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2011年2月の10件の投稿

2011年2月25日 (金)

スパイの現実に悩む

日本の新聞ではあまり報道されていないが、先週の韓国で映画もどきのスパイ劇があったらしい。

2月16日、インドネシア特使団が宿泊していたホテルに韓国の国家情報院のスパイ3名(男性3名女性1名)が侵入し、ノートパソコンの情報を盗もうとしていたところへインドネシア特使団のメンバーが帰ってきてさぁたいへん。スパイたちは1台のノートPCを残してもう一台を持って逃げ出したが、防犯カメラにしっかり顔が写っていたという。

侵入したのは朝の9時半頃で、インドネシア特使団は10時から韓国政府と商談を行うはずで、そこへ持って行かなかったPCになぜ重要な情報があると考えたのかはよくわからない。また、インドネシアメンバーがなぜそのタイミングで帰ってきたのかもよくわからない。

インドネシア特使団は韓国からジェット練習機T50を購入する商談をまとめるために来ていたのだが、国家情報院のスパイたちはその価格交渉に役立つ情報を求めて侵入したらしい。

インドネシア特使団が商談を終えてホテルへ帰ってからその報告を受けて激怒し、夕方の飛行機で帰ってしまった。この帰国が予定通りだったのかどうかはよくわからない。

抗議を受けた韓国政府は国防部(日本で言えば防衛庁なのだろう)に調査を命じ、残されたPCに指紋が残されていることと、防犯カメラに人物の顔が写っていることを知って警察に届けた。ここで「あれれ?」と思ったあなたは正常な神経を持っている。

実はこの国防部と国家情報院は仲が悪いのだそうだ。同じような分野の組織でそんなことがあっていいのかと思うが、韓国関係の本で勉強中の私にはなるほどなと思うところがある。その点についてはまた別稿で書く。

だいたいこの国家情報院というところは独断でいろいろなことをやる割には失敗が多くて、国防部だけでなく政府のいろんなところから嫌われているフシがある。昨年の北朝鮮砲撃事件の時も事前の動きを察知しておきながら国防部に知らせなかったり、韓国側の砲撃弾痕を勝手に発表してしまったり、他にも過去にいろんな失態があったらしい。

ともかく、この事件に関しては、両国側でもみ消しにかかっているらしいから、なんだかこの商談自体なんだか怪しいにおいがする。

この関係の記事は、朝鮮日報日本語版で読むことができるが、ここはすぐに読めなくなるので(有料コンテンツになってしまう)、お早めに御覧ください。

インドネシア特使団宿舎侵入事件

あ、そうだ。これに関連しているわけではないけれども、日本にもスパイ活動があるらしいという報道もあったのでご紹介。なんでも日本の情報調査機関といえば内閣調査室しかなかったのだが、北朝鮮がミサイルぶっぱなしたり物騒なことをするもんだから2008年から防衛庁にかなぁ、なんだかそういう組織ができたようで、でも実際にスパイとして潜入したりするんじゃなくて、スパイ衛星を打ち上げたりしているらしいぞ。

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2011年2月23日 (水)

知性の和と差で悩む

頭のいい人達が集まって、その知性が足し算されたり、あるいは掛け算されてトータルで大きな物になるといいのだが、状況によっては知性の差分にしかならないことがある。お互いに自分と異なる意見を否定するようなことをみんなが始めてしまって、それが議論の主流を占めてしまうと、意見の一致している部分は意味を持たなくなってしまい、グループのアウトプットとしては知性の差分のみになってしまう。

Hommadekka明石家サンマの「ホンマでっかTV」で、経済研究家(?)の門倉氏が出演を辞退したらしい。この話を聞いたときに、先に書いたような「和と差」ということを連想したのだった。

この番組は、サンマを黙らせるために(?)専門家達を集めてご意見を拝聴しようという意図(?)なのだと思う(私感100%+思い込み50%)。専門家たちの専門分野がうまく重ならないようにしているのだろうなぁ、とは思っていたが、話題によっては重ならざるをえないことだってあるだろうし、そうすれば意見の違いも出てくるだろう。

和気あいあいとやっていられるウチはよかったんだろうが、意見にケチを付けられて「イラッ」としたりすると、我慢出来なくなるということもあるんだろうなぁ、とは思う。

(オチなし)


