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2016年6月の13件の投稿

2016年6月26日 (日)

駐車場の新車で悩む

マンションの駐車場で、ウチの隣の車が新車になった。以前は5ナンバー(小型車)のワンボックスだったのだが、それが新型プリウスになった。新型プリウスは3ナンバー(普通車)だ。

プリウスはコンパクトな車だと思っていたのだが、この新型プリウスは大きいなぁ。

大きくても駐車するについて問題はない。問題は車を出るときで、ドアをぶつけないように気を付けないと。これは非常にストレスになる。実は前の車の時に2度ほどドアを当てたことがあるのだ。

以前に当てたときは菓子折りを持って謝りに行ったのだったが、ほかにも傷があったりしたので「まぁ気にしなくていいですよ」ということだった。でも今度からは新車だからなぁ。

というわけなのでドアが当たっても傷がつかないように、カッコ悪いがドアカバーをつけようかと思ったりしている。しかしカッコ悪いなぁ。そんなの付けている車は最近では見たことないぞ。

できるだけ外から見えないように、ということにしようとするとどうしても保護効果が少なくなる。ドアを開け閉めするメカニズムと連動してソフトなカバーが出たり引っ込んだりするようにできればいいのだが、そんなのメーカーじゃないと無理だろう。

Doorcoverなんとかドアの外側にはみださないように(外からは見えないように)取り付けることを考えたりもしたが、そういう形態だと、柔らかいとドアが当たってしまうし、硬いと添え自体が相手のドアに傷をつけてしまう。

既成のドアカバーを付けるなら、外から見えるぐらいがっちりつけないといけない。これはカッコ悪いなぁ。

そこで考えた。カッコ悪いならいっそ痛車(痛い車:アニメキャラクタの絵を描いたりしたイタい車)にしてしまうか?

軽い痛車として、こんな感じはどうだろうかと思ったが、家人にあっさり却下された。

Bmcar

仕方がないので、車を降りるときにはモノを持たないようにして注意深く降りる、ということを励行する。

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「白い道」で悩む

本場ブラジルよりも日本で人気があると言われるボサノバだが、日本で流行っているボサノバの曲はブラジルからアメリカへ渡って、アメリカでヒットした曲ばかりだ。

だから、日本で有名なボサノバの曲はたいてい英語のタイトルがついている。ついでにそれを和訳した邦題もついていることが多い。

そんな、アメリカ経由のボサノバではなくて、ブラジルからアメリカへ渡れなかったようなボサノバの曲を重点的に探していたことがあって、ブラジルの歌本なんてないのかな?とブラジルものを扱っているような店を物色したりもしたのだが、日本でよくある芸能雑誌の付録の歌本みたいなのはどうも無いようだ。

他にも、ブラジルのアマゾンで譜面を探したりとかいろいろもがいてみたのだが、結局のところアントニオ・カルロス・ジョビンの曲集から見覚えのない曲を探してみるということになった。

そんな中で見つけたウチのひとつがこの曲だった。「Estrada Branca」。訳すとたぶん「白い道」かな。私としては珍しい曲を発掘したつもりだったのだが、Amaduosさんはとっくの昔にレパートリに入れてられた。さすがだなぁ。


ボサノバの曲というと、ゆったりとしたメロディにコードがころころ変わるというのが多いのだが、この曲はボサノバにしてはわりと細かい譜割りで、しかしその割にはメロディがするりと入ってくる。ひょっとしたらボサノバ運動以前に作られた曲なのかもしれない。

するりと入っては来るのだが、メロディが途中からヨレ始める。そのヨレ具合がなかなか面白いのだ。

譜面をそのまま出すのはちょっと問題があるかもしれないので、1段4小節、ワンコーラス32小節の譜面をこんなふうに加工してみた。

Whiteroad この曲のヨレ具合を表現するために、譜面を色分けしてみたのだ。

最初の8小節①はわりと平板な感じだが、次の4小節②からヨレ始める。さらに③となってあれれ?感を出すのだが、④でもとのキーに戻ってリセットされる。

⑤からはサビ感を出しつつ⑥でさらにヨレて、でも⑧ではなんとか安定させたいと思ったのか、⑦がなんというか割と無理っていうか無理矢理つじつまを合わせた感がある。

⑨は普通なら①と同じようになるところなのだが、むしろほぼ②に近いメロディで、どうなっていくのかなぁ?という不安感があり、⑩、⑪なんかはどうすりゃいいのよ? という感じになりつつなんとか⑫で元のキーに戻している。

