地獄谷はぐれ猿
(画像はイメージです)
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地獄谷はぐれ猿
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何年か前の夏の話だ。私と私の家族は友人のS氏一家と一緒に信州へドライブ旅行に行った。
S氏とは産業用ロボットを試作し、評価するという仕事でご一緒したのだったが、偶然にもその仕事が始まるのと前後して私には長女、彼の方には長男が生まれたことから家族ぐるみで親しくつき合うようになったのだった。2番目の子供も両方共に女で歳も同じになった。このBBSではまだ書いたことのない「大笑い女子大生クリ事件」をともに体験したのもこのS氏とだった。
信州の旅は楽しかった。山道に迷ってほとんどハイカー道のようになったところを車でむりやり通ったり、高原の朝の散歩中に目付きの悪い牛達に囲まれて怖い思いをしたりという、今だから笑える事件などもあった。この話のメインテーマもまさに「今だから笑える」もののひとつである。
地名をはっきり覚えていないのだが(私は地理には強いのだが、どういうわけか信州だけは苦手だ)オブチザワとかいうあたり(葛飾北斎記念館なんてのがあってこれはなかなか面白かった)でS氏はかねてよりの念願であった「栗おこわ」を購入した。これは彼の大好物だったのである。私もつられて2食ほど買った。
オブチザワを出て、次の目的地の地獄谷へ向かう。「温泉にはいる猿」で有名なところで猿を見物でもしたあと弁当でも食べようという思惑である。
地獄谷の駐車場へ車をおいて谷沿いの細い道を猿の棲息地へと向かう。先頭はS氏とご長男、この二人がすたすたと早足で進むために少し間ができてS夫人とご長女(当時3歳くらい)、その後ろに私の家族であるニョーボと長女、次女が続いて私はしんがりを勤めた。
地獄谷へ続く道は右側が谷になっている。谷は緑で覆われて水の流れはよく見えないが、すこし先に丸太橋のあるのが見えた。正確に言うと丸太橋が見えたのではなくて、その上を私たちのいる方へと渡る猿の姿が見えたので丸太橋があるとわかったのだった。
距離があったのでその猿の大きさはわからなかったが、一匹だけで行動する猿というのは珍しいと思った。「はぐれ猿」という言葉が私の頭に浮かんだが、それだけで警戒心を起こすほど私は猿と親しいわけではなかった。
S氏とご長男はもうだいぶ先へ行ってしまっていて、S夫人が第二グループの先頭になっていたときにその事件は起こった。
S夫人は先ほど買った栗おこわのはいったビニル袋を下げていた。「猿に注意!ビニル袋を下げて歩かないように!」という注意書きの看板はまだ先の方にあって、そのときには見えていなかった。そのS夫人の目の前に突如として猿が現れたのである。
猿の歳なんて分かるわけもないが、きっとそいつは子供ではない。成獣だ。顔つきがおっさんくさい。体長は1mくらいだろうか、体格もしっかりしている。先ほど丸木橋のところで見た猿だと思うのだが、確証はない。
そいつはS夫人を睨み付けた。ビニル袋になにかいいものがはいっているだろうという彼の狙いは正しい。S家ご長女はS夫人にしがみついている。私のニョーボは硬直している。私はと言えば、二人の子供達にしがみつかれて動きが取れない。
猿はS夫人になにか言った。「よい天気」、「通行税」などの言葉が聞こえたような気もするが定かではない。私は猿語をよく知らないし、S夫人はもっと知らないはずだ。
話が通じないと見て取った猿は実力行使に出た。ビニル袋に手をかけて引っ張る。S夫人は夫の好物を取られてなるものかと気丈にも頑張るのだが、子供や自分の安全を考えるといつまでも防ぎ切れるものではないことははた目から見ても明かだった。
ついに猿は勝利した。S夫人からもぎとったビニル袋から手際よく栗おこわ弁当を取りだし、ビニル袋はその場に置いて谷の方へ走り降りて行った。
そのときになって、ようやく子供達の手を振りほどいた私はS夫人の所へ駆け寄った。S夫人もご長女もおびえてはいるものの怪我はないようだ。
猿が置き去りにして行ったビニル袋を調べて、割り箸だけが残されているのを知った私は逃げて行く猿に向かって叫んだ。「おおい!箸はいらんのかぁ!?」
