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2008年9月の31件の投稿

2008年9月29日 (月)

古い壁紙で悩む

古いノートPCをいよいよ廃棄しようということになって、ハードディスクの中から当時使っていた壁紙が発掘されてきた。このころのなつかしい壁紙をちょっと紹介してみようと思う。当時は、フリーソフトでPCを起動するたびに壁紙を変更するものがあったので、PCの電源を入れるのが楽しかった。

当時はまだPC表現力の主力が16色だったので、この「アリス」も16色の点の集合として作られている。

Alice16

Windows3.1のころは標準で添付されていた壁紙も16色だった。こんな壁紙を懐かしく思い出す人もいるかもしれない。

「警告」と書かれたウインドウは、当時よく落ちたWindowsをからかうような壁紙で、これをデスクトップに貼って、そういうことがないようにというお守りにしていたわけだ(本当か?)。

Vgawall

当時は主流が16色から256色へ移行していく時期で、マイクロソフトもそれにあわせて256色の壁紙を無料で配布していたりした。私はこれが結構好きだったので、いまでもすきあらばつかってみようと思っている。

それらの256色の壁紙の中から、ログハウス風の「LOG」とコルクボード風の「CORK」を紹介する。

Logvga

現在主流になっている、いわゆるIBM-PC/AT系(あるいはDOS/V機)のPCが日本に入って来始めたのは1991年ごろだっただろうか。当時日本ではNECのPC9801シリーズが全盛期で、私も愛用していたのだが、新しい世界標準と言われていたPC/ATにも興味があって、大枚をはたいてPCを輸入したのだった。

Corkvga 当時のOSはMS-DOSのver5とWindowsの英語版3.1、日本語版ではまだ3.0だった。モニタスクリーンの解像度は1024x768と今でも通用するものだったが、表現色数が256だった。現在ではほとんどのPCで167万色になっている。廉価版ノートでも65万色はあるだろう。

しかし当時はアメリカでも色数は16がまだ主流だった。256色でも「おお、進んでる!」という状況だったのだ。もちろん高いお金を出せば167万色も手に入ったのだが、ほんとに高かったので、私も256色で満足していたのだった。

で、Windowsが動くと、当時NECのPC9801ではまだ実現されていなかったマルティメディアが動くようになる。「切手サイズ」とバカにされながらも動画を表示できたし、なにより音声を出せるのが当時としてはとても珍しかったのだ。

でもまだインターネットは今ほど簡単につなげる環境にはなかったので、情報源はCDROMだった。秋葉原のジャンク屋などで怪しげなCDROMを買い集めていたのだった。

CDROMにはフリーソフトや各種のデータ(理科年表的なもの)、それにMIDIデータや画像などが収録されていた。

画像の中にはかなり怪しいものもあったのだが、丹念に調べても日本の法律に違反するようなものはなかった。

当時はまだデジカメはとても買えるような値段ではなかったので、ちょっとした風景や魚の写真であってもそれをPC上で(ある意味)「マルチメディア」として楽しめるのはうれしかったのだった。

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チェロを弾きたくて悩む

チェロやバイオリンを弾いてみたいなぁ、とは前から思っていたのだ。でもどちらも調弦が5度ずつ(だと思っていた)なので、ギターに慣れきった私の左手が運指を覚えるには相当かかるかなぁ、と思っていたのだった。

どうしてチェロ/バイオリンかというと、弦楽器であってソロ楽器だから。ギターだとときにはバッキングしなくてはいけないので、という不純な動機。

しかし調べても見ると、チェロも4度調弦らしい。チェロの調弦は低いほうからADGCで、つまりベースの5フレットのところの音程だ。だから、ベースとチェロの関係はギターとウクレレ(より正確にはレキントギター)の関係といってもいいかもしれない。

チェロという楽器は、安いものなら4万円程度からある。実際にチェロを弾いている人に言わせると、「そんなのは楽器ではなくてオモチャ」なのだそうだ。学生でも最低20万円、音楽学校の学生ならばもう一桁くらい上の楽器をもつのがあたりまえとか。

そういう高い楽器はとても買えない、けれども弓でエレベを弾いてみるのはできるんじゃないだろうか? 左手の運指のほうはなんとかなるとして右手のボウイングはちゃんと練習しないとだめだろうから、エレベを弓で弾いて練習にならないかな?

ということで実はこっそり弓を買ってきた。弓も高いものは1000万円を越えるものがあるが、まぁそんな話は聞かなかったことにして、怪しい店で安く買ってきた。チェロ用ではなくてコントラバス用だ。バイオリン用でもコントラバス用でも弓の長さはそれほど変わらないようだ。演奏者の腕の長さがそんなに変わるわけもないから当たり前か。むしろ弓の毛の幅というのかそれが違うのだろう。

エレベを弓で弾いてみようという話を、さるコントラバス奏者に話してみると、「弓にはヤニをつけるから、ベースの弦がべとべとになるよ」というアドバイスをいただいた。その話はよくわかる。というのは学生時代、A田先輩やT川先輩のバンドがエレキギターを弓で弾くという曲をやっていて、そのときにヤニがトラブルになったという話を聞いていたからだ。

「ヤニ無しだと鳴らないかなぁ?」「ならないだろうね」というふうな会話もあったが、実をいうと私には自信があって、ヤニがなくても鳴らせるだろうと思っていた。たしかにヤニがついていたほうが鳴らせやすいだろうけど。

それより問題は、エレベの弦の高さだ。何しろ弓で弾くことなんて全くの想定外だから、4本の弦はほぼ平面状に並ぶように配置されている。だから1弦や4弦を弓でこすることはできても、2弦あるいは3弦だけを弓で弾くことは難しい。

なので、ブリッジで弦の高さを調整し、2弦と3弦を高くした。あまり高くすると、今度はボディとの関係で1弦4弦をこすれなくなる。

まぁとりあえず実験だ、ということで3弦を高めにして弓でこすってみる。エレベの本来の持ち方ではないので、左手もうまく動かせない。やっと弾いてみたのがこんな音になった。

まぁ、ヤニを使わなくても鳴ることはわかったが、このエレベを弓で弾くのおはボディの形状からしてちょっと無理みたいだ。買った弓はどうしよう?オークションに出してみようか? エレクトリック・チェロみたいなのが安く買えるといいんだけどなぁ。

9/30 追記:チェロの調弦はやはり最初に思っていたとおり5度調弦らしい。つまり低いほうからC-G-D-Aだ。こりゃ困ったなぁ。

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変名小説家に悩む

新幹線で読むためにJRのキオスクで文庫本を物色する。品川駅のキオスクは前よりも大きくなっていて品揃えが増えた分、以前より「変な本」が減ったような気がする。本が多くて目移りするのでなかなか選べない。

Ticktok そんな中で「ディーン・クーンツ」という著者名が目に入って、確かこの人はミステリとかスリラー系の人だったはずだと思って「チック・タック」という上下二巻ものを買ってみる。

読み始めて30ページくらいで、これはどうやら夢オチしかありえないのではないか、という気がしてがっかりだったのだが、買ったものは意地でも読み通すのだ。

結局、岡山までの往復で2冊を読み終えた。夢オチではなかったが、まぁ同じようなものだ。

でも、もうクーンツの本は読みたくないな。スティーブン・キングと並ぶほどのベストセラー作家だということだが、そうか、確かに私はキングもきらいだ。キングを嫌いになるまでには5冊くらい読んだ気がするが、クーンツは1作でお見限りだ。

あとがきの解説を読んでみると、クーンツはいろいろな変名を使って小説を書いているらしい。あとがきに挙げられていたのが、

ディーン・クーンツ
リー・ニコルズ
オーウェン・ウェスト
リチャード・ペイジ
ブライアン・コフィ
アーロン・ウルフ

さらに調べてみると、上記とも重なるのだが、

Aaron Wolfe,
Brian Coffey,
David Axton,
Deanna Dwyer,
John Hill,
K.R. Dwyer,
Leigh Nichols,
Leonard Chris,
Owen West,
Richard Paige

というPenネームが列挙されていた。こういう地雷を踏まないようにしないといけない。

ところで内容は怪物に追いかけられる話なのだが、アメリカンジョーク風の会話が満載でいらいらする。そのなかに「~してくダサい」という表現があって、なにか日本語に訳しにくいジョークをカタカナで表現したのかと思っていたのだが、終盤になってジョークを言っている場合ではないところでふたつ連続してこの誤植(あるいは変換ミス)がでてくる。訳者も訳者だが、それを見逃す編集者もなにやってるんだ?ッて感じだ。それでもプロなのか?

しかし上下二巻の小説で「してください」が3回しか出てこないってのも不思議な気がしたが、「してください」は敬語の会話でしかでてこないので、そういう理由で3回しか出てこないのだった。ちなみに解説の中では正しく表記されていた。

ちなみに訳者は風間賢二、出版社は扶桑社。

話の中でBlueWater563という型番の私有のボートが出てきて、その構造がよくわからなかったので調べてみたが、BlueWaterというメーカーはあるものの、563という型番はなかった。こういうところも不満なところ。

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2008年9月26日 (金)

「どこでもピアノ」に悩む

PCにUSBでつなぐと、どこでもピアノが弾けるらしい。ほんとかなぁ? ロールピアノなんてのが既にあって、キーを押し込むストロークがないからということで評判悪いようだが、これもやっぱりだめかな?手袋の指先にそういうトリックがあればいいような気もするけど、そういうものでもないか。

じゃぁ、「どこでもギター」なんてのもできるんじゃないのかな?

Piano_everywhere

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Lucianaに悩む

ボサノバのギター用譜面を買ったら、コードが書いていなくて、という話は別項で書いた。そしてその中に聞いたことのないJobimの曲があったことも。その曲は「Luciana」という。

しかし、この曲には音源がなくて、Youtubeを探しても音源がない。WEBで検索して唯一引っかかったのはなんだかピアノトリオのCDでタイトルチューンになっている。譜面があるんだからそれを読めばいいiのだが、あいにく目が不自由でよく読めない、というのは嘘だが、アレンジが入っているので、メロディなのやらアルペジオなのやらなんだかよくわからない。

それにコードがわからないので、どうにも曲想がつかめない。無理やりコードをつけてみるのだが、例えばこんなアレンジなのでううむ、なのだった(正解はやっと見つけた別の譜面から写した)。

Lucianaf7 F#7はいいとして、Bm7でF#を鳴らし続けるというのは、コードトーンだからいいという考えもあるだろうけれども、ルートがF#からBへの展開を1小節遅らせているということになるので、なんかちょっと普通の感覚とは違うようだ。これはこの曲だけでなくて、ボサノバ全般(特にJobim)の特徴かもしれない。そういう感じは他の曲からもよく受けている。コード自体がモード的という自己矛盾みたいなことを言ってみたくなるくらいだ。

で、先にもちょっと書いたけれどもLucianaの譜面を手に入れてみると、これ、もともとはワルツじゃないか。ありゃりゃ、うーんそれをこんなふうにアレンジしたのか。

で、ワルツになるとこんな感じなのだった。

実は先のギター向け譜面からはこういう可愛い曲とは読み取れなかったのだった。

しかし、音源無しで譜面から読み取って演奏しようとすると、なぜか覚えないんだなぁ。「譜面がないと弾けません」という、いつか言ってみたかったことを本当に言うことになってしまっているのだ。

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暗めの映画を見て悩む

先週だが、「おくりびと」を見てきた。肉親を失った人にはジーンとくる場面が多数あるので、涙拭く木綿のハンカチをくださいって感じ。

よくできた映画で、くすぐりもあって泣いたり笑ったり忙しい。 別の視点から見ると、交響曲第九って、わかりやすいメロディの裏ではチェロとか結構忙しく伴奏というのかギコギコ弾いているものだなぁ、とか。

あるいは広末がちょっと若すぎというか、軽い感じで、寺島あたりでもよかったか? でも本木が年齢のわりに見かけが若いのでそれほど違和感はないか。

Okuribito

米国のアカデミー賞外国映画のカテゴリーで、日本代表として参加することになったらしいが、さてこの映画がアメリカ人にわかるかな?

実はこのあいだからチェロ弾きたいなぁなんて思っていて、この映画のおかげでそれが加速された感じもある。

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2008年9月22日 (月)

Google Street Carに悩む

今日、自宅近辺を車で走っていたら、すぐ後ろを走っている車が何か変だ。乗用車にルーフキャリアをつけてその上にアンテナのような棒が立っている。これはうわさに聞くGoogle Streetの撮影車ではないのか?

私の自宅付近は、まだGoogle Streetのサポートがないから、多分今日撮影したものが使われるのだろう。そしてそのとき、私の車が写っているということになるのか?

それはそれでいいとして(いいのか?)この記念すべき、ええと、なんだこの事象を何とか記録したいものだと思って、ケータイでこのすぐ後ろを走っているGoogle車を撮影してやろうと思った。

しかし、信号で止まっているときには近すぎてあの頭のアンテナ(実は360度カメラ)が写らない。走行中だと適当な距離があってうまく写せるかもしれない。Google車はどうやら最高走行速度に制限があるらしく、車の流れにうまく乗ってこないので、距離は一定でないのだが。

Googlestreetcar というわけで、努力の結果がこれだ。努力したけどこんなもんだ。

運転中にこんな写真うまく撮れませんって。これでも結構危険だったので、良い子はまねしちゃだめだぞ。

Google車が横道にそれてから思いついたけど、ケータイでルームミラー越しに撮ればよかったのかもしれないな。


2009年12月22日追記: Google Streetを見ていたら、Googleの車がガラスに写っているのを発見、捕獲してきました。 Googlecar

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2008年9月20日 (土)

HIP-HOPな音楽製作に悩む

もう10年くらい前の話だったと思うが、アメリカの黒人の子供にインタビューしているTV番組があってその子供が言うには「お父さんが聞いてるような音楽は古臭くて聴いてられないよ、EW&Fとかさぁ。」とかいうわけだ。EW&Fといえば当時は最先端とは言わなくてもはやり方面では主流だと思っていたので、これにはおどろいた。

では、そういう子供たちが何を聞いていたのかというと、つまりHIP-HOPでありラップ・ミュージックだったというわけだ。

で、最近のブラックミュージックというのに私はついていけなくなってきている。曲を聴いていて、いったこれはどうやって作ったんだろうと思うようなことが多くなってきているのだ。ビヨンセなんかを聞いていても、ほとんど自由にアドリブで歌っているように聞こえる。いったいどこまでが予め規定されたもので、どこからがアドリブなのかさっぱりわからない。

そのあたりの状況をちゃんと理解しているわけではないのだが、TLCくらいまでは曲の構成を理解しながら聞くことができたのに、Destiney Childあたりからいったいどうやって曲を作っているのかわからなくなっていたように思う。

フルにスコアを書いているようでもないし、ビヨンセなどが歌っているのは半分くらい自由にフェイクしているように聞こえる、コード進行もあるようなないような、ないとしたらいったいどこでどうやって終わるのか、とか。

で、たまたまこのあいだStickamでそういうのを趣味でやっているような人と話をして、いわゆる「LOOP」という手法で音楽を作っていくということによって、そういうブラックミュージックみたいなのができてくるのかもしれないな、と思うようになった。

基本的には「素材」と呼ばれる1小節単位くらいの音源を組み合わせて音楽を作っていくというものだが、そういえばそんな「素材」を私も持っていたはずだ。シンガポールへ行ったときに地元の古本屋で音楽系の雑誌(Future Musicというイギリスの雑誌だった)のバックナンバーを買っていたのだ。その付録にはDVDがついていて、そういう「素材」がしこたま入っていたはずだ。

LOOPな音楽製作にはSONYが開発したACID-XpressというPCソフトがあって、そういう制作をサポートしている。たくさんのソフトがこのACIDから派生しているらしい。このACID対応の素材のフォーマットがあって、ACID対応の素材にはその素材のキーとかテンポとかが記入されているので、そのツールが自動的にテンポやらキーを調整してくれるというものらしい。このソフトをダウンロードしようと思ったら、昨年の11月にもうDownLoadしていたのだった(インストールはしてなかった)。

Acidx

これは物事をほんの一面からしか捉えられていない(いつものことだが)、ということはわかっているつもりだが、まぁとにかく素材もあるし、ACIDもお試し版が無料で使えるのでとりあえず何かやってみようか、と。

で、できたのがこんなのだ。まぁ、料理で言えば調味料をそれぞれどんなものか知らないままにぶち込んだようなものなので、作品というよりも単なるごた混ぜなんだけれども、素材を精選して、何度も試行錯誤すればこれは面白いだろうと思う。

こういうのも、アリだと思います。

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2008年9月17日 (水)

謎のコード進行に悩む

古いノートにこんなのが書いてあって、意味がわからない。タイトルの位置には「岩波の一般力学」と書いてあるが、これはどうも別のメモらしい。

||: Em | Am | D7 | GM7 |
       + 1 --
|   C7 | Am | F#m7-5 | B7 :||
       + 2 --
       | F#m7-5 B7 | Em ||

           + 1 --
||: Am7 D7 |  GM7 | F#m7 B7 | Em :||
           + 2 --
           | Am7 F#m7-5 | A7sus4 A7 :||

さて、このコード進行、何の曲でしょう?

