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2015年4月の10件の投稿

2015年4月29日 (水)

家庭内WEBサーバで悩む

2、3年前までは自宅でWEBサーバを運用していた。幸い、ADSLの頃からKDDIからウチに割り当てられているIPアドレスは固定だったので、外出先からアクセスしたりもできたし、大きなデータを人に渡すのも便利だった。IP電話を契約していたため150円/月くらい払っていたが、固定アドレスを契約するともっと高価だったように思う。

しかし、ある日突然にこのサーバが壊れてしまう。NECのノートPCだったのだが本体内部の電源が壊れてしまって立ち上がらないのだ。4000円くらいで買った中古PCだったので修理するわけにもいかず、そのまま放置していて、でもこの間廃品として捨てようとしたら見つからなかったのでまだどこかにあるのだろう。

ノートPCをサーバにすると、まず場所を取らないとか消費電力が微小であるとか、スリープ状態にしておいてもアクセスがあると(最初のアクセスにちょっと時間がかかるけど)勝手に立ち上がるとか、電池は数分しか保たないけれども電源の瞬断には強いとか、いろいろとメリットがある。

サーバが壊れても、実はそれほど困らなかったのであまり真剣に対応していなかったのだが、実は後継機を密かに立ち上げていた。

モノは富士通のFMV-BIBLO NB18C/Aというもので、CPUは800MHzくらいだったかな。ただしメモリが768Mしかなくて、これが原因でWindowsXPがろくろく動かないという困りモノだった。

Sbsh0826 このFMVにLinuxを入れてNECのノートPCの後継機にしようとしていて、いろいろ苦労した挙句にFedoraの最新のバージョン20は入らないということがわかり、結局Fedora14なら入りそうだったのでこれをインストールした。ちゃんと動くし、まぁこれでいいんじゃないの。

しかし、ちょっと困ったことにこのFMVはノートPCのフタを閉めてしまうと、完全にスリープしてしまって、フタを開けない限り二度と起き上がらない。NECのはフタを閉めた時の動作をいろいろと設定できたのだが、FMVのにはそういう選択肢がない。

しかたがないので、「使うときにはフタを開ける」という運用をしていた。これは実質的に使えない。

ネットワークとはWifi接続にしているので、電源さえ供給できればどこにでも置けるはずなのだが、「フタを開けないと使えない」というのがどうしても使い勝手が悪いのだ。

Sbsh0827_2なので思い切って荒療治をしてみた。写真内の丸いとこにある「フタ開閉センサ」をチョン切ってやったのだ。

これは効果てきめんだった。当たり前だが、FMVはずっとフタが開いたままだと思っているので、ずっと普通に動作している。ほうっておくとある時間でスリープに入るようだが、そのあたりの仕様は良くわからない。

ただ、やはりフタを閉めっぱなしで運用していると、温度上昇があるようでファンが回り始める。これがややうるさい。考えてみるとNECのはファンの音がうるさいと思ったことがなかったから、そのあたりで無理させてしまったのかもしれない。

これで、金輪際フタを開けなくても良くなったので、置く場所が自由になる。できれば無線じゃなくて有線で繋ぎたいが、それさえ我慢すれば部屋のどこにでも置けるから、できるだけホコリを吸わないようなところに隠居してもらうこともできる。

で、早速Apacheを設定してhttpdに祭り上げると、FMVは自身からはWEBページを開けることができるのに、家庭内の他のPCからはアクセスができない。

これで少し悩んだが、Apacheの設定はどうもこれで良さそうだったので、多分ポートが開いてないんだろう、ということで調べると、

/etc/sysconfig/iptables

-A INPUT -p tcp -m tcp --dport 80 -j ACCEPT という行を設定し、

/etc/init.d/iptables restart でiptablesを再起動する。

…というふうに書いておかないとまたきっと忘れるので備忘録メモ。

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2015年4月23日 (木)