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元軍人の小説で悩む

米ソの冷戦が終わってほとぼりが覚めた頃から、引退した軍人が自分の専門分野をネタに小説を書いたりなんかするようになってきた。それまでの軍事スリラーといえば、ベトナム戦争の頃は従軍ジャーナリストが書いたものだったり、マイケル・クライトンのように小説家が調査に調査を重ねて書き上げたり、というものが多かったように思うのだが、冷戦終結後は実際に軍隊で働いていたいろんな軍事専門家たちが、それぞれの専門を活かして書いた小説が目につくようになってきた。

ある人はイージス技術にスポットを当て、ある人は原子炉をテーマにし、ある人はソナーマンを主人公にし、ある人は魚雷を擬人的に扱い、という具合なのだが、飛行機と潜水艦好きの私としては、例えば潜水艦に関していろんな角度から専門家がうんちくを書いてくれるのは大変楽しい。

Dangerhourというわけで今回も飽きもせずに「原潜を救助せよ」というえらくストレートなネーミングの潜水艦モノを読んだわけだが、この本の作者ジェイムズ・フランシスは潜水医学の専門家だ。つまり潜水艦の中で人体が遭遇する様々な生理的な問題を熟知しているわけで、そんな作家が沈没した潜水艦からの脱出というテーマを描くわけだ。だから潜水艦同士の探り合いのような事は殆どなしだ。

沈没して深度150mに沈底している潜水艦から外へ出る方法はあるが、外へ出た途端に大気圧の16倍という水圧が脱出者を襲う。そんな環境を通過してしまうと、いわゆる潜水病にかかってしまうので、水面に出たら直ちに高圧治療室にはいって徐々に減圧しないといけない。しかし、生存者は100名近くいるので減圧室にはそんなに容量がない。だから、生存者は水圧から守りながら脱出させないといけない。さてどうするか?

150mくらいまでの深度なら、本来そんなに苦労することはないはずなのだが、冬の北海でしかも暴風雨の中での救出作業ということで緊迫感を出している。回想とはいえ、ロマンスを入れるのは勘弁して欲しいものだが、まぁそれも薄口なのでよしとしましょう。

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未来街道で悩む

ドイツの「ロマンティック街道」は有名で、日本にも「日本ロマンティック街道」とか「豊中ロマンティック街道」とか言うのがあるそうだが、ドイツには他にも古城街道とかそういう観光資源的見地から付けられた「街道;シュトラッセ」が150ほどあるらしい。

だから、「BS朝日開局10周年記念:米倉涼子ドイツ未来街道をゆく」という番組があるということで、楽しみにしていたのだ。「未来街道」というのもそういう観光的街道のひとつだろうと思ったから。

で、この2時間番組を録画して見たんだけど、はっきり言わせてもらう。つまらんかった。ほんとに。

Futurestreet

なんだか説教臭い「エコロジー」の話ばっかりで、つまりドイツが環境先進国である、ということを言いたいらしいのだが、それがつまり「未来」街道ってことか? エコが未来なのか? それはなにか勘違いしてるんじゃないかな?

じゃぁ、米倉が番組を魅力的にしているのかというとそうでもなくて、なんだかガサツな女だなぁという印象だし、気の利いたコメントを吐くでもなく、鋭いツッコミを質問するわけでもない。「わー」、「きゃー」、「かわいいっ」って頭悪いのかねキミ。これはきっと演出はなんにもなしだな。米倉は放し飼いだ。10周年記念番組がこんなものでいいのか?BS民放ってのはこの程度なのか?(ちなみに制作はテレビマンユニオン)

というわけでBS民放にドイツの風景なんかを期待した私がバカだったってことで。

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2011年2月16日 (水)

EXCELの日付時刻グラフで悩む

EXCELLERって言われる人達がいらっしゃってですね、つまりWORDで書きゃいいのになんでもEXCELで書いてしまうという人達。セルのなかに複数行を入れるテクニックを身につけるだけでいいので一番楽といえば楽なんだろうなぁ。EXCELLERを増やしたくないので、その方法をここでは教えないけど。

なんでそんなことをするのかというと、ひとつにはWORDが使いにくいから。項番の自動振り付けなんかを自動にしていると、項番を思うように揃えられないとか、図を思った場所に置けないとか、表を作りにくいとか、図を描こうとすると「キャンバス」なんてのが出てきてうっとおしいとか。

