだけど。

リスペクトしているだけあって、ブラジル66のころの「マシュ・ケ・ナダ」とか「Slow Hot Wind」なんかはボーカルアレンジをそのまま使っている。ひょっとしたら当時のボーカルトラックをそのまま使っているのではないかと思うくらいだ。いや、ほんとにそうかも知れんぞ、と思ってライナーノーツを見ると2004年に録音と書いてある。ボーカルはグラシーニャ・ラポレスとデビ・ノラで、前者はセルメンの奥さんである。ラニ・ホールかと思った。

で、一曲だけとても気になる曲があって、それは表題曲の「TIMELESS」なんだけれども、この曲で使われているガットギターの音がとてもとてもよいのだ。ギタリストはKleber Jorgeとクレジットされているが、楽器についてのコメントはない。どういう弦を使って、どういうボディで、どういうマイクを使って録音するとこういう音になるんだろうか? あるいはどうやって弾いたら? ひょっとしてGODINあたりのエレアコだったりするのかなぁ? こういうガットギターが欲しい。

その曲の一部をここに置いてみよう。|AbM7|B7|Bbm7|A7+5|みたいな感じかな?ボーカルはIndia Arieというひと。

と、このギターの話を書くための前置きが超長いっ。

スティービー・ワンダーがこのアルバムに参加してるって?どこに? ああ、あのハーモニカか。何でビリンバウにハーモニカなんだろう?と思っていたのだった。

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2007年10月10日 (水)

駅前ライブで悩む

今日、会社からの帰りに自宅の最寄駅前で突然エレキギターの音がした。半音下がる。ステラだ。

思わず振り向いて音の出ているところを探す。駅のロータリーにある小さなステージ、ではなくてそこから少しはなれたところでエレキギター(ギブソン175D)とウッドベースの二人でぼそぼそやっているわけだ。

この駅前ではときどきフォーク少年が歌っているのだが、ジャズのインストルメンタルグループというのは初めて見た。いや、実は私も機会があればやってみようと思っていたのだが。

というわけなので備忘録代わりに書いておくことにする。

そういえば、昨週末には近所のショッピングモールの小ステージでバイオリニストがスペインを演奏していた。オケをバックに女性が一人で演奏していたのだ。

いいよなぁバイオリンは。動きがあるから絵になるね。ギターはどうもサマにはならないな。

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残虐記で悩む

Zangyaku 最初に読んだ桐野は「リアルワールド」だったと思う。これは「何がリアルか? リアルとは何か?」という問いかけを投げかけるものだった。で、桐野は思いがけないところから「これがリアル、ってのもあるんじゃない?」というのを投げてよこすのだ。

「残虐記」は10歳の女の子が誘拐監禁される話だ。後味が悪いとも聞いていたから、読むのは気が進まなかったがなんとなく読み始めた。

しかし、少女が拉致されたところで先へ進めなくなった。私は自分でもどちらかというとサディスティックなほうだと思っていたのだが、こんなところで読めなくなるとは真性のサドではないようだ。

読み進めないまま、この文庫本は私のカバンの中に2ヶ月滞留していた。

今頃になって読もうと思ったのは、「ブラックダリア」とそれからもうひとつディックフランシスの本が部屋の奥から発掘されてきたからだ。桐野を投げ捨ててこれらの本へ進むわけには行かないし、現実的な話として桐野の本が一番ボリュームが少なかったのだ。

桐野の「残虐記」はよい意味で期待を裏切るものだった。おもしろかった。ボリュームの割に中身が濃い。後味もそんなに悪くない。しかも驚いたことに、この話は最初週刊アスキーに連載されていたのだという。へ~。

この話を読み終わってから、映画「世界残酷物語」を思い出した。いろいろな残酷シーンのあとに、見世物としての人間が提示される。残酷に見える動物たちの弱肉強食の世界よりも、実は人間が一番残酷なんじゃないかい? ということをこの映画は言っていたのだ。

では、桐野の「残虐記」は何を以って残虐とするのか? それは読んでのお楽しみ。

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2007年10月 7日 (日)

二輪ライダーの死に悩む

Noric なんだか最近訃報が多い。

国際GP二輪ライダーの「ノリック」こと阿部典史が今夜亡くなったということだ。交通事故だったらしい。

Uターン禁止の道路で、道を間違えたトラックがUターンをしてノリックと衝突したらしい。

ノリックは19歳くらいのころから注目されていて世界を舞台に活躍していたのだが、いまひとつぱっとしなかったので歯がゆい思いをしていた。享年32歳ということだ。無念だっただろうなぁ。