電波時計で悩む

「サマータイム制導入」なんてことが時々話題になるのだが、私はこれに大反対だ。

ちょっと考えてみて欲しいのだが、あなたは時計をいくつ管理しているだろうか? 腕時計、掛け時計、目覚まし時計はもちろん、ケータイ、スマホ、タブレット、PCにも管理すべき時計があるし、炊飯器やビデオデッキや家電話、画像付きインタホンにも時計が内蔵されている。そういえば車にも時計があるよね。

ちょっと考えただけでも10台以上の時計があるはずだ。それらを年に2回合わせ直すなんて、使用人とかに命令すればいいご身分のひとにしか受け入れられないと思う。

それだけじゃなくて、サマータイム制になると「明日15時ね」と言った時に、サマータイムをきっちり守っているひとと曖昧に考えているひととの間で齟齬が出てしまう。「時間に正確」という日本人の美徳が崩れ去っていく様子が容易に想像できてしまう。

さらに腹が立つのが「サマータイム対応の時計や各種機器に買い換え需要が見込める」とかいう馬鹿なことをいう政治家なんかがいて、「それはいい!これで我が社も売上倍増」と同調する大馬鹿ものがいたりするのも腹立たしい。日本中のテレビを買い換えさせても景気回復には一時的な効果しかなかったじゃないか。

たしかに、すべての時計が自律的に時間合わせをやってくれれば、こういう問題はなくなるのだが、そうするとローテクな腕時計とか自作時計とかは時代に取り残されることになってしまう。

というわけで、関係ないわけではないけれども無駄に長い前置きのあとでご紹介するのがウチの電波時計達。おい、お前らちょっとそこへ並べ。歯を食いしばれ!という感じで撮ったのがこの写真だ。

Radioclock

ご覧のとおり電波時計でめちゃくちゃ正確なはずなのに2台の時計の示す時間が違っている。どちらが正解なのかというと、どちらも不正解で、ともに数分進んでしまっている。電波状況が悪いのかと思って、屋外で調整してみたが改善されない。

電波時計で厄介なのは、時刻合わせをする仕組みを持っていないことだ。

この2台は電波をつかんでそれにぴったり合わせたという実績がないので、こうやって曲がりなりにもまぁまぁの時刻を指しているのには私がそれなりの努力をした結果である。つまり午前0時に電源を入れるというふうなことだったと思う。日付をどうやってあわせたのかはまったく記憶に無い。次の電池交換のタイミングでなんらかの決断をすることになるかもしれない。

もう一台電波時計があるのだが、以前にも書いたとおりこいつはどうも怠惰で信用出来なくて使っていない。使っていないのだから捨ててもいいんだが、「バカな子ほどカワイイの法則」によって捨てられなくている。

というわけなので、私は未だに電波時計というものを信用できないでいるのだ。サマータイム制反対!

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2015年4月19日 (日)

古いが大事な本で悩む

本棚の二重構造恐るべしである。長年探し続けていた「紅毛徒然草」をついに発見することができた。

Turedure1これがそれだ(またそれか)。今でも覚えているが、京都の高瀬川沿いにあった古本屋で買ったものだ。10円だったのを今でも覚えている。

見たところボロボロだが、買った時からこうだった、ちゅうねん。大きさは20cm×10cmというところで200ページ足らず。昭和29年3月に第5刷発行となっている。

「河盛好蔵訳編」となっているが、このひとはフランス文学で高名な方であるらしい。この人がいろいろな小説とかエッセイで見つけたちょいと洒落た文句なんかを書き留めたものをまとめた、とどこかに書いてあったような気がする。あ、まえがきに書いてあった。そりゃそうか。

多分、購入当時の私の心境としては「おフランスのエスプリをちょっとでも身につけたい」とか、そんな志尚なことを考えたかどうか実はよくわからないんだけれども、結果としてはエスプリっていうよりもシニカルな面だけ身についたっていうか、覚えているのはそういうものばかりっていう感じです。

