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2008年9月10日 (水)

ワシントンで悩む(2/5)

Date :  7:31pm 10/23/98

 で、まぁ身元が分かったところで、向こうもそんなにいやじゃないみたいなのでお話を続けてみる。

「CDたくさん持っているみたいでしたけど、どういう音楽を聴くんですか?」「なんでも聴きます。TV見ないんで最近の曲はあんまり知らないんですけど。」「え~、TVみないんですか!?」「ええ、もう4年くらい見てません。」「じゃぁ、音楽関係の情報ってのはどこから?」「友達がDJやってたりするのでそういうところで聞いたり・・・。」「DJっていうとブラック関係とか?」「そういうのも多いですね。」「じゃぁ最近だとローリン・ヒルとか?」「あ、よくご存じですね。好きですよ、ローリン・ヒル。」「ええ、ウチの子供が好きみたいなんでね。」 実を言うと、私はローリン・ヒルがあんまり好きではないのだが、まぁそんなことを言ってもしかたがないのでそれは黙っておく。

 そのあと、子供の話とか、音楽とのかかわりとかの話をいろいろして、彼女はレゲエにかなりのめり込んでいるらしいことがわかった。単なる音楽の一分野としてではなく、レゲエな考え方(共同体とか仲間意識とか;おんなじか!?、自然に対する考え方とか)に共感しているらしい。ヒーリングというあたりもその辺とつながっているのだとか。

 鬼太鼓座のことも話してみると、なんだかそのヒーリング関係の合宿が佐渡島であって(え?なにそれ?)そのときに鬼太鼓座も近くで合宿していたというのだが、その「合宿」というのがちょっと気になるところではある。

 話の中で私が楽器を触ったりすることを話すと、彼女は「コンガが欲しい」のだとか。さらにいろいろ聞いてみると、彼氏がキーボード奏者でシカゴに住んでいる(アメリカ人)大学院生(なにか芸術関係らしい;マッキントッシュを持っているとか)で、今回の旅行は仕事をやめて学校へ行くという生活の区切りに彼に会いに行くんだそうだ。

 話はあっちこっちに飛びながら、しかし音楽関係の所へ戻ってくる。彼女の持っているCDの話になって、「私のCD、見てくださいよ。」ということになった。

 束ねてあるCDを左の方からめくってみると、まず最初がローリン・ヒルだった。「あ、ローリン・ヒルだ。」と無意味なことを言ってその右側を見ると、CDの表面に「RIVER SIDE」と書いてある(CDは全部裸で透明なケースに入っている)なになに?と思ってタイトルを見ると「Waltz for Debby」だ。Bill Evansだ。私ののけぞりはここから始まる。

「えええええっ、なんですかこれ? これ、私の大好きなCDなんですよ。私はこのCDを2回買い直しています(人に貸したまま帰ってこなくなるのだ)。」「はぁ?」

 さらに見ていくと、「BLUE NOTE」のCDがあってタイトルが「AFRO BLUE」。これを見たあたりで、私はもう舞い上がっている。「これって、あの、黒人女性が丸刈りのジャケットで・・・?」「あ~、どんなジャケットだったかは忘れてしまいましたけど。」「DEE DEE BRIDGEWATER(Vo)をフィーチャーした奴じゃないですか? ブレッカー兄弟がバックを固めていたりして、で、ブレッカー兄弟(ランディとマイケル)のどっちかがDEE DEEと結婚しちゃったという・・・。」「さぁ・・・?」

 しかし、CDの表面に曲名と共に演奏者が書いてあって、それを見てみると、なんだか違うみたいだ。でもその内容は60年代から70年代へかけてのまぎれもないjazzの神髄の一部である。ホレス・シルバーとかマッコイ・タイナーなどの文字が並んでいる。そういえばDEE DEEのアフロ・ブルーは日本のレーベルの企画だったか。

 で、次のCDで私はノックアウトされてしまった。ハービー・ハンコックの「Speak Like a child」である。個人的な趣味を前提に言わしてもらうと、地味だが非常に通好みのアルバムだ。居ずまいを正して私は尋ねる。

「ねぇ、あなたみたいに若い人がどうしてこんなもの持ってるんですか?」「え~?、タワーレコードでボーっと見ていると、向こうの方から私の目に飛び込んでくるんですよ。」

