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2014年9月の9件の投稿

2014年9月27日 (土)

ハリウッド版忠臣蔵に悩む

スティーブン・ハンターという人が書いた「47番目の男(47th Samurai)」という小説を読んでいたので、この「47 RONIN」という映画の話を聞いたときにはてっきりこの小説が映画化されたのだと思った。ハンターはアメリカでもそこそこ有名なベストセラー作家だと思っていたからなのだが。

「47 RONIN」が日本で封切られたのは昨年の12月らしい。キアヌ・リーブス、真田広之、浅野忠信、菊地凛子、柴咲コウという日本でも人気のある俳優をそろえて、しかも忠臣蔵の季節にあわせたわりにはあまり評判にならなかったなぁ。

で、今回このDVDを借りてみて初めて「あ、ハンターのじゃないのか」と気がついたくらいで、予告編も見てなかったのか、それとも原作をここまでアレンジしたと思っていたのか、なにしろなぜかあまり興味を惹かれていなかったのだ。


で、実際に見てみると、う~ん、そうですか。忠臣蔵をハリウッドで作るとこうなりますか。

「アメリカ的なものを徹底的に排除した」と、上に紹介した特典映像では語られているけれども、「赤穂は赤、吉良は紫、将軍家は金色にしてわかりやすくした」「全部デザインして統一感を出した」、ってそれがアメリカ的なんでないですか?

日本人にとって忠臣蔵は、あの四十七士が苦難に耐えて仇討ちを果たすというところがキモだと思うのだが、この映画ではそのあたりがすっ飛ばされていて、むしろキアヌと柴崎のラブストーリーが中心になってしまっている。中心蔵か。

監督はそれよりも戦闘シーンを描きたかったようで、確かに力の入った映像なんだけれども、そういうのはどこにでもあるのでCG全盛の今時ではそれほど感銘を受けるものでもない。画像的にはきれいだったけど。

気の毒なことに菊池凛子がピッタリはまり役の魔女も、う~ん、こんなに強力な味方メンバーがいても勝てないんですか? とか、逆に片方だけにそういう魔力があるってのはフェアじゃないんじゃない? とか。ああ、ファンタジーだからそういうことは言っちゃいかんのですか。

だからまぁ、衣装も豪華だし戦闘シーンもよくできている。日本でヒットしなかったのはお気の毒でしたね。

それにつけても思うのは、見慣れたものと見慣れないもの、つまり日本人にとっての忠臣蔵と、ハリウッドから見た忠臣蔵との比較で、評価がこれほど違ってくるのは当然としても、そこにはある法則見たなものがありそうで興味深いな、と。


ところで、このBLOGのBLOGパーツとして「BLOG内検索」というのがあるのだが、これで「スティーブン・ハンター」を検索しても引っかかってこない。しかしGoogleで「お悩み手帳 スティーブン・ハンター」と検索すると発見することができる。これはなんだ?cocologがいけないのか? それともGoogleのサイト検索がタコなのか? 役に立たないBlog内検索ならはずしてしまおうか。

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コミュニケーションの失敗に悩む

連休にはTSUTAYA様のご好意によりDVDを安く借りられたので映画をいくつか見た。

その中で一番印象に残ったのがこの映画だ。


一見、バイオレンス・サスペンスのようで、実際にかなり怖いのだが、テーマとしてはそういうことじゃなくて、「コミュニケーションの失敗」ということだと思う。あるいは「アメリカの田舎での」とか「英語での」という修飾詞が付くかもしれないけれども。

ややネタばれになるかもしれないけれども具体的に言うと、この主人公のマッドとその幼馴染のジェニパーという女性の関係。

マッドはずっと彼女のことを想い続けているが、彼女はその時々の軽はずみな行動でたびたびマッドを裏切ってしまう、(と思われている)。マッドは自分勝手な思い込みで人をうまく利用しているが、他人だけでなく自分をも騙していることに気づいていない(と思われている)。

そんな二人がそういう思いを直接ぶつけあえばいいと思うのだが、なかなかそうは行かない事情もあったりして、二人の少年が介在したりするなかで、少年たちもコミュニケーションの失敗を経験したりする。

そういう見方をしていると、ラストシーンで「あれ?」というところがあって、製作側と観客側とのあいだのコミュニケーション失敗が指摘されているような気がしてくる。監督は「ほおら見ろ、コミュニケーションの失敗はどこにでも起こりうるのだ」といいたかったのかな。