いやほんとに一部のフレーズはくっきり覚えているのだが、今ちょこちょこと読み返してみると全く忘れていたものもあり、いややっぱりこれは今でも面白い。

なので、一部を引用してみようと思う。こんな感じだ。

Turedure2

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2015年4月18日 (土)

古い音楽ゲームで悩む

2011年の震災前に書いた事があるのだが、その昔光栄から出ていた「バンドくん」というゲームがあった。そして私はそのゲームを持っていた。そして失くした。そしてついに見つけた。

その時何を探していたのかというと、学生の頃に京都の古本屋で買った(10円だった)「紅毛徒然草」という本で、これは今でもオークションで800円で買うことができるのだが、オークションに手を出す前に今一度探してみようと思ったのだったが、こちらのほうはまだ見つかっていない。

本棚の奥が二重になっていた(つまり今、背表紙が見えている本の奥にまだ本がある)のを思い出して、そのあたりを探していたらこいつを見つけたわけだ。

Bandkunmanualこれがそれだ。「Improvisational Simulation in the World」って、ちょっと引っかかる英語だが、要するに国境を超えたインプロビゼーションってことを言いたいんじゃないかと思う。何しろメンバーが国際的なので。

2011年のエントリにも詳しく書いたので詳細はそちらを見ていただくとして、このゲームはアドリブをすることが主眼となっている。マウスをグリグリやるとコードトーンからテキトーな音を拾いだしてアドリブらしきことをやってくれるのだ。

先程も「メンバーが」を口を滑らせたように、仮想的なメンバーを集めることができて、それがそれぞれにそれらしい演奏をしてくれる。それにゲームのプレーヤが一緒になって「バンドくん」になるわけだ。

どんなメンバーが用意されているかというと、その一部がこれだ。

Member1
Member2
ちょっとずつ名前をモジッてあるのが笑うところなんだけれども、「ゴンタ5号」っていうのはバービーボーイズの「コンタ」っていうソプラノサックス兼ボーカルっていう、あいつだと思う。私は彼の超ハスキーボイスが嫌いだった。

ボシオ・ウエックルというのはもちろんディブ・ウエックルのことだろう。確かに千手観音みたいに「腕が何本あるんだこいつは?」みたいな演奏をしてくれていた。私はエルビン・ジョーンズをモジッたドラマーのほうが好きだった。

こうやってメンバーをみていると、私がこのゲームで高得点を採れなかった理由がわかったような気がする。私はバンドにボーカルを入れていたなかったのだ。きっとそのせいでコンテストに出てもいいところまで行っても優勝できなかったのだと、今になって思う。

ここではメンバーを6名しか紹介されていないが、100名近いっていうんだから全部書いてくれればいいのに。でも、当時としてはこれが精一杯で、今ならインストールCDにてんこ盛りにして入れてしまうんだろうけれども、当時(1990年)は何しろフロッピーだからなぁ。

Bandkunmediaこれがそれだ。5インチだよ。今でも読めるんかね?

そもそもNECのPC9801で5インチが読める機械っていうのがないと、全く用をなさないし、しかもそういう古い機種はMIDIボードが入っていないからなぁ。そのMIDIボードもつい先月に捨ててしまったし。

だから、結局これも(も?)博物館的な価値しか無いわけで、私の持っているものってそういうものばっかりになっている感じがする。っていうか私自身が博物館?

で、まぁ最後にこんなものが一緒に入っていたのでご紹介。なんだか動作がおかしかったので「直せ!」とか怒りのメールでも送ったのかもしれないな。しかしやっぱりこういう手紙にはちゃんと日付を入れとけよ、と思うぞ。

Correction

このバンドくんを監修した中川賢二氏は2011年にお亡くなりになったらしい。残念だなぁ。合掌。

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2015年4月13日 (月)

Sergio Mendesの新譜で悩む

要約:

Sergio Mendesの新譜「Magic」を買ってみたがあまり気に入らなかった。しかし、70代も半ばを過ぎたSergio Mendesがまだまだ前進を続けているのに対して、ひょっとして私はついていけてないのではないか?