そういえばジョビンの曲ってそういう感じだよな~。ドナートだとそういうことが少ないんだけどなぁ。

こうやって色分けしてみたものの、私としてはまだこの曲を十分に分析できたとは言えず。まだまだ手探りでやっております。

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2016年6月25日 (土)

パクチーで悩む

Pakchiパクチーは好きではない。だから、「好きか嫌いか?」と聞かれると「嫌いだ」と答える。

しかし、まったく食べられないほど嫌いというわけじゃなくて、ひょっとしたら好きになるかもしれないと思うので、食べるチャンスがあれば食べるようにしている。

だから、「パクチー大丈夫ですか?」と聞いてもらえると「大丈夫です。」と答えられるのだが、「パクチー好きですか?」と聞かれると「好きじゃないです」と答えてしまうし、「パクチー嫌いですか?」と聞かれると「嫌いです」と答える。

こういうことってありがちだと思うんだけれども、こういう状況に何か名前が付いていないんだろうか?

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Another BMに悩む

BABYMETALをYoutubeで追いかけるついでにこんなのを発見。

ただし、普通にBABYMETALの動画を追いかけているだけではこれに遭遇することはない。発見するには別のキーワードが必要だった。


「BAND-MAID(略しちゃうとこれもBM)」ということなのでコンセプトはメイドさんだ。いきなり「お帰りなさいませ、ご主人様~!」とか言っちゃう。ロンドンでも日本語で言っちゃう。これはイタい。



このロンドンライブは今年の5月28日だ。このバンドは2013年結成、2014年にミニアルバム「MAID IN JAPAN」を出して、今年の5月18日に日本クラウンからメジャーデビューを果たした。

BABYMETALは2010年から活動しているので、BAND MAIDは後輩にあたる。

BABYMETALとは違って、BAND MAIDはちゃんとしたバンドだ。ギターを弾きながら歌う小鳩ミクが友達を誘って4人でばバンドをつくり、1年後にボーカルのSAIKIが加入した。

バンドとしての技量はかなりうまいと思う。赤いシェクターのギターを弾いている娘は相当うまいのかもしれない。ベースが4弦なのも好感持てる。

まっとうなバンドなだけに、バンドならではの限界もあるようだ。ロンドンのライブを見ていても、途中で赤いギターにトラブルがあったようで、演奏しながらケーブルを交換したりしている。ま、その即応性はいいのだが、まずサポートとか装備とか、そもそも企画に弱みがあるんだと思う。

BABYMETALのほうは、METALが何であるかも知らない子供を連れてきて、企画に合わせて育てるという企画ものなわけで、そのあたりがアンチを生む基盤にもなっていたりするが、何といっても企画力の強さで世界征服もあながち冗談ではないという状況になっている。

一方のBAND-MAIDは音楽的基盤は別としても、何といっても素人の集まりで、しかも基本コンセプトが「メイドがご主人様に給仕いたします」だから、これは志が低い。しかしメイドを捨てちゃうと、ほかに売りがなくなってしまうということなんだろうな。

メンバーがどういう人なのかっていうのは、こんな爆笑インタビューで知れる。

メンバー登場は3分25秒から。



とりあえず深入りはしないように気を付けないと。

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2016年6月19日 (日)

子供っぽい音楽に悩む

6月からBABYMETA(以下BMと略)Lはヨーロッパをライブツアー中で、ファンカム(観客が撮影したビデオ)がYoutuneに日々uploadされるので、早ければ1日遅れくらいでライブの様子を垣間見ることができる。ただ、私も根っからのヘビメタファンではないので30分も演奏を聞き続けるのはつらい。せいぜい10分程度のものをハシゴするわけだが、これが意外に時間を食う。