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ブルースの解析で悩む

12小節ブルースのコード進行なんて、2小節目をサブドミナントにするかトニックのまま突っ走るかくらいのことで、あとはドミナントの部分をどう面白くするかっていうくらいのことだと思っていますが、古いノートからこんなのがでてきたので記録として残しておこうと思って。

これは多分Charlie ParkerフリークのT宮君が自分で調べたんだったかどこかで拾ってきたんだったかしたものを私がノートに書きとめたもの。高校時代の話ですが。

つまり、パーカーがブルースをどうリ・ハーモナイズしたのかということを解析したものじゃなかったかなぁ?

で、これを私がどうしたかというと、実は何にもしていない。ギターで弾いてみることもしなかったんじゃないかな。ただ、ルートを半音ずつずらしていくのは面白いと思ってどこかで使った覚えはある。

もともとの情報はこういう構成ではなかったかもしれないが、私はこういうふうに理解してこうやって書きとめた。つまり1小節目から4小節目のバリエーション、あとはそれぞれ2小節ずつのバリエーションを列挙しているわけです。

しかし、私はバップはできないので、こういうのを見てもあんまり利用できないんだな。

#1-4
| F6 Bb | Em7 A7-5 | Dm7 G7-5 | Cm7 F7-5 |
| F | Bb Bm7-5 | Cm7 | F6 |
| F F# | Gm7 Abm7-5 | Am7 Bb7 | Cm7 G7 |
| Am7 F7 | Bb7 B7 | C7 C#7 | F7 Bb7 |
| Gm7-9 | Bb9 | Dm7 Gm7 | F7 Gbm7-5 F7-5 |
| F F7-9 | Gm G7-9 | Am7 | Cm7 F7 |

#5-6
| Fm Bb7 | Bbm Eb7 |
| Bb | CM7 |
| F6 Gm7 F | BbM7 Bb9 |
| Bb9 C# | Eb7 |
| Bb | B7 Bb7 |

#7-8
| Am7 | D7-5 |
| F | F D7-5 |
| F Bm7-5 | Dm7 |
| C7 | Gb7 F6 |
| Dm7 C7 | F7 |
| Dm7 Gm6 | F D7 |
| F E7 | Eb7 Dm7 |
| F7 G7 | Am7 Dm7 |
| BbM7 Cm7 | Dm7 |
| F Gm7 | Am7 Abm7 |

#9-10
| Gm7 F7-5 | C7 |
| Gm7 Am7 | Bb Bm7-5 |
| Gm7 | C7 C#m7-5 Dm7 |
| Gm7 | Fm7 C7 |
| Bb6 | Eb7-5 |
| G7 D7 | Em7 C6 |

#11-12
| F6 AbM7 | DbM7 C7 |
| Bb F7 | C7 |
| F Bbm7 | Gm7-5 C7 |
| Bbm7-5 Gb7+5 | Db9 C7 |
| Bb7 G7-5 | G7-5 Bb7 |
| Bb6 Bbm7 | G7 C7 |
| F F7-9 | Gm7 C7 |

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2008年9月16日 (火)

ダムの観光放水で悩む

  宮ヶ瀬ダムは建設中から時々ドライブコースに入れていた。国道246号の県立病院前から山の方へ上っていくのだが、途中で曲がるところをよく覚えていないので、宮ヶ瀬へいったり、津久井湖へ行ってしまったりということをやっていたのだった。

その宮ヶ瀬ダムも2000年に完成したあと行ったり行かなかったりだったのだが、先日「観光放流」というものがあるということを聞き、それはちょっと見ておかないと、ということになったのだった。

どこのダムでもやっていることらしいのだが、ダムにためた水を観光目的でちょろっと流してあげましょう、ということなのだ。宮ヶ瀬では毎週水曜日と第二日曜日にこの観光放流ということをやっている。

日曜日の観光放流は朝11時と午後2時ということなので、では11時のほうをチェックしてみようということで日曜の朝から車で出かける。道がどのくらい混んでいるのかわからないが、9時に出発すれば余裕で到着できるだろうという読みだ。そうそう、ついでにカーナビがちゃんとガイドしてくれるかもチェックしてみよう。

ところが走り出してすぐにカーナビに異常だ。なぜか最寄の自動車道(横浜新道)を避けようとする。ははん、これは「一般道優先モード」になっているな、ということでモードを変更するためにまた目的地を設定しなおさないといけない。なんだか使い方を間違っているのかもしれないが、このあたりの使い勝手はほんとによくないなぁ。

しかも、横浜新道からなぜか横浜横須賀道路へ向かわせようとする。それはないんじゃないか? 方向が90度くらい違うと思うぞ。地図上で確認したいところだが、横浜新道を走りながらそんなことはできないし、どういうルートを走るかは車に乗って目的地を設定しないとわからないわけだから事前にチェックというわけにも行かない。全体的な走行プランが見えないまま走らないといけないというのが、このナビ(HDS960TD)に対する大きな不満だ。

ここはひとつ、カーナビの動作を室内でもシミュレーションできるようにして欲しいものだ。カーナビメーカーとしては自信があれば、そういうのを無料で配布してもいいんじゃないかな? ユーザからのフィードバックを得られたらGPSと連携しない版を無料で配布しても損はしないと思うのだ。うかうかしてると、Googleあたりがそういうことしちゃうと思うよ。

なので「俺は東名を使うのだ」ということを進路で意思表示すると、仕方なくそちらのルートでガイドを始める。

高速走行中は「高速道路を走るルートです」といったきり黙ってしまう。画面にはSAやICがいくつか表示されているが、どこで降りるのかという表示はない。私は厚木で降りるものと思っているのだが、その先の秦野中井ICも表示されているので、ひょっとしてそちらのほうが近いのかもしれないとも思うが、まぁそのうちにガイドがあるだろうと走り続ける。

ところが厚木ICに近づいても何のガイドもないので、自己判断で厚木で降りてしまう。厚木で降りてもナビは何にもいわない。すねてだんまりモードになったか? と思っているとピロ~ンなんてチャイムが鳴って「事故多発地点です。他の車や歩行者に注意して運転してください。」とかいう。うっとおしいなぁ。

山道に入るとガイドが始まるので、すねているわけではないようだが、いろいろ省略して目的地に到着してみると、これは行きたかった場所から見るとダムの反対側だ。

駐車場の関係で地図の「P」マークのところへ行きたかったのだが、ダム(赤く塗った)の反対側の「水とエネルギー館」に到着だ。これは目的地の設定がいけないということではあるのだが、だって「宮ヶ瀬ダム」で検索するとこの「水とエネルギー館」ともうひとつ「管理なんたら」しかでてこなくて、とりあえず「水とエネルギー館」ではないほうを選んだらこの結果だ。

Dammap 後で考えてみると、「あいかわ公園」を目的地にすればよかったのだが、車に乗り込んで「さぁ行くぞ」というときにはそこまで頭が回らないのだ。

で、着いてから15分くらい歩いて、ちょっと迷ったりしながらも放水時刻の直前に何とか現地にはたどり着いた。これから行く人のために書いておくと、「愛ちゃん号」という汽車みたいなバスみたいなものに乗っていくのが簡単だ。大人100円、小学生50円。

まずはダムの全貌を見ていただこう。

Miyagase_dam_2

放流開始。洟垂れみたい・・・。

Dam_start

大迫力の放水は約6分続く。クリックすると大画面になるかも。

Streamdams Rainbowdam

放水の飛沫で虹が出ていた。

他にもいろいろあったのだが省略だ。ちょっとした遠足にはいいコースだった。

帰りにもやはり東名に乗って帰るわけだが、やっぱりどこで降りるのかということは表示されない。横浜町田で降りることは明白なのだけれども、港北インタまで表示されていて画面にはどこで降りるという表示は現れなかった。

音声ではさすがに下りろという指示が出て、じゃぁ朝の厚木はなんだったんだろうか? 秦野で降りるコースだったのかなぁ?

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2008年9月13日 (土)

新趣向のミステリで悩む

ここ半年ほど、ほとんど本を読まなかった。これはやはりちょっとおかしなことだ。余裕がなかったというのかなぁ? ギターをさわらない日はほとんどなかったので、余裕がなかったわけではないと思うのだが。

で、ちょっと環境が変わったので古い本なんだけど気になったので読んでみようと思ったのだ。

Sightunseen_2  「音の手がかり(Sight Unseen by David lorne)」という誘拐ものなんだけど、その事件を解決する主人公が盲目の音響技師なのだ。彼は映画の世界で音響効果を担当していたのだけれども、事故で失明するのだ。音響効果というのは当初私が想像していたよりも深いものらしいということが読んでいくうちに分ってくる。

誘拐犯人からかかってきた電話の録音を解析して、そのバックグラウンド・ノイズから犯人の居場所を特定していくプロセスはとても興味深い。日本でも時々TVにでてくる「音響技術研究所」とやらのカツラのおじさんよりも技術力があるようだ。

盲人の世界という点でも興味深いのだが、本というものは基本的にビジュアルがないので読者がビジュアルを補完しながら読むわけで、そういう点でもこの本の記述には没入しやすい。このシリーズの他の本も読んでみようと思う。

しかし、この翻訳には問題が多い。特に銃器関係とか理科系の記述にいろいろ問題がある。だいたい「散弾銃」を「霰弾銃」と書いている時点で、あれれと思ったのだが、例えば「ライフルの50ミリの銃弾」とか、「0.762ミリの弾倉」とかインチからミリに変換するときに桁を間違えているのだ。今読んでいる別の本「音に向かって撃て」では「18カラットの金メッキを施した拳銃」なんてのがでてくる。

なんか単位系に関わる無関心というのか数字を見ると盲目になってしまうのか、きっと文系の人なんだろうなと思って調べてみたら、訳者は平田敬という1931年生まれの人だ。慶応を出てTBSに勤めていたらしいが、その後ハワイに移り住んだらしい。直木賞候補にもなったことがある人らしいが、この本を訳したころには60代半ばで、ちょっとしんどかったのかもしれないな。

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2008年9月10日 (水)

ワシントンで悩む(5/5)

Date :  6:03pm 11/01/98

 最終日の金曜、夕方にちょっと自分で時間を作ってその辺を歩いてみた。地下鉄でダウンタウンに出てもよかったのだが、う~ん、そういえば航空宇宙博物館なんかにも行ってみたりとかタワーレコードなんかにも行ってみたかったのだが、その日のうちになんとかレポート書いて日本へFAXしたいと思っていたので、あんまり時間はなかったのだった。

 というわけで、近場の国立動物園に行ってみた。なんのことはない、ホテルからでるとすぐに「国立動物園→あっち」というふうなことを書いた看板があるのを前から知っていたので、そっちへ歩いていくだけだ。しかし、しばらく歩いてもなかなかそれらしいものがない。だいたい街並みとして、どうもそういう動物園があるという感じじゃないんだな。道行く人に「ドーブツエンワ、コノサキデスカ?」と聞こうかとも思ったが、あんまり人は歩いていないし、歩いている人も子供連れだったり、荷物を持って急いでいる人だったりするので、なんだか聞きにくい。

 しかし、道路に停めてあったトラックの影から急にアメリカの国旗が見えた。道の反対側を歩いていたので、近づくまで見えなかったのだ。

 動物園前の交差点を渡ると、いきなり入口だ。入場料は?と探してみるがそういう看板は無いし、だいたいゲートがない。入場無料なのだった。

 何気なくはいっていくと右手に獏のケージがあった、でも肝心の動物はいなくて、ふうん、獏って「Tapir」っていうんだ? 「園内案内図」みたいなのがあったので見てみると、これはずいぶん広いみたいだ。平日の夕方(3時過ぎ)というのに老若男女が思い思いの格好で歩いている。仕方がないので、とうか、もともと動物を見に来たわけじゃなくて、なにかいいお土産でもないかなと思っていたところなので、手近なお土産やさん(兼博物館?)のようなところへはいってみる。

 「本とお土産」みたいな看板のこの店には、アフリカ系の民芸品とか絵はがきとかCDとかCDROMとか、人形とか縫いぐるみとかあるのだが、その中にウチの真猿がいた。

真猿とその一族である。例のよくできたマペットの一群が陳列されている。オレゴンで見たのとは違って、種類が多い。ビーバーとかラッコとかがあって、このビーバーにココロ惹かれたが、33ドルとちょっと高かったので、その横にいたライオンを調べてみた。こちらは25ドルである(値段で選ぶなよ)。値段でこれに決めた。いやちょっと手持ち現金が微妙なところだったのでね。

 結局、その店から出てまた案内図を検討した結果、そのまま歩いて帰ることにした。帰り道、向こうから歩いてきたアラブ系の男性二人連れに「ドーブツエンハコノホウコウデスカ?」と聞かれたのでちょっとニヤリとして「Sure, You can find it on the other side of the Road.」と答えた。

Date :  6:03pm 11/01/98

 ワシントンDCからニューヨークへは1時間ちょっとの飛行だった。出発は9:00。ホテルからロナルド・レーガン空港まではタクシーで20分程度なのだが、何となく気がせいていた私は6:30にホテルをチェックアウトし、一人で空港へ向かった。同行のY氏はいろいろあってシカゴまわりで帰ることになっている。彼のほうが遅くにワシントンDCを出発し、早くに日本へ着く。なんやそれ?

 まだ夜が明けていない道をタクシーで走る。途中で何台かの超大型トレーラー・トラックとすれ違う。超大型トレーラーが道端に停車している状態からはし出すのを眺めていると、運転席を左右に振りながら走り出す様子がなにかイモ虫を思わせる。

 タクシーの運転手は黒人で、「どこの飛行機だい?」「AAです。」というくらいの会話くらいしかしなかった。ラジオも鳴っていない車内は、ときおりタクシー無線(?)が鳴るくらいで居心地が悪い。窓の外もくらいし、どこを走っているのかももわからないし不安満々である。

 それでも7時前に空港へ着く。ちゃんとAAのチェックインのところへ車を着けてくれて料金は16ドル。$20紙幣でお金を払って、4ドルのおつりをもらって2ドルをチップとしてあげる。領収書をもらうとちゃんと$18になっている。

 AAのチェックインカウンターに並ぶのだが、このカウンターはドメスティックである。つまり国内便なのだが、私も日本に帰るとはいえ、ニューヨークまでは国内便に乗るのだと思っているのでここに並ぶわけだが、なんだか不安である。順番が来てチケットを見せると案の定「あんたはインターナショナルだから、中へ入って(このカウンターは屋外である)左にある国際線のカウンターに並びなはれ。」といわれてしまう。このあたりのしくみというのかチケットの扱いがどうもまだよくわかっていない。オレゴンのポートランド空港でも「あんたは国際線だから」ということを言われていたし(ポートランドからは成田直通なので、これは私が馬鹿)。

 まぁ、そんなこともあろうかと時間に余裕を見てあるのでそれほど不安もないのだが、その航空輸送システムというものをちゃんと理解していないのはそのうちになんとかせねばなるまい。

 ロナルド・レーガン空港でスーツケースを預けて「成田行きですね?」と念を押されるのだが、それでいいのか? JFK空港で出国手続きするときにスーツケースの中を調べたりとかしないのかな? とまた余計な心配をしてしまう。まぁJFKでも時間は充分にあるのでなんとかならぁな、と腹をくくって待合室でウイリアム・ギブソンに没頭する。電源が確保できたらここでPCを取り出してパコパコしようと思っていたのだが、それはできないようだった。

 JFKまでの飛行機はSAAB340という、これまた聞いたことのない機体で、双発のプロペラ機である。プロペラ機? ワシントンDCからニューヨークへ行くのにプロペラ機か? それに双発? 座席を数えるとせいぜい50席である。そんなものなのかなぁ?

