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2011年3月27日 (日)

情報の開示と隠蔽で悩む

イマジンという曲はジョン・レノンの曲?ビートルズだったか?

原発の情報開示がどうのこうのなんていう話を聞いていてこの曲を思い出したのだが、なんでかというと、情報っていうものが一切隠せない世界というのはどうだろうか? そういうのを想像してみるのも悪くないな、とおもったもので。

思えばウイキリークスなんてものが米国の外交通信情報を公開し始めたとき、正直私はそれをどう評価して良いのかわからなかった。世間が騒いでいるほどには悪いことのように思えなかったし、しかし、無制限にこういうことを許していいものだろうかというためらいがあったからだ。

しかし、時間が経つと、ウイキリークスによる弊害よりも世界が得た利益のほうが多かったようで(例えば日本が情報機関を持っているという話はウイキリークスからしか出ていない)、いまでは完全な悪としてではなく、必要悪くらいに見なされるようになってきたのではないだろうか?

だからまずは想像してみようか、と。情報を一切隠すことがない世界というものはあり得るのだろうか?『そもそも「情報を隠す」という概念自体がないような世界』はありえるのだろうか?と。原発の事件などは隠し事をしてもそのうちに明らかになるのだし、「国民がパニックに陥る」というのはとりあえずの言い訳というか、よく考えてみるとたいして意味が無いような理由に聞こえる。

もちろんプライバシーという概念があるかぎりは、そこが大きなバリアになるだろうけれども、ひょっとしたらそれさえも発送の転換とかそんなもので、長期的な観点からは無意味なものになるかもしれないし・・・。

というところで思考中断。ま、想像するのは自由だ、ということろで。

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