詳細(あるいはいつもどおりのだらだら書き):

Magic セルジオ・メンデスは知らない人でも知っているブラジルの音楽家で、彼の大ヒット曲である「マシュケナダ」はそれこそ知らない人でも一度は聞いたことがあると思う。

セルジオ・メンデス(以下セルメンと略することもある)はその演奏が商業主義的すぎるであるとか下品であるとかして非難されたりするのだが、実は私はセルメンが大好きなのだ。その「ちょっと下品」なところにも惹かれたりして、「ラーメン、つけ麺、ぼくセルメン」というくらいのもので。

次に掲げるYoutube動画が「セルジオ・メンデスとブラジル'66」というグループで録音された当時のバージョンの「Mas que nada」だ。TV局の撮影の都合だかなんだか知らないが、ミニスカートのお姉さんたちをピアノの後ろに配置するのはいったいどういうことだ?

調子に乗ってYoutubeの動画をたくさん貼り付けたが、全部を聴く必要はないので、それぞれ最初の30秒ほど聞いていただければ私の言いたいことはわかっていただけるはず。


このマシュケナダを聞いて頂いてお分かりの通り、これは当時画期的であった「ボサロック」というふうに分類されるものだ。ボサノバのような耽美的な要素を覆い隠すほどの下品なバスドラムとパーカッション、パワフルな二人の女声ボーカルが特徴的で、そりゃヒットするわな、という演奏だ。

そういう着眼点だけではなくて、この曲には色々と仕掛けがしてある。パーカッションが突然指パッチンだけになったり、男声もコーラスに入ったりとかいうだけでなく、イントロでピアノが低音部で演奏する「デデスコデ~ン」というメロディが曲者で、これは本来この曲には入っていないメロディであって、セルジオ・メンデスが勝手に付け加えたものなのだが、このサウンドアイコンによってこの曲を印象づけることがヒットに繋がるというのがセルメンのヒット曲の方程式なのだと思う。

ジャズの名曲「Night and Day」もセルメンの手にかかるとこんなサウンドアイコンを付けられてヒット曲仕様になる。


その後ブラジル'66は'77になり、一時的に'88になったりもしたのだが、さすがにその頃にはさすがの私も食傷気味になってセルメンを追いかけることはしなくなっていた。

正直言って私もセルメンに飽きたと言える時期が確かにあって、久しぶりに思い出したのは2005年ごろの久しぶりの新譜「Timeless」だった。このタイトルは「時間がない」という意味ではなくて、「Priceless」みたいに「年月を感じさせない」という主張がこもっているらしい。

実のところこのアルバムはヒップホップ界の若者がセルメンを引っ張り出してきて「ねせ、一緒にやりましょうよ~」みたいな感じで実現したものだったと思う。実際、ちょっとヒップホップと言うのは私にもちょっと食えないところがあるので、全面的に受け入れるわけには行かなかったのだが、試みとしては面白くて、マシュケナダのリメイク版も楽しく聞くことができる。

Mas Que Nada @ Timeless


タイトルチューンの「Timless」もいい感じの曲で、私はこの曲の中で使われているナイロン弦ギターの音が気に入ってしまって、(エレガットではなくて)生ガットギターをほしいと思うようになったのだった。

できれば、この曲の中で使われているギターがほしいと思って、ギタリストの名前までは調べたのだったが、どんなギターを使っているのかまではわからなかった。


「Timeless」から2年ほどして発売されたのが「ENCANT」というアルバムで、こちらは前作よりもヒップホップ色が薄くなっていて、私としては大いに食いついたアルバムだった。セルメンは前作よりも元気になっている感じで、いろいろなアイディアあふれる曲つくりになっている。

ここでは「The Look of Love」を紹介したい。この曲はセルメンが60年代にも演奏していた曲で、それと比べてもらえるといろいろと面白いのだが、それを貼り付けるのはやめておこう。Youtubeですぐに見つかるし。