で、BMについていろいろと思うところがあるのだが、それらをうまくストーリーとしてまとめられなかったので、思いつくまま箇条書きにしてみようと思う。

1.メタルのビート
メタルはBPMでいうと400くらいのビートで演奏される。これは私が普通演奏する80~180と比べると考えられない速度なのだが、それがメタルという分野の魅力の一つになっているのかもしれない。

実を言うと私はまだまだ「メタルが好き」とは言えない状態ではあるのだが、この高速ビートについては徐々にその価値を認めつつある。私にとってはある意味新鮮なのだ。歪みだらけのギターやベースの音にはちょっとなじめそうにないのだけれども。

2.小気味よいダンス
BMの魅力の一つは、専門用語で「ユイモア」と呼ばれるYUIMETAL/MOAMETAL、つまり左右で踊っている二人のダンサーの踊りだ。これは見ているだけで楽しい。



その魅力の正体は何かというと、それはメタルのビートに対する深い理解とそのビートを表現するための訓練だと思う。

400BPMという高速ビートと、さらにその裏拍まで正確に体現することによって小気味の良いダンスを実現しているのだ。

BMのダンスは一見簡単そうに見えるが、細かいところまできっちりビートに乗せようとすると大変に難しい。国内外のたくさんのひとたちがYoutubeにダンスカバーを発表しているが、ちゃんとビートに乗れているのはインドネシアのグループくらいじゃないかな。

3.「Death」の無力化
「SU-METAL DEATH!」「YUIMETAL DEATH!」「MOAMETAL DEATH!」「3人合わせてBABYMETAL DEATH!」とかいうPerfumeゆずり(?)の自己紹介で、メタル系のおどろおどろしい呪いの言葉「DEATH」を笑顔で笑い飛ばして無力化してしまった。



YUIMETAL(左)はウインクが苦手らしくて、いつもタイミングが遅れる。

4.日本語の掛け声
BMはほとんどの曲を日本語で歌っているのだが、海外でも観客はその「合いの手」も日本語でで入れてくる。長髪髭面タトゥー付きのおっさんたちが日本語で唱和するのをみるのはなかなかの違和感だ。


ちなみにこの動画は6月初旬のスイスでのライブだ。

5.
アイドルファンとメタルファン
海外のメタルファンが掛け声をかけるのを見ていると、これは秋葉原あたりでアイドルヲタクたちがアイドルを応援している風景とすごくよく似ている。BMが引き起こしているのは結局のところ「アイドル文化の輸出」ということなのだろうか?

でも冷静にアイドルファンとメタルファンを比べてみると、何やら人生に不問を抱いている感じとか、ある意味刹那的な生き方をしているとか、体形が何となく似ているとかの共通点があるのではないかという気がしている。

6.
メタルファンは何処へ行く?
ロックはもともと不良の音楽だった。ロックがすっかり市民権を得てしまったころ、それに満足できない人たちがパンクとかハードロックとか、さらにヘビーメタルとかいう形で反抗の気概を音楽という形にしたのだと思う。

しかし、その一つの砦であるヘビーメタルの世界を、BMは破壊してしまった。BMによってヘビーメタルはもう反抗の、おどろおどろしい、悪魔の領域ではなくて「カワイイ・メタル」という市民権を得やすいものに(ある意味)なり下がってしまったのだ。

そういうBMを拒否する硬派のメタルファンも確かに存在するし、それはそれで正当な主張だと思う。

しかし一方で、マンネリに陥っていたメタルの世界に新風を吹き込んだという意味でのBMの功績がやはり大きいということは大方のメタルファンの認めるところのようだ。

7.
メタル魂?
そんなメタルファンの戸惑いを、日本在住のメタル・ギタリストであるマーティ・フリードマンがBMに直接ぶつけている。

これは先月だったかNHKの番組に出演したBMをフリードマンがインタビューしているの図だ。彼の戸惑いと葛藤をくみ取ってあげてほしい。

彼はBM結成時からずっと注目していたと言い、メタル素人がいつまで続くのか疑問に思っていたと言う。
Bm_vs_mf2

現在の状況を踏まえたうえで「君たちにメタル魂などはない!」と言い切る。もちろん、BMはそんなことニコニコと笑って受け流すのである。

Bm_vs_mf1

8.ライブステージで曲を作る
SU-METAL(中央のボーカル担当)がインタビューに答えて言っていたのだが、「ライブコンサートでお客さんと一緒に曲を作って言いくんですが、海外だとお客さんが私たちの曲を知らないので苦労したこともあった」と。