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楽譜が読めなくて悩む

楽典は一応押さえてあるので、全く読めないってわけではないのだけれども、楽譜を読むのは苦手だ。楽譜を読むのは私にとって「解読作業」なのだ。

例えば、「ワタシハガクフヲヨムノガニガテダ」「nazenarasorehaangounokaidokuniniteirukarananoda」というのを見て戸惑うのに似ている、かもしれない。これ、すぐには読めないでしょ?ちゃんと日本語なんですけどね。

楽譜を見て、音階もわかるし、長さもわかるのだけれども、それが私の頭の中でメロディというかフレーズというか、つまり「音楽」にならないのですね。

ちょいと話は変わりますが、音声合成の世界では「渡り」という現象があります。例えば「タ」という音は「T+A」ですが、Tの発音とAの発音をそのまま並べただけでは「タ」にはなりません。「T+A」が「タ」になるためにはその間をうまくつなぐ「渡り」が必要となるのです。

私の頭の中で捉えている音楽はちょうど「タ」のように音符同士がなんらかの形でつながったような形になっているので音符が読めただけでは頭の中でつながらないのだ。

この状況を他の人にどうやって伝えようかと長年苦心していたのだが、最近やっとよい例に出会った。

Gakufu0
この譜面はジャズの有名な曲なのだが、あえて曲名は伏せておこう。私はある日この譜面に出会い、「ええとこの曲、曲名は知っているのだが、どんな曲だっけか?」と考えて、解読を始めたわけだ。そして解読の結果なんとか頭の中でメロディにして「ああ、あれだったのか!?」と気づいたわけだが、あのメロディがこういう譜面になるのか!?ということで、これはショックだった。

このメロディは私の頭の中でこんなふうにつながっているのだ。

Gakufu1
音符の集合はそれだけでは音楽にならず、頭の中で結びついてから初めてメロディとして認識される。っていうのは私だけですか?

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サーバ用PCで悩む

Dragon NEC製のサーバ用PCが税、送料込みで18,690円で売られていたのに気づいたのは先月中ごろのことだった。新聞ニュースサイトのバナーに惹かれてたどり着いたのだが、CeleronD/2.66G、メモリ256M、HDDなしでこの値段というのはなかなかのお買い得だと思った。

しかし、こういうものに簡単に手を出してはいけない。こういうのを買ってしまうから安物買いとか言われたり、自分でもそうだよなぁと思ったりするのだ、ということはよくわかっているのだ。

なので、すぐには買わなかった。買わないでいたら、すぐに売り切れるだろうと思っていたのだ。
しかし、このBLogでも紹介したのに、そのPCは売れていなかった。ほかの製品は「完売」などと書かれているのに、このPCは売れ残っていたのだった。

なので、買ってしまった。

我が家に到着したのは先週の土曜日だった。9月30日か? ケースを開けてみると、さすがにサーバ仕様である。CDとFDのドライブはカバーに隠れている。冷却用ファンが背面に2台、前面にも1台装着されている。グラフィックはオンボードでおそらく非力なんだろうし、SATAのHDDは4台まで実装できるが、PCIカードは2枚しか入らない。それに思ったよりも背が高い。44cmっていうとミニタワーより大きいのであった。

買っておいた256GのSATA-HDD(7,800円)に同時に買ったWindowsXPのMediaCenter-Edition(14,000円)をインストールしてみると、なんと言うこともなく立ち上がってしまった(何を期待していたのだ?)。

今週はメモリを1G買ってきたので、これを入れようと思っているのだが、TVキャプチャボードも入れたいし、そうすると別のPCからそのボードを引っぺがしてこないといけない。この大きな筐体を何度も出したり入れたりするのは疲れるので、できるだけ固めて作業したいのだな。

写真で液晶モニタの台になっているのが新しく買ったサーバ用PC。Doragonと名づけた。

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2週連続のセッションで悩む

9月30日は新宿ペンタで3時間のユル~いセッションだった。ギター3人でゆるゆると過ごして、私が「ワンノートサンバはこう弾くのじゃ」講座をやったり、「パット・メセニーはこういう風に弾いとるんじゃ」講座があったり、「ニアネスはこう歌うんじゃ」講座があったり、楽器を持ってきていないご婦人のリクエストにこたえようとして四苦八苦したり、疲れたので20分ほど休憩を入れるなどという3時間でありました。