 SAABって事はスエーデン製なんだろうか。プロペラのブレードがなんともなまめかしい曲線を描いている。プロペラのわりにはエンジンが小さくて、エンジン後部に噴出口があるからターボ・プロップなのかもしれない。まぁジェットとプロペラのあいのこってとこでしょうか。プロペラが回り出すところを注目していたのだが、ゆっくりと回り始めてそのまま滑らかに回転を上げていくところを見ると、やはりターボ・プロップなのだろう。レシプロエンジンのように途中から急にトルクがかかっていくような様子は見られなかった。

 飛行中はどうということもなく、客も少ないので話をすることもなく、景色といっても事前の勉強不足でなんだかよくわからない。ワシントンDCとニューヨークの間に何があるのかなんて知らないよ。

 ニューヨークのJFK空港に着陸。1時間ちょっとの飛行だが、時差がまた1時間あるのでなんだかよくわからない。小さな機体なので、荷物を人力で運び出しているのだが、どうも私の荷物が運び出されている様子はない。別の便で運ばれているのかもしれないがやはり不安である。

 JFKは大きな空港で、到着したのはターミナル9だった。で、帰りに乗るJALのカウンターはどこにあるんだろう? いろいろ掲示物を見てターミナル間を走るバスのことはわかるのだが、JALがどのターミナルであるのかはわからない。まぁ時間はあるのだし、とにかくバスに乗ってみようかとバスに乗ると、中国人のようなご夫人と米国人のダンナと言う二人連れが運転手に「ジャパンがどうたら」という話をしている。この夫婦はそういえばワシントンからの飛行機で一緒だった。ようしこの人について行ってみよう。 するとこの夫婦は次のターミナルでバスを降りていく。運転手に「JALはここかな?」と聞くが「I have No Idea, Sir.」だと。まぁいいや、時間あるし降りてみるか。やはり時間的余裕があるというのは助かる。

 バスを降りてターミナルへはいってみると、広いロビーがあってJALのカウンターがある。しかし、だれもいない。となりのKALのカウンターにも誰も居ない。どうなってるんだこれ? 

 他のターミナルも当たってみるかなぁと、ぶらぶらと外にでると職員みたいな黒人のお姉さんがいたので「JALのチケット・カウンターはどこよ?」と聞くと「2階です。」「おーそうなのか。」ということでターミナルへ戻り、2階へエスカレータであがってみると確かにチェックインカウンターみたいなのが並んでいる。やれやれと、ここでチェックイン。心配だった荷物のことも確認したし、マイレージもここで処理できた。

 出国手続きになにか面倒なことはないのかと思ったが、それは杞憂だったようで、ふつうの金属探知機だけのようである。刃物とか怪しいものはいっさい持っていないし、骨盤にネジが4本はいってるので高感度な金属探知機だとぴーぴーいうのだが普通は全然問題なくこう言うところを通過できるはずだ。ところがバッグを見ていた女性職員がなにやら手招きする。聞いてみると、コンピュータをだして電源をONしろとか言うのだ。「バッテリーが死んでるんだよ。AC貸してくれれば動かしてみせるけど。」というと、ならいい、とか言って、なんだかガーゼに金色のシールをはったようなもので私のPCをなで回し、そのガーゼをなにかの機械に入れてチェックしている。あれは何だろう? 機械的に嗅覚でチェックしているのだろうか?それともあの機械の中に犬がはいっていて・・・?。

 JFK空港から自宅に電話する。なんとかホームダイヤルってやつなので、公衆電話にコインを入れずに、フックオフしていきなり1-800と押してみたらちゃんとつながる。

「口紅を買ってきて欲しいの。」「口紅?いいよ、どんな?」「赤いの。」 そりゃ赤いだろうよ。うちのニョーボは茶色とか緑の口紅をつけるほどイってない。「赤!?どんな赤?」「う~ん、明るい赤。」「OK、じゃぁ安いの見つけたら買っとくよ。」「ちがうの。」「ん?」「安いのが欲しいんじゃないの、イイのが欲しいの。」「なななななあるほど。じゃぁどういうのがいいの?」「ニナリッチのがあったら買ってきて。」「はい了解。」

 空港のデューティ・フリー・ショップでニナリッチを探すが、バッグはあっても口紅はない。「あったら買ってきて」ということだからといって、無ければ買わなくてよいかというとそういうわけでもないので、その辺の口紅を見てみる。

 YSLの口紅にいい色(とは言っても、ニョーボの顔を思い浮かべて口紅に色を塗るという「バーチャル塗り絵」は難しい)があったので、買おうと思ったがよくわからない。同じ色でも0.1オンスと0.12オンスとがあって同じ値段だ($18)。でもなんで0.12オンスのほうがパッケージが小さいんだ? 詰め替えか?

 まわりを見渡したが、その辺に店員がいなかったのでそこを離れ、ディオールの口紅が並んでいるところで同じような色を探す。さっきと同じ色番号で012というのがあったので手にとったタイミングで・・・。

「いい色ですよそれ。」 と店員というのか、あんた店員じゃなくてディオールの人だろ?さっきまで私のまわりには誰もいなかったのに、急に現れるんだもんなぁ。流ちょうな日本語を話しているが日本人ではないようだ。アジアのどこかの人なんだろうけれども、全然わからない。

「赤を買ってこいと言われてるんでね。」「これは赤じゃありません。ピンクです。」 !?私にはどう見ても赤に見える。「赤はこれです。」 と言って013の口紅を見せてくれる。そういえば012は013よりは白っぽい。ピンクと言えばピンクではある。しかし、何となく気に入らなかったので、反対側のとなりにある011というのを取り出してみる。「それはオレンジがはいっていますね。」 と、彼女が自分の手の甲に013と011を並べて塗りつけ、「ほおら、全然違う!」 そうかぁ? ほとんど変わらないように見えるけどなぁ。

「ん~と、じゃぁこれ下さい。」と最初に選んだピンクのを指し示すと、驚いたように「一本だけですか!?」 そーだよ? 複数買うなんてことは初めから全然考えていない。でもまぁこれがピンクだということなら、オーダーされている「赤」も買って帰ろうかな。「じゃぁこれも(と011を指して)。」「会社の女性に買って帰ると喜ばれますよ~。」 そんなこと言い出したらきりがないじゃないか。そういえば初めての海外旅行ではこんなふうにして20本くらい口紅を買って(買わされて?)帰ったのだった。アホである。

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ワシントンで悩む(4/5)

Date : 11:11pm 10/25/98

 シカゴまでJAL、シカゴからワシントンまではAA(American Airline)で行く。F100という聞いたことのないジェット機で胴体後部に2台のジェットエンジンが付いている。私の席はそのジェットエンジンのすぐそばだった。

 1時間くらいの飛行なので、特に変わったこともなかったのだが、客が異常に少ない。一列5席で22列ほどあるから100人くらい乗れるはずだが、20人くらいしか乗っていない。

 シカゴの空を飛ぶのは実は楽しみにしていたのだった。なぜなら、マイクロソフトのフライトシミュレータでこのあたりはよく飛んだところだからだ。特にJALが着陸したオヘアとそのすぐそばにあるMeigsFieldはフライトシミュレータ好きの人なら一度は行ってみたいところだろう。

 フライトシミュレータは特に何の設定もしないと(デフォルト)メイグスフィールドからスタートする。ここからエンジンを全開にして離陸し、1分ほどまっすぐ北へ向かった後左旋回して進路を290へ向け、数分飛ぶとオヘアが見えてくる。それで無事着陸できればよし、できないときにはそのあたりの地表に激突ということになるわけだ。自慢じゃないがこの激突を何度やったかわからんね、ほんとに。

 そういうわけなので、オヘアへの着陸進入を見ることができなかったのはほんとに残念だった。国内線のANAだったかJASだったか着陸時に車輪に取りつけたカメラの画像を流してくれたりするので、ひょっとしたらそういうのがあるかと期待していたのだ。

 そのかわり、AAでシカゴを飛び立った直後、F100はメイグス・フィールドのほぼ真上を飛んでくれた。いや~ほんとにシミュレータそっくりだ。滑走路の西側がヨットハーバーみたいになっているとは知らなかった。

 着陸時したあと、個人的興味からエンジンが止まるまでを凝視する。直径90cmくらいの小さなエンジンだが、ファンブレードとシュラウドの隙間が5mmほどもないようだ。さすがはプロの技だね。

 アメリカからの通信はGRICと言うところのローミングサービスを使っています。GRICのアクセスポイントを使って、課金は日本のプロバイダに払うのです。pppのloginアカウントを「loginアカウント@プロバイダ名」というかたちにして、パスワードはいつものを使います。そうすると、GRICは該当プロバイダへそのID/PWを確認してもらって、私のインターネットアクセスを許すというものです。GRICと契約を結んでいる日本のプロバイダのアカウントを持っていればGRICとは全く契約とかは必要ないのでたまに海外出張する人には重宝だと思います。

 オレゴンでうまく行っていたので、今回もアクセスポイントの電話番号をワシントンDCのものに変えるだけでうまくいくと思ったのですが、全然駄目です。スクリプトが起動していきなり止まってしまっているようです。

 PPPダイヤルアップじゃなくて、普通の通信ソフトでアクセスしたりして調べてみたところ、普通のlogin手順の全然違うということがわかりました。だいたいまずプロンプトが「login:」じゃなくて「HastName:」だし、変なIDとか入れると「compuserveがどうたらこうたら」というメッセージがでる。どうやらGRICがCISから回線を借りているのかな? それにしてもPPP接続までのプロトコルがこんなに常軌を逸したものでは困ります。GRICのサポートセンターに電話してみようかな、と思いつつももうひとつ「ワシントンDC」と書かれているアクセスポイントにダイヤルアップをかけてみます。すると、なんと! あっさりつながってしまったではないですか。

 ワシントンDCにはアクセスポイントがふたつあるのですが、片方はホテルとおなじ市外局番の202なのに、もう一つは市外局番が301なのです。やっぱり同一局番で市内電話のほうがいいよな、と思って202の方を試していたのですが、どうにもラチが空かないので、301の方へかけてみたらすんなりつながってしまいました。

 ところで、オレゴンではホテルとのちょっとした契約でもってローカルコールが無料という事になっていたのですが、ここでは果たしていくらだろうか?そして301エリアへのコールはローカルか? これにはホテルのTVが答えてくれました。TVを操作すると、自分の現在までのチャージがわかるようになっているのです。それによるとなんとローカルコールは.85ドル、ということは一回アクセスすると、その時間の長さに関わらず約100円を無条件に取られてしまうわけです。ちなみに私は接続にトライするために1日目に10回、二日目に8回のアクセスを行っており、これだけで2000円ほども取られてしまっているわけです。しかしこれでも安い方で、同行したY氏は日本へ国際電話をかけてメールを読むので、一回あたり20ドルほども取られているようです。

 なんでここだけこういうですます体になっているのかというと、これはつまり書き始めたのが飛行機の中のはなしよりも早いからですな、話の中ではやっとワシントンDCについた所だが、今私はこの文章をニューヨークのJFK空港の出発ロビーで書いています。私のPCはバッテリがイカれているので商用電源がないと使えないのですが、「まー、たぶん空港にあるだろう」というのが大当たりで、ワシントンにはなかった電源プラグがNYにはあったという話。これ、空港のセキュリティに見つかったら何か言われるかもしれないけれども、ま、それまでは使わせてもらおう。なにしろここで2時間待ちなのだ。飛行機の中でも使えるといいんだけどな。今回はなぜか2階席に乗れるみたいだし。ちょっと期待してみよう。

(飛行機の中では100Vを使わせてもらえませんでした。)

 以前、オレゴンに行ったときに街がとても綺麗だと感じて、それはなぜなんだろうかとずっと考えていました。半面、日本にいても、どこかの地下街に紛れ込んだりしたときに「あ、アメリカみたいだ。」と感じることがある。この感じは一体どこから来るのだろう加と考えていて、一つの仮定に思い当たりました。それは「貼紙」です。日本の街はどこへ行っても手書きの貼紙があちこちにあるのですが、アメリカにはあんまりないように思います。今回の出張ではそのへんを確認してみようと思っていたのでした。

 そういう目で見てみると、やはりアメリカの街には貼紙が少ないように思います。だいたい、セロテープというものをほとんど見かけない。セロテープで貼った手書きの貼紙というのが日本のひとつのアイデンティティであったのか!?

 今回の出張はあるコンファレンスへの参加がひとつの目的だった。ホテルに到着したのが午後3時ころだったのでさっそくそのコンファレンスにレジストレーションを申し込みに行く。

 レジストレーション・カウンタにはアルバイトなのかボランティアなのか、おばさんたちが10人くらい並んで暇そうにしている。カンファレンスが始まるまでは暇なんだろう。そこで申し込むわけだが、連れのY氏がなんか申込用紙に書き間違いをしたらしくて、おばさんのうちの一人がやたらと働き始めた。私は暇だったので、カウンターの上においてある小さな紙の箱みたいなものをなんとなく取り上げてみる、と、その前に座っていたおばさんが、「それ、プレゼントよ。」と言ってくれる。「サンキュー」と言ってその箱を開けてみるとキャンデーが一つ入っている。それよりも箱の作りが私の目を引いた、なんとなくオリガミっぽいのだ。

 で、私は暇なので、その辺りにあったチラシを使ってオリガミを作ってみることにした。お題は小学生のころ百科事典で見て覚えた「はばたくコウノトリ」である。有名な「鶴」を途中からちょっと折り方を変えるとできる。

 紙から正方形を切り出すために斜めに折っていると、さっそく目ざといおばさんが「オー、オリガミ!」「作ってくれるのね!」とか言っているので「待ってろ、びっくりさせてやるから」と言って折り続ける。途中で、どちらが表になるのかわからなくなって中空を睨み据えていると、「あ~考えてる考えてる。」「忘れちゃったの~?」とかかってなことを言っている。

 でもまぁ数分でできちゃったので「LOOK!」と言って羽をばたばたさせてやると、「オー!グレイト!」と大喜びである。「鶴?鶴でしょ?(crane?)」とか言うので、「ノー、英語で何というのかは知らないが、ベービーを運んでくる奴だ。」というと、集まっていた数人が口をそろえて「スト~ク」「ストークだったらあなたに必要なんじゃないの」なんて冷やかされている人もいたりして大騒ぎである。このコウノトリはカンファレンスの開催中、このカウンターにずっと飾られていた。

 ホテルの近くにファーマシーがあったので、Y氏と買い出しにいった。メラトニンなんかもあるのだが、今回は持参なのでまぁいいんじゃないでしょうか。それより部屋に帰ってのどが渇くよね、ということでマウンテン・デューを2本買う。ほかには調味料に面白そうなのがあったので買ってみるガーリック・ソルトとかガーリック・ええとなんだっけ。(今NY空港でこれを書いているのだが、たった今セキュリティのおばさんが話しかけてきて、「あのバッグはあなたのですか?」「いいえ違います。」ということなので、電源を使っていても特に問題はないみたいだ。)

 で、いろいろ忙しくて、マウンティン・デューのことはすっかり忘れていたのだが、ある夜に飲んでみるとあんまりうまくない。ま、それはいいんだけれどもラベルになにか書いてあって、「MTVのBMXを当てよう!」とかなんとか。「キャップの裏を見てね!」というので、キャップの裏をみると「MTV特製CD!」と書いてある。これって、当たったってことか?「WIN」て書いてあるからそうなんだろうな。

 「応募要項はラベルの裏」と書いてあるので、ナイフを出してきてラベルをはがすと、「当たった人はキャップを封筒に入れてこの住所に送れ」ということである。さっそくホテルの封筒にその住所を書き写し、詰め物として紙製のコースターを詰め込んで封をするなかにはキャップを紙切れ一枚「日本に送ってね~」と住所を書いておいた。

 フロントで出してもらえるかなぁとロビーまで降りていって、フロントのお姉さんに話してみると、「この重さだと60セントね。あそこの売店で買ってください。」ということで売店へ行く。売店のお姉さんは「そこに自動販売機があるから。」と指さすだけだ。しかし、この自動販売機がくせ者で、一体どこから手をつけていいのやらわからない。とまどっていると売店のおねえさんが来てくれて、「ここに1ドル入れるの、コインで」「1ドルありません。これ代えてください。」と差し出す1ドル札がクラウン4枚に変わる。

 クラウン4枚を所定の場所に並べてレバーをぐいと押すと、おみくじみたいな紙切れが落ちてきて、これが切手か? と思ったらボール紙で切手2枚がはさんであるのか。32セントが2枚? で、お釣りは? ないみたいだ。そういうものか? 納得いかんなぁ。 で、ホテルの郵便受けに投函したんだけど、ホントに来るかな?

