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2013年7月18日 (木)

超写実的絵画で悩む

千葉のあるところに「ホキ美術館」というのがあって、この間の連休にちょっと寄ってみたわけだ。何をテーマに展示しているところかなんてことは全く知らなくて、「ホキといえばホキ徳田」位の知識しかなかったのだ。

ホキ徳田というのは1937年生まれのジャズ歌手で、アメリカで活動中に文豪ヘンリー・ミラーに見初められて結婚した。かなりの年の差婚だったはずだが、詳しいことは知らない。なんだか可愛いお婆ちゃんになりそうだなという予感を感じさせていた頃をTVで見た覚えがある。

ところが、この美術館はホキ徳田とは全く関係がなかった。保木さんという方のコレクションを公開している美術館で、そのテーマが「超写実的絵画」ということなのだ。

Hibikiこの白黒の画像はこのサイズでは写真にしか見えないと思うが、これが油絵で、サイズはA3くらいだったかなぁ。とにかく、写真と言われても「ああ、そうですか」というくらいの写実性である。

この絵を描いたのは島村信之という人で、検索してもらうとこの絵のカラーバージョンも見ることができる。

このひとはほかにも女性の絵なんかを描いていて、この絵は美術館では見なかったのだが、美術館でも似たような感覚の絵が何枚かあって、縦横1.5mくらいのサイズで人物を描いているのだが、とくに女性の肌の透明感というのが油絵の技法として素晴らしいと思った。

Shimamuranobuyuki

しかし、だ。こういう「写真と見紛う油絵」ってどうなの? 写真じゃダメなのかい? こういう絵はおそらくモデルを一旦写真に撮影して、それから絵に描くんじゃないかと思う。実際、長い間ポーズをとっているのは難しいような絵もあったし。

その写真を誰が撮ったか?というのは問題ではない? そんなことはないだろうなぁ、構図とかライティングとか、画家のイメージで撮影し、その画像を見ながら、時には拡大したりして細部まで再現するんじゃないんだろうか。

写真では実現できないような光の具合とかを表現するために手描きするというのならまだ分かるのだが、こういった完璧な超写実的な絵の芸術性ってどうなんだろう? その技術が素晴らしいということはわかるのだが、例えば同じ写真から超写実的な絵を別の人が描いて同じ物ができるのだったら、それは芸術とはいえないんじゃないか、と思うわけです。

はっきり言って絵のことはよくわからなくて、絵を語る資格はないとは思っているのだが、実際に存在するものや存在しないものを記号化して提示するのが「絵画美術」というものじゃないんだろうか? 完璧な超写実的な絵というものには画家の個性の入り込む余地がないんじゃないか、と思うわけです。

実は私の父もリタイア後に自分で撮った写真を基に水彩画を描いたりしていて、それは超写実的とはいえない、デフォルメされた絵だったから、そういうのもアリかな、と思っていた。一方で私の知人で鉛筆で超写実画を描く人がいて、これは「写真ではありません」と描いておかないと誰もが写真だと思ってしまうというもので、私もこれにはどうリアクションしていいのか困ってしまったのだった。

話を戻して、この「ホキ美術館」に入って、最初に展示されているのが次に挙げる絵なのだが、これは本当に写真みたいなのだが、よく見ると意外に記号化というか、思い切った色の置き方でもって光と影を演出していて、これには驚かされた。

Gomifumihiko

よく見ると葉っぱを描いた上に置かれた白い絵の具なのだが、ちょっと離れてみるとそれが葉に反射した光のように見えたりする。こういうテクニックはスゴイと思う。ちなみにこの絵は五味文彦という人の作品。

特筆すべきはこの美術館自体のデザインで、一言ではなかなか表現できないけれども非常に凝った作りで、素晴らしいと思った。レストランもそこそこの値段でいいものを出してくれる。レストランのインテリアも作り付けで、革張りのソファも建物のカーブにぴったり沿って張られている。

「ホキ美術館」は千葉の外房線土気(とけ)駅からタクシーで10分くらいだろうか。大網駅からでも行けるだろうがちょっと遠い。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

職業柄、絵画には縁があるとはいえ、鑑賞眼があるわけではないですが、私もこういう超写実的絵画というのがよくわかりません。
それよりはわけの分からない抽象画とかインスタレーションとかの方が、芸術という言い方はあまり好きではないですが、人が作ったものと感じられます。
ただ、実際にはここまでの超写実絵画の現物にはお目にかかったことがないので、実際にみるとまた違う印象があるかもしれませんが。

ご参考までに専門家のご意見です。
http://www.studio-corvo.com/blog/karasu/archives/2011/03/twitter_2.html

投稿: taki | 2013年7月19日 (金) 23時56分

専門家のご意見も今ひとつスッキリしませんね。いろいろ理屈をこねてみても、実物を目にした時の「よくここまで描いたな!」という感動の前には無力なんじゃないでしょうか。

超写実であるがゆえに、こんなBLOGに掲載した写真なんかではなくて「実物」にこそ意味があるのかもしれません。

おそらく、銀塩写真を基にしたのではこういう絵は描けなくて、高解像度なデジタルカメラやプロジェクタやiPadなんかを駆使して描き上げるんじゃないかと思うんです。それに絵には「ピンぼけ」ということはありませんから、写真を撮るにしても前ピンや後ピンなど何種類も撮影するんじゃないですかね。