これらはたいていあちこちの設定をうまくやると回避できるのだが、それがどこにあるんだか探すのが大変だったり、ヘルプが全然役に立たなかったり、2007になったりすると、メニューリボンとかいうことになって、今まで覚えたメニュが一体どこにあるんだかわからなくなってイライラしたりする。全くMicrosoft Officeは2000で十分で、それ以降はいらないんですよ。EXCEL2007のオート・フィルタは強力だけどそれも万人が必要というものでもない。

そういうわけだから、「ええいめんどくさい!」ということでEXCELで書類を書いてしまう人の気持もわからないではないのだが、EXCELにはとても面倒臭いことがある。それは印刷範囲を正しく指定しないと印刷を期待したとおりにできないことだ。「作っときましたから」と言って渡された書類がEXCELでそれをそのまま印刷して持っていったら印刷範囲がいい加減だったので肝心の部分が抜けていて、そしたらその失敗が私の責任になってしまったじゃないか。

それにしても、WORDとEXCELのページを混ぜた文書をつくれないのはどういうことだ?オフィスというプロダクトファミリーじゃないのか? 混ぜなくても、WORDで例えば1、2、3章はA君、4、5、6章はB君というふうに分けて作ったものをひとつにして、しかもあとからC君の作った新しい3章を2章と古い3章の間に入れて章番号を振り直す、というふうなことが出来ないと思うんだが、できるんだっけ? これはたしか1992年のCOMDEXという展示会でMicrosoftが「Make It Easier」という標語で大々的に告知した「OLE」で出来るはずだったんじゃないのか?

てなわけで、どうもEXCELやWORDはジャジャ馬でそれを乗りこなすことを楽しむようにしておかないと、とんでもないときに裏切られたりするので注意しないと。

つい先日も、日付と時刻を含むデータをグラフにしようとしておかしなことになってしまった。元はといえばこういうデータなのだが。

DateValue
2011/2/14 22:302951
2011/2/14 22:458788
2011/2/14 23:006329
2011/2/14 23:151345
2011/2/14 23:304279
2011/2/14 23:456983
2011/2/15 0:005776
2011/2/15 0:153769
2011/2/15 0:309668
2011/2/15 0:452600
2011/2/15 1:004732

これをグラフにすると、こんなふうになってしまう。なんだこりゃ?

Graphdate

EXCELの表のほうではちゃんと日付+時刻として識別されているのだが、グラフにするときに時刻が全く無視されてしまっているのだ。これはEXCEL2007でもこうなるし、EXCEL2000でもこうなる。ここでお見せしているのは2000での実例だ。

EXCELでの日付というのは扱いがちょっとややこしくて、文字列のようでありながら実は整数なので、文字列として空白が入っていてもそんなことを気にしないはずなのだが、グラフを描くときになにか扱いを間違っているような気がする。

空白がいかんのか? では、LEFT関数やRIGHT関数を使って文字列を操作して空白をハイフンにしてみようとすると、それはできないのだな。なぜならこのセルは文字列に見えるが、実は文字列じゃないから。

ならば、というわけで日付と時刻のセルをいったんテキストエディタに移して、日付と時刻を分けている空白をハイフンに置換してみると、ほおら。

Graphdate2

これはバグ(プログラムの障害)だと思うんですがね。いかがですかMicrosoftさん?

4月26日追記:

グラフオプション→軸→X/項目軸で「項目」を選ぶと、この件は解消する事を発見した。
でも、「自動」でも「日付」でもだめで「項目」でないと解消されないのはやっぱりバグだと思うぞ。


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2011年2月10日 (木)

Are You OK?と悩む

職場で初めて肩書きがつくころ、「主任前研修」というのがあった。管理職になるための人心のつかみ方とか、その前にお前自身は一体何者であるのか、ということを自己分析しなさいという、今考えれば実にありがたいというか、またエライことをしてくれましたな、というか、つまり大変勉強になった研修であった。

その一部を紹介すると、よくある性格診断的なアンケートに記入して持っていかないといけないのだが、これがなんと500問もあるしろもので、しかも似たような質問がなんども出てくるので記入するのに2時間くらいかかるような、そんなアンケートなのだが、4日間缶詰になる研修場所へ行ってみると、なんと同じアンケートが自分の上司、同僚、部下にも配布されていて、それぞれがそのアンケートの回答で私のことを評価している、というのを付きつけられるのだ。

例えば「あなたはどういう形で職場に貢献していますか?」という質問について、自分の回答を上司、同僚、部下からの回答と比較され、それらの違いを自分で説明しないといけない。これはきついよ。