 ホテルでカンファレンスのレセプションがあった。あんまり知り合いは多くないのだが一応出てみるかと思っていってみる。山海珍味が天こ盛りである。いろんな種類のチーズが並んでいて人気だったが、外人には春巻きも人気のようだ。サカナのくん製もなかなかうまい。

 そんななかで、なんとなく気になるものがあったので食ってみる。柔らかいチーズの煮込みのようだが、チーズとは風味が違う。あのしつこさがない。なんだろな~、と考えていたが、近くに来た外人(知らない人)に聞いてみた「これなんだと思いますか?」彼は長身をかがめてスプーンでお皿へひとすくいし食べてみる、首をゆっくり横に振る。「わからないね。君はどこから来たのかね?」「JAPANです。あなたは?」「私はノルウエーから来たんだが、こう言うのは食べたことがない。」「ノルウエーですか、すると、鯨を食べたことはありますか?」「おお、鯨ね、そういえば昔、子供のころに食べたことがある。でも最近は食べないなぁ。」「日本では最近は高いんですよ、昔は安かったのに。」「禁止されたからね。」というふうな話をしているところへウエイターが来たので「これはなに?」と聞いてみる。

 「これはトーフです。JAPANの食べ物です。」「げ、トーフ!? 気づかなかった!」「トーフ?なにそれ?」「ソイ・ビーンズから作る、チーズのようなものです。日本人である私は気づくべきでした。」言われてみると高野豆腐のような舌触りもあり、トーフを固く煮詰めるとこんなふうになるのかもしれないとは思う。しかし、所変われば品変わるというが、私も気づかないかね~。

 そこへもう一人、こんどはウエイトレスがやってきてウエイターが彼女に確かめる「これ、トーフだよね?」「違うよ、ゴーチだよ。」「ゴーチ!?」と3人が聞き返す。どうやらゴート・チーズすなわちヤギのチーズらしい。なぁんだ、これで私の面目も救われたと言うもんだ。

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ワシントンで悩む(3/5)

Date :  9:49am 10/24/98

 そういえば、彼女の持っているCDの中には小野リサの最新作があって、これにはついこの間私がTVで見た「小舟」と「ソーホーのサンバ」が収録されている。他にも私が昔練習曲としてやっていた曲なんかがあったりして、「も~、ここにギターがあったら歌っちゃうよ!」と言ってしまいましたとさ。いやー、しかしこのCDの品揃えは、私を罠にかけようとしているとしか思えないな。

 子供の話なんかをしていて、「じゃぁ、お子さんにはいいお父さんですね?」とか言われて「ええ、好いてくれているようですよ。」「ウチのお父さんなんか社長だなんていばっちゃってて。」「え、社長さんなんですか?」「ええ、小さな会社なんですけど。」中部地方のある町で地元の名産品を作ってキオスクなんかに卸しているらしい。やっぱり家が裕福でないとこういうお気楽な生活(に見えるんだけど)はできないだろう。

 フランシスが一段落着いたので、「寝ます。通路に出たかったら起こしてください。」と言ってはみるものの、たぶん寝ている私を起こしたりはしないだろうという観測。今回初めて試す首枕(空気で膨らまして首にかける、U字型の枕)を準備していると、「あ~、それね~。私も買おうかと思ったんですよ。」と、しかし貸してあげない。

 目を覚ますと、映画が始まっていた。「シティ・オブ・エンジェル」だ。ニコラス・ケイジがあんまり好きではないのでみる気はしないのだが、娘が友達と見に行ったとかで、海岸に天使達が並ぶシーンが綺麗だったということなので、そこを見てみようかと途中からヘッドフォンをかけて見ることにする。ちょうどセスが人間になろうとするあたり。もう終わりに近かったらしく、おやおやおや、と思っているうちに終わってしまう。最後の方で「天使の並ぶ海岸」も見れたことだし、まぁいいか。

 彼女は私の横で枕を抱いて眠っている。これって不思議なもので、見ず知らずの男女が席を並べて寝てしまうなんてこんなことがあっていいのか!? いいのだ。

 映画が終わって、見ていた人たちがごそごそと動き出す気配で彼女も目を覚ます。「どうでした?首枕。」と聞かれて「う~ん、汗っぽい。」では答えになっていないが、本当にそうなんだもんな。寝汗が首のあたりにたまったようになって汗っぽい。首枕の効果というのは特に感じなかった。もっと首を下の方から支えて欲しいのだが、それでは圧迫感が強すぎるのだろうか?

「空気が乾いていませんか?」と聞かれるが、まぁこんなものだろうと思っているので、「いや別に?」と答える。「私、目が乾くんですよ。」「そういえば目がくしゃくしゃするかな?」「このクリーム付けてみませんか、目がしっとりするんですよ。」とシャネルのマークのついたクリーム入れを出してくる。私の目のくしゃくしゃは睡眠不足じゃないかと思うんだが、何としても付けさせたいみたいだ。「どうすんの?」「こうやって指に付けて目のまわりに。」と自分でやってみせるので私もやってみる。「下の方にたくさん」と言われても、そんなに使っちゃ悪いみたいだし。「ね、しっとりするでしょ?」と言われてもなぁ。「うん、そうかも。」それより鼻が詰まるのをなんとかして欲しいぞ。 その後はなんだかとりとめのない話をして、B型だからどうだとか言っていたのだが、どういう文脈だったかは忘れた。

 そういえばインターネットの話なんかしていて、これはwaniで聞いた話だったか、自分が最近見たビデオとその評価を入力すると、その人に対するお薦めのビデオを提示してくれるというWEBの話をして、そういうところでCDを探したらいいのだ、と言ってみたのだが、インターネット環境はないという。彼氏が学校で使っているということだったが、やはり一般の人には遠いものなのだろうか。それよりもその「お薦めCD」の話に対して「あ、それやりたい、お薦めのCDを選んであげるの。」というのだが、これってどういうことだろうか? 自分の趣味を棚に上げて相手の立場で考えるということをやらなくちゃいけなくて、これは結構大変な仕事だと思うんだけどなぁ。とは言わなかったんだけど。

 そういえば寝起きだから必要かもしれないと思ってトイレを勧めると行くというので道を譲る。彼女が居ないうちに、彼女向けのお薦めCDリストを作ってみる。たしかこんなだったと思う。

Chick Corea:
    Now He Sings, Now He Sobs
    Return to Forever
    Light as a Feather
    Tones for Jone's Bones

Miles Davis:
    Four and More
    My Funny Vallentain

Keith Jarrett:
    Gary Burton with Kieth Jarrett

Miroslav Vitous:
    Infinite Search

Stan Getz:
    Sweet Rain

 ヴィトウスなんてのはちょっと無茶かもしれないけれども、私も好きなんだからいいじゃーん。私の大好きなウエス・モンゴメリが一枚も入っていないが、まぁ、仕方ないかな。このリストには実は漏れがあって、あとでわざわざ紙を出してもらって追加したのが、

Bill Evans (with Jaremy Steig):
   What's New

ついでにマイルスにも追加する。 Bitches Blew

 こういうのを渡したのだが、まぁ、ジャケットを見たところで何かを感じれば聴いてみてくれるだろうし、そうでなければそれまでだ。

 そうこうしているうちに2本目の映画が始まった。エディ・マーフィーの「ドクター・ドリトル」だ。ヘッドフォンをかけてぼんやり見ていたのだが、あんまり面白くなかった。彼女も同じように見ていたのだが、映画が終わってからもお互いこの映画の話はまったくしなかった。

 日本目の映画が終わって軽食が出ると、もう着陸も近い。二人とも、もう振り返りモードになって「なんだか早かったですねぇ」「おかげで楽しかったですよう。」とか言いあったりしている。彼女が言うには綿胃からなんだかオーラが出ていてそれがどうだとかこうだとか言うのだが、どうも私にはぴんと来ないんで何ともありがたみがない。そういえばこの人は話し始めたころに「音楽ってあったかいじゃないですかぁ。」というふうなことを言っていたのだった。そういう感覚というのは私にはないので敬意を払いつつもなんとなく「ほんとかよ~」という感情をぬぐいきれない。

 彼女がつくづく言うには、「後ろの方の席で、いつもなら我慢するんだけれども今日はなんだか本当にいやだったので思い切ってスチュワーデスさんに頼んでみたらそのおかげでこんなに楽しかった。やっぱりなにかこういう流れって有るんですね。」と。

 飛行機が着陸に向けて高度を下げ始めると、気配を察したのか、客席の赤ん坊が泣き出したりする。この便には子供が何人か乗っていて、結構泣いたり走り回ったり売るs飼ったのだが、一人なら気になっただろうそういう騒ぎも彼女のおかげでぜんぜん気にならなかった。笑って許せた。これはやっぱりいいことなんだろう。

 だいぶ高度が下がってきたときに彼女が言うには「気持ちが悪い。着陸の時にはいつも気持ちが悪くなる。」と。「さっき赤ん坊が泣き出したころから気持ち悪くなって、ずっと気持ち悪い。」というので、「赤ん坊が泣いたのは気圧の上昇で耳が痛くなったんじゃないかな?」というと「そうです。私、耳だけじゃなくて身体中で気圧を感じるんです。それで気持ち悪くなっちゃうんですよ。」う~ん、それは過敏と言うか、ちょっと気にしすぎじゃないのかなぁ? 

 しかし、あのCDの選択はなかなかのものだから、全部が全部お嬢様の気まぐれともかぎらない。何とも不思議な人ではある。

 もうすぐ着陸というときになって彼女が私の名前を聞いてきた。私としてはそういうことはしたくなかったんだけれども、ひょっとしたら礼儀かもしれないと思って名刺を渡した。彼女の方は名前を教えてくれて、でも聞いただけだから名字はともかく、名前の方はどういう漢字を書くのかわからない。なにかに書いてくれようとしたんだけれども、女性はそういう情報をあんまり出さないほうがいいともうよ、と言って断った。こう言うときには電話番号を聞いたりするのが礼儀なんだろうか? しかし、電話番号聞いてもなぁ。

 着陸して降りる段になって、私が席を立っても彼女は席に残っている。大きなバッグが後ろの方に残っているのだ。後ろのほうからは客が続々とこちらへ向かってくるからその流れが納まらないことには荷物を取りに行けない。シカゴは摂氏6度で、これは寒い。ジャケットも後ろにおいてきたというので私は別れを告げて先に降りる。さようなら、楽しかったよ。

 イミグレーションを通って荷物を待っていると、いつのまにか彼女が後ろに来ていて、「ゴミが付いてますよ。」と上着の後ろを払ってくれる。私は同僚の荷物が出てきたので(実は同行者がいたのですね~、ちょっと離れた席に)今度こそ別れを告げて乗り継ぎのほうへ進んで行く。

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ワシントンで悩む(2/5)

Date :  7:31pm 10/23/98

 で、まぁ身元が分かったところで、向こうもそんなにいやじゃないみたいなのでお話を続けてみる。

「CDたくさん持っているみたいでしたけど、どういう音楽を聴くんですか?」「なんでも聴きます。TV見ないんで最近の曲はあんまり知らないんですけど。」「え~、TVみないんですか!?」「ええ、もう4年くらい見てません。」「じゃぁ、音楽関係の情報ってのはどこから?」「友達がDJやってたりするのでそういうところで聞いたり・・・。」「DJっていうとブラック関係とか?」「そういうのも多いですね。」「じゃぁ最近だとローリン・ヒルとか?」「あ、よくご存じですね。好きですよ、ローリン・ヒル。」「ええ、ウチの子供が好きみたいなんでね。」 実を言うと、私はローリン・ヒルがあんまり好きではないのだが、まぁそんなことを言ってもしかたがないのでそれは黙っておく。

 そのあと、子供の話とか、音楽とのかかわりとかの話をいろいろして、彼女はレゲエにかなりのめり込んでいるらしいことがわかった。単なる音楽の一分野としてではなく、レゲエな考え方(共同体とか仲間意識とか;おんなじか!?、自然に対する考え方とか)に共感しているらしい。ヒーリングというあたりもその辺とつながっているのだとか。

 鬼太鼓座のことも話してみると、なんだかそのヒーリング関係の合宿が佐渡島であって(え?なにそれ?)そのときに鬼太鼓座も近くで合宿していたというのだが、その「合宿」というのがちょっと気になるところではある。

 話の中で私が楽器を触ったりすることを話すと、彼女は「コンガが欲しい」のだとか。さらにいろいろ聞いてみると、彼氏がキーボード奏者でシカゴに住んでいる(アメリカ人)大学院生(なにか芸術関係らしい;マッキントッシュを持っているとか)で、今回の旅行は仕事をやめて学校へ行くという生活の区切りに彼に会いに行くんだそうだ。

 話はあっちこっちに飛びながら、しかし音楽関係の所へ戻ってくる。彼女の持っているCDの話になって、「私のCD、見てくださいよ。」ということになった。

 束ねてあるCDを左の方からめくってみると、まず最初がローリン・ヒルだった。「あ、ローリン・ヒルだ。」と無意味なことを言ってその右側を見ると、CDの表面に「RIVER SIDE」と書いてある(CDは全部裸で透明なケースに入っている)なになに?と思ってタイトルを見ると「Waltz for Debby」だ。Bill Evansだ。私ののけぞりはここから始まる。

「えええええっ、なんですかこれ? これ、私の大好きなCDなんですよ。私はこのCDを2回買い直しています(人に貸したまま帰ってこなくなるのだ)。」「はぁ?」

 さらに見ていくと、「BLUE NOTE」のCDがあってタイトルが「AFRO BLUE」。これを見たあたりで、私はもう舞い上がっている。「これって、あの、黒人女性が丸刈りのジャケットで・・・?」「あ~、どんなジャケットだったかは忘れてしまいましたけど。」「DEE DEE BRIDGEWATER(Vo)をフィーチャーした奴じゃないですか? ブレッカー兄弟がバックを固めていたりして、で、ブレッカー兄弟(ランディとマイケル)のどっちかがDEE DEEと結婚しちゃったという・・・。」「さぁ・・・?」

 しかし、CDの表面に曲名と共に演奏者が書いてあって、それを見てみると、なんだか違うみたいだ。でもその内容は60年代から70年代へかけてのまぎれもないjazzの神髄の一部である。ホレス・シルバーとかマッコイ・タイナーなどの文字が並んでいる。そういえばDEE DEEのアフロ・ブルーは日本のレーベルの企画だったか。

 で、次のCDで私はノックアウトされてしまった。ハービー・ハンコックの「Speak Like a child」である。個人的な趣味を前提に言わしてもらうと、地味だが非常に通好みのアルバムだ。居ずまいを正して私は尋ねる。

「ねぇ、あなたみたいに若い人がどうしてこんなもの持ってるんですか?」「え~?、タワーレコードでボーっと見ていると、向こうの方から私の目に飛び込んでくるんですよ。」

 ほかにもハンコックの、ええと、私がずっと名前を覚えられないでいるけれどもメンバーを全部言えるやつで「E... Isle」なんていうのがあって、これはハンコックがマイルスのバンドに居るときに、マイルスの代わりにフレディ・ハバードをフロントに置いて作ったアルバムだ。同時期のアルバムに「メイドン・ボヤジ(処女航海;カタカナで書くとまぬけだ!「冥土の土産」みたいだ!)」もあるよね、という話をすると、「ああそうだった、メイドン・ボヤジ! それを持ってくるつもりだったのに間違えてこれ持ってきちゃった、ああ悔しい。」とか言ってる。別に悔しがらなくてもいいと思うんだが、それがあったらたしかに私のポイントはさらにアップしただろう。