すぐに見つかる60年代の「Look of Love」がこちら。赤いドレスの女性はグラシーニャ・ラポレイスでセルメンの奥さん。


 

こちらが21世紀版の「LOOK of LOVE」。

 

で、ENCANTの次にもう一作「BOM TEMPO」というのがあるのだが、これが意味不明というか、テクノ・トランスという感じのどうにも食欲のわかないもので、このアルバムにもマシュケナダがあって、Youtubeにあれば貼り付けたいところなのだが、このアルバムの曲はYoutubeにないので、どうするかな?手元にはmp3があるので貼り付けてもいいのだが著作権とかいろいろ面倒なので、まぁ貼りつけるほどのこともないだろう、ということでパス。

で、最新作の「MAGIC」になるわけだが、これがまたヒップホップのWill.I.amとか言う人と一緒にやってるんで、セルメンは名前貸しただけ?という感じのどたばたしたうるさい感じのアルバムになってしまっている。はっきり言ってこんなの嫌いだ。

しかし、ウチの娘が「うん、これはいい」とか言うので、え~そうなのか?私はついて行けてないのかな?と思ってしまっているわけだ。

曲のタイトルは「my my my love」というもので、Will.I.amという芸名といい、なんだか言葉にこだわりがあるようだが、その辺もなんだか食えない原因のひとつになっている気がする。

 

というわけで、21世紀になってからのセルメンづくしにしてみました。

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2015年4月 8日 (水)

踏み込みの浅い予告編で悩む

映画の予告編にはしばしば騙されているわけだ。そもそも予告編を作るのは本編を作っているチームとは全然別のチームが集客を目的に作るらしいので、映像の断片を本来の順序を無視して刺激的なシーケンスにするくらいは朝飯前で、ときには本編の意図とは違った形の予告編になったりする。

そういうわけだから、予告編を真に受けて映画を見に行くと期待と違ってがっかりなんてこともしょっちゅうだ。

ところが逆の場合もあるっていう話がこの「ALL YOU NEED IS KILL」だった。

予告編ではトム・クルーズが絶命するたびにある時点まで遡るという、ああ、それってつまりゲームでリセットするような感じ? っていう、「なんて軽いアイディアの映画なんだ?!」というふうに受け取れる予告編だったのだ。

Allundkl

だから、この映画は結局映画館では見なかった。TSUTAYAで100円レンタルでみたわけだが、これは案外に面白かった。

絶命するとある時点まで遡るっていうのをこの話の中では「時間ループ」と呼んでいるのだが、その時間ループにもなにか(一見)合理的な理屈付けがほしい。その辺の理屈付けが、わりと思いがけずも納得できるものだった、ということも加えつつ、全体的になるほどと思わせる(SF的ではあるが)説得力があった。

もちろん、これは映画の説得力と私自身の納得力の組み合わせによるものだから、誰もが同じように感じるとは思わない。派手に宣伝していた割には興行成績が良かった話をきかないのは、皆さんの納得力が足りなかったんじゃないのかと思ったりする。

この映画はもともと日本製のマンガだったらしい。WIKIで見ると原作はもっと複雑な話だったようだが、それを全部映画に詰め込むのはちょっと無理だったんだろうなぁ。いや実際途中で話についていけなくてDVDを何度も巻き戻したりした。特に終了5分前からのシーケンスは3度くらい見たかな。映画館で見たら消化不良になったと思う。

ということで、予告編に納得行かない映画はやはりDVDをレンタルするのが吉かと。

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2015年4月 5日 (日)

Rosalieで悩む

まずこれを聞いていただきたい。Bob Jamesが演奏するRosalieという曲だ。もともとは「Crying for Rosalie」という1995年の曲らしいが、まぁそれはどうでもいい。

