ポーの影に悩む
初めてポーの「黄金虫」を読んだのは小学校のときだった、と思う。これは面白い、と思って家にあったポー全集を通読した。これが私のちょっと(?)ひねくれた性格の基礎になっている。子供のころの思い込みは怖い。
ポーの考え方は、「モルグ街の殺人」や「盗まれた手紙」などで活躍する名探偵「デュパン」のセリフとして語られる。「一般に信じられていることを否定する人のことをと、人々は頭がいいと思うんだよ。」という言葉を今も鮮明に覚えている。ほかにもポーから学んでしまって、今も払拭できないことは2,3あるのだが、まぁそんなのはこのblogでもあちこちに散見されることなので、いちいちかミングアウトすることもないだろう。
そんなわけで、この本もタイトルの「ポー」の一言で食いついてしまったのだった。
この本は小説の形をとってはいるが、ある種の論文である。ポーの死にまつわる謎を解こうとするのがこの論文のテーマである。
エドガー・アラン・ポー(本人はこのミドルネームを嫌っていたらしい)は1849年10月7日にボルティモアの病院で亡くなった。40歳であった。ポーはそのときボルティモアにいるはずではなく、その滞在自体がなぞであり、死因については衰弱死としかわからないが、なぜ衰弱したかは誰にもわかっていない。
この本は、すでに公開されている情報と、著者が新たに発掘した情報を頼りにポーの死の状況を推理したものである。いわゆるポー研究家のこれまでの調査に異を唱えるものではあるが、ポー研究家にもそれなりの評価を得ているようだ。
この本の小説としての面白さは、ポーの死因をデュパンに語らせていることである。デュパンはポーの創作した創造上の人物だが、その人物像にはモデルがあるとし、そのモデルがこの小説に登場するわけだ。
なので、この小説は基本的にホームズ・ワトソン型である。つまり、主人公は単なる語り部であって一般人の見方や判断を象徴し、その相談役としてのホームズ/デュパンが突っ込み役として機能する、というわけだ。
その主人公役がいちいちまずいことをしてくれるので、読んでるほうはいらいらするのだが、これは作者の作戦であって、これに乗ってはいけない。とはいえ、本当にいらいらするなぁこの主人公、というかこれはノビタ/ドラエモン型なのかな?
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