「マイルスといえば、あとはカインド・オブ・ブルーとか・・・。」「ええええええっ、なんでそんなしぶいの知ってるの? 持ってるの? あなたが生まれる前だよキット。」「CD屋さんで、惹かれちゃうんです。感じちゃうんですよ。」「ピアノがねー、ビルエバンスとレッドガーランドでねー、いいんだよねーブルーアンドグリーンとかねぇビリーボーイとかねぇ。」と私はすでに半狂乱である。「あ、なんか私火がついたように喋ってますけど、普通はこんなじゃないんですけど、私声大きいですか?」と自分を鎮める。彼女は静かに笑っている。

 他にも「ジャケットでストッキング履いた女の人の足が歩いているやつ」(ソニー・スティットの「クール・ストラッティン」である。思わす歌ってしまう)、「ビル・エバンスの曲で好きなのがあって」と言われてまたいろいろ歌ってしまう、などあって私は舞い上がってしまったのだった。まるで同世代のおっさんと話しているみたいだった(いや、だいぶ違うぞ)。

 今回彼女が持っているのは自宅に200枚ほど持っているCDから選抜した10数枚なのだから、彼女の趣味がかなり凝縮されているわけだ。

 私がCDを聴くときにはたいてい分析的に聴くので、まずメンバーを調べ、曲目を覚えて、好きな曲なら覚えたりコード進行を調べたりするのだが、彼女の場合はそういうことはいっさいしなくて、とにかく「全体的につかむ」というおそれ多くも単純かつ反論不能な方法論で音楽と対峙している。こう言うのは実は私の苦手なところで、ということはつまり私の弱みであると思っている。そういう音楽観の違いを乗り越えて趣味が一致するということに私はほとんど感動していた。

 彼女が持っていたCDのうち半分位は最近のjazzとレゲエとなんというのか、昔風に言うと「ソフトマシーン」みたいなダンサブル・ジャズ? のようなものとかだった。だった、というのは後で聴かせてもらってわかったのだが、その時にはなんだったか「これ聴いてみてください」と指定されたものをまず聴いたのだった。人の名前らしきものがタイトルになっているCDで、その人はこのバンドのリーダであるドラマーらしいのだが、彼女はそんなことには全く興味がないらしい。いきなりサックスがシブイことをやり始めて、気分はほとんど昔のジャズ喫茶である。ドラマーは私の基準からするとそんなにたいしたことはなくてそのへんを何と言っていいのかわからなかったのだが、まぁそれをきっかけに彼女のお言葉に甘えてCDをいろいろ聴かせてもらったのだった。

 そのなかで特に彼女らしいと言うのか、ピグミーの音楽というのがあって、音楽というよりも生活の中の音を記録したという感じなのだが、「このなかで一枚もらうとしたらこれだな。」ということを冗談半分で言ってみたかったのだが、どういうわけかついに言えなかった。

 このピグミーのCDは本の形になっているということなので、今度探してみようと思う。

 ピグミーの話から、原始の音楽とかそういう話になって、話はそっち方面からヒーリング関係のほうへ行ってしまう。のだけれども、ヒーリングってあんまり興味ないのでほとんど覚えていないんだなぁ。とにかく彼女は感覚の人で理屈よりとにかく感覚という点で徹底しているということがわかった。この時点では「単にわがままってことなんじゃないの~?」とも思っていたりもしたのだが。

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ワシントンで悩む(1/5)

1998年の10月ごろにワシントンへ出張したときの記録です。

アメリカで書いたものを向こうのホテルから日本のサーバへ送るという、つまりいにしえの「パソコン通信」ってやつですね。

Date :  8:12am 10/23/98

 成田に着いたのは11時半をちょっと過ぎていた。成田といってもJRの駅だ。12時半搭乗だからまぁまぁかな、と思っていたらチェックインやら出国審査やらで30分かかって出発ロビーにはいったのは12時過ぎだった。こんなところで時間を余らせても仕方ないんだけれども、電車が一本遅れたら危ないところだった。

 電車の中では先日買ったばかりのディック・フランシス「騎乗」を読んでいた。電車の中で読んでしまったらスーツケースの中へ入れてしまおう、そしてスーツケースからウイリアム・ギブソンを出してこようと思っていたのだが読みきれなかったのだった。

 どうも最近のフランシスはプロットからストーリーに展開するところが甘いような気がする。もう70歳を過ぎたということだが、はっきり言ってもうお歳なのではないか? 「標的」あたりからなんだか物足りない感じがしていて、「もう一波乱あるかな?」と期待しているのにするりと終わってしまったり、伏線のように見えてぜんぜんそうでないものがあったりするのだ。「標的」のあとにどんなのがあったかな?と思って調べてみた。調べた結果は別の所に書いておこう。最近のでは「不屈」なんかは面白かったのに。

 飛行機に乗り込んで席に着いてみると中央4列の左端だ。右に3つ席が空いていて、ドアが閉まっても誰も座らない。と思ったらそれをかぎつけたのかどこかのおばさんが右端に移動してきた。アジア人だと思うがよくわからない。フィリピンかな? 私の右側にはまだふたつ空席があるので、バッグとか毛布なんかもそこへ投げ出している。靴は脱いでコンビニ袋に入れて上のラゲージボックスにほうり込んである。足にはスリッパを履いている。そういえばこのスリッパは86年にヒューストンへ行くときに買ったものだ。

 ところが飛行機が動き出す前にスチュワーデス(日本人)がやってきて私の横にうずくまり、私に話しかけてくる。「あの~、後ろの方の席の女性が・・・」。要するに禁煙席の後ろの方に座っていた女性が(喫煙席が近いので)煙たくていやだと、それで私の隣の空いているところへ来てもよいか? ということをネゴしに来たわけだ。

 私の隣の空いている席はもちろん私の席ではないから、私の意向など聞かなくてもよさそうなもので、私としては嫌とは言えないと思っている。だが、「女性」というのがちょっと気になるところで、そんなことわざわざ言わなくたっていいと思うんだけどなぁ。などと思いながら「いいですよ。」と返事する。しかし4列の右側に座っているおばさんはどう思うか知らないよ。とスッチーには言ってみる。おばさんはそうそうに眠りこけているので、「あの人がだんなさんみたいだよ。」と私が指さしたひととなにやら話にいく。

 「女性」は私のすぐ隣の席に座った。「どうもすみません」とか恐縮しているので、「煙が流れてくるんじゃ禁煙席の意味がないですよね。」と答える。20代だろうと思うが20代のどの辺かはわからない。松たか子に、ん~似てなくもない、って似てないんだけど目のあたりがなんだかそんな感じで、松たか子の姉ですとか妹ですとか言われたら信じたかもしれない。「タバコだけじゃなくって、周りの人がお酒なんか飲み始めたので・・・」ははぁ、そうですか、と曖昧に答えておいて、あまり深追いはしないことにして「通路に出たいときにはいつでも言ってください、寝ていてもかまいませんから。」と言った後は読みかけのディック・フランシスに戻る。通路側の席に代わってあげても良かったのだが、なんだかやたらに恐縮しているのでそのままにしておく。

 ディック・フランシスを読んではいるものの、それでもやっぱり気にはなるので、ちらちらと隣の様子をうかがうと、暇そうに機内誌をぱらぱらとめくっていたと思ったら、鬼太鼓座に関する記事なんかを熱心に読んでいる。鬼太鼓座と言えば私にはパラリンピックの開会式のパフォーマンスが記憶に新しいのだが、あの時に鬼太鼓座のオープニングを飾った黒人のメンバーのことなどがその機内誌に書かれていたので、私も後で見てみようと思う。

 そのうち、機内誌にも飽きたのかバッグからCDケースを取り出した。CDをハードケースから取り出して中味だけを入れておくようなやつだ。厚さが6cmほどもあるから20枚くらい入るのだろうか? CDプレーヤを出して聞き始めたので、私としてもフランシスに没入することにする。

 フランシスも一段落したところで本から顔をあげてぼんやりしていると、彼女もCDが終わったようで何やらごそごそやっている。今だ、と話しかけてみる。「学生さんですか?」「11月から学生になるんですけど、いまはまだ学生じゃありません。無職です。3日前に会社を辞めたんです。」「ははぁ?どういう学校へ行くんですか」「アロマ・テラピーの学校です。」 とまぁ、こんなふうにすらすらと話が進んだわけじゃなくて、話がなんだか前後しながら私が仕入れた情報をまとめると要するに上のようになる。まぁその、FIRSTコンタクトとしてはこんなものじゃないだろうか。

 これはその後でいろいろと話をしていくうちにわかったことなのだが、彼女はヒーリングにとても強い興味を持っていて、アロマ・テラピーというのもその一環として捉えているようだった。ほかにも彼女にはいろいろと面白い考え方なんかをしたりする人なのだが、その辺の話もおいおいと。

 そういえば、「学生さんですか?」と身許調べみたいなことをする前にこんなことがあったのだった。

 飛行機が巡行高度にあがってしばらくすると飲み物と食事がある。飲み物を配りに来たとき、私はヘッドフォンで何だったか忘れたけれどもなにか聴いていて、彼女が何を注文したのかは知らなかったのだが、私がヘッドフォンを外して「トマトジュース・ノーアイス」を注文すると、ちょうど彼女に同じものが手渡されるところだった。

 続いて食事だが、前もってビーフとスズキという選択肢があることを調べていた私は「スズキだスズキ」と尋ねられるのを心待ちにしていたのだが(おなかがすいていたんだな)「ご注文は?お肉ですか魚ですか?」とスッチーが私に尋ねているのだと思って「サカナ」と答えたら、彼女も同時に「サカナ!」と注文していたのだった。スッチーは彼女に尋ねていたのかもしれないと思うと、ちょっと恥ずかしかった。

 とまぁ、こんなふうに偶然が重なっても、まだ話しかけたりはしていなかったのだ。

 食事を受け取って食事中の飲み物を「ビールですかワインですか?それともウイスキー?」と言うのに全部首を横に振り、私はお茶を待っていた。彼女もそのようだった。しかしお茶が来ないんだ。

 まわりではもうテキトーに飲み物なんか頼んでかちゃかちゃと音をさせながら食事が始まっている。そのなかで私と彼女はお茶を待ち続けていたのだが、やはりなんだかこれはへんな緊張感がある。お互いの状態は想像がつくので「やっぱりお茶がないとね」と言ってみると、彼女も「そうですよね」と返してくれる。

 しばらく待ってもお茶は来ず、ついに彼女が食事に手を出した。それを見た私が「あなた、負けましたね?」と言ってみると「はい、負けました。」との返事。ははは、とか笑いながら私はまだ頑固にお茶を待ち続ける。と、反対側の通路でウーロン茶を配っているスッチーが居たので、手を伸ばしてそれを受け取って私も食事を始めるが、彼女はウーロン茶を無視している。そのうちにやっと緑茶が来たのでふたりとも緑茶にありつくことができたのだが、私は頭の中で「負けたな」と考えていたのだった。

 「学生さんですか?」と尋ねたのはこういうことがあってからのことだった。

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2008年9月 8日 (月)

液体窒素に悩む

家人がレーザで顔のシミを取る処置を受けてきた。案外簡単にできるらしいし、費用もそんなにかからないようだ。

そういえば私の顔にも年頭あたりからなんだかデキモノみたいなのが色づいて定着してしまったものがあって、これはかっこ悪いなぁと思っていたのだ。これも何とかしてもらえるかも、だ。

というわけで私もその病院に行ってみた。診察してもらうと開口一番「これはシミではない。これはイボ!」あ、そうですか、とこたえるよりも早く、床においてあった魔法瓶みたいなものの口をあけ、でかい綿棒(頭が直径1cmくらい)みたいなのを突っ込んでイボに押し当てる。「ちょっと痛いよ」ってそれはやる前に言ってくれ。

でも特に痛くもなく、それだけで治療はおしまい。何か気をつけることがありますか?とこちらから聞いても「特にない。薬も出さない。そのうち黒くなってくるけど気にしないで。強くこするのはやめたほうがいい。」と一気にまくし立てて「ハイ次の方」。

たしかに日に日にその部分は黒くなってきた。その模様を記録しておいたので見ていただこうか。

Marks1s 最初の一枚(一番上)は処置を受ける前日の写真。この写真はライティングの関係でシミが薄く見えるのだが、実際にはもうちょっと濃いものだ。同じ理由で全体的に薄めに写っている。

一日ごとに撮影したのだが、4日目で黒さがピークとなり、次の日には気がついたら黒い部分がなくなっていた。その結果、最初の写真と比べて約5日ほどでかなり小さくなったことがわかる。

画面の縮尺はひとつの画面が左右7mm縦5mmというところ。

つまり、どういう理由かはよくわからないけれどもイボの部分を液体窒素で処理すると、イボだけが凍傷にかかって黒変し、死んでしまって落ちるらしい。このときにはおそらく風呂で落ちたのだろう。

というわけで、医者からは「1週間たったらまた来なさい」と言われていたので、この写真を印刷して持っていった。「ほう、これは面白い、もらっていい?」というのであげてきたが、私としては2回目の処理で、残りの盛り上がったところを重点的に処理するように役立ててほしかったのだ。

ところが液体窒素の処置というのはそんな細かいことはお構い無しである。だいたい、まず「もうこれでいいんじゃない?」とか言うし、いやいや、もう一回やってくださいよ。とお願いしてもう一度やってもらったら、前回よりも念入りに液体窒素の押し付けをやっていただいたので、前回感じなかった痛みってやつを感じることになってしまった。

で、2回目も写真を撮りまくってみる。だいたい一日おきだが、1日2回撮ったこともある。

Sequence2 2回目には黒変してはがれかけ、ほぼ剥がれ落ちようとするところまで撮影することができた。今回もやはり5日くらいかかっている。

6日目以降は、もう撮影しようと思ってもどの部分だったかわからないくらいで、鏡でよく見ると、ああここだったんだな、と分かるくらいになっている。顔の全体とか目の下の部分とか、局部のわかる写真も撮ってみたが、妙に気持ち悪いのでこれは掲載しないことにする。

で、シミをレーザで処置した家人だが、こちらはそう簡単に行かなくて苦労している。処置前よりもシミが濃くなってしまったと言って病院に駆け込んだら、3ヶ月はみてくれといわれたとか、飲んでいる薬の副作用がどうだとか、なかなかオールオッケーというわけにはまだ行かないようだ。

特に紫外線に当たるのが良くないとのことで、それがわかっているのだったら冬場に処置すればよかったのに、などと傍から見ていると思うわけだ。

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2008年9月 7日 (日)

環境音楽に悩む

環境音楽っていうジャンルがあるわけですよ。つまりはバック・グラウンド・ミュージックとして聞き流されるように作られた音楽。

典型的なものとしてはGeorge Winstonの一連のシリーズのような、こんな感じ。ひとことで言うと、「覇気がない」。あるいは「骨がない」。

私の理解では、こういう音楽は本メロなしの伴奏みたいなものなのだ。本メロと伴奏の違いというのは、コードに勝っているのか、負けているのかということだ。伴奏というものはコードを支えるものなので、コードに勝っちゃいけない。一方、本メロはコードに負けていてはいけないのだ。

そういうふうに環境音楽を定義すると、一連のスムースジャズというのもほとんどこの範疇に入ってくる。

本メロ対伴奏という形式は絶対ではないから、上に描いた図式から外れることもあるのだろうが、とりあえず今のところ私が関わっている音楽の範囲ではそういう感じなのだ。

なので、上で定義したような環境音楽というのは伴奏になりうる。つまり、環境音楽を流しておいて、それに乗せてソロを弾いて、環境音楽に足りないもの、つまり本メロを足して音楽として骨のあるものに仕立て上げることができる。

というわけなので、練習としてそういった環境音楽を流してその上でソロを取るということをよくやっている。George Winstonなどはほとんど単一スケールなので、そのスケール聞き取ればいろいろと楽しむことができる。スムースジャズの場合にはしばしば転調があるけれどもそれはそれでいい練習になる。

で、手持ちのクラシックのピアノ曲のMIDIデータがあるので、それも環境音楽として使えないかな、と思って試してみたのだが、これはぜんぜんだめだった。さすがに歴史を重ねて人々の評価を受けてきたものは、名前(私に)を知られていなくてもしっかりと骨があって、その上にソロを乗せることを許容しない。さすがだ、ってそりゃあたりまえか。
環境音楽という、いわばマイナスワンみたいなものが商品として流通する現代がおかしいのかもしれない。

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2008年9月 3日 (水)

オレゴンで悩む(10/10)