特に2:30あたりから始まるBob Jamesのピアノソロが問題なのだ。



この、飄々とした、何やっているんだかわからないソロの秘密を何とか解き明かしたいと思って、何度も採譜したりしたはずなんだが、その譜面が見当たらない。そもそも、採譜できなかったんじゃないかと思う。コード進行は簡単だし、ピアノという音源なのだから音を取れないはずはないのだが、なんだかとんでもない音を使っているのか採れないんだなぁ。

いや、確かにコード進行を聞き取って書き付けた覚えはあるので、せめてテーマだけとかピアノソロの最初の方だけでも取ったはずだと思うんだがなぁ(しかし今はなんとなく採れる気がしない)。

曲自体はサックスがエンディングテーマを吹いたあともだらだら吹いたりして一応7:00あたりで終わるのだが、そのあとにもまたBob Jamesが出てきてふにゃふにゃした感じのソロをやる。こちらのはじめの方は割とまともっていうか、普通の感じなんだけれども、油断しているとグニャグニャなフレーズが出てくる。これは研究のしがいがあると思う。

この曲だけではなくて、Bob Jamesはしばしばこういうグニャグニャフレーズをソロとか助奏とかで使うので、きっと何らかの方程式があると思うのだ。それを何とか掴みたい。

実はこれに気づいたのは2年ほども前のことで、そのころさるところからライブをやらないかというお誘いがあり、この方程式と自作曲の「Understand Me」をひっ下げて参加しようと思っていたのだが、この方程式がどうしても解けず、またUnderstand Meのほうも歌詞がぴったり収まらなくて出演をドタキャンしてしまった、という苦い思い出があるのだった。

そのお誘いを、先月末にも受けていたのだが、今度はこちらの親戚付き合い上の都合でお断りしなければならなくなってしまった。またまた申し訳ないことをした。

ということでこの方程式を何とか解きたいんだけどなぁ。また採譜をトライしてみるかな。

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パンデイロを買って悩む

パンデイロは以前から気になっていて、しかしその音量が家庭的でないということから買うことをためらっていた。練習用に低音量のパンデイロを自作するなどしていたのだったが、やはり本格的なものとは違う。何が違うって革が違う。

なので、ついに買っちゃった。

Pbp612 これはPearl製のPBP-612(12インチ径)というもので、よく出回っているPBP-510(10インチ)より一回り大きい。

さらにPBP-510が山羊革であるのに対してこちらはプラスチックヘッドだ。山羊革も魅力的とは思うのだが、カビはやしちゃうんじゃないかという懸念があって敢えてプラスチックにしてみた。

プラスチックなので音が硬いのはなんとかテープを貼ってみようと思って、写真にあるように仮にテープを貼ってみた。これはマスキングテープなので貼り直しが簡単なのだが、ビニルテープほどには効果が薄いようだ。

で、家庭内騒音対策だが、とりあえずジングル(チャラチャラ)はテープを貼って消音した。無音にはならないが、かなりの消音効果はある。でも打面の音はまだまだ消せていない。

で、こういう本格的なパンデイロを振ってみると、これは重いわ。自作パンデイロが軽すぎるということも確かにあるのだが、これを振り続けるのはなかなかの体力というか、左手手首が壊れそう。

そういうわけなので、まぁゆるゆるやっていこうかと

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LGBTで悩む

今日は(あ、昨日だった)4月4日で、これは3月3日と5月5日の中間なので「オカマの日」なんだそうだ。

渋谷区でLGBTがどうとかっていう話になっている。私自身はそういう問題を抱えているわけではないんだけれども、素朴なところで疑問がある。                                                   

自分の外観
同性のままでいい 異性に見られたい
ふつう オカマ・オナベ
好きになるのは 異性 ストレート 多数派 女装・男装趣味
同性 ホモセクシャル
両方 バイセクシャル

一般に「性同一性障害」と言われていることだけれども、「自分の性を受け入れられない」ということと「異性を好きになれない/同性を好きになる」ということって直結しているのか? という疑問。

表を作るときに勢いで「バイセクシャル」という行も作ってしまったが、バイセクシャルっていうのはそんなに深刻でもない気がするので③、④はあんまり考えなくていいのかな。

表を見て思うには、「女装・男装趣味」っていうのもそんなに深刻でないような気がするんだけれども、ここはもう少し深掘りが必要かもしれない。

で、①と②だが、これはつまり「男役」・「女役」っていうことなんだろうか?