そういうわけなので、映画の中の話だけじゃなくて身の回りでもそういうことが起こらないように、というか、起こっているかもしれないよ、ということを考えなくちゃなぁ。

たいした映画だと思う。私はあんまり好きになれないけれども。


少年が語り部的に使われているあたりは「スタンド・バイ・ミー」を思わせるが、あれよりももっと深いと思う。「スタンド・バイ・ミー」はどこが面白いのかいまだにわからない。あれはスティーブン・キング原作じゃなかったか?私はキング嫌いだし。

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2014年9月24日 (水)

超B級映画で悩む

「悩むくらいなら見るな」とおっしゃるのもごもっともながら、それでも怖いもの見たさでみてしまうのがB級映画。もうタイトルからしてB級の香りがしているのが「アイス・ジョーズ」。原題は「Avalanche Shark」という動物系パニックもの。つまり「雪サメ」。B級といっても、限りなくC級に近い。

ゲレンデでこんなの見たら、そりゃ腰抜かすわなぁ。

Koshinukasu

Nanao1 奈々緒みたいなお姉さんも、あまりに突然なアタックにリアクションが取れない。「あら、久しぶり!」なわけないだろっ!

体の体重移動に何の工夫もないので、サメをあとからCGで足したのがバレバレ。

Nanao2_2 でも、サメとしては情け容赦なく「パクッ!」

奈々緒は「ブッシャー!」(フナッシーふう)

Jacgie1_2 ゲレンデでジャクジーを楽しんでいるお姉さんも

Jacgie2_2 「ブッシャー!」

で、ジャクジーは血の海なのだが、あれれ?サメがジャクジーの底をぶち抜いたはずなのにお湯が漏れてないぞ。
Jacgie3

実はこの「雪サメ」、皆殺しにされたアメリカ先住民の恨みが形となって現れたという、オカルトっぽい代物なのであった。

Japanese
そこへふらりと現れたのがこの女性。英語はぜんぜんわからないが、「アリガト」、「サヨナラ」とか言うのでどうやら日本人という設定らしい。

でもこの人、日本人がどうとか言う前に、まずアジア人にも見えないんですけど。

で、ひょっとしてこの映画を見てやろうという方がいらっしゃるかも知れないので、結末は以下に白地に白い文字で書いておきます。

この日本人が「私スキー上手だから裏山へ行くの」と英語でしゃべって、ひとりで裏山へ行くのだが、そこでなにやら怪しいオブジェの壊れたものを発見する。で、「日本人としてはこういうのを見ると放っておけないよね~」とは特に言わないけれども、要するにこの人がそのオブジェを直してしまう。

つまりこれが実は雪サメを封印するための護符だったわけで、サメたちはこの護符によってまた封印されてしまう。

しかし、この結末にもかかわらず、映画の最後にはどうやら続編を作りたいがための仕掛けがあったりする(続編なんて、あるか~っ!)。

で、この擬似日本人を演じた女優さんはAmy Ninhというお名前だそうだが、この映画にしか出ていないので人種とか生まれとかはまったくわからない。

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2014年9月20日 (土)

小さなフィギュアに悩む

Shakeen ジョージアのTVCMをやっている山田孝之が面白い。「シャキーン」となるが面白いのでついついジョージアを買ってしまった。こんなキャップをかぶっていたとは…。

キャップの中にはちいさなフィギュアが入っていて、これがキャップのキャラクタと合っているのかどうなのか、キン肉マンのことをほとんど知らないのでよくわからないのだが、この角の生えたひとはどういうキャラクタなんだろうか?

Image9

この角の生えたひとは力持ちということになっているのだろうか、背中に小さな吸盤がついていて、スマホを支えることができるようになっている。

もう一つのキャラクタは黄色い仏像みたいなもので、それがキーホルダー(鍵を支える)というものだが、あまり面白くなかったので割愛。

Image2で、実はもうひと缶買ってみたものだから、もう一体手に入ったのだが、これがコードホルダー(
ホルダーばっかりやんけ!)ということで、こんなキャラクタ。

で、このキャタクタを以下激写するわけなのだが、それはどうしてかというと、こういうのはプラスチックの射出成形で作っているはずで、そうすると金型の継ぎ目がバリになったりして明確にわかるはずなのだが、それが見えない。

これがどうにも不思議で不思議で、色んな角度から見るのだがどうしてもわからないのでここに公開してみようということに。

ただ、このキャラクタの左足のところにわずかではあるがバリを切り取った跡があり、そこから射出したらしいことは知れる。

Image3Image4Image5 Image4_2 Image5_2Image6Image7Image8

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2014年9月14日 (日)

電気自動車F1で悩む

そういえば電気自動車のF1をやるというアナウンスがあったときにBLOGに書こうと思って忘れていたのだった。このレースにはフォミューラEという名前が付いているらしい。