つまり、彼女はライブステージで客を乗せて一緒に参加してもらうことによって曲が完成すると考えているというのだ。

私にはそういう発想がなかったので、この発言は新鮮だった。これってプロデューサーに言わされているんだろうか?っていうか、そういうふうに教育されていたということなのかもしれない。

そういう「一緒に作った曲」が先に挙げたスイスの動画なんだろう。こんな「聴衆参加型音楽」というのも面白いものだなぁ、と思ったりするようになった。

でも、例えば「じゃぁSPAINのリフの部分を皆さんもご一緒に!」というのも難しいしなぁ。

9.セクシーでないこと
この項はもっと前の方でもよかったのだが、まぁ思いつくままってことで。

彼女たちが活動を開始したのが14歳(SU-METAL)とか12歳(ユイモア)なので、その時点でセクシーというのはいろいろと問題があることは容易に想像できるが、18歳と17歳という時点でもセクシーさを前面に押し出すことはしていない。これは賢明な戦略だと思う。

歌詞もどちらかというと子供っぽいし、ダンスもセクシーというよりもコミカルに近い。コミカルでありながら陳腐になるギリギリのところでとどまっているあたりが絶妙だ。

この戦略がいつまで通じるのかわからないが、私としてはBABYMETALがババァメタルになっても今の路線を踏襲してもらいたいものだと思う。

10.センター争いがない
アイドルグループではセンター争いというのがよく見られるわけだが、BMではSU-METALの歌唱力が頭抜けているのでユイモアとしては少なくともBMにいる限りソロボーカリストとして活動することはできない。MOAMETALはそれがちょっと不満そうだが、それでも歌唱力の差はその不満を抑え込むほど強いらしい。

というわけで、BMは子供路線、ノットセクシー路線を続けている限りは安泰だと思うのだが、3人が20代中盤に差し掛かったころに分岐点があるのではないだろうか。

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2016年6月18日 (土)

水銀電池で悩む

銀塩カメラ、つまりデジカメじゃなくてフィルムを使って撮影するカメラを触るようになったので、昔から死蔵しているそんなカメラを引っ張り出してきたりしている。それらをずらっと並べて記念撮影したりもしたのだが、それを紹介するのはまたべつの機会にして、今回はカメラの整備の話。

Datememo NIKONの古いカメラ「NIKOMAT」は普及品クラスの製品だったらしいのだが、これを私が死蔵していた。いろいろいじくっていくと、つまりは電池がヘタっていることがわかった。父の筆跡でこんな紙切れがケースの内側に貼り付けてあった。

交換じゃなくて「更換」だ。父らしいこだわりを感じる。昭和61年3月というと、父が体調不良を訴えていたころだ。父はその後食道がんでその年の7月に亡くなった。

そういうわけだから、電池が交換されてから30年経っている。どんな電池でもそりゃヘタるわな。

Mercury1 @電池の位置は定番のカメラ底部。コインひねってで開けるようになっているが、なぜか普通に考えるのとでは回転方向が反対だ。
Mercuryholder 電池ホルダーを開けるとこういう形の電池ホルダーになっている。あまり見たことのない形だ。

電池はMR9という型番の付けられたものだった。調べてみるとこれは水銀電池というもので、水銀はもう使っちゃいけないということになってしまっていて、もちろん製造も販売も終了してしまっている。

しかも、水銀電池は電圧が1.3Vで、この電圧が長期間にわたって安定しているということが、こういうカメラなどに使われていた理由らしい。

このころのカメラというのは、今みたいにマイクロコンピューターを搭載して制御するというものではなくて、もっとアナログな制御だったらしい。つまり、電池の電圧がそのまま撮影照度測定の制度を決めてしまうらしい。

これがその電池MR9(右側)。左側は比較のための最近でもよく見るリチウム・マンガン電池のLR44。これら二つの電池は見た目でもわかるように、直径が11mm強と16mm弱とだいぶ違っている。しかもMR9のほうは土星のような、というか厚みが段になっている。