Date :  8:19pm  4/12/98

 アメリカ人は食いすぎだ。食前食後にも何か食っているような感じだ。街を歩いていても明らかに太りすぎという人が2割くらいはいるんじゃないかな。

 そんな状況だから、アメリカ人と一緒に飯を食いに行くといつも私は説教してしまうのだった。

 「いいか、私は朝食を食べるときに昼食のことを考えている。つまり昼食時に空腹を感じるくらいに朝食を食べるのだ。昼食は、夕方に空腹を感じくらいにだけ食べる。夕食は就寝時に空腹を感じるくらいに食べるのだ。」

 「私がこのアイディアを思いついたのは5年前だが、私自身が実行できるまでに2年を要した。2年間、私は自分自身をトレーニングしたのだ。」

 「腹が減っていては眠れないというふうな奴は一生痩せられないよ。」

 「君達は空腹を感じたことがあるか?」「最後に空腹を感じたのはいつだ? 一日に1度は空腹を感じるべきだ。」

 「空腹といっても実は2種類あって、これにだまされてはいけない。」「口が欲する食欲と、胃袋が欲する食欲とがあるのだが、口にだまされてはいけない。君の胃に耳を傾けなさい。」「君の胃袋がハングリーであると感じた時だけが食べるべきなのだ。」「食い物は量を楽しむものじゃない。おいしいものは少しでいいんだ。」

 てな事を言ってきたんだけれども、通じただろうか。

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オレゴンで悩む(9/10)

Date :  6:24pm  4/05/98

 ポートランド空港とホテルとの行き来にはシャトルバスを使う。シャトルというから無料かと思っていたのだがそれは間違いで、言ってみれば「乗り合いタクシー」のようなものであることが先月の出張でわかっている。車はたいていミニバンだ。

 空港からホテルへ行くにはそういうシャトル乗り場でシャトルを捕まえる。シャトルの運転手は客が何人か集まったら出発する。今回、空港からホテルへのシャトルはエチオピアから来たと言う運転手の運転するフォードかなにかのミニバンだった。20分ほど乗って$25ほど。客は5人ほどだったからいい稼ぎになっているんだろう。

 帰りの、ホテルから空港までのシャトルは前日にホテルのフロントに電話して予約してもらったのだが、当日の時間にはミニバンではなくてリンカーンが来た。しかも客は私一人だ。リンカーンの後部座席にえらそうに座って、運転手と話をしながらの道中である。

 運転手と、私がどこから来てどこへ行くのだという話をしていると、どこで英語を勉強したのだと聞かれた。そういえばその質問はよく受ける。私は受験勉強以外には英語を特に勉強したことはないし、英会話学校も行かなかった。当然海外で生活したこともない。仕方がないので「学校で習った。ほとんどの日本人は学校で英語を6年習うのだ。でもしゃべれる人は少ないけどね。私は単にBrave Speakerなのだ。」なんてことを話すと、私の英語は非常に(若干脚色あり)うまいという。

 ほかにも私の英語を「エクセレントだ」と言ってくれる人がいて、ほんとかいな、と私は今でも懐疑的なのだが、私がしゃべるのと同じくらい聞き取れるわけではないことに彼らは気付いていないようだ。「えーか、俺がちょっと英語を喋れると思って、おんなじくらい聞き取れると思うなよ~!」というタンカを切りたいところなのだが、そういうニュアンスまではまだ使えない。

 彼は5年前にロシアから来たのだという。最初は英語が全然話せなくて、ずいぶん苦労したらしい。スペイン語を話す連中と一緒にいたらしくて、スペイン語はすぐに話せるようになったということだった。彼に言わせると「スペイン語は簡単だが英語は難しい」ということらしい。

 一念発起して英語学校に通い、タクシーの運転手などの仕事をして現在に至るということだったが、英語の喋れない間ははっきり言ってまともな職には就けなかったらしい。米国へ来て10か月くらいで家族(奥さんと子供)を呼び寄せたらしいが今では暮らしも安定して、「Oregonはいいところだ、これで天気がよけりゃなぁ」とか言っている。実際その通りで、私もそうできたらいいなとかちょっと思ったりもしている。

 最近、PCを買ったとかでインターネット接続も難しかったがナントカできた、と。「インターネットはすごいよ、ロシア語の新聞が読めるとは思わなかったぜ。それに世界中が見える。日本も、ロシアも、俺の住んでた街の俺の住んでたストリートまで見ることができるんだ。ロシアははるかに遅れているよ(Russia is behind too far.)。」

 日本の話になって、ロシアではなんでも日本製品が一番だという。「服も車もオーディオもだ。全部だ。日本人はスマートだよ。」「おおそうだ、この間日本食レストランへ行ったよ。テリヤキというのは旨いね。安いし。俺はすっかり日本食が気に入ったよ。」とかいうので「スシは食ったか?」と聞いてみたが知らないという。「スシは日本食のキングである。スシを食わないと日本食を知ったことにはならない」「おおそうか、そのスシというのはどういうものだ?」「魚をナマで食うんだ」「ええっ!、ほんとかよ~」「そうだよ、トライしてみなさい。日本食レストランだったらどこでもあるはずだから。」
「よ~し、食ってみよう、ちょっとこの紙に書いてくれ」というので「Eat Sushi!(Raw Fish)」と英語で書いて、横に日本語で「寿司食いねぇ!」と書いてやった。

 そのあと子供の話になって、毎度のことながら「子供はいるのか?」「何人だ?」「何歳だ?」「じゃぁ、いったいお前は何歳なんだ?」ということで私の年齢を教えてやると外国人の例に漏れずのけぞって驚くので(私はたいてい10歳以上若く見られる)「これが日本食の結果である」と言っていばってやるわけだ。

 英会話に関して私はほとんど教育を受けていないのだが、数年前(当時、渡米経験なし)にTOEICを受けてみたら700点という点数をもらった。せいぜい300点も取れればいいやと思っていたのでこれには驚いたが、受け直してみてもやはり同じような点数だったので、そういうものなのだろうと思うことにした。

 もともと高校での英語の成績は悪かったのだ。面白くなかったし。一度などは高校の英語の授業で「ジョーク集」というのがあって、オチのところで大受けしてしまって予習していないのがばれたという苦い経験もある。ちゃんと予習している皆さんは初めからオチが分かっているので冷静に授業を受けているのだが、オチで受けたのは私ともう一人S君の二人だけだったので大変に恥ずかしかった。

 ところが予備校で成績が急激に伸びた。これは先生がよかったのだと思うが、そのかわり勉強も毎日4時間したからな。特に英作文が楽しかった。日本語の文をまず日本語のままで言い換えを行い、その結果をいろんな(習ったばかりの)言い方で構成して先生に添削してもらうのが大変に楽しくて成績はぐんぐん伸びた。「このままで大学へ行っても英語で苦労することはまずないだろう」と言われたのだが、本当にその通りで、大学では英語の勉強はいっさい必要なかった。ここだけの話だが、自分の分だけでなく友人の単位を取る手伝いもしてやったことがあった。

 でも、英会話はできなかったのだ。

 思うに、日本の英語教育というのは厳密に過ぎるように思う。文法はたしかに必要なのだが、実際に話されている英語はそんなに厳密なものではない。日本語は厳密な言語で、たとえば「ワタシ、タベル、ナイヨ」みたいなものはあくまでもカタコトとされるが、英語ではそういうものでも立派に喋っていることになってしまうようなのだ。こと英会話に関していえば、日本の英語教育は英会話コンプレックスをも育てしまっているように思う。

 そんな私が英会話できるようになったのは、数年前のある経験だった。上司とともに米国人エンジニアとの会議に出席していたとき、上司が「あ~、あい・りこめんど・ざっと・・・」というふうな感じで喋り出したのだ。「あ、これでいいのか。これでも通じるんだ。」と思ったとたんに私も喋れるようになっていた。もちろん下手くそだし、自分でもおおいにそれを恥じてはいるのだが、とにかく相手に通じさせようという「気持ち」が先行すればなんとか通じさせることはできる。特に技術的な仕事の話などで先方としても私の話を聞かざるを得ないときには、ちょっと待ってもらってでも、絵や図や筆談の形になってもとにかく通じさせることはできるのだという自信をつけた。

 しかしそんな私が日常的に英語を喋るようになったのはこの1月からである。1月から職種が変わって、米国人エンジニアと1週間単位でつきあわなくてはならなくなってから会話能力としては急激に力をつけたと思う。

 それと同時に勉強もした。年末に買った「パラフレーズで英会話を伸ばす」みたいなちょっと恥ずかしい表紙の本と「動詞を主体にした英文法」だったかな?実はこれらの本は子供のために買ったのだが、読んでみると非常にわかりやすくてしかも私の知らないことがよく整理されて書いてあったので、「まずお父さんが読んでからね」ということにさせてもらったのだった。ともに「アルク出版」の本である。

 私は「WOULD」が苦手だった。中学校の時、仮定法の授業がある日に休んでしまったことをなぜか明確に覚えているのだが、そのせいでずっと「仮定法」「WOULD」には苦手意識があってずっとうまく使えなかったのだ。ところが前述の「動詞主体の・・」のなかでWOULDが実に(私にとって)わかりやすく書かれていて、これには感激した。早速いろいろ使わせていただいている。でも「SHALL WE...」というのは使えないなぁ。

>ヒアリング能力って正確に聞く能力じゃなくて
>「こういうシチュエーションの場合はこういうことを喋る可能性がある」
>という経験だと思うわけで、私の場合「TOEICの試験ではこういう内容が

 これは確かにそうですね。私は大阪から上京して東京の店でものを買うのに「これ、なんぼですか?」と聞いたのでは相手が理解してくれないという経験からそれを理解しました。店員さんは「これ、いくらですか?」という標準語イントネーションを期待しているので、大阪弁で「なんぼですのん?」と聞いたのでは「はぁ?」ということになってしまうわけです。

 でも私の英語はめちゃくちゃです。親しい米国人との会話では、言いたいことが英語にできなくて(つまり今でも日本語で考えているので)ぐわ~とかいいながら頭をかきむしってしゃがみこむ、ということを何度もやりました。

 例えば店で買い物しようとしているときに、「Can I help you ?」と言われて「Yes, You can help me.」というのは間抜けであるというのはわかっていても、そういうときのプロトコルを知らないものだから、実はやってしまったことがある。こういうのって、日本で例えば「おはよう!」と言われて「いえ、あなたの方が早いじゃないですか」というくらいに変なことなのだろう。こういう慣用句というのか、儀礼的なフレーズというのはやはり覚えるしかないのか。

 一方、「Have a nice day !」とか「Have a good afternoon !」というふうなことを彼らはどうやら本気で言っているらしい。そう思うとこちらも「Thank you !」というのを本気で言えるというものだ。

 そういえば、1992年にラスベガスへ行ったとき、Y氏というエンジニアと一緒に行動していた。このときは彼が上手に英語を喋ってくれるので私は彼の陰に隠れてサボっていたのだが、たまに私が何かしゃべっても、あんまり通じていなかったようだった。特に私がフラストレーションを感じていたのは、なにかで「Thank you!」と言われたときに「You're welcome!」ととっさに返せないことだった。

 今から考えるとつまらないことだったのだが、私はおおいに悩んでY氏や当時ASCIIに居て、今では転職してDOS/V-Magazineの編集部にいるI氏に「私が油断しているときにthank you!と突っ込んでくれ!」と頼んだものだった。つまり反射的に「You're welcome!」が出るようにしようと思ったのだった。

 でもなかなか反射的にはできなくて、これはよく考えてみると私はY氏ほどに人から「Thank you!」と言われるようなことをしていなかったのだった。「Thank you!」と言われるためにはそれ相応のことをしなければならないのだったのであった。

 なるほど、と私は反省し、当時の某netの私のprofileを書き換え、私の名前を「楊永寛(よう・えいかん;You're Welcome)」としたのであった。

 しかし、よくわからないのだが、向こうで道を歩いていて人と出会うと、初対面であるにも関わらず「ハイ!」とか言ってくれたり、にっこり笑ってくれたりする。これには実際どうしたらいいのかわからなくて、とりあえずマネはしてみたもののなんだかよくわからなかったのだった。

そういえば初めてアメリカへ行ったときにもこれにはショックを受けて、せいぜい真似してみようと、ホテルの中で出会った人(女性だった)に「Hi! Good morning !」と声をかけてみたら、「おはようございます」と日本語で返されたことがあった。滞在中の日本人客だったのだ。

 フランクってことなんだろうけれども、どうしたらよかったのだろう? 日本人が意味もなく笑うというのはよくいわれることだが、米国人の方がよっぽど謎じゃないのか。

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オレゴンで悩む(8/10)

Date :  2:32am  3/23/98

 ホテルの風呂はもちろん洋式で、ということはつまり浅いから日本の風呂のように肩まで浸かるというのは難しい。それだけでなくて日本の風呂とはいろいろ違うのであんまり快適とは言い難い。で、前回「今度来るときには絶対に持ってこよう」と思ったのが洗い桶。

 洗い桶はかさばるけれども、桶の中にもコーリャ、服を入れるよ、チョイナチョイナというふうにすると持っていくには大して問題ない。しかし、いざ使おうとするとあんがいうまく使えないんで、これはどうしたことだろうと思っていた。

 で、このことを書いてみようと思っていたので、さっき風呂に入りながら考えた。なんで桶が使えないんだろう?私は桶をどう使うつもりだったんだろう?

 すると、やはり考えてみるもんですねぇ、求めよさらば与えられん、引いても駄目なら押してみな、ということでどういうことだかわかって来た。

 つまり、こういうことだ、前回の惰性で、私は前回と同じ風呂の入り方をしていた。つまり、桶がないときの入り方で、まず最初にお湯を張り、肩まで浸かって(しかし足が出るのだ)、「あ、風呂に死体が!」という状態で体を休め、そのままガバと起き上がって頭、顔、身体を洗う。お湯を抜いてシャワーで身体を流して終わり。これでは桶を使うのは最初のお湯をかき混ぜるときだけだ。

 だから、今回は桶があるのだから最初にお湯を張る前にからだが洗えるわけだ。つまり浴槽のなかに蛇口があってシャワーがある。そこに洗い桶があれば温泉の洗い場と同じだ。そうやって身体を洗ってから、死体のポーズでお湯を入れていけばいいのだ。そうすればお湯が暑すぎたりぬるすぎたりすることもない。

 というわけで、この1週間の入浴はなんだったんだ~、というお話でした。

 「風邪ひくな」とご心配をいただいた風呂でしたが、桶を使った和洋折衷の入浴方式も無事試すことができました。

 裸になってタオルと桶を持ち、銭湯スタイルで体を洗うべく湯船に座ろうとして「あ、イスがない!」。しまったしまった島倉千代子。でもこれは仕方がないので湯船にぺたりと座って頭から順に洗って行く。体を洗ってシャワーで流すとアカがどんどん流れて行って気持ちよい。

 そこで湯船の栓を閉め、湯船に横たわって湯を注ぐのだが、上半身を湯に浸そうとすると足が伸ばせなくてひざを大きく開く事になる。これがどうも解剖を待つカエルのような格好で、どうにもしまらない。てれかくしに股間へ桶をかぶせてみるのだがこれをやるとなんだかなおさら情けない。

 しかし、洗い上げた体をアカの浮いていない湯に浸せるというのは日本的潔癖症をおおいに満足させる。これはやはり壮快感がある。足の裏で湯のオーバーフロー出口を押さえて調整しつつ体を温め、最後にややぬるめのシャワーを浴びて終わり。

 しかし、後日ホテル付属のプールへ行ってみると、なんとそこにはジャグジー・バスが。この泡は一体何のためだかしらないが(超音波とかいうのはどうも信じられない)、なんだか暖まったような気もしなくはない。これならもっと早くにプールへ行っておくのだった(プールへ行ったのはチェックアウト前日の夕方)。

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オレゴンで悩む(7/10)

Date :  2:31am  3/23/98

 RGというのは仕事の関係で付き合いのあるアメリカ人で、先月こちらへ来たときに初めて会った。話には聞いていたが身長2m、体重140kgという大男で、でも顔はなんとなく童顔というアンバランスな男である。

 その大男がマツダの赤いファミリアに乗って、助手席に私を乗せて食事につれて行ってくれたりするのだが、運転席が狭くてギアのシフトレバー(マニュアル車なのである)が太股に常に当たっている。

