ワシントンで悩む(1/5)
1998年の10月ごろにワシントンへ出張したときの記録です。
アメリカで書いたものを向こうのホテルから日本のサーバへ送るという、つまりいにしえの「パソコン通信」ってやつですね。
Date : 8:12am 10/23/98
成田に着いたのは11時半をちょっと過ぎていた。成田といってもJRの駅だ。12時半搭乗だからまぁまぁかな、と思っていたらチェックインやら出国審査やらで30分かかって出発ロビーにはいったのは12時過ぎだった。こんなところで時間を余らせても仕方ないんだけれども、電車が一本遅れたら危ないところだった。
電車の中では先日買ったばかりのディック・フランシス「騎乗」を読んでいた。電車の中で読んでしまったらスーツケースの中へ入れてしまおう、そしてスーツケースからウイリアム・ギブソンを出してこようと思っていたのだが読みきれなかったのだった。
どうも最近のフランシスはプロットからストーリーに展開するところが甘いような気がする。もう70歳を過ぎたということだが、はっきり言ってもうお歳なのではないか? 「標的」あたりからなんだか物足りない感じがしていて、「もう一波乱あるかな?」と期待しているのにするりと終わってしまったり、伏線のように見えてぜんぜんそうでないものがあったりするのだ。「標的」のあとにどんなのがあったかな?と思って調べてみた。調べた結果は別の所に書いておこう。最近のでは「不屈」なんかは面白かったのに。
飛行機に乗り込んで席に着いてみると中央4列の左端だ。右に3つ席が空いていて、ドアが閉まっても誰も座らない。と思ったらそれをかぎつけたのかどこかのおばさんが右端に移動してきた。アジア人だと思うがよくわからない。フィリピンかな? 私の右側にはまだふたつ空席があるので、バッグとか毛布なんかもそこへ投げ出している。靴は脱いでコンビニ袋に入れて上のラゲージボックスにほうり込んである。足にはスリッパを履いている。そういえばこのスリッパは86年にヒューストンへ行くときに買ったものだ。
ところが飛行機が動き出す前にスチュワーデス(日本人)がやってきて私の横にうずくまり、私に話しかけてくる。「あの~、後ろの方の席の女性が・・・」。要するに禁煙席の後ろの方に座っていた女性が(喫煙席が近いので)煙たくていやだと、それで私の隣の空いているところへ来てもよいか? ということをネゴしに来たわけだ。
私の隣の空いている席はもちろん私の席ではないから、私の意向など聞かなくてもよさそうなもので、私としては嫌とは言えないと思っている。だが、「女性」というのがちょっと気になるところで、そんなことわざわざ言わなくたっていいと思うんだけどなぁ。などと思いながら「いいですよ。」と返事する。しかし4列の右側に座っているおばさんはどう思うか知らないよ。とスッチーには言ってみる。おばさんはそうそうに眠りこけているので、「あの人がだんなさんみたいだよ。」と私が指さしたひととなにやら話にいく。
「女性」は私のすぐ隣の席に座った。「どうもすみません」とか恐縮しているので、「煙が流れてくるんじゃ禁煙席の意味がないですよね。」と答える。20代だろうと思うが20代のどの辺かはわからない。松たか子に、ん~似てなくもない、って似てないんだけど目のあたりがなんだかそんな感じで、松たか子の姉ですとか妹ですとか言われたら信じたかもしれない。「タバコだけじゃなくって、周りの人がお酒なんか飲み始めたので・・・」ははぁ、そうですか、と曖昧に答えておいて、あまり深追いはしないことにして「通路に出たいときにはいつでも言ってください、寝ていてもかまいませんから。」と言った後は読みかけのディック・フランシスに戻る。通路側の席に代わってあげても良かったのだが、なんだかやたらに恐縮しているのでそのままにしておく。
