カテゴリー「スポーツ」の27件の記事

2017年7月31日 (月)

ジャンプ台で悩む

スキージャンプ競技の高梨沙羅が国内でまた1勝したらしい。このひとはトレーニング方法に色々と工夫していて注目しているのだが、来年に韓国で行われる平昌オリンピックが心配だ。

Takanashi2017

平昌のジャンプ台はオリンピック後の展望台としての活用方法を優先して設計されているので山の頂上に置かれており、風の影響が強い。本来のジャンプ台は風を避けて山陰に作るものなのだそうだ。

高梨は今年行われた平昌でのテスト大会ですでにこのジャンプ台を経験しており、しかもその大会で優勝している。それでも一回目のジャンプでは強風にあおられて記録を伸ばせなかったのだ。

Olympicの本番では、さらに風対策が施されたりするのだろうが、バドミントンの試合会場で空調の風を操作するお国柄なので、いろいろと余計な心配をしたくなるのだ。

そういえばスピードスケートのリンク会場の空調がコースに沿って風が流れるようになっていて、その風量で記録が左右されるという話もあった。

などと考えtながらYoutubeでジャンプ台を検索していると、こんな動画を見つけた。



その結果が興味深かったので記録してみた。それがどうした?と言われても何とも答えようがないのだけれども。

車両 重量
(Kg)
直径
(cm)
価格
(円)
飛出し速度
(km/h)
飛距離
(m)
備考
軽自動車 4.8 52 7,800 97 29
セダン 18.2 60.5 20,700 126 30
スポーツカー 11 62.5 84,000 131 31
F1レーサー 48 83 210,000 137 44
10トントラック 11.5 96 1,000,000 101 21 直径の
誤記修正
重機 220 170 300,000 141 40 ジャンプ台
破損

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2013年8月 4日 (日)

始球式の企画に悩む

Youtubeで「世界のスポーツ面白動画」みたいなのを見ていたわけですよ。これはいろんなスポーツの面白動画をジャンル別にまとめたもので、ジャンルごとにタイトル画面があるんです。

で、「Base Ball」として表示された画面に使われていたのがほしのあきのこの写真だった。

Hoshinoaki

今年の5月に横浜スタジアムで行われた野球の試合での始球式らしいが、すばらしい写真だと思う。いやその、決していやらしい意味ではなくて(ちょっとはあるかも)。

企画の意図を120%理解した「事務所」が用意したのであろう衣装と、企画の意図を180%理解しているほしのあきのパフォーマンス、そしてこれまた企画の意図を300%理解しているカメラマンの計算し尽くされたアングルとシャッタータイミング。これらが見事に組み合わせられてこの写真ができた。

野球の技術的な点からみるとどうなのだかわからないが、この躍動感、半笑いではあるがそれなりに真剣さを感じさせる表情、指先にまで力が入っている感じ、そして全体として力みのない自然なポーズ、いや~すばらしい。

しかし、ひょっとして最初からこの写真を撮るための企画だった? 絵コンテまであったりして? それはそれですごいと思うが、きっとスタジオではこういう写真は撮れなかっただろうと思う。「チャンスは1回のみ、撮り直しなし!」という緊張感もあってこの写真ができたんだと思う。

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2011年9月25日 (日)

イチローの不調に悩む

今年のイチローはどうしたことか、バッティングが振るわないだけじゃなくて、守備でもタイムリーエラーなんかやってたりして、「報酬の割にはチーム似対する貢献度が低い」という厳しい論調もある。

そろそろ歳なんじゃないの?という声もあるが、例えば走力は落ちていないので盗塁数は減っていない。

なので、これはイチローの視力が問題なんじゃないのか? という指摘がある

だから、信頼できる医者のアドバイスを受けつつコンタクトレンズをつければ、まだまだ行けるんじゃないかという説だ。イチローとしてはコンタクトレンズによるバッティングを影響を恐れているのかもしれないが、今年は200本安打をのがすだろうから、そうしたらそんなことは言ってられないだろう。