今年のポイントは二つあって、ひとつは北京で行われるということ、もうひとつはワンメイクレースで、全チームはルノー製の車体を使うということ。

で、それが昨日だったのだった。衛星放送で実況中継していて(BSテレ朝)、たまたま途中から見ていた。全25周のうちの22周くらいから見始めたので、最後まで見届けてやろうと思っていたのだ。

レースはアラン・プロストの息子ニコがポールポジションから首位を守りきり、そのままポール・トゥ・ウインになろうかという勢いだった。鈴木アグリチームの佐藤琢磨は17位くらいを低迷していた。

コトが起こったのは、ゴール寸前のことだった。ゴールまであと数百メートルという最終左コーナーで、2位のハイデフェルドがニコ・プロストに追い越しをかけたのだ。




お急ぎの方は1分20秒あたりから見るといいだろう。

コトが起こった後でハイデフェルドがニコに詰め寄って何か言っていたが、そりゃそうだろうっていうか、う~ん、他に手はなかったのだろうか? 記念碑的なレースでえらいことになってしまった。

起こってしまったことは仕方がないので(私は部外者だし)、それはいいんだけれども、ワンメイクレースの車体のスペックが気になるところだ。レギュレーションは発表されているが、電気的仕様はどこに書いてあるんだろうな?

うむ、モーター出力は200KW/260bhpということだが、bhpってなんだろう?bear horse power?
翌日追記:
プロストはインタビューに答えて「ハイでフェルドは見えなかった。」「コーナリングのためにブレーキを掛けた時、安全のために真ん中を走っていたのだが、ハイデフェルドがすぐとなりにいて、すでにタイヤにあたっていた」「ハイデフェルドはそうしようと思ってやったのではないのだろうと思う、あそこでは抜けないはずだから」と答えている。嘘だと思う。
オフィシャルは11月22日に行われるマレーシアでのレースで、プロストに10位下げのペナルティを与えることにしているそうだ。

bhpはBritish Horse PowerあるいはBrake Horse Powerなんだそうで、要するにHPと同じらしい。

200KWというのもなんだかピンと来ない値だが、昔阪急電車を利用していた時に、動力車についていた電圧・電流計で「1500V・500A」という表示を見たことがあって、「おお、3Ωかよ」と思ったのだったが、これが計算してみると750KWだから、200KWというのはその訳1/4ということで、なるほど、そんなパワーを電池からひねり出しているのか、と。

しかし、200KWというのは、200Vで1000Aということで、う~ん、やっぱりよくわからない。それでバッテリの重量が200Kg?

リチウムイオン電池のエネルギー密度は、実質部で201Wh/Kgなので、電池の実質部(ケースや配線を除いて)が200Kgであるとするならば、電池の容量は40200Whであって、それを200KW(実際には133KWとかの制限がある)で使用すると0.2時間だから12分しか保たない。まぁフルスロットルで走り続けるわけではないとしても、こんな値でよくやっているもんだなぁ。

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失せもので悩む

大事なものほど失くしてしまう。あそこにあるはずだと思っているのに、いざ必要となって探し始めると出てこない。大事にしまっておいたものほど見つけにくいのは平常心を失っているからなのだろうか?

いまだに不思議なのはWIndows2000英語版のインストールCDだ。これは当時なかなか手に入らなくて、あめりか出張の折にサンノゼのFry'sで買ってきたのだが、確かにスーツケースに入れて帰ってきたのに日本に帰ってみるとこれがないのだ。仕事で必要だったので、かなりすったもんだしたのだったが、領収書はあるのだが現物がないので結局自腹になったんだったと思う。

CDで思い出すのはMicrosoft Encartaというマルチメディア百科事典で、これは1993年だったと思うがその前年の1992年版をCDROMショップ(当時はそういうのがあった:Laser5がお気に入りだった)で購入してその完成度に驚いたのだった。いや~、これこそマルチメディアだわ、と。

まずこのCDROMをPCに入れると、タイトルと同時にあの有名なキング牧師の「I have a dream ・・・」という演説が流れる。最近のTVCMでもちょっと使われていたりするのだが、気がついた人はいるだろうか?

そこから先はキーワード検索で関連項目の静止画や動画、音声などが流れたりする。鳥の項目では鳴き声が出たりして喜ばせてくれる。

そんなEncartaだったが、なんといっても英語版で日本語版が待たれるところだった。日本語版が出たのは1997年だった。これは日本マイクロソフトも相当力を入れていて(当時 -と言っても企画当時ということだが- はインターネットよりもこっちのほうがビジネスになると踏んでいたようだった)、執筆者の一覧などを見てもなかなか豪華なものだったと記憶している。

で、当然のことながらその日本語1997年版も購入したのだが、これも見当たらないんだなぁ。どこ行った?