 そのRGと昼食を食べに行ったときに「どこかに楽器屋はないのかな?」と聞いたところ、食事の後に連れて行ってくれたのがポートランド・ミュージック・ショップというそのまんまの名前の店。

 そこへ行くときに話してみると、彼も音楽が好きで、リコーダーを吹くのだという。で、面白いことにバグパイプを吹いてみたいと思っているというのだ。「みんな、あんまりバグパイプを好きじゃないみたいだけどね。」というあたりがなんだかかわいい。

 楽器屋で、私が買ったのは音符の印刷されている折り畳み傘。かれはリコーダの楽譜を買った。彼が言うにはリコーダで吹ける曲は2曲しかなくてその1曲はグリーン・スリーブスなのだが、楽譜がどこかへ行ってしまったので吹けなくなったというのだ。以前に持っていたという楽譜を彼はまた買ったので、これで練習ができる、ということらしい。

 そんなことがあって、私が帰国してからRGが日本へ来る機会があった。そのときにももちろん会ったのだが、その時に何と彼はリコーダを持ってきていたのだった。小学生の子供が持っているようなちっちゃなリコーダで、2mの大男がこれを吹いている姿はなかなか風情がある。彼とは日本で二日間一緒だったので、二日目に私も自分のリコーダを持って行って見せてあげた。私のはキーがFのアルト・リコーダなのだが、もちろん彼のよりかなり大きいのだ。急に探し出して持っていったのでホコリだらけでちょっと吹く気にはなれなかず、見せただけだったのだがそれだけでもなんだか仲間になったような感じだった。

 その時、私は彼に一冊の本をあげた。ちょうど前回米国から帰る直前に買った私の好きなディック・フランシスのペーパーバックなのだが、やはり全部読み通すのはつらくて重荷になっていたのだった。ちょうどその本の主人公が「バグパイプを吹く」という設定になっていたので、RGにそのことを伝えると「うそだろう(You Kidding)」という反応だったのだが、後から「あの本は大変楽しめた、ありがとう」というメールが届いた。実際私も本はよく読む方だが、バグパイプを吹く奴が出てきた本なんて、ホントに初めてだったもんなぁ。

 ちなみにこの本はもうハヤカワから「不屈」というタイトルで日本語版が出ています。フランシスものとしても出来はいい方で、ちょっと話題を詰め込みすぎのきらいはあるけれどもお薦めです。まだ文庫にはなっていません。

 とまぁ、そんなわけで今回の出張にはリコーダとオカリナを持ってきていたというわけなのです。結局RGと一緒に演奏するチャンスはなかったんだけどね。

 そのRGにもお土産のお箸を渡したのだが、彼は大変おどろいていた、お箸には思い出があるという。彼が奥さんと知り合ったのはお箸が縁だったというのだ。

 たぶん20年以上前のことだったと推測するのだが、彼も奥さんも軍隊にいて、ふたりはカフェテリアで知り合ったという。奥さんはカフェテリアで当時米国人には珍しかったお箸を使って食事をしていたのだ。まわりの米国人たちは「あいつはちょっとおかしいんじゃないのか?」というふうにして遠巻きに眺めていたのだが、RGはそれに興味を引かれて「それはなに? なにしてんの、君?」というふうにして知り合ったというのだ。

 「それはひょっとして罠(Trap)だったんじゃないの? いや、罠というよりfilterかな」というと「そうだ、あれはフィルターだったんだ。GOOD Filterだ。」と彼が言うので「じゃぁ、彼女は君をお箸でつまみ上げたってことだね(She just picked you up by the chopsticks.)。」ということでこの大男をお箸でつまみ上げている女性の姿を想像して大笑いしたのだった。

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オレゴンで悩む(6/10)

Date :  3:17pm  3/22/98

 今日は土曜日で、私は行くところがない。親しい友人たちはあいにくあちこちに出張してしまって私にかまってくれる人はいない。あえてお願いすれば誰かが面倒を見てくれたかもしれないが、ネイティブ・ジャパニーズとしてはそういうお願いはちょっと言い出しにくい。金曜日にもう少し時間があれば金髪のおねえちゃんとなにか約束ができたかもしれなかったのだが、ま、それは希望的観測として。

 で、近くにあるモールに行くことにしてホテルのフロントで車を出してくれるように要請する。これは前にもやってもらったことがあって、どういう経緯で頼んだったのか忘れたけれども、だれかに入れ知恵されたのだったかな? とにかく「どこどこへ行きたいんだけど」というと、数マイルくらいのところだったら送ってくれるし、帰りも電話すれば迎えに来てくれる。行きも帰りも私一人のために、である。ヒマなのか? でも、当然のサービスとしてやっているようで、私が恐縮していると「You're Welcome」と言ってくれる。女性がこの言葉を言ってくれると「あら、いいのよ」という感じでとても気が休まる。

 フロントにはプラチナブロンドのおばさんがいて、年の頃なら4~50か。「今行きたいの?じゃぁ、ちょっと待ってね」と言うが早いか、コートを引っかけて出てきてくれた。「あ、あなたが?」「ええ、今日はドライバーがいないのよ」などあって車で出発。昨日は汗ばむほど温かかったのだが、今日は雨である。晴れていればモールまで歩いてもいと思っていたのだが、雨だといやじゃ。おばさんによると昨日の暖かさが例外的なのだという。世間話などしながら乗せてもらっていると「どこで仕事してるの?」「***です。」「あら********* ********* *******?」とフルスペルで返してくる。おやおや、と思っていると「ペギーって知ってる? 私のマブダチ(Sweat Heart)なのよ。」知っているとも、ペギーはさる重要人物の秘書である。金曜日にもちょっと話をしたし、そもそも私のホテルへの投宿を予約したのもペギーである。

 実は今回の渡米のために私はお土産を用意してきていた。塗り箸である。100円均一ショップで一膳100円で売っていたので男女用取り混ぜて30膳ほど買ってきておいたのだ。

 昨日もそんなわけでペギーに会う機会があったので、そのお土産を渡した。渡すときの効能書きは事前にちゃんと考えてある。「これを両手で使えるように練習しなさい。そういう指先のトレーニングは、脳みそのどこかを刺激するのであなたの若さと美しさを保つ事でありましょう。」 こういうことを言ってあげると(男性に渡すときには「美しさ」は省く)「Oh! realy?」とか「I'll try!」というふうな反応が返ってくるのだが、ペギーは「あなたみたいに?」とかいいやがった。これには私も困って「う、うん。まぁね(It might be.)」と、返しておいたのだが。

 じゃぁ、ペギーのマブダチなのだったら、ということでさいわいバッグに入っていたのでこのおばさんにもお箸をあげることにした。「Oh! Cute.」とか言っているんだけど、ほんとうにどれくらい興味を持っているのかはよくわからない。でも割ばしは知っていてもこういう塗り箸はたぶん知らないだろうから喜んでもらえているとは思うのだ。実は昨日も別の金髪の若いおねえさんにもあげて、「なんだかこれは髪飾りにもつかうみたいだよ。どうやるのかは知らないけれども。」と言ってみたら「うんうん、それはわかるわよ。」とその「希望的観測」は申しておりました。

 で、さんざん歩き回って家族のためのお土産など買って、さっき計算してみた
ら3万円5千円くらい買ったようだ。ビデオ6本($53)とか、別に買ったナイキ
のスニーカ($70)とかも入っているんだけれども。

 カードで買い物するわけだけれども、署名が日本語なので私がサインするのを店員がしげしげと眺めている。さらさらと書いて「似てるだろ?(Just looks like the same. Right ?)」、相手によっては「練習したんだよ(I practiced)」などと言ってみる。いざとなってもパスポートを常に携帯しているので強気である。

 買い物のためにモールを歩いていても、オレゴンというのは治安がよいというのか、よいんだけれどもみんな無防備です。なんというか、私みたいな奴がいかにも時間を持て余しているという感じでぶらぶら歩いていると新宿や渋谷だったら何やかんやと声をかけてくるじゃないですか。そういうのは全然ないし、人々もそういうものに備えているという感じが全然ない。さすがに荷物を置きっぱなしにしてそこを離れるということはしないようですが、お互いに信頼しあっているというふうな感じに見えます。

 本当は店をひととおり見て回って、食事をしてから改めて買って回ろうと思っていたのですが、昼食のピークに引っかかりそうだったので先に買い物をしてしまい、大きな荷物を持って食事をすることになってちょっと焦っていたのです。そういうこともあるので、一人で行動するよりは希望的観測に期待していたのですが、まぁそんなことを言ってもしかたがない。カフェテラスみたいなところで荷物を置いて食べ物を買いに行ったのですが誰も気にしてる様子はないようでした。警備員が要所要所に配置されているということもあるのかもしれないけれども、「ドロボー!」「捕まえて!」みたいなことも聞いたことないし(潜行しているのか?)やはり治安はいいんじゃないかな。

 11時半ごろからモールを歩きはじめて、二回りくらいして食事してまたちょっと買い足したりして4時。ホテルに電話して迎えに来てもらう。「赤いセータにブルージーンズの日本人です。」とこれだけのことなのだが、実はこれが私としては初めてのアメリカでの公衆電話の成功です。いままでは日本のようにいきなりコインを入れていたのですが、これがいけなかったようで、受話器を外して、ダイヤルして、それから要求された額のコインを入れるんですね。こういうのって「世界の歩き方」にも書いてなかったなぁ。「公衆電話は日本と同じように使えます」って嘘だろが。

 というわけで帰りはべつのおねえさんが迎えに来てくれて無事帰り着きましたとさ。

 帰りの車の中でお姉さんと話してみると、モールの近くに映画館があるんだそうで、あしたはそこへ行ってみるかな。

 モールは全長1500mくらいだろうか。映画館がちかくにあるのに気がつかなかったくらいだからまだ私が見ていないところもあるのかもしれない。マップみたいなものがないので全容がよくわからないのだが、通路の200mおきくらいにベンチが置いてあって休めるようになっている。日本だったら混んでくるとそのベンチはあっと言う間にふさがってしまうところなのだが、これが不思議なことに空いているんだなぁ。午後も遅くになってそうとう人が出て、食べ物屋さんの前に行列ができるくらいになっても、このベンチはまだ何人か座れるくらいに空いているのだ。これは不思議だが、人口が適切って事なのかな?前に書いた、「美しい自然があるのにそれが観光ビジネスにならない」というのにも通じる人口の少なさということがあるのかもしれない。

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オレゴンで悩む(5/10)

Bytes: 1137 Date :  7:07pm  3/21/98

 実は今日、仕事が早く終わったので、カナダ国籍の中国人Sさん(彼はレンタカーを借りている)とドライブに行きました。目的地は州を越えて100マイルほど離れたところにある活火山です。オレゴンの田舎方面へ走り、さらに州を越えてワシントン州に入って山の方向へ向かったのです。

 まぁ、道の感じはインターステートを走っているうちは東名の御殿場あたりの感じなのですが、いったんハイウエイを離れると、なんともいえない田舎臭さが漂います。道の感じは千葉の田舎の方みたいなものですが、道端には森や林、牧場、更地などがあって、日本のように家やファミレスやパチンコ屋、モーテルなどが林立してるということがありません。

 さらに進んでいくと、前後の車もいなくなり、本当に山中の道になります。湖が見えてきます。津久井湖くらいの大きさでしょうか(地図の縮尺がよくわかっていない)、きっれいな湖なんだけれども、観光の匂いがまったくない。観光資源として使おうというつもりは全くないようで、その湖はたんに無駄に存在しているだけなのです。何というぜいたく! 私は思わず「無駄な湖だ」とつぶやき、Sさんに英語で何と伝えたものかと考えたあげくにあきらめました。きっとこの辺の連中には、こんな湖なんてありふれたもので、わざわざ見に行くほどの価値はないのでしょう。

 湖を見下ろす駐車場(というか、山道のカーブによくある避難帯みたいなもの)で休憩した後走り出してすぐに、雪を頂いた山が間近に見えました。ビューティフ~ル。すばらしい。富士山が丸くなったような山で、富士山が雪で太ったような感じです。でも間近で見るとこれはすばらしい見ものです。

 そのまま道を進んで行くと、道が下りになってきました。そこで少し引き返して上へ続く舗装されていないわき道へ入り、さらに登ります。彼がドライブポジションのままで登ろうとするので、「シフトダウンした方がいいんじゃない?」というと「おおそうか、これはそういうときに使うのか。オートマチックだからなにもしなくていいのかと思っていた。」ということでした。

 舗装されていないわき道が何のためにあるのかというと、そこにも「売り地」があるんです。どういう値段なのかはわかりませんが、坪500円とかそんな値段なんでしょうか。くねくねと続く細い道を登っていくうちに「このまま行くとUターンできないんじゃないかな」ということになって、見晴らしの良いところで止まり、景色を見物していると水の流れる音がします。細い道をちょっと下って歩くとせせらぎが見えます。そこへ向かっていくと草むらになにか動く物が・・・「リスだろう」とSさん。「カナダにもたくさんいるよ」とのこと。

 下りではやはりエンジンブレーキをかけないので、「シフトダウンした方がいいよ」「あんまり変わらないみたいだけど」「3速じゃ変わらないよ、2速か1速じゃなきゃ」「おおほんとだ、運転が楽だ」とかいいながら、1速でアクセル踏み込んだりしている。まぁいいか。

 このSさんは、カナダ国籍の中国人だというから、てっきり香港からの移民だと思って「香港出身ですか?」と聞いてみたところ、「mainLand」だという。「大陸からの出国は難しいんじゃないのか?」と聞くと「私はラッキーだったのだ」と。

 彼は14年ほど前に中国(MainLand;大陸)から日本へ国費留学してきた人で、留学の前に中国国内で日本語の講習を半年(日本人の専門講師による)受け、さらに日本へ来てからも半年間日本語の勉強を続けたということだ。だから、日本語はわかるはずなのだが、ここ2年くらいは日本語を話していないということで、私も日本語で話すのは遠慮していた。なにより、私自身が日本語を話してしまうと英語の聞き取りが弱くなるのでそれを恐れてのことでもある。

 彼が最初に私に向けてしゃべった日本語は「孫の手」だった。ちょっとショッピングに行ったときに、アジア系の怪しいお土産やさんでまさに孫の手が置いてあって、それを見た彼が思わず「孫の手」と言ってしまったものだ。その直後に「こうやって時々日本語が出てくるんです」と日本語で言っていた。

 彼が東大で博士課程を修了して中国へ帰ると要職に就くはずだったのだが、なんでも政治的な体制が変わってしまっていたということで、行き先がなくなり、また日本へ戻ってきた。それから日本で何をしていたのかは聞かなかったけれども、とにかく日本には11年いたらしい。その後アメリカを経てカナダの市民権だか永住権だかを取って、今に至るというわけだ。

 帰る途中で暗くなってきたので、食事とか買い物をしようかということになり、ハイウエイをテキトーに降りてその辺のショッピングセンターへ入ることにする。地図があるし、私はナビゲータとしては優秀なので難なく到着する。そこでちょっとラジオシャックへ入ってCallingCardを買ったりしているうちに大きな本屋を見つけたので入ってみる。

 その広さをどう表現したらいいのかよくわからないが、学校の体育館くらいの広さの本屋だった。名前はBORDERSという。なんでわざわざこんなことを書くのかというとその本屋さんの中でなんとコンサートが開かれていたのだった。

 ステージとか劇場があるのではなくて、ホントに本屋さんの一角にマイクとアンプをおき、客席が30ほどあるだけのコンサートだったが、これがなかなかよかった。

 演奏しているのは3人で、女性のボーカルと二人の男性がエレアコのギターを弾くという構成。曲によっては女性もギターを弾く。ギターの男性のうち一人はソロ担当という感じで、歌のバックにオブリガートを付けたりしている。

 曲はまぁ、分類すればモダンフォークになるのだろうか。女性の声はジョーン・バエズ風で、ギターのバックはテンションを多用しているのであんまりフォークっぽく聞こえない、むしろニューエイジ・ミュージック風だ。演奏の音は押さえてあるので、店の真ん中までいくとライブをやっているなんてことはわからなくなるくらいだ。