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2011年2月 8日 (火)

サッカー観戦で悩む

高校の体育の授業でサッカーをやっていたのは、なんだかいつも冬場だったような気がする。各ポジョションの役割なんかはちゃんと座学で学んでいたのだが、いざ実践となるとゴールキーパーを除く全員が一斉にドドドドッとボールを追いかけるという、全く稚拙なゲームだったのだった。まぁ、体育だから体を動かせればそれでいいようなものだが、キーパーだけは寒くて震えているわけだ。

TVでサッカー観戦していても、やっぱりボールばっかり見てしまう。そうじゃなくて、味方の陣形、敵の陣形をみて、さらに数秒後の陣形の変化を予想してボールの行く先を予想するのが正しいサッカーの見方だと思うのだが、高校での授業の記憶のせいか、ついついボールだけを追ってしまうんだなぁ。

ボールを見るといえば、この間のアジアカップの決勝戦で、本田圭佑が1対1でボールを奪おうとしているときに、ボールだけを見ているのに気がついた。あそこは相手の顔というか、目線を見ないといけないんじゃないかなぁ? 相手の顔とボールを同時に見るのはやっぱり難しいのか?


サッカーのゲームの録画を見ながら出場していた選手と一緒に見ながらインタビューすると面白いとおもうんだけどなぁ。選手ひとりひとり別々に試合を通してインタビューして、それらを編集すると、実に面白いドキュメンタリーになるとおもう。「だから、この時僕はXXXが前に出ると思ってYYYからのボールを受けてサイドへ展開しようとしていて・・・」というふうに各選手の時々刻々の意識の変化が分かると、チーム内の意識をまとめ上げる役にも立つと思うんだけどなぁ。


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2011年1月31日 (月)

李忠成のボレーシュートで悩む

こういうタイトルにはしてみたけれども、この件に関して悩んでいるのは私ではなくて韓国のマスコミだ。

Leetadanari2朝鮮日報、東亜日報、中央日報はそれぞれ日本語のサイトがあって普段からちょくちょくチェックしている。「日本憎し」と「日本羨まし」が入り混じって、いつもなかなかに香ばしいのだ。

今回のアジアカップでも、準決勝で当たることが決まってからはなかなかに香ばしい報道で、「これは戦争だ」、「韓国チームは中二日で不利だが、精神力で優っている」など意気軒昂だったのだが、準決勝敗退後は「あのプレイをPKにした判定はおかしい」となった。かつ「韓国チームのPKメンバーの選び方がおかしい」ということで、これはさすがに自軍の監督攻撃になった。

そんな韓国メディアが決勝戦の結果をどんな風に報道するのか興味津々だったのだ。特に決勝ゴールを決めたのが李忠成だったのだから、興味はなおさらだった。李忠成は準決勝を前にして「対韓国戦でゴールを決めたい」ということを言っていて韓国メディアから叩かれたりしていたのだった。

そもそも李忠成はもともと韓国籍で、韓国のナショナルチームの候補にも入っていたのだが、韓国語をうまく話せないなどの理由でチームになじめずに日本に帰り、2007年に帰化して日本国籍をとった。いわば李忠成は韓国を捨てて日本をとった「裏切り者」なのだ。

そんな李忠成の見事なゴールで勝った日本チームのことを韓国メディアがどう報道したか?

決勝戦から一夜明けても、朝鮮日報と中央日報(ともに日本語版)は決勝の結果を報道しなかった。東亜日報は短い記事で李忠成の名前を出して報道していた。丸一日以上たってから、3紙ともに決勝の結果をコメント付きで報道したが、そんなに悩んでいたんだろうか?