まるでその声によって緊張の糸が切れたかのように、S夫人はその場にへなへなと座り込んだのだった。
S氏とは産業用ロボットを試作し、評価するという仕事でご一緒したのだったが、偶然にもその仕事が始まるのと前後して私には長女、彼の方には長男が生まれたことから家族ぐるみで親しくつき合うようになったのだった。2番目の子供も両方共に女で歳も同じになった。このBBSではまだ書いたことのない「大笑い女子大生クリ事件」をともに体験したのもこのS氏とだった。
信州の旅は楽しかった。山道に迷ってほとんどハイカー道のようになったところを車でむりやり通ったり、高原の朝の散歩中に目付きの悪い牛達に囲まれて怖い思いをしたりという、今だから笑える事件などもあった。この話のメインテーマもまさに「今だから笑える」もののひとつである。
地名をはっきり覚えていないのだが(私は地理には強いのだが、どういうわけか信州だけは苦手だ)オブチザワとかいうあたり(葛飾北斎記念館なんてのがあってこれはなかなか面白かった)でS氏はかねてよりの念願であった「栗おこわ」を購入した。これは彼の大好物だったのである。私もつられて2食ほど買った。
オブチザワを出て、次の目的地の地獄谷へ向かう。「温泉にはいる猿」で有名なところで猿を見物でもしたあと弁当でも食べようという思惑である。
地獄谷の駐車場へ車をおいて谷沿いの細い道を猿の棲息地へと向かう。先頭はS氏とご長男、この二人がすたすたと早足で進むために少し間ができてS夫人とご長女(当時3歳くらい)、その後ろに私の家族であるニョーボと長女、次女が続いて私はしんがりを勤めた。
地獄谷へ続く道は右側が谷になっている。谷は緑で覆われて水の流れはよく見えないが、すこし先に丸太橋のあるのが見えた。正確に言うと丸太橋が見えたのではなくて、その上を私たちのいる方へと渡る猿の姿が見えたので丸太橋があるとわかったのだった。
距離があったのでその猿の大きさはわからなかったが、一匹だけで行動する猿というのは珍しいと思った。「はぐれ猿」という言葉が私の頭に浮かんだが、それだけで警戒心を起こすほど私は猿と親しいわけではなかった。
S氏とご長男はもうだいぶ先へ行ってしまっていて、S夫人が第二グループの先頭になっていたときにその事件は起こった。
S夫人は先ほど買った栗おこわのはいったビニル袋を下げていた。「猿に注意!ビニル袋を下げて歩かないように!」という注意書きの看板はまだ先の方にあって、そのときには見えていなかった。そのS夫人の目の前に突如として猿が現れたのである。
猿の歳なんて分かるわけもないが、きっとそいつは子供ではない。成獣だ。顔つきがおっさんくさい。体長は1mくらいだろうか、体格もしっかりしている。先ほど丸木橋のところで見た猿だと思うのだが、確証はない。
そいつはS夫人を睨み付けた。ビニル袋になにかいいものがはいっているだろうという彼の狙いは正しい。S家ご長女はS夫人にしがみついている。私のニョーボは硬直している。私はと言えば、二人の子供達にしがみつかれて動きが取れない。
猿はS夫人になにか言った。「よい天気」、「通行税」などの言葉が聞こえたような気もするが定かではない。私は猿語をよく知らないし、S夫人はもっと知らないはずだ。
話が通じないと見て取った猿は実力行使に出た。ビニル袋に手をかけて引っ張る。S夫人は夫の好物を取られてなるものかと気丈にも頑張るのだが、子供や自分の安全を考えるといつまでも防ぎ切れるものではないことははた目から見ても明かだった。
ついに猿は勝利した。S夫人からもぎとったビニル袋から手際よく栗おこわ弁当を取りだし、ビニル袋はその場に置いて谷の方へ走り降りて行った。
そのときになって、ようやく子供達の手を振りほどいた私はS夫人の所へ駆け寄った。S夫人もご長女もおびえてはいるものの怪我はないようだ。
猿が置き去りにして行ったビニル袋を調べて、割り箸だけが残されているのを知った私は逃げて行く猿に向かって叫んだ。「おおい!箸はいらんのかぁ!?」
まるでその声によって緊張の糸が切れたかのように、S夫人はその場にへなへなと座り込んだのだった。
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コメント
信州で栗おこわ、北斎と言えば小布施(オブセ)ですね。
投稿: ををつか | 2018年8月22日 (水) 15時40分