 最初にやっていた曲が、テンションは多いもののコード進行自体は簡単なものだったので、たまたまオカリナを持っていた私は途中でギタリストに目くばせして、ワンコーラスだけソロを取らせてもらった。・・・のだったらかっこよかったのだが、あいにく今回のドライブにはオカリナを持ってきていなかったので(オレゴンには持ってきていたのだが)果たせなかった。まぁ、それくらい共鳴するものがあったということです。

 オレゴンというと、なぜだか私はラルフ・タウナーを思い出す。たった今思い出したのだが、そういえばタウナーは「オレゴン」というグループを率いていたことがあったのだった。ラルフ・タウナーはECMレーベルから何枚かLPを出しているギタリストで、12弦ギターなどを使ったニューエイジ風の音作りが得意だ。ジョージ・ウインストンのギター版と言えばわかる人にはわかるかもしれない。

 そのラルフ・タウナーのギターに歌をつけたようなバンドだったのだが、音響設備も良かったのか、押さえた中にも情感が漂っていてとても良い感じだった。不覚にも涙腺を刺激されてしまったことを告白しておこう。

 ソロをとるギタリストが抜けて、2人だけで演奏する曲もあったので、そのあいだギタリストはその辺を歩き回ったりしている。ちょっと話をして見ようとも思ったが演奏の邪魔になっても悪いかと思って(そのくらい音量は押さえてある)、話しかけなかったのだが、ラルフ・タウナーの「オレゴン」をその時に思い出していれば絶対にその話をしていたのに、惜しいことをした。やはりこういう遠くまで来ているときには「迷ったときにはあとさき考えずに、やるのだ!」ということをやらないとだめですね。

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オレゴンで悩む(4/10)

Date :  7:06pm  3/21/98

 初めてアメリカへ来たのはもう12年も前のヒューストンだったのだが、その時の印象はとにかく道を歩いている人がいないということだった。ハイウエイを人が歩いていないのは当然だが、普通の町並でも人が歩いているのを見るのはホントに少ない。もちろんこれはダウンタウンみたいなところは除いての話なのだが。

 オレゴンでも状況は同じだ。普通の道(ストリートとか、ブールバードとか、ドライブとか名前はいろいろあるけど)でも歩いている人はほとんど見かけない。歩いているのは日本から来た、インターナショナル・ライセンスを持っていない奴(私だ!)だけのような気もする。

 日曜の昼間だと、自転車に乗った家族連れとか、自転車や自分の足でひたすら走り込むスポーツ野郎とかもいるのだが、普通はほとんど見かけない。そんな中をちょっと歩いてみた。地図であたりのようすがわかっているのでできたことではあるが、たかが7/11に行くのに10分以上も歩くというのはいただけない。

 歩いていて発見したのは歩行者用信号のための押しボタンである。日本だと、人通りの少ないところや車の少ないところにあるあれだが、あれが車の通りの多い大通りの、しかも交差点にある。交差点には当然信号があるのだが、にもかかわらず歩行者用信号のための押しボタンがある。これが至る所にあるのだ。交差点だから歩行者が渡る方向も二通りあるわけで、そのふたつのボタンがこんなふうに配置されている。

  交差点

-・   ・----------
 |   |  ←方向へ渡るためのボタン
 |   |  A
 |   | B柱
 |   | ↑方向へ渡るためのボタン

 上の交差点の「柱」のところに立って、図の上の方向に行こうと思ってAのボタンを押してしまったのは私です。でも、これが青になるのは遅いくせに、青になっている時間がやけに短い、3秒とか5秒とかそんな感じです。

 車に乗って(乗せてもらって)走っていると、道路の状況は日本とそんなに変わらないかな。時間帯によってはめちゃくちゃすいていることもあるけれども、夕方なんかはやはり渋滞していたりする。順調に流れているときには車間距離の取り方が広いような気がした。

 それよりなんといっても米国は車が右側を走る国で、これは車の助手席に乗せてもらうと、とても変な感じだ。特に左折するときにはわかっていても、「おいおいおいおいおい、そっちじゃないだろう」と言いたくなってしまう。ホテルまで送ってもらうときでも、ロータリーに入る方向が違うので、なるほどと納得したり、地図でハイウエイの出入口を探したりするときにも左右の差がでてきて(ハイウエイの左側から出る道を探してしまう)、ううむ、やはりここで運転するのは怖いな、という気になります。ウインカとワイパーも逆だし。

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オレゴンで悩む(3/10)

Date :  4:46pm  3/16/98

 で、いまオレゴンは夜の23時ころ。

 今回の往路は窓際でもなく通路際でさえないというあんまり良い席じゃなかった。右隣は若い兵隊さんで、NAVYかい?と聞いたら「そうだ、潜水艦に乗っている」ということだった。左側は空いていたので、そのまた向こう側の人やら(この人もミリタリーっぽかった)潜水艦のりやらといっしょに荷物をそこへ積んで楽をしてしまった。

 潜水艦のりはハイスクールを出てから11年乗っているという。28歳にしては若く見えるねと言ってやったら、うれしそうだった。私を年上だと見たらしく(そうなんだけど)、話の間中「サー」をつけるのでこそばゆかった。

 仕事のつきあいの範囲では黒人はいませんね。オレゴンって田舎だからだろうか? 都会に行かないと手に職を持った黒人っていないのか、それとも手に職を持った黒人は都会へ行ってしまうのか。

 半面と言うか、兵役帰りという人はたくさんいる。ハイスクールを出た息子が軍隊に入るんだと誇らしげな人もいるし。その辺の感覚はちょっと分からない。

 オレゴンはだいぶ温かくて、朝もシャツにセーターだけで出勤しています。天気はいつも悪いのですが、今日のお昼はからりと晴れ上がったいい天気でした。

 一緒に仕事をしている中に、私が「カルフォルニアおやじ」と名付けた人がいるのですが(禿頭にひげもじゃでカルフォルニアから来てるというので)、彼が「カルフォルニア・ロールってなんじゃい」とかいうもんだから、みんなでといっても5人ですが、お昼に寿司を食いにいきました。

 例によって「これはなんだ、あれはなんだ、これは何からできているのだ?」というのを(日本人は私だけなので)一生懸命説明するんですが、中に一人寿司だいすきという男がいて、かれが「レッド・スナッパー」がうまい、とかいうのを調べてみるとタイだったり、ひらめのことをなんといったかな、ま、そんなこんなで、カルフォルニアおやじも「今日はグレートな体験をした」とか言ってくれました。

 こう言うのはちゃんとオフラインで書かないと駄目ですね。

 あと、彼はひらめが好きだということでしたが、これも英語を忘れてしまいました。ホ・・・なんたら?

 で、ワサビ付けすぎて、ひーこら言いながら、でもこれがいいんだ、なんて言ってます。この彼はhttp://www.bajaquest.comのどこかでカジキマグロを釣った写真が公開されています。おとうさんがその辺のリゾートホテルを経営しているんだそうで。

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オレゴンで悩む(2/10)

Date : 10:15pm  3/06/98

 3月8日からまた2週間ほど行くはずだったのだが、1週間伸びてしまった。

 「1週間伸びた」というのには二重の意味があって、出発が1週間伸びたというのと、出張期間が1週間伸びて合計3週間になったということだ。オレゴンの2週間に加えて、カナダへ1週間行く事になった。

 「そのあと、シンガポールへ行ってくれる?」という話もあったのだがこれはなんとか免れた。

>あちこち飛び回ってますね
>飛行機の中とかはどんな感じですか?

 そういう話も書いてみようかと思って、実はちょっと書き始めたりもしたんだけど、きりがないんで辞めてしまいました。

 できるだけとなりの席の人と話すようにしています。少なくともお友達になっておかないと、10時間近くも一緒に過ごすので。

 このあいだの帰りの飛行機では、アメリカの某社の社長さんとご一緒して名刺をもらった。webのアドレスが書いてあって、OPTIVAという製品を作っている会社なんだけど、そのWEBを見ていたらその彼の写真が貼ってあって笑っちゃった。名刺どこへ行ったかなぁ、イタリア系の名前なんだけど。

>できるだけ話すようにしてるってのはすごいなあ
>そういう時の最初の話すきっかけはどういう話題なのですか?

 このときは、なにか言語の勉強をしているみたいだったので、「are you learning languege?」ってそのまんまやんけ、という所から始めて、それがイタリア語だって所からいろいろ話して、入れはエンジニアだ、電気系だと言ったら、彼もそうで、アマチュア無線とかの話になって、彼のコールサインはWK6だとか私がJA3だとか、ま、そんな話を延々と。

 こないだの行きは、出発ロビーでなんだかでかい奴がいて、あんなのと一緒になったらやだなーと思ったら案の定隣の席になって、これはなんとかお友達になっていないとまずい、ってんで「日本は楽しかったか?」とか聞いて「日本でなにしてたんだ?」とか話してたら、東京大阪九州とゴルフしてまわってたらしい。そのうちに、そいつのともだちの席の近くが空いていたらしくて、「じゃぁ、僕はあっちに行くから」って行ってしまったので、私の隣は空席になってしまったのだった。

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オレゴンで悩む(1/10)

1998年というからもう10年前になるのだが、仕事で何度かアメリカのオレゴンに行くことがあった。そのときに現地から「オレゴン便り」ということである掲示板に書いていたものが出てきたので転載する。

その掲示板は、サーバの故障により一昨年あたりから動作を停止している。以下に掲載するのは私がバックアップとして取っておいたものを編集した。一部、誤字脱字などを訂正している。

私が滞在したのはOregon州Beaverton付近で、途中で出てくるドライブの話での経路を青い線で示してみた。当時はよくわからなかったのだが、遠くに見えた山はMt St. Helens、湖は Riffe Lakeというものだったらしい。地図を示すけれどもちょっと湖が見えにくいかな。

Oregon_map

当時はまだデジカメを持っていなくて、写真は山ほど撮ったはずなのだが今のところそれらは見つかっていない。出てきたらまたあとから添付するかも。

Date :  6:04pm  2/28/98

住んでいるわけでもないんだが、仕事でちょくちょく行くもんで、オレゴンでの話など。

 オレゴンってのは私も最近まで知らなかったのですが、アメリカの西海岸、カリフォルニアの北側に位置します。気候はだいたい東京と同じですが、人口は圧倒的に少ないんで、まぁ、田舎ですよ。

 でも、ショッピングセンターみたいな人の集まるところへ行くと、貧富の差がはっきりしているというか、綺麗な街を闊歩しているのはたいてい白人で、その街の掃除なんかをしているのがヒスパニックという図式が明確になっています。

 私は現地に車を持っていないんでバスで移動したりしたんですが、バスなんてのは結局「低所得層の乗物」って言うのがはっきりしていて、白人で乗っているのはお年寄りとか要するにやはり低所得層という階層の存在が歴然としている。

 アジア系もわりといますが、そういう人たちは手に職があると言うかつまり所得は高いようで、つまり流れてきた人たちではないので所得はちゃんとある、というか高い。

 で、ご存じかもしれないが、オレゴンってナイキの発祥の地なんですってね。工場もあるらしいし、ハイテクふうのナイキショップという博物館ふうのショップもポートランドにある。観光名所になっているらしい。

 で、現地の人に「ナイキの製品が安く買える店があるよ」ということで「NIKE OUTLET SHOP」というところへ連れて行ってもらった。ま、そこでいろいろあったんだけど、ダウンタンのちょっと一人では怖くていけないようなところで、店員さんたちも全員黒人で、これはちょっと怖い。先述のような階層構造を先入観として持っているからなおさらだ。

 ニョーボとこどもはちゃんと私に身長体重靴のサイズのメモをわたしてくれている。ご親切なこって。彼女たちの靴を買った後で、私も何か安いのがあれば買ってもいいかな、と思って物色すると、バーゲンコーナーというところで、まぁ、ごく普通のスニーカというか運動靴(革製)が39ドルというので、テキトーに選んでレジへ持っていった。

 で、カードで買い物を済ませるんだが、オレゴンって買い物に税金が付かないんです。それに店員もチップを受け取らないのでこれは気が楽。

 しかし、包装されるところを見ていると、私の靴の左右の色が微妙に違う。「おいおい、色が違うよ、これ」と指摘すると、売り場主任みたいなのがとんできて、何をいうかと思ったら「20%引きます」あのねー、そうねー、それもいいかな、色の違うのもファッションだヨネー、ということでOKしてしまった。

 で、今日初めてその靴を履いて本牧あたりへ行って来たんですが、これはやはり変。薄暗いショップでも私に分かったものが(よるの7時頃だった)白昼堂々と履いてみると、ちゃんと左右の色が違うのがわかる。40%くらい引かせればよかったかな。

 というわけで、横浜で左右の色の違うナイキを履いているボヤっとした奴がいたら、それは私かもしれません。

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2008年9月 2日 (火)

「感動をありがとう」に悩む

「感動をありがとう」とかいわれると、何か違和感を覚える。妙に英語的な構文だからだろうか?

どうして「感動しました。ありがとう。」ではいけないのだろう? 自分が感動したということは言いたくないのか、それとも認めたくないのか?

横断幕にこんな言葉を書いて広げているのを見たりすると、こちらが恥ずかしくなってしまう。 

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2008年9月 1日 (月)

他家の障害児に悩む

Eriko 元スピードの今井絵理子の息子さんが先天性の聴力障害を持っていたということを24時間TVで知った。

両親(既に離婚しているということだが)が歌手なのにその歌を聞かせてあげられないのは不憫だ、というふうなトーンの番組だったが。歌を聴いてもらえない親よりも、音楽を楽しむことができない、そもそも音楽の存在さえ認識できない子供のほうはもっと不憫だ。彼には自分の得られなかったものの大きささえ認識できないのだから。

しかしもっと深刻な問題があるのではないか。

生まれながらにして聴力がないということは言葉を覚えられないということだ。健常者ならまず言葉を耳で覚え、読み書きができるようになって漢字のレパートリーを増やしていくという段階を踏むはずだが、その第一段階をまずクリアすることができない。

ということは字を覚えるにも大きなハンディがあるということだ。「あ」という字は「ア」という音と連携させることができるからこそ覚えられるのであって、「ア」という音の概念を持たずに「あ」という字を覚えるのは非常に難しいことではないだろうか。

むしろ「は」「が」「に」「を」などの助詞をまず覚えることによって・・・なんてそれは無理だなぁ。なんだか機械による日本語認識みたいな話になってくるけど。

漢字は元来象形文字だからむしろ覚えやすいのかもしれない。しかしそれもちょっと抽象的なものになると、その概念を教えなければならず、それは手話でどの程度可能なものなのだろうか?

調べてみると、先天的な聴力障害者は毎年3万人くらい生まれるものらしい。これは多分軽い聴力障害も含んでいるのだと思う。別の資料では1000人に一人の確率で聴力障害者が生まれるという。どちらにしてもこれは意外に大きな数値だ。

先天性聴力障害の多くは遺伝的なものだということだが、最近ではその20%が胎内でのウイルス感染によるものだという。そのウイルスはサイトメガロウイルスというものだそうで、これは幼児期に感染することがあって、免疫力が低下していると肺炎などを起こすことがあるが、多くはそれほどのひどい症状にはならないらしい。たいていの人はこのウイルスを無事に経験済みだということだ。

ところが、妊娠中の女性がこのサイトメガロウイルスに「初めて」感染すると、胎児にウイルスが移り聴覚神経の発達を妨げることがある、と。

現代では衛生環境が整ってきたために、このサイトメガロウイルスに感染する機会が減っており、1973年には妊娠可能年齢の女性の96%だった感染率が1999年には78%にまで下がっているということだ。つまりその分、妊娠中に「初めて」感染する確率が上がっている、ということだ。上記の数字で言うと、未感染者は73年に4%だったものが、99年には22%にまで増えているということだから5倍強と考えられる。

昔は腸内に寄生虫を持っているのは普通だった(?)のだが、近年それらの寄生虫がほぼ駆除されたためにアトピーなどの症状が増えたという説もあって、どこかの大学教授はわざわざ体内に条虫を「健康のために飼って」いるとかいう話もあった。「清潔な街」というのもかんがえものだということか。

子供の間はやっぱり泥にまみれて遊ぶくらいのほうがいいのかなぁ。

9月8日追記:
先天性の聴覚障害を持ちながら、学習によって読み書きを学ばれた方がたうさんいらっしゃるということを聞きました。難しく見えることでもやればできるものなのですね。聴覚障害の方々には失礼なことを書いてしまいました。申しわけありません。

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