どうもこういうあたりの器量の狭さというのが、なんとも香ばしいのだが、SE7ENなどの著名芸能人が準決勝後に「日本チームは決勝でがんばって欲しい」というコメントを出したところ、一斉に非難を浴びてコメントを撤回せざるを得なかったということもあったりした。

これは器量の狭さと見るか、そこまで日本が嫌われているのか、という話なんだけれども。韓国の「日本憎し」も元々は器量の狭さから来ている部分もあるので、こりゃもうどうしようもないのかもしれない。

ところで、李忠成(日本人なので、リ・タダナリと名乗っている)はICONIQ(昨年資生堂のCMに丸坊主で現れた美女)とお付き合いしているのだそうで、このICONIQがまた日本育ちながら韓国でアイドル(Sugarのアユミ)としてデビューし、日本人として扱われることを嫌うというなんだかよくわからない人なのだが、そんな二人がお互いに国籍のことなんかをどう考えて、どう折り合いをつけているのかちょっとだけ興味がある。


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2011年1月26日 (水)

PKで悩む

アジアカップの準決勝日韓戦は日本がPKで圧勝した。めでたい。

で、いつも思うんだけど、PKでゴール・キーパーはゴールの真ん中に立たないといけないわけじゃないはず(そんなルールはない)なのに、なんでいつも真ん中に立つのだろう?

例えばキッカーが右利きだったら、ゴール・キーパーはキッカーから見てやや左の方に立てばいいと思う。キッカーからすると向かって右側が開いているし、左側は狭いから右側に蹴るしかないと思うのだ。そうすると、右足で右の方へ蹴るのは逆方向よりも比較的難しいから(ほんとうか?)ミスを誘うこともできるし、何よりもキーパーは自分の右側をあんまり気にしなくて良くなる(はず)。

Cocolog_oekaki_2011_01_26_16_41

昔、ジャンケンに凝っていたことがあって(そんなものに凝るなよ・・・)、じゃんけんの前に「ぐーを出そうかなぁ?」とつぶやいてみる、という手を使っていたことがあった。そこから相手との読み合いになるわけだが、裏の裏まで読むのか、さらにその裏の裏の裏まで読むのか、それとも初めから本気にしないのか、とか結局考えるの面倒になっていい加減な手をだしちゃ負けていたわけだが、こんなふうに工夫することによって、単なる確率論から戦略的な作戦に切り替えることができるんじゃないかと思うわけであります。


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2010年8月24日 (火)

サッカー日本代表監督で悩む

日本サッカー協会では次期監督が決まらなくて困っているらしい。ヨーロッパまで言っていろいろ人が捜しているようだけれども、ここは一発日本人監督をこれから育てるというのはどうだろう?

例えばゴン・中山。

Gonnakayama14

ゴンは海外経験が少なかったかも知れないので、最初はきっとうまく行かないだろうけれども、監督をよそから引っ張ってきてくるよりも日本で育てるということを考えないと、なんのためのチーム作りなのかわからなくなると思う。

ガイジン監督を使うにしても、助監督とかアシスタントとして日本人を付けてノウハウを学ばせるとか。いや、そう簡単にノウハウを盗ませるようなことはできないだろうけれども、なんとか日本人の監督を育てようよ。

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2010年3月25日 (木)

ドルフィンキックで悩む

ドルフィンキックが日本で発明されたものだとは知らなかった。今朝の新聞から。

Dolphin1

この長沢さんの名前で検索すると、色々なエピソードが出てくる。初期のバタフライはカエル足だったのを、この人がドルフィンキックに改良したらしい。そんな偉い人が日本にいたとは。


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2010年2月28日 (日)

ゲームの主体に悩む

Miyasaka20091昨年のミス・ユニバースがどうなったかをご存じだろうか? 日本代表の宮坂絵美理は80余名の参加者から15名に絞られる時点で残ることが出来ず、言ってみれば「予選落ち」ということになってしまった。

そのドキュメントを見ていたのは昨年の夏頃のTVでだったが、そこで発見したのはミス・ユニバースというのがゲームあるいは「興行ビジネス」であり、各国に割り当てられたダイレクターがそのゲームの主体であるという事だった。

つまり、宮坂でも知花でも森でも、日本代表は実は誰でもいいのだ。各国のダイレクター(日本ではイネス・リグロン女史)が彼らそれぞれの戦略にしたがって各国代表を選別し教育する、そしてそれらの「代表」を競わせるのがミス・ユニバースのビジネスモデルなのだ。