で、そんな研修のなかで「I am OK/You are OK」という話があった。というのがこのエントリの主題だ。

「I am OK」というのは自分で自分を信頼している、という状態で、「You are OK」というのは他人を信頼している、あるいは信頼できる、という状態。この二つの条件の組み合わせによって、自分の精神状態というか、気質がわかる、と。で、それを踏まえた上で、これからどうすればよいかを考える、という話なのだ。

この組み合わせを図示するとこうなる。

I am OK
I am NOT OK
You are OK

I am OK.
You are OK.
いいひと。
極端になると聖人。


I am NOT OK.
You are OK.
演歌的。
極端になると自殺。

You are NOT OK

I am OK.
You are NOT OK.
他罰的。
極端になると暴力的


I am NOT OK.
You are NOT OK.
欝的。
極端になると無理心中。

つまりは「I am OK/You are OK」と言えるようになるよう努力しましょうね、という話なのだが、これって、「交流分析」と言われる分野の話だったかな?それとも交流分析というのはまた別の話だったか。

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2011年2月 9日 (水)

YESとNOで悩む

英語のYESは「はい」、NOは「いいえ」だと思っている人が多いだろうけど、これは間違っている。ほとんどの日本人が中学校で学んでいるはずなのに、いつの間にか忘れてしまうらしい。これは英語を間違って理解しているというよりも、日本語の特殊性を日本人が理解していない、ということじゃないかと思う。

日本語の「はい」は「あなたの言うとおりです」という意味だ。「いいえ」は相手が言ったことに対して否定することになるから、日本人にとってはストレスになるのでできれば使いたくない言葉だ。

英語のYES/NOは相手の質問に対して単に答えているだけなので、西洋人は「NO」ということに全くストレスを感じない。

実例をあげると、英語では以下のような会話となる。

 A:「じゃぁ、追加で税金を払わなくてもいいんですね?」
 B:「NO」

ここでBの「NO」は「払わなくて良い」ということなので、日本語に訳すと「はい」となる。Bの回答を省略なく書くと、

 No, you don't need to pay additional tax.

日本語では、

 「はい、払わなくて結構です。」

となる。「NO」は話題の内容が否定であることを示しているだけで、相手の言ったことを否定しているのではないのだ。回答の主文が否定形だからその代表が「No」なのだ。

まだ学校で英語を学ぶ前のことだったと思うのだが、新聞によく雑誌の広告があって記事のタイトルなんかが表示されていたりする中に「パリジャンは笑顔で”ノン”と言う」というのがあって、子供心にこれには驚いた。

それは今でも鮮明に覚えていて、おそらくこれが私の最初の海外カルチャーショックだったのではないだろうか。「へぇ~、フランス人というのはそんなにドライなのか!?」と驚いたわけだが、今思えばなんてことはない、上記のようなことを理解すれば「ノン」というのに何のストレスをも感じないのはあったりまえのことだったのだ。

そういうふうに考えると、「NOと言える日本」という本があったがあれはなんだったのだ? とか、「YESMAN」という言葉が西洋人にも通じてしまうのはどういう事なんだろうか? とか、西洋人が首を横に振る動作と「YES/NO」は本当に合致しているのだろうか(合致している、と彼らは言うのだが)? とかお悩みの種は尽きないのだ。

私の経験ではこんなことがあった。アメリカ人のエンジニアと一緒に仕事をしていて、彼が「昨日、設定を変えてないよね?」と聞いてきたので「うん、あ、いや、NO, I didn't change any parameters」と答えたのだが、彼がそれにかぶせて「ほんとに?; Really?」と聞いてきたので、思わず「Yes!」と答えてしまった。ここは「No」で押し通すべきだったのだった。あるいは「Really!!」かな。

こんな経験をしているので、私はめったに「YES」と言わなくなった。その代わりに「Right!」、「Correct!」、「I agree you」などの日本語の「はい」に近い言葉を使うようにして、「NO」という場合にはできるだけそのあとを略さないように主文まで言い切るようにしている。仕事関係で英語で会話していて「ボケっぱなし」は許されないから。

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2011年2月 8日 (火)

サッカー観戦で悩む

高校の体育の授業でサッカーをやっていたのは、なんだかいつも冬場だったような気がする。各ポジョションの役割なんかはちゃんと座学で学んでいたのだが、いざ実践となるとゴールキーパーを除く全員が一斉にドドドドッとボールを追いかけるという、全く稚拙なゲームだったのだった。まぁ、体育だから体を動かせればそれでいいようなものだが、キーパーだけは寒くて震えているわけだ。