ディック・フランシスを読んではいるものの、それでもやっぱり気にはなるので、ちらちらと隣の様子をうかがうと、暇そうに機内誌をぱらぱらとめくっていたと思ったら、鬼太鼓座に関する記事なんかを熱心に読んでいる。鬼太鼓座と言えば私にはパラリンピックの開会式のパフォーマンスが記憶に新しいのだが、あの時に鬼太鼓座のオープニングを飾った黒人のメンバーのことなどがその機内誌に書かれていたので、私も後で見てみようと思う。
そのうち、機内誌にも飽きたのかバッグからCDケースを取り出した。CDをハードケースから取り出して中味だけを入れておくようなやつだ。厚さが6cmほどもあるから20枚くらい入るのだろうか? CDプレーヤを出して聞き始めたので、私としてもフランシスに没入することにする。
フランシスも一段落したところで本から顔をあげてぼんやりしていると、彼女もCDが終わったようで何やらごそごそやっている。今だ、と話しかけてみる。「学生さんですか?」「11月から学生になるんですけど、いまはまだ学生じゃありません。無職です。3日前に会社を辞めたんです。」「ははぁ?どういう学校へ行くんですか」「アロマ・テラピーの学校です。」 とまぁ、こんなふうにすらすらと話が進んだわけじゃなくて、話がなんだか前後しながら私が仕入れた情報をまとめると要するに上のようになる。まぁその、FIRSTコンタクトとしてはこんなものじゃないだろうか。
これはその後でいろいろと話をしていくうちにわかったことなのだが、彼女はヒーリングにとても強い興味を持っていて、アロマ・テラピーというのもその一環として捉えているようだった。ほかにも彼女にはいろいろと面白い考え方なんかをしたりする人なのだが、その辺の話もおいおいと。
そういえば、「学生さんですか?」と身許調べみたいなことをする前にこんなことがあったのだった。
飛行機が巡行高度にあがってしばらくすると飲み物と食事がある。飲み物を配りに来たとき、私はヘッドフォンで何だったか忘れたけれどもなにか聴いていて、彼女が何を注文したのかは知らなかったのだが、私がヘッドフォンを外して「トマトジュース・ノーアイス」を注文すると、ちょうど彼女に同じものが手渡されるところだった。
続いて食事だが、前もってビーフとスズキという選択肢があることを調べていた私は「スズキだスズキ」と尋ねられるのを心待ちにしていたのだが(おなかがすいていたんだな)「ご注文は?お肉ですか魚ですか?」とスッチーが私に尋ねているのだと思って「サカナ」と答えたら、彼女も同時に「サカナ!」と注文していたのだった。スッチーは彼女に尋ねていたのかもしれないと思うと、ちょっと恥ずかしかった。
とまぁ、こんなふうに偶然が重なっても、まだ話しかけたりはしていなかったのだ。
食事を受け取って食事中の飲み物を「ビールですかワインですか?それともウイスキー?」と言うのに全部首を横に振り、私はお茶を待っていた。彼女もそのようだった。しかしお茶が来ないんだ。
まわりではもうテキトーに飲み物なんか頼んでかちゃかちゃと音をさせながら食事が始まっている。そのなかで私と彼女はお茶を待ち続けていたのだが、やはりなんだかこれはへんな緊張感がある。お互いの状態は想像がつくので「やっぱりお茶がないとね」と言ってみると、彼女も「そうですよね」と返してくれる。
しばらく待ってもお茶は来ず、ついに彼女が食事に手を出した。それを見た私が「あなた、負けましたね?」と言ってみると「はい、負けました。」との返事。ははは、とか笑いながら私はまだ頑固にお茶を待ち続ける。と、反対側の通路でウーロン茶を配っているスッチーが居たので、手を伸ばしてそれを受け取って私も食事を始めるが、彼女はウーロン茶を無視している。そのうちにやっと緑茶が来たのでふたりとも緑茶にありつくことができたのだが、私は頭の中で「負けたな」と考えていたのだった。
「学生さんですか?」と尋ねたのはこういうことがあってからのことだった。
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