 ほかにもハンコックの、ええと、私がずっと名前を覚えられないでいるけれどもメンバーを全部言えるやつで「E... Isle」なんていうのがあって、これはハンコックがマイルスのバンドに居るときに、マイルスの代わりにフレディ・ハバードをフロントに置いて作ったアルバムだ。同時期のアルバムに「メイドン・ボヤジ(処女航海;カタカナで書くとまぬけだ!「冥土の土産」みたいだ!)」もあるよね、という話をすると、「ああそうだった、メイドン・ボヤジ! それを持ってくるつもりだったのに間違えてこれ持ってきちゃった、ああ悔しい。」とか言ってる。別に悔しがらなくてもいいと思うんだが、それがあったらたしかに私のポイントはさらにアップしただろう。

「マイルスといえば、あとはカインド・オブ・ブルーとか・・・。」「ええええええっ、なんでそんなしぶいの知ってるの? 持ってるの? あなたが生まれる前だよキット。」「CD屋さんで、惹かれちゃうんです。感じちゃうんですよ。」「ピアノがねー、ビルエバンスとレッドガーランドでねー、いいんだよねーブルーアンドグリーンとかねぇビリーボーイとかねぇ。」と私はすでに半狂乱である。「あ、なんか私火がついたように喋ってますけど、普通はこんなじゃないんですけど、私声大きいですか?」と自分を鎮める。彼女は静かに笑っている。

 他にも「ジャケットでストッキング履いた女の人の足が歩いているやつ」(ソニー・スティットの「クール・ストラッティン」である。思わす歌ってしまう)、「ビル・エバンスの曲で好きなのがあって」と言われてまたいろいろ歌ってしまう、などあって私は舞い上がってしまったのだった。まるで同世代のおっさんと話しているみたいだった(いや、だいぶ違うぞ)。

 今回彼女が持っているのは自宅に200枚ほど持っているCDから選抜した10数枚なのだから、彼女の趣味がかなり凝縮されているわけだ。

 私がCDを聴くときにはたいてい分析的に聴くので、まずメンバーを調べ、曲目を覚えて、好きな曲なら覚えたりコード進行を調べたりするのだが、彼女の場合はそういうことはいっさいしなくて、とにかく「全体的につかむ」というおそれ多くも単純かつ反論不能な方法論で音楽と対峙している。こう言うのは実は私の苦手なところで、ということはつまり私の弱みであると思っている。そういう音楽観の違いを乗り越えて趣味が一致するということに私はほとんど感動していた。

 彼女が持っていたCDのうち半分位は最近のjazzとレゲエとなんというのか、昔風に言うと「ソフトマシーン」みたいなダンサブル・ジャズ? のようなものとかだった。だった、というのは後で聴かせてもらってわかったのだが、その時にはなんだったか「これ聴いてみてください」と指定されたものをまず聴いたのだった。人の名前らしきものがタイトルになっているCDで、その人はこのバンドのリーダであるドラマーらしいのだが、彼女はそんなことには全く興味がないらしい。いきなりサックスがシブイことをやり始めて、気分はほとんど昔のジャズ喫茶である。ドラマーは私の基準からするとそんなにたいしたことはなくてそのへんを何と言っていいのかわからなかったのだが、まぁそれをきっかけに彼女のお言葉に甘えてCDをいろいろ聴かせてもらったのだった。

 そのなかで特に彼女らしいと言うのか、ピグミーの音楽というのがあって、音楽というよりも生活の中の音を記録したという感じなのだが、「このなかで一枚もらうとしたらこれだな。」ということを冗談半分で言ってみたかったのだが、どういうわけかついに言えなかった。

 このピグミーのCDは本の形になっているということなので、今度探してみようと思う。

 ピグミーの話から、原始の音楽とかそういう話になって、話はそっち方面からヒーリング関係のほうへ行ってしまう。のだけれども、ヒーリングってあんまり興味ないのでほとんど覚えていないんだなぁ。とにかく彼女は感覚の人で理屈よりとにかく感覚という点で徹底しているということがわかった。この時点では「単にわがままってことなんじゃないの~?」とも思っていたりもしたのだが。

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