TVでサッカー観戦していても、やっぱりボールばっかり見てしまう。そうじゃなくて、味方の陣形、敵の陣形をみて、さらに数秒後の陣形の変化を予想してボールの行く先を予想するのが正しいサッカーの見方だと思うのだが、高校での授業の記憶のせいか、ついついボールだけを追ってしまうんだなぁ。

ボールを見るといえば、この間のアジアカップの決勝戦で、本田圭佑が1対1でボールを奪おうとしているときに、ボールだけを見ているのに気がついた。あそこは相手の顔というか、目線を見ないといけないんじゃないかなぁ? 相手の顔とボールを同時に見るのはやっぱり難しいのか?


サッカーのゲームの録画を見ながら出場していた選手と一緒に見ながらインタビューすると面白いとおもうんだけどなぁ。選手ひとりひとり別々に試合を通してインタビューして、それらを編集すると、実に面白いドキュメンタリーになるとおもう。「だから、この時僕はXXXが前に出ると思ってYYYからのボールを受けてサイドへ展開しようとしていて・・・」というふうに各選手の時々刻々の意識の変化が分かると、チーム内の意識をまとめ上げる役にも立つと思うんだけどなぁ。


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2011年2月 6日 (日)

Bill EvansのBossa Novaで悩む

Bill Evansは偉大なジャズピアニストだ。偉大なジャズピアニストは他にもたくさんいらっしゃるが、私が特にBill Evansが好きなのは彼が変革者であるからだ。なんだかんだ言ってもLPや所有するCDなどのアルバムではBill Evansのが一番多いのではないだろうか。数えたことないけど。

そんな偉大なジャズピアニストだから、ボサノバなんていう音楽ファンに迎合する音楽はやらないのかと思っていたが、これがどっこいやっているもんだなぁという話。

こちらはビル・エヴァンスが初めて電気ピアノを弾いたので非難轟々だった「From Left To Right」というアルバムから。このアルバムには賛否両論渦巻いたらしいので私も長らく敬遠していたのだが、今世紀に入ってから買ってみたら、そんなに悪くないんじゃないかと思った。フェンダーローズの音がステレオで左右に飛びまわるのは勘弁して欲しいが、それでもこれを聞きながら恵比寿あたりを歩いていたら、気持よくて気が遠くなりそうだったことがあった。

そんなアルバムの中に「The Dolphin」が収録されている。それも「Before」と「After」の二本立てだ。ここで聞いていただけるのは「After」のほうで、オリジナル録音に加えてパーカッションやストリングス、さらにエレピのソロではフルートなどが重ねられている(ソロの部分はここでは聞けません)。オリジナルでは控えめに入っていたギターもAfterでは音量が上がっている。しっかりと聴きこんでみると、このアルバムのほとんどの曲でギターが隠し味的に入っているのだった。

このギターを弾いているのがなんとSam Brownだ。と言ってもあんまり知られていない人なんだが、この人はガットギターも弾くけれども本来はテレキャスターなんぞをキャインキャインと弾くのが得意な人なんじゃないかと思う。Gary BurtonとかJeremy Steigなんかと一緒に録音したアルバムを何枚か持っている。特にJeremy Steigと共演したアルバムは・・・って話はまぁいいか。

エバンスのボサノバは、なんだかまだフォービートの硬さが残っているというか、それよりも「ええいボサノバかっ、これでどうだっ!」というふうな何か気負いのようなものを感じる。

このアルバム、てっきりクリード・テイラーのプロデュースだと思ってたら、ヘレン・キーン女史なのだな。

で、このドルフィンという曲なのだが、タンバ・トリオ(後にメンバーが一人増えてTAMBA4となる)というグループの中心人物であったルイス・エサ(Luiz Eca)の作曲になる。この人とそのグループはそれなりに有名なのだが、ボサノバの主流からはちょっと外れた感じになる。そんな人の作った曲なので、この曲はボサノバ通にもあんまり知られていない。むしろビル・エバンスが演奏したことでジャズの方で有名になったりしている。REALBOOKにもこの曲はビル・エヴァンスの演奏から採譜したものが掲載されているくらいだ。

Luiz Ecaのことを書きだすとこれまたキリがないが、すでに成功していたグループをほったらかしにしてオーストラリアに音楽の勉強に行ってしまったりしたらしい。そこではなんとあのフリードリッヒ・グルダとも机を並べていたらしい。

