インフルエンザの予防接種をしてもらいに行った。「利き腕でない方を出してください。」ということで左肩に注射。「激しい運動は避けてください。お酒も飲まないで。」「え? 今日同窓会なんですけど。」「じゃぁ、お酒は…、え~、まぁちょっとくらいならいいでしょう。」「はぁ…。ボウリングもあるんですけど。」「右手で投げるんでしょ?」「はい。」「注射は左だから大丈夫です。」「はぁ・・・。」
ボウリング会場へ行ってみると、定刻10分前というのに参加者(15名)が全員揃っている。そして定刻からみんなで準備運動する。真面目な高校なのである。同窓会でのボウリングは去年に続いて2回目だ。
ボウリングは中学生の頃からやっているが、私の戦術はその頃から変わっていない。気の迷いから色々と策を弄したこともあったが、結局最初の戦術に戻ってしまった。
私の戦術の基本は「直球一直線」である。ボールを回転させてカーブさせるということは信じないことにした。だってボールもレーンもその都度違うわけだから、毎回同じように曲げられるわけがないし、ボールとレーン(のオイルの乗り具合)を読んで対策するのは自分的に無理だな、と思っちゃうわけで。
社会人になってから、そんな戦術で10回くらいしかボウリングはやっていないと思うが、調子のいい時で最高175くらい、調子悪いと100を切ることもあったがまぁたいていは100をちょっと超えるくらい。1ゲーム中でストライクが1回~3回くらい、スペアは3回くらいという感じ。
で、直球一直線を実現するためにどういう事をしているかというと、これが「ボールを直線上で動かす」ということ。
まず、図のスタンスドットの真ん中のマークの真上に立って、マークの真上でボールを持ち、しかもボールの指穴の位置も、この図に示すように、リリースの瞬間まで手首の方向を固定してボールが真っ直ぐ縦回転しかしないように保つ。
ボールを投げるときにはボールがこのスタンスドットとリリースドットのそれぞれ真ん中のマークを結ぶ直線上を外れないように投げる。つまり、右肩右手首を直線上に残して、体を左前方へ動かすのだ。
リリースはボールをリリースドットの真ん中のマークに置くようにする・
この戦術によって、ボールはレーンの真ん中の直線を動き、しかも投げる動作によっても縦回転しかしないので、正確に投げられれば第一ピンに向かって一直線に進んでいく(はずである)。
もちろん、これを真っ正直にやると、中央の6~7本のピンは倒すことができるが、両端のピンが残ってむつかしいスプリットになってしまう。そこは、「直球一直線」戦術を実行する際の誤差による「ブレ」に期待するわけで。これが私の「今日の調子」ということになる。私は体がすでに左右対称じゃないのだが、そこんとこは努力でなんとかする。
さて、昨日の私の調子はというと、13ポンドのボールで始めたのだがボールの進路が定まらないので、これはボールが軽すぎて振り回してしまっているのか? ということで15ポンドにしてみたがこれがまた重すぎたので14ポンドがちょうどいいかな。
で、立ち位置も真ん中のマークでなく、真ん中からマーク半分右へずらしたほうがいいかな、ということがわかった頃にボウリング大会は終了となった。2ゲーム投げてスコアが138と115だったかな。なんだ、13ポンドのままのほうが良かったのか?
で、同窓会の本番となるパーティ会場へ移動する。ボウリング大会は前座だったのである。
パーティには参加者も増えて30名余。よくある展開があってそんなのは割愛だが、ちょっとびっくりしたのがある女性との会話で、なんとこれが甘酸っぱくもほろ苦い話で、実は全部ここに書いてやろうかとも思ったが、誰が見ているかわからないし本人も「誰にも言ったことがない。」ということなので、書くのはや~めた。
さて、二次会なども無事乗り切って帰宅する運びとなるわけだが、同窓会の常連には同じ方向に帰る女性Sさんがいて、このひとは2年前の同窓会で泥酔して帰宅中、「名前は知らないけど◯◯駅で降りる禿げた人に送ってもらった。」「あ、それってM井君!。」「気がついたら家への夜道を一人で歩いてた。その人は私をほったらかして◯◯駅で降りたらしい。」
昨年の同窓会でM井君は欠席し、Sさんは私と、関西から同窓会のために上京した女性(Sさん宅に泊まることになっていた)とという3人で帰り。私は駅の並びにしたがって先に下車し、二人は問題なく帰ったらしい。
今年の同窓会でSさんはM井くんと再会し、「一昨年はすみませんでした」と言いつつ、酔っているとは見えなかったという弁解を予想していたのだが、案に外して「こんなに酔っ払う人もいるんだ、と思いました。」という回答だったということで。
ということで今年は私と二人で帰ることになったわけだが、私にはSさんがどの程度酔っているのかさっぱりわからない。「私は大丈夫。一昨年は特に深酔いした。」というのだが、酔っぱらいの言うことなのであてにはならない。
足取りはしっかりしているようだったので、下車駅を乗り過ごさないように下車駅まで送っていくことにする。しっかり歩いていることを確認して改札のところで別れたが、「名前は知らないけれども目の細い人に送ってもらった」とか思っているんじゃないだろうか。
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