で、そのあと恒例として飯と飲みになるわけだが、入った店で個室のようなところへ通されたので、そこではギターも弾き放題。「これだったら初めからここでやればよかった」という話にまでなった。

で、ギター弾き放題になると、なぜか音楽分野が変わってきて、「パフ」、「カリフォルニア・ドリーミング」、70年代フォークかよっ、とか言いつつバート・バカラック特集になったりする。こんなだったら重たいフルアコギターもって行くんじゃなかった。

次回は初めからカラオケ行きましょう。

Yoyogipark 10月6日は代々木公園でまったり屋外オフ・セッション。こちらにはモバイルギターとミニアンプを持っていった。初めはギターの人ばかりでどうなるかと思ったのだが、途中からアンデスとかいうポータブル鍵盤楽器(リードではなくて笛の音で鳴る)とかアコーディオンなどが加わってホンワカな盛り上がりを見せた。

ピーヒョロ鍵盤とウクレレの「ハイウエイ・スター」ってのはちょっと見られないんじゃないかな。

モバイルギターとミニアンプはなかなか強力で、スチール弦の生ギターとは違って音の通りが実によい。よすぎることもあったくらいだ。歌判ならともかく、生でソロをやるならガットギターのほうがいいと思う。下手をするとギターよりもウクレレのほうが音の通りがよかったくらいだ。

今回はスマート携帯X01HTにオケのMIDIを150曲ほど仕込んでいっていたのだったが、最後にちょろっと「Fly me to the moon」をやったくらいだった。まぁ、アコースティックな感じの雰囲気だったし、セッションにオケは不向きだろうから、そんなもんだろう。

しかしこういう集まりでは遅れてきたほうがなんだかお客さん扱いになっていいみたいだなぁ。遅れてきても合流できる(させてもらえる)という人間関係を築いているということが重要なのかもしれないな。

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2007年10月 4日 (木)

小川洋子に悩む

Ringsample 映画「薬指の標本」をDVDで見た。小川洋子の原作をフランスの女性監督が映画にしたというので気になったのだった。

小川洋子というと、私の知っている小川洋子はオートバイ関係のライターで、洋書の和訳なんかもしていた人だった。「ハイ・スピード・ライディング(原題:Twist the Wrist)」なんていう本を熱心に読んでいたころもあったのだったなぁ。この本は捨ててないはずなんだが見当たらない。どこへ行ったんだろう? 同じ頃に買った「ライダーのためのオードバイ工学」というのはちゃんとあったのに。

まぁそのオートバイ関係の小川洋子さんというのは人違いなのかもしれない、なんとなく年齢的にもあわなさそうだし。

こちらの小川洋子さんはなんといっても芥川賞作家だ。純文学だ。私は先述の小川洋子が芥川賞を取ったのかと思ってびっくりしたものだった。本当に別人か? なんか確信がもてないな。でもありがちな名前だしなぁ。

で、純文学を下敷きにした映画はやはり叙情的である。こういう映画を2倍速ですっ飛ばしながら見てはいけない。橋を歩いて渡るシーンがかったるいからといって早送りしてはいけないのだ。

ファンタジーなのだから、変なところに突っ込みを入れたりしてはいけないのだ。

だから、私にはこの映画を見る資格はなかったのだ。

TSUTAYAで「3枚借りると、新作の1泊DVDも2泊3日になりますよ」という甘い言葉に惑わされてはいけない。週末に3枚のDVDを見るのはよっぽど暇でない限りやはり無理なのだ。

この映画はじっくり楽しむものらしい。全くわからないフランス語も、音の響きを楽しむべきだ。時間がないからといってTVを見ながら、居間に置いたノートPCで2倍速で見たりしてはいけないのだった。

それにしても、それほど有名でなかったこの小説を、フランス人の監督が発見して映画にするというのは、u有無、これはすごいことではないかな?この小説を読んでみないと。

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2007年10月 3日 (水)

香りのない映画に悩む

Pafume 舞台はフランスだが、原作はドイツ人である。映画は英語だが、製作はドイツである。俳優は英国人が多いが、しかし、ダスティン・ホフマンが出演している。いよっ、国際的!