そんなLuiz Ecaが作曲した曲を自ら演奏しているのがこれだ。これが本家の「ドルフィン」。アドリブもなく、ワンコーラスをゆったりと演奏しただけで終わってしまう(イントロを削っています)。

というわけで、BILL EVANSが珍しくボサノバを演奏している音源を持っていたという話を書くにあたって、他にもあるんじゃないかと検索してみると「Eloquence」というアルバムの中でJobimの「Saudade De Brasil」という曲を演奏しているということがわかった。これはまだ聞いたことがない。

さらに調べてみると、なんとLuiz Ecaと共演しているアルバムがあった。「Piano Four Hands」というそのアルバムではDuo形式でボサノバの曲もいろいろやっているではないか。なんだ、ボサノバを避けていたわけではなかったのだな。これは買ってみないといけないな。

ということで、またエバンスのアルバムが増えてしまうのであった。

Evanseca

2月10日追記:

このCDは2010年4月にリリースされたものらしい。道理でエバンスのディスコグラフィーに載っていないわけだ。

ここに詳細なレビューがあって、なるほどと思わせる。
http://www.amazon.com/Piano-Four-Hands-Bill-Evans/dp/B003CTCGBW

ざっと訳してみるとこんな感じだ。

このブートレグ録音のタイトルは「連弾;Piano four hands」となっていて、Luiz Ecaの名前を前面にだしてはいないけれども、幸運なことにほとんどのトラックはエバンスとマーク・ジョンソンのデュオかエバンスのソロである。Luiz Ecaは"Bill's Hit Tune"、 "Corcovado"、"Stella By Starlight"で参加する。(ステラでエバンスは「私が下を弾く」とEcaに言ってコンピングを始め、Ecaは右手のパートを弾き始める)

Waveは女性ボーカリストLeny AndradeがCidinhoというピアニストとMarc Johnsonのバックアップで歌う。つづいてはCidinhoとマークジョンソンがデュオでChorinho Pra Ele"を演奏する。さらに、"E Nada Mais"というサンバをCidinhoとEcaのデュオで演奏する。

このCDは1979年9月29日にSala Cecilia Meirellesでのエバンスのコンサート(with Marc Johnson and Joe LaBarbera)のあと、リオデジャネイロのChiko's Barでで録音されたものである。音質はブートレグとしては非常に良く、エバンスの演奏はすばらしい。

録音は明らかに2セットで、エバンスはいくつかの曲を2回演奏している。それらは全て素晴らしい。

CDはまずエバンスのソロ"Noelle's Theme"で始まる。続いてエバンスとマーク・ジョンソンで"Untitled Original"(Evans+Johnson)、Who Can I Turn To"(Evans+Johnson)、"Letter to Evan" (Evans/Johnson); "Laurie" (Evans/Johnson); "Five" (Evans/Johnson); "Wave" (Andrade/Cidinho/Johnson); "Chorinho Pra Ele" (Cidinho/Johnson); "Letter to Evan" (solo Evans); "Untitled Original" (solo Evans)。

トラックとして明確になっていないが、"Untitled Evans" on this disc); "Laurie" (Evans); "Bill's Hit Tune" (Evansが最初弾いているとEcaが飛び込んできて"over"を弾く。)、"Corcovado" (Evans/Eca); "One Note Samba" briefly intimated, followed by a full-fledged "Stella By Starlight" (Evans/Johnson/Eca、これは最初サンバで始まり、Ecaは飛び込んできて、その後4ビートになる)、その後EVANSが居なくなり、最後にEcaとCidinhoが"E Nada Mais"で締めくくる。

Evansは至る所でその実力を見せており、ジョンソンやEcaと交わす会話も聞くことができる。これは明らかにエバンスの天才の証明である。もちろんマーク・ジョンソンの演奏が素晴らしいことも強調しておかねばならない。

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2011年2月 1日 (火)

溶かすプラ消しで悩む

こういうのって、「プラ消し」っていうんじゃなかったっけ? つまりプラスチック風の消しゴムなんだけど、これが他のプラスチックとくっついたり、溶かしちゃったりするのを見たり体験したりしたことはないだろうか?

どういう理屈でこうなるのかは知らないのだが、長年カセットテープのケースに押し付けられたプラ消しがケースを溶かしつつ融合してしまった例を身近に発見したのでご紹介。スマートフォンで撮影して、画像サイズをほとんど気にしないまま貼り付けてみる。

Imag01621


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