Lr44mr9
電池の裏側は同じような感じ。厚みはどちらも約6mm。これならLR44をMR9の代わりに使えるんじゃないか。

Lr44mr92
問題は電圧の違いで、LR44は新品のときには1.5Vとちょっと高いので、照度を高めに測定してしてしまう。つまり本来よりも明るいと判断するので、それを真に受けると写真は暗めに写ってしまう。

電圧の心配は後ですることにして、大きさの違いをなんとかすることを考える。真鍮版を直径16mmの円形に切り抜いてさらに中央に穴をあけてドーナツ状にすればいいのだが,その工作はなかなか難しそうだ。

こういう水銀電池が手に入らなくて困っている人は多いようで、代用MR9のようなものもあったようだが入手が困難だし、LR44をMR9に見せかけるアダプタもあるのだが3000円ほどする。

なので、LR44に針金を巻き付けることを考える。1.5mm径の針金があるので、これをLR44に巻き付けてみる。長めに巻き付けて何度かカットアンドトライした結果がこれだ。

Wiredlr44mr9


Lr44wiredinholder こんな感じで大丈夫かな?とは思うが、とりあえずフタが閉められて照度計がちゃんと動作しているようなのでよしとしましょう。

このカメラには自動露出調整という機能がないので、ファインダーの中に表示される照度計を見ながらシャッター速度と絞りを調整することになる。つまり手動ではあるが、多少調整の必要な照度計があるので、それほど使い勝手は悪くないんじゃないかな。車で言えばマニュアル・トランスミッションみたいなものだな。それはなかなか悪くない。

6月25日追記:

NIKOMATでお勉強(ASA400)。

夜間の居間でTV画面を撮影する。
    F5.6 1/60
    F4.0 1/125
昼間・曇り空の屋外
    F16.0 1/250
昼間・晴天の屋外
    F16.0 1/500

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2016年6月17日 (金)

微温的音楽に悩む

いっときも音楽がないとダメ、というわけでもないが、SONYのBlueToothヘッドフォンを手に入れてからは電車に乗っているときなんかに音楽を聴くことが多くなった。

Bobjames いろいろな音楽を聞いているが、結局のところBob Jamesに落ち着いてしまう。どちらかというとおとなし目のフュージョンというか、まぁ耳にやさしい音楽なのだが、一方で「こんな生ぬるいものばかり聞いていていいのか?」という気がしなくもない。現実逃避している感じがしなくもないのだ。

気を取り直してChick CoreaとかGary BurtonとかWes MontgomeryとかJohn McLaughlinとかJohn Scofieldなどを聞いてみるのだが、やはりなじまないというか、長時間聞いていると疲れてしまう。

Lee RitenourとBob Jamesが一緒に演奏しているFourplayというグループがあるのだが、Ritenourのギターが入るだけでなんだか金気臭くなる。

数年前までは、家に一人でいるときなどにChick Coreaの「A.R.C.」なんて言うアルバムをやや大きめの音で聞いたりしていたのだが、今はそういう気にならない。歳を取ったのかね?

Bob Jamesの音楽というのがどういうものかというと、例えばこんな感じだ。


なぜ、Bob Jamesがそれほど聞きやすいのかというと、ほかのジャズ奏者とは違って「おもてなし」の心得があるのではないだろうか。言い換えれば「商業主義的」ということになってしまいかねないのだが、そこが違うんだなぁ。

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2016年6月11日 (土)

元素周期表で悩む

ニホニウムとかいう元素が承認されたらしい。これはめでたいのか?日本の名前を使っちゃったら次にまた発見したときにどうするんだ?ヤマトか?

それはいいとして(いいのか?)、中国の周期表が驚異的だったのでご紹介(クリックすると拡大されます)。

Periodictable

まず「期表」なんだが、これはいいのか? 漢字の意味は日本と同じではないんだろうけど、こういう科学技術的な用語の漢字化はほぼ日本で行われたはずなので、やっぱり「周期表」なんじゃないかと思うんだが、よほど向こうの意に添わなかったんだろうなぁ。

それにしても、こういう周期表では科学知識の普及に障害となるのではないか。H2Oみたいな表現が気軽にできないと、例えばアクリル分子の構造式(大学受験で必死に覚えた)なんて、中国の人がたとえ漢字漬け生活をしていてもとても頭に入らないと思うんだけど。

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2016年6月 5日 (日)

ダメージド・ジーンズで悩む

Damagedjeans

いまどきダメージド・ジーンズなんて珍しくもないが、このダメージはナチュラル・ダメージなのだ。そんなの普通?