そういう努力と根気の結果としての作品だと思えば、「写真でいいんじゃないの?」というのは我ながらいかにもアホな意見のような気がしてきました。

上京時にもし時間があれば、ぜひ訪れることをおすすめします。土気駅は東京駅から1時間半くらいです。半日のスケジュールを空ける価値はあると思いますよ。

投稿: Picks Clicks | 2013年7月20日 (土) 09時12分

「「写真と見紛う油絵」ってどうなの? 写真じゃダメなのかい?」という考えや質問はよくあることのようですが、それを別のもので例えてみましょう。例えば、好きな音楽について「ライブやコンサートに行かないで、全部動画やCDで聴けばいいでしょ」と言われたらどう思うでしょうか?
 現代では写実絵画を実際に描いたり、見に行ったりする人は少ないため、よく言われてしまう質問かもしれませんが、だからこそ、実際に描いてみて写実絵画を描くのがとても時間と努力を要するものであることや、実際に写実絵画を見ることで写真上で見るのとは違ったインスピレーションを感じて欲しいと思います。実は、実際の写実絵画を目にして、感涙してしまう人もいるんですよ。
 また、私は美術教師を目指しているのですが、このような疑問や質問から、子ども達にただ美術の授業を受けさせるだけではなく、「なぜ写実画は現在でも描かれ続けているのか、写真との違いは何か」「なぜ美術教育を受ける必要があるか」教えていくことが大切だと実感しました。

投稿: 青藍 | 2015年1月 7日 (水) 02時51分

写実画の写真を見せて「まぁすごい!信じられない!」「これだったら写真でいいんじゃないの?」という次元での話なら“写実画の意義”を問うのもわかります。しかし原画をご覧になった上でのお話であれば、それはもう個人の好みの問題でしょう。何も感じなかったのであれば、そういう事であり、それは抽象画を見てもなんらピンと来ないと思う人がいるのと同じ事かと思われます。なので、それは写実画はあなたの好みではなかった、というだけの事ではないでしょうか。
そういう私はホキ美術館で感動した側の人間です。
写真とは全く違うものがホキ美術館にはありました。画集ではわからない原画だけが放つ魅力があり、圧倒されて立ちすくんでしまった程です。訪れてよかったと思っております。とはいえ、もちろんこれも私個人の意見でしかないのです。

ちなみに、あそこに展示されている画家の方々は写真を撮って描いている訳ではありません。ある方は毎日同じ時刻に決めた時間だけ描いていると聞きました。また、描いているうちにモデルの食べ物が腐食し原型を失ったが、その全てを描いた、とか。あるいは季節が変わり太陽の角度が変わる中で、自分の中に残した記憶を頼りに、そこに「在る」ものを描き留めている、とか。
写実画という大き過ぎるくくりでは定義が様々ですが、ある写実画家の方が言うには、写真を見ながら写真のように描くのではなく、そこに在るものを在るがままにその空気や重さまで、時には時間の流れまで描くのが写実画だそうです。

「本物みたい!すごいわー」とその描写技術に驚いて欲しくて描いている訳ではないのです。画家それぞれに伝えたい事があるんでしょうが、しかしそれは描く側の意見でしかありません。
私には感じる事ができずともあなたにとっては魅力的なものがあるように、万人に好かれるものが正解ではない、それが何事にも共通する面白いところだと私は思います。

投稿: | 2015年9月 4日 (金) 04時14分

現物を眼にして「なんにも感じなかった」というわけではないんです。少なくとも「よくここまで描いたな」とは書いているわけです。それ以上のことを感じていたとしても、私にはそれを表現する技術がありません。

少なくとも私は写実画が嫌いではないのですが、こういった作品が社会的にどういう評価を得ているのか、これほどの作品にかけたコストが果たして報われているのだろうか? という点が気になりました。つまり、同じ品質であるなら私なら絵じゃなくて写真を買うだろう、ということです。

それを以って私の趣味が断じられるのでしたら、それはそれで仕方ないことですね。

投稿: PicksClicks | 2015年9月 5日 (土) 00時10分

私は油彩画を描きますし、ホキ美術館にも行ってきました。
写実画より写真が云々とよく言われますが、それは絵を描かない人か当美術館に行ったことがない人でしょう。それから写実画が嫌いな方でしょう。どう言おうが、あそこまで描くには努力は勿論、技術力と才能の裏打ちがなければ描けないと思います。何しろ、絵を描く上での大きな根底となる技術と才能の原点ではないでしょうか?ある人によれば、人間はカメラよりも画素数では上だと言われているくらいです。程度はあると思いますが、ある程度の写実画出来なければ、否、写実画がちゃんと出来てこそ抽象画への挑戦が導き出されると思いますが、如何でしょうか!

投稿: 髙橋 | 2016年2月24日 (水) 16時52分

「芸術と言えないんじゃないか」とまで書いてしまっているのでいろいろなご批判をいただいているのだと思います。でも無意味だと思っているわけではありません。素晴らしい昨日であることは認識しつつ、では芸術とはなんだろうか?ということを再考しているのです。実際、この作品群を見てある種の感動を覚えたのは事実なので。

こういうものを制作する技術も才能も素晴らしいものだと思います。でも突き詰めると「職人技は芸術なのか?」という、あまり言いたくないことを言ってしまうことになってしまって、やっぱりこういうことは書かないほうがいいのかなぁ?

まぁ私の芸術観が幼稚なのである、というあたりが着地点になりそうですね。

投稿: PicksClicks | 2016年2月27日 (土) 12時01分

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