日本語版はCDROMの2枚組で、なるほど、これからはこういう時代になるな、辞書もいるし辞典もいるしと考えた私は、PCには複数のCDドライブが必須であると考えて高さ80cmというフルタワーのPCケース(CDドライブを6台収容できる)を購入し、今ではその捨て場所に困っている。

もうひとつ探しても出てこないCDROMがあって、それはドイツのミュンヘン郊外にある航空博物館で購入したCDROMだ。これは当時のレートで数千円したはずでなかなかの買い物だったのだが、これが探しても探しても出てこない。

ところがこれがひょんなことから見つけることができたのだった。

どこが「ひょん」なのかというと、付属の小冊子をたまたま本棚の片隅で見つけたことだった。あ、こういう本が付いていたんだったら、本棚にあるのかもしれないな? と思って探したら、やはり出てきた。

CDROMだからというので、CDケースの形を探していたから見つからなかったので、いやいや、こんなパッケージのまま保存していたとはっ。

Lostfound

真ん中がCDパッケージで、左がその小冊子、右はドイツ博物館ぜんたいのパンフレットだったと思うが、なにしろ全編ドイツ語なので、写真しか見ない。

CDROMのパッケージを開けるとこんな感じ。精密に組み立てられたボール紙製で、こんなパッケージ捨てられるわけがない。CDにプロペラが印刷してあるのが泣かせる。

Opencd_2

で、早速その中身を紹介しようと思ったのだが、これが当時のWindows環境でないと動かないのかなぁ?QuickTimeの最新版をインストールしてある環境では小さな動画を個別にしか見ることができない。これではせっかく出てきてもらった意味も半減だ。

これらの小さな動画はとりあえずスクリーンショットお見せするとして、動画はすでにYoutubeにあるかも知れず、まずはそっちを探して、Youtubeになければ私がuploadして、ってのはまずいんだろうか? 1998年作成(撮影はもっともっと前)の動画なんだけど。

Vtol1現在のPC環境では動画の一部しか見ることができないのだけれども、そのひとつがこれでジェットエンジン搭載のVTOL(垂直離着陸機)だ。

これが試作機であるということは、尾翼がないことでわかる。無尾翼機というわけではなくて、尾翼はまだ作ってないのだ、という感じ。

Vtol2後ろから見ると、「尾翼はないけれども、そのうちに作りますよ、今はとりあえず垂直に離着陸するだけの実験機なんでね。」という感じが伝わってくる。

Vtol3もうちょっと開発が進むと、こうやってちゃんとした機体になっていて、動画でも立派にびゅんびゅん飛んでいく。パンフレットも探してみたが、この機体がどういう時期にどういう経緯で開発されたのかということは(写真を見た限りでは)わからなかった。

これって、Windowsだからだめなのかなぁ?MACだったらちゃんと見えるんだろうか?


というわけなので、youtubeで関連動画を探したので私が当時感動したその一部でも見ていただけるかと。

詳しく書くと、これはドイツ博物館のミュンヘン分室なんんだろうか、シュライスハイム(Schleissheim)という場所にある博物館で、地名的にはOberSchleissheimになるんだろうか?駅がそんな名前だった気がする。

駅から博物館まで歩く途中にお城があってその中を通っていくのだが、そのお城もなんだか博物館みたいになっていて昔の人形なんかが飾ってあったりした。そこをうろうろしていると、そこの城主という人が現れて「どこから来たのかね?」「アウス・ヤーパン」「おお、ヤーパンから来た人は初めてだ」とか言う、ほんとかね?





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2014年9月 7日 (日)

海上農園で悩む

海の上で農業をやるっていうのはいいんじゃないか、という話は前にも書いた

で、それを本当にやろうというところが出てきていたりする。そりゃそうだろう。

Xcorp
でも、この計画では基本的に水耕法を使い、農業用水は雨水に頼るんだという。現実的なのかもしれないけれども、志が低いな。

以前に私が書いた計画では、太陽光を集光して海水を沸かして蒸留すると同時に、蒸気機関で発電するとかそんなことだったと思う。

しかし、使える面積は広大なのだから、別に集光しなくたっていいんじゃないのか。効率云々もそんなにシビアじゃないので、高温高圧の蒸気なんで必要ないのだった。普通の太陽光で海水をゆるゆる温めればいいのだ。