これ何年くらい履いてるんだろう? 5年くらいかな? ずっと履きっぱなしというわけでもないのに、そんなくらいで穴開いちゃうわけ?

というわけで、これはファッションとしてのダメージじゃないので、捨てられる運命になるらしい。

でも寒くなるまでは履けるんじゃないかな。

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電池交換で悩む

たいていの電池交換は自分でやるのだが、時計だけは豊富なハウスダストの中でやりたくないのでプロに頼む。

Colusoderneこの、常時使用している時計が「電池換えてくれ」と言い出した。電池残量が少なくなると秒針が2秒おきに2秒分進むようになるのだ。

この時計は購入した店ですでに何度か電池交換している。前回交換したのは2年くらい前じゃなかったかな。店の親父さんが「この時計は2年前にうちで交換してますね」とか言うので「なんでわかるんですか?」「電池に印をつけてるからね」などのやり取りがあったのだった。

だから今回もちょっと遠いのだがその店にお願いしようと思っていた。秒針が2秒刻みになっても1週間くらいは使えたように思っていたから、週末になったらいってみようか、と。

しかし、2秒刻みになって2日目にもうよれよれになってきた。1時間に5分遅れたりする。これでは使い物にならない。

なので、急遽電池交換してくれるところを探す。横浜の旧ダイヤモンド地下街(いまではなぜかJOINUS地下街ということになっている)の、駅からちょっと離れたあたりの下り坂になっているあたりで電池交換してくれるところがあったはずだ。

しかし、最近あの地下街も様変わりしているからなぁ、ということで、液から地下街へ降りてすぐのところにあるインフォメーションのお姉さんに確かめてみる。「この先に腕時計の電池交換してくれるところがあったと思いますが、まだやってますかね?」「申し訳ございません、その店は閉店いたしました。」「え~?そうですか、どうしよう? 皆さんどうしてるんですかね?」「はい、ヨドバシカメラさんの3階でやっております。」「おお、3階っていうところまで案内してくれるんだ!?」ということで深々とお礼をしてヨドバシへ。

「時計修理センター」みたいな看板はすぐに見つかったので、早速お願いするが、「40分かかります」とおっしゃる。「簡単そうに見えて、時間がかかるんですよ。」ということなので、丁寧な仕事なんだろうと勝手な期待をしてヨドバシを店内視察。ほら、余計なものを買っちゃったじゃないか。

ヨドバシ店内で時間をつぶすと、なおさら余計な買い物をしそうだったので30分くらいのところで修理コーナーへ戻り、待合用のベンチで文庫本などを読んでいると私の受付番号がスクリーンに表示される。かかった時間は35分だった。

受付番号のカードを持っていくと、あらかじめ提示されていた値段の1620円を払うことになるのだが、ケータイに仕込んである会員証を提示すると「修理専用ポイントが1200ポインth度ありますが、お使いになりますか?」そりゃもちろん使うよ。そんなポイントがあるとは知らなかった。「みなさんご存じない方も多いようですよ。」ってそれはもしかしてヨドバシの隠し財産なんじゃないの?

調べてみると、修理ポイントというのは今ではもう新たにポイントが付くことはない幻のポイントで、今回みたいに修理を頼んだ時に気が付くとラッキー!ということらしい。だいたい今回の電池交換も私の感覚では故障修理ではなかったのだが。

というわけで、いつもなら1000円くらいで済む電池交換が1620円になったものの、ポイントのおかげでずいぶん安くできてしまった。しかもアドバイス付きだ。「この時計は生活防水なので、水に漬けたりはしないでください。裏蓋の部分に若干のサビが出ています。」

あ、それって水に漬けたんじゃなくて、たぶん私の汗だと思います。

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2016年6月 4日 (土)