などと、答えが得られてもあんまり活用できないパターンの質問をしてみるテスト。

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2015年4月 2日 (木)

廃PCの処理に悩む

先月から、「いらないものがありましたら引き取りますので」というふうな電話が何度かあった。

でも、でいるだけつっけんどんな対応を心がけていた。以前に何だったか重たいものを引き取ってもらえると思って、トラックまで運んだら「処理費用を頂きます」とかいうのにやられたことがあったからだ。

重たいものを一人で(トラックに積むときには向こうの人が手伝ってくれたわけだが)部屋まで運び上げるのはちょっと無理そうだったので言い値で2000円だったか3000円だったか払ったんだったと思う。

そういう記憶があったので、適当なあしらいをしてたのだが、その電話も3度めになってくると、「そうやって引き取ってからお金を請求するんじゃないの?」とか聞くようになり、そうすると向こうも「いえ、ウチは買い取りですからそういうことをしません」となって、それならなにか出せるものがあるかもしれないからまた連絡する、というふうなことになった。

出すものとしては主にPCとアナログのHDDレコーダである。ついでに昔買ったサムソンのDVDプレーヤも出すことにした。このDVDプレーヤは裏コマンドを入れるとリージョン1対応(つまりアメリカで買ってきたDVDを見ることができる)になるというので買ってきたものだったが、ここのところ殆ど使ってない。しかも、このサムソンのとアナログ・レコーダは長年積み上げているうちにレコーダの制震ゴム足がDVDプレーヤにくっついてしまって離れなくなってしまっている、っていう話はまぁいいか。

問題はPCだ。だせるのが2台あるなぁと思っていたら、いろいろ思いだしてしまって結局4台出そうかということになっている。さらにノートPCがもう2台ある。

4pcs これがその4台なのだが、え?3台しか見えない? 真ん中のPCが2段になっていて、上にスリムタイプのがのっているでしょう。これだけが既製品で富士通FMVのC8ってやつだったかな。

というわけなので、これらPCの思い出話を書くつもりだからお急ぎの方は「引取り」のところまで飛ばすのがよろしかろう。

真ん中の下のやつがVEGAといってこの中では一番古いケースに入っている。このPCを購入したのが1992年。中身は2度入れ替えたが、ケースだけは古いままだ。

このケースはPC-ATという規格で、その後ケースもマザーボードもPC-ATXになってしまって、部品の供給がなくなったのでアップグレードできなくなってしまった。OSはCENTOSを入れていたが、あんまり面白くなかったので使わなくなっていた。まぁ博物館的な価値はあるのだけれども、なにしろCPUクロックがクロックアップしてやっと450MHzという性能だし。
右側のはORCAと名づけていたが、実は職場で緊急にPCが必要になり、自宅に持っていたマザーボードを持参して、アキバで買ってきたやすいケースに入れて組み上げたもの。2003年くらいだったかな。CPUはAthlon1G、メモリ640M、OSはXP。本来使う予定だったPCが到着したので自宅へ持って帰ってご覧のようにいろいろ手を入れている。

VEGAもそうだが、パネルの上からDVDドライブを設置するのは普通だと思うが、その下に取り外しでいるHDDケースを設置している。つまりケースを開けなくてもOSを入れ替えたりできるということで、当時はいろいろなOSをとっかえひっかえしていたのでこういう構成が都合よかったのだ。