ということで、海水から蒸留水を得るためにこんなことを考えてみた。

Desalt

透明で断熱なカバーの下で海水を太陽光で温める。

海中に沈めた熱吸収体(黒く塗った鉄板みたいなもの)があると効率が高まるだろう。

海面から緩やかに蒸発した蒸気は海中に設けられた真水タンクへ導かれる。真水タンクは熱吸収体の陰になっているし、海水で冷やされているので、とくになんということもなく蒸留水が得られる。

真水タンクは例えば強靭なビニル袋でもいいわけで、そうすると真水の回収が楽になるかもしれない。

というわけ。これでどのくらいの真水が得られるかはよくわからないが、足りなければ規模を大きくすればいいので、実現性は高いような気がする。

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2014年9月 6日 (土)

JAZZ映画で悩む

先月のことだが、衛星放送で「ラウンド・ミッドナイト(1986年公開)」という映画が放映されるということだったので録画した。なんとなくジャズ映画だという記憶があったから。

録画したもののなかなか見る時間がなくて、今日はじめて見た。いきなり演奏のシーンがあって、メンバーを見ると、あれれれれ? 主役のデクスター・ゴードンやピアノのハービー・ハンコック、Vibのボビー・ハッチャーソンはともかくとして、このギターはひょっとしてJohn McLaughlinではないのか?

しかし、その時点で私はこの映画をもっと古い「真夏の夜のジャズ(1960年公開)」と混同していたので、年代的に合わないなぁと思って「う~ん?」とか思っていたのだった。

しかし、何度見返してみても、これはMcLaughlinではないか。

Roundaboutmidnight

このあたりでネットで調べて、この映画が1986年公開だということがわかった。でもMcLaughlinが出演しているなんてことが書いてあるページは見つけられなかった。

ストーリーとしてはそんなに面白い話でもないと思ったが、でもこの映画はアカデミー賞を獲っていて、デクスター・ゴードンは主演男優賞にノミネートされたらしい。すごいなぁ。

で、映画をつらつら見ていくと、おお、日本では上院翔太と呼ばれているウエイン・ショーターが出ているし、アンソニー・ウイリアムズ、ロン・カーター、フレディ・ハバード、さらにはシダー・ウオルトンまで出演しているではないか。

へー、そんな映画だったんだ。全く知らなかったなぁ。

翌日追記:

そういえばYoutubeで私が一番好きな動画がJohn Mclaughlinの1985年の演奏だった。ちょうどこの映画の撮影のころだったんだな。このBLOGでも何度か紹介していると思うが、また引用してみよう。

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政党の細分化に悩む

かつて小泉潤一郎率いる自民党が「郵政民営化」を旗頭に選挙戦を戦ったとき、非常に違和感を覚えた。っていうかなんで選挙の争点を勝手に決められるわけ? その争点以外はまったく選挙の判断基準にならないってのはおかしいだろう、と。

しかしそういう状況はどんどん進んで行っているように見える。なんだか争点がどんどん細分化されていって、そのために政党がどんどん細分化されていく。そういった争点をきちんと考えることなく、烏合の衆よろしく「小さなことには目をつぶって」集団を作れる人たちが「与党」になってしまう。

公明党は宗教団体なので、「教祖様の言うとおり」が基本だから、細かいことは考えないので争点に影響を受けることがなくて原理的に細分化はされないから安泰だ。

だから、今の日本の政党は「争点をきっちり考える人たちは分裂する」、「とにかく集まっていたほうがよい」と考える人たちが勢力を強めるという図式になっている。


これがアメリカなんかだと民主党と共和党という二つのブランドがあって、それぞれに(争点ではなくて)「考え方」がはっきりしているから、投票もしやすいわけで。

とは言ってもアメリカでさえそれぞれの党内での意見の相違などもあって、一枚板というわけにもいかないみたいだから、争点ごとに分裂する可能性はある(でも基本的な「考え方」は変わらないから簡単には分裂しないだろう)。



最近は「民主主義って本当に大丈夫なの?」とかいう議論も始まっていて、これは中国なんかが権威的資本主義みたいなことをやっていていっこうに民主化される様子がないにもかかわらず繁栄を続けている、という背景があったりする。

一方では中東で「民主化」の結果として独裁軍政が崩壊してイスラム国家になっておかしなことになったりとか。

そういう話になると「民主主義とポピュリズム(大衆迎合主義)」とかいう話になってきて、「ポピュリズムと言われようが、最大多数の最大幸福が絶対使命なのだ」という単純な考え場複雑化してきた現代ではちょっと考え直したほうがいいような気もする。

というわけで、とりあえず日本の政党というのは争点で戦うのではなくて、その基本となる考え方をわかりやすく明確に打ち出して票を集めないことにはおかしなことになってしまうんじゃないかな、と思います。

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