美人ロボットに悩む

中国製のヒューマノイドで「ジアジア:Jiajia」という名前らしい。チェ・ジウに似ているという話もあれば、椿鬼奴に似ているという声もある。


PC上の動画で見る限りは肌の質感が素晴らしい。しかし、動きはどうもぎこちないなぁ。

腕を動かすシーンでは、関節の協調動作があまりうまくいっていないように見える。人間が腕を動かすときには、どの関節をどう曲げてということはほとんど意識せずに、結果として手のひらをどちらに向けるか、とか指先をどの位置に持っていくかという目的・結果を目標とした動作になるが、このロボットではまだ関節レベルの制御にとどまっているようだ。

表情の動きも、もっと繊細さが欲しいなぁ。唇を人間のように動かすのはとても難しいが、ジアジアも唇の回りに細かな筋肉を配置するようにはできていないようだ。

中国語も話せるようで、「そんなに近くで取らないでください、太って見えるので」とか言うらしいが、本心じゃないっていうか、あらかじめプログラムされたとおりにしゃべってるんじゃないの?

開発したのは中国の科学技術大学だ。国立なんだろうか? お金がたくさんあるんだろうなぁ。今後、歌ったり踊ったりするようになるのかもしれない。

Jiajia

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2016年6月 2日 (木)

「新しい判断」に悩む

Abeshinzo 「これまでのお約束とは異なる、新しい判断だ。」ですって。

消費税の再増税の是非について論じるつもりはないが、約束を違えておいて「新しい判断だ」とは恐れ入る。これは今年の流行語大賞を狙ったか? 少なくともノミネートされることは間違いないだろうなぁ。

それにしてもうまいこと言うもんだ、と思ったがこれは諸刃の剣で、これからはどんな約束をしても「また『新しい判断』がでるんでしょ?」ということで、もうだれもあんたの言うことを信じないよ。

当日追記:

「約束違反だという声については真摯に受けとめる」とも言っているのだが、「真摯に受け止める」というのは「うん聞いたよ、でも何にもしないけど」というくらいの意味なんだろう。

アメリカの9.11の直後にジョージ・ブッシュがこんなことを言っていた。「これは戦争だ。新しいタイプの戦争だ。」

「新しいタイプの戦争」という言葉によって、ブッシュは何でもできるようになった。「新しい」というのは危険な言葉なんだな。

もう一つ、風呂に入っている間に思い出した言葉があって、「言い訳がうまくなるほど、人としての格は落ちていく」というような。わりと最近聞いたのだが、どこで聞いたんだったかな?

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2016年6月 1日 (水)

エッシャーの著述で悩む

エッシャーのことは何度も書いているが、こんな本が出ているとは知らなかった。お恥ずかしい限りである。画集とかばかり探していたのがいけなかったのか?

Eschertalkshisworksなんと言っても「エッシャー、自作を語る」というサブタイトルに惹かれてしまう。

まだ読み始めたばかり、というか正確に言うとまだ読み始めてはいなくて、あちこち拾い読みしている感じだ。この本はこんなふうにして楽しもうと思っている。

まずはこの本がどういう構成なのかを探ろうと思って目次からめぼしいところを拾い読みしているのだが、要するにこれはエッシャーによる書下ろしというわけではなくて、エッシャーの書簡や雑誌などへの寄稿、さらには講演会の予稿などから構成されている。

なので、最初から順をって読まずにいきなりその講演会予稿から読み始めたので、最初へ戻る気がなくなってしまったのだ。

エッシャーは1960年に一度アメリカで講演旅行をしている。1964年に再度講演の依頼があってエッシャーはそのために万全の準備を行った。完璧な予稿と100枚のスライドである。

その一部を(冒頭の部分)ご紹介させていただきたい(クリックで拡大されます)。

Sbsh1747

右側の写真が最初のスライドらしいのだが、その左上のパターンが「非常によく知られた日本のパターンです」という説明になっている。

エッシャーがスペインのアルハンブラ宮殿で2度にわたってイスラム模様の模写を行ったということはよく知られているが、日本の影響を明確に指摘しているのは初めて見た。

エッシャーの父親は明治政府の招きで滞在した技術者だったので、きっと日本のものをいろいろと送ったりしているはずだと思うのだが、そういう事実の片りんでも見つかると面白いんだけどなぁ。



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