で、ORCAにはHDDをケースの下にスピーカパネルを組み込んでいる。普通は卓上両端あたりにパワードスピーカーを置くのだろうけれども、いろんなPCがを使っていると、この方が都合が良かったのだ。スピーカパネルにはヘッドフォン用のジャックもあるしORCAにはマイク端子も付いていた。

さらに、VEGAとORCAには3.5インチフロッピードライブが付いていて、これがまたしばしば起こるトラブルの時に必要になるのだが、その下にUSBポートをつけている。最近のPCではUSBポートを前面に持つものも多くなってきているが、当時はたいていUSB用のカードを設置するとその端子はPCの裏面になって、簡単にアクセスできないということになっていたのだ。

左側にそそり立っているのがフルタワーの「フルタ君」。改造を重ねて現在、CPUはDuronの1.1G、メモリは1Gになっている。OSはXPだ。

これについてはこのBLOGのどこかで書いたはずだが(パソコン通信のLOGを調べたところ1998年末に導入したらしい。)、当時「CDドライブを一杯積んだPCに辞書とか辞典とか入れて運用する」というイメージを捨てきれず、今みたいにネットで辞書を検索するとかテラバイト単位のHDDを個人で買えるようになるとは想像できなかったものだから、こんなフルタワーのケースにPCを組んでしまった。整備しやすいようにキャスターまでつけているのだが、実際には配線が邪魔をしてなかなかスイスイと引き出すということは出来なかったのだった。

その後、メモリを512Mから1Gに増設したあたりから不調になり、リブートを繰り返したり、突然停止したり、そもそも立ち上がらなくなったりというふうなことで、ほとんど死蔵状態だった。でも、でかいので粗大ごみに捨てるにもハードルが高くてなかなか捨てられなかったのだ。

最後にスリムタイプのFMV-C8だが、これは多分2009年ごろに中古で買った。Linuxを入れてWEBサーバとして使えるようにして、あわよくば誰か欲しい人に売り払っちゃおうという魂胆で改造したのだが、特に営業活動もせず、単に自宅サーバとしてときどき動かしていたくらいのものだった。CPUはIntelのMシリーズの800MHzくらいのもので、メモリは1Gくらいじゃなかったかな。

ただ、当時は別のNEC製ノートPCがWEBサーバとして動作していて、ノートPCだから電源入れっぱなしでもファンの音もしなくて調子良かったのだが、ある日突然に電源トラブルで亡くなってしまった。それでこちらに乗り換えようかとも思ったのだったが、常時通電するには消費電力とファンの音が問題で乗り換えるのを断念し、サーバは外部に借りることにした。そのほうが安いし場所も取らない(とか言いつつFMV-C8はその後も場所を専有)。

引取り:

そんな4台のPCと、これまた使えない感じのIBM製THINKPAD-X24を2台用意して引き取り業者さんを待ったのだが、結論から言うと、これらの4台のPCは引き取ってもらえなかった。つまりひとつには古すぎるということと、「レアメタル含有量が期待できない」ということらしい。

だいたい、「ではPCの型番を調べさせてください」っていうけど、FMVの以外にはそんなもの無いし、FMVのにしても古すぎるらしい。結局2台のノートPC2台を500円で引きとってくれた。他にももう着ないと思われるスーツ2着をこれまた500円で引き取ってもらった。

「他に何かありませんか」とか聞かれて、そういえば持て余しているバイオリンがあったのでこれを見せると、LINEで誰かと相談して「5000円位しか出せません」という。じつはこれ2500円+消費税で買ったものなので5000円なら御の字なのだが、もうちょっと押したらもっとなんとかなったかなぁ?

他にもギターなんかを物欲しげに見ていたが、これはお断りだよ。

で、家人にはこれらの不要品を何とか処分するという約束をしているので、しかたなく引き取ってもらえなかったものをハードオフへ持っていった。そしたら690円で引き取ってくれた。

まぁとにかく、PC2も自分の思い入れなんてものは他人には全く価値の無いもので、一文にもなりゃしないのだ、ということを思い知らされた(気づくのが遅いよ)一日でした。


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