例えばベネズエラのダイレクターは整形手術に何のためらいも持たないので、選抜した代表に(ひょっとしたら選別する前の段階で、かも)整形手術を施す。ミス・ユニバースで小国ベネズエラがよく優勝するのはそういうことがあってのことらしいのだ。

だから、日本代表が日本人の美的観点からみてどうだこうだというのは全くのナンセンスだ。そういうビジネスじゃないからだ。ダイレクターは世界という舞台で「他のダイレクターに勝つために」戦略を練るので、そこに日本国民がどう思うかなんて観点は全くない。

しかし、ミス・ユニバース日本代表の選抜と振る舞いについて日本国民が文句をいうのは無意味ではない。ミス・ユニバースのビジネスに対して「なんだ、あれはそういうものなのか」「別世界の話だな」「ダイレクターの戦いかよ」という形で日本国民の興味が離れて行き、日本における「ミス・ユニバース」というブランド価値が下がって行けば、それは「興行ビジネス」としての旨みが減ることになるので、イネスも考えざるを得なくなるだろう。日本国民の好みを入れて世界での勝負に負けるか、自分の戦略をやり通して日本国民のココロを離させるのか。


この話をあまり深く追求する気はないのだった。

気になっているのは、浅田真央や安藤美姫、さらにはキムヨナのコーチたちがすべて外国人であるということだ。ここにも「ゲームの主体」の移行が起こっていないだろうか?

野球のゲームで、直接ぶつかり合うのはバットとボールだが、バットとボールがゲームの主体であると考えるのはスポーツ器具メーカーだけだろう。ゲームの主体は選手であるし、またあって欲しいと思う。強力なコーチあるいは監督が出現してゲームの主体が監督やコーチ、またはフロントになっても、ファンはついて来ると思う。実際、野村楽天はそういうチームだったし。

オリンピックの浅田真央vsキムヨナは、じつはコーチの間での戦いだったように思う。浅田真央のフリーでの曲が「ラフマニノフ」と紹介されたとき、「ああ、ロシアだものなぁ。あのおばさんだものなぁ。」と暗い気持ちになった。もっと軽快な、明るい曲に出来なかったのだろうか? 曲は誰が選択したのか? 振付に浅田の意見は反映されたのだろうか?

キムヨナの演技は文句の付け所がない立派なものだったが、浅田とキムヨナのコーチが元・師弟関係にあったということが、どうも頭の隅に残って仕方がない。


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2010年2月26日 (金)

キム・ヨナの圧勝に悩む

Kimyonaキム・ヨナの演技は完璧で鬼気迫るものさえあった。ダントツの得点もまぁしょうがないかな。

浅田真央もキム・ヨナの演技(と観衆の声援)に呑まれちゃったんだろうな。相手はスケート・サイボーグだから、それを考えれば浅田真央って、あまりにも日本人的と言えるかもしれない。ミスもあったようだけれども、その前になんだか元気がなかったし、何よりも笑顔がでてなかったから、ミスが無かったとしてもキム・ヨナを超える得点は得られなかっただろう。日本人としては、よくがんばりましたと言ってあげないといけない。

それより、安藤美姫をもっと褒めてあげないと。安藤美姫はなんとなく可愛げがなくて損をしている気がする。いや、容姿がどうのじゃなくて。

鈴木明子も演技の終りで泣いちゃうから、こちらも意味なくもらい泣きしたりして。

オリンピック前にマスコミが金メダルをいくつ取れるかとか言っていたけど、そんなに甘いモノじゃないと思っていたよ。日本国民ががっかりした原因は選手のせいではなくて、無駄に盛りあげようとしたマスコミのせいだ。それから、試合直後の浅田真央に無神経なインタビューはヤメロ。

それにしても、日本選手のコーチが鈴木選手を除いて軒並みに外国人というのは、もうすでに「日本に金」ということから外れている気がする。

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