ドイツ人というのは面白い、かなり昔、ドイツ人と一緒に仕事をしたことがあった。具体的に言うとファクシミリ装置を日本で作ってドイツに収めるという仕事だった。

私たち日本のチームは使いやすいようにと心がけて操作性などを設計するのだが、それがドイツチームによって拒否されてしまう。我々は「こういう操作をすることが多いんだから、この操作はすぐにできるように簡単な操作でできるようにする」という風に考えるのだが、ドイツ人はそういうふうには考えないのだなぁ。

ドイツ人が言うには「俺たちの考え方のほうが理屈に合っている。ドイツ人はたとえ使いにくくても理屈にあっていれば納得するのだ」だと。

へー、なるほどなぁ、と、これが私の国際的カルチャーショックの第一発目であった。これはまだ独身だったころだな。

数年前にも、来日したドイツ人と昼飯を食いに行った帰り、「あのノイズは何だ?」と聞くので「あれはセミだ、CICADAだよ」「おお、あれがCICADAか、名前は知っていたが音を聞くのは初めてだ」「セミはね、何年か地中で暮らしていて地上に出てから1週間くらいで死んでしまうんだよ」「ほぅ、ではやつらは仏教徒なのか?」(わけのわからん冗談ぬかすな~!!)。まぁその前に仏教の「諸行無常」なんて話をしていたからというのもあるのだが、まぁとにかくドイツ人というのは西洋人の中でもちょっと変わっている。

映画のテーマといえば愛だの恋だの金だの友情だの戦いだの勝利だの敗北だの、まぁありとあらゆることが取り上げられるわけだが、この映画は「香り」がテーマだ。よりによって画面で再生できないほとんど唯一のものをテーマとして映画を作ってしまうあたりが、まぁなんともすばらしい。

その香りを映画でどう表現するか、最後のほうでは無理やりに香りを映像化しているのだが、まぁそれはご愛嬌として、ぜんたいとしては香りの映像化にほぼ成功しているのではないかと思う。

日本語には「匂うような美しさ」という言葉があるが、実際に匂いを錯覚するわけはもちろんないのだが、あまり美男ともいえない男を主役に配することによって、画像への集中力を下げている?のかな?

あるいは最初のほうにグロテスクな画像を配することによって、見ている人の感覚にショックを与えている? ちなみにグロテスクなものが苦手な人は、最初の「パリは悪臭の街」というあたりから赤ん坊の泣き声がする当たりまで見ないほうがよろしかろう。

でも、私は面白かったな。これも映画の前に小説を読んでいたということもあるかもしれないけど。

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映画ブラックダリアで悩む

Cold6000 「ブラックダリヤ」はジェイムズ・エルロイのLA四部作と呼ばれる「ブラック・ダリア」、「 ビッグ・ノーウェア」、「LAコンフィデンシャル」、「ホワイト・ジャズ」の第一作である。

「ホワイトジャズ」というタイトルに惹かれて第四作から読み始め、途中で「あ、これはLAコンフィデンシャルじゃないか!?」と気がついて改めてブラックダリヤから読み返した話はどこかに書いた。

映画「LAコンフィデンシャル」はその前に見ていたのだが、これがさっぱりわからなかったのだった。この四部作を読んでからもう一度映画を見直したらやっと全体を理解することができたのだった。

で、その第一作だけを映画化したのが映画「ブラックダリヤ」である。小説で読んだときにはなんだか地味な話しだなぁと言う印象だったのだが、映画ではずいぶんと面白い話になっている。いや、本当にこの映画は面白かったのだ。

小説を読み直したいのだが手元にないようなので、もう一回買うかなぁ。

で、この作者のジェイムズ・エルロイなのだが、この人の原書を2年ほど前にタイで買ったのだった。これは「The Cold SIX Thousand」というもので、読み終わらない前に日本語版が出てしまったのだったが、これはすごいよ。

ナニがすごいかというと、その文体だ。「こんなの英語じゃないよ」と言ったのは私ではなくて、フランス人の評論家だ。どんな文章かというと、

Wayne Senior lived south - Paradise Vallay with land and views.
  He had fifty acres. He grazed steers. Hbutchered them for bar-b-que meat. The house was tri-level-redwood and stone - wide decks with wide views.

なんだ、普通だな。もっと難解な部分があったのだが失くしてしまった。

何でなくしてしまったのかというと、写真にあるように厚さ5cmの本をチャプターごとに切り離してしまったからなのだ。その最初のチャプターをどこかに失くしてしまった。いやーほんとに食えない英語だったわ。

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