カテゴリー「旅行・地域」の100件の記事

2019年3月 3日 (日)

金正恩の亡命に悩む

金正恩は60時間以上かけて帰国途中なのだが、その途中でシーチーピンに米朝会談の報告をするだろいうと言われている。

これはいまのところまだ想像だが、金正恩は列車ごと中国に亡命するんじゃないだろうか? だって、どの面下げて帰国できる?

ただ、中国としては金の亡命を受け入れるとしてそのあとどうやって北朝鮮への影響力を保つかという問題があるので、簡単に受け入れるということにはならないだろうけれども、そのあたりの力関係のバランスがうまく取れれば金の亡命という話もありえなくはない、んじゃない?

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2019年2月24日 (日)

秘密の地下鉄道で悩む

実は去年の秋くらいに書いていた記事があるのだが、うまくまとまらなかったのでボツにしていた。

要約すると、一般の路線図に載っていない鉄道路線があって、それは横須賀線にからんで以前から貨物輸送に使われていたりしたものだが、そういう路線の一部が旅客輸送にも使われたりしている、という話なのだが、すでにそういうのをまとめたサイトがあったりしてそこを見てもらえばいいやね、ということでボツにしてしまったのだった。

なんでそんな話をまた引っ張り出してきたのかというと、相鉄線がJR横須賀線とつながるという話が実現性を帯びてきたということを耳にしたもので。

Soutetu_jr

何だか、こんな話だったように思うんだが日にちが経っているのではっきりしない。2kmほどトンネルを掘るだけで相鉄の西谷駅あたりから貨物線へ接続できるあらしくて、この貨物線がまた横須賀線と武蔵小杉あたりでうまくつながりそう、というはなしらしい。

で、こんな地図やら衛星写真やらをつないで横須賀線(というか、むしろ南武線)の武蔵小杉駅あたりから真西へ伸びて南多摩あたりまで地下を走る貨物線が地上へ出てくるところを衛星写真で探したりとかしていたわけだ。

Entory22
これはその貨物線が地上に出てくるところを多摩川の対岸上空から見おろしているところ。左に見えているのが南武線で手前が立川側、向こうが川崎側ってことだったんだけど、うまくまとまらなかったので、やっぱりボツ。

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2019年2月 3日 (日)

中国の異物に悩む

GoogleMapで「妄想旅行」なんてことをやっていたのは、もう9年前になるんだなぁ。

それ以来、っていうかその前からだけれども、今でもGoogleMapであちこちを見て回っている。

で、こんなものを見つけたりするわけだ(この投稿のMAPはそれぞれクリックで拡大されます)。右下の縮尺を見てほしい。2kmとあるからここで赤線で囲んだそれぞれのサイズはせいぜい1㎞~2km四方である。中華人民共和国 甘粛 酒泉市 敦煌市というところらしい。URLはこちら

Strangechina

左端のものから順番に見ていこうか。

Strangechina1

これは800m四方くらいのエリアで、特に何も無いように見えるが地面の色が周りと違っている。衛星写真のほうで何か問題があったのかもしれないが、それにしては正方形がちょっと崩れているので、やはりこういう地面なのだろう。

次のものは何やら意味ありげな模様である。

Strangechina2

この模様が不思議なのは、地形に凹凸があるにもかかわらず、図形が凹凸に影響されていないように見えることだ。実際にURLからMAPを拡大して確認していただきたい。この図の上の方には川のようなものが見えるが、これがどうにも縮尺から期待されるものと違っているように思えてならない。何とも不可思議な地域なのだが、このあたりではストリートビューもまったく使えないしなぁ。

次の二つの異物は、飛行場のように見えなくもないが、それにしては飛行場につきものの付帯設備がない。

Strangechina3

全長2kmくらいだから滑走路に使えるとは思うが、着陸してからどうするのだ?道路もないのに。

次のも滑走路に見えなくもないけれども、1kmくらいだから普通の運用に十分な長さとは言えない。まぁ特殊な用途なら使えるだろうけれども、それにしても周りに道路がないのが不思議だ。

Strangechina5

最後のはまた異形の造形である。なんだこれ?

Strangechina6

ナスカの地上絵を連想するが、あれよりもはるかに小さいんだなぁ。

中国に行く用事のある方がいらっしゃいましたら、是非とも行ってきていただきたい。

翌日追記:

これってあの「敦煌」のそばなんだなぁ。敦煌の西北西80kmというあたりなので、もしも敦煌へ行かれる方がいらっしゃいましたら(以下略)。

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2019年1月27日 (日)

GoogleMapの地形図で悩む

GoogleMapをスマホで使っていて、レイヤのメニューに「地形」というものを発見した。これを選ぶと簡単に地形を表示することができる。

同じことがPC版のGoogleMapできないものかと思って「GoogleMap 地形図」で検索すると、地形図付きのMAPを表示することできた。でも、画面下の方にある「地形図表示」のスイッチをオフにしてしまうと、このスイッチ自体が表示されなくなり、もう地形図を表示することができなくなる。どうすれば任意の地図を見ているときに地形図を表示することができるのか?

Chikei

Mapmenu 調べてみると、GoogleMapの左上にメニューのアイコン(横線三本)があり、これをクリックするとメニューが現われて、そこで「地形図」が選べるのだった。

いまさらながらなのだが、この発見はうれしかったなぁ。地図にはやっぱり地形図が無いとね。

昔から地図の見るのが好きで、結構飽きずに見ていたりしたのだが、地形図のないGoogleMapは飽きるのが早かった。地形図があると、ああ、国道16号線というのは多摩丘陵(というんだろうか?)の西の端に沿って走っているんだなぁ、とか、圏央道は相模平野の西の端の微妙なところを走っているんだなぁ、とか、では相模平野の西側の山地はざっくり何と呼ぶのだろう?とか。

さらには、圏央道を北へ見ていくと山間を縫いながら東へ向きを変えていくわけだが、そこにどんなストーリーがあるんだろう?とか。

などなど、ネット遊びはまだまだ尽きないわけです。

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2018年11月30日 (金)

高速道路直結の駐車場で悩む

高速道路にはSAとかPAもあるわけだから、そりゃもちろん高速道路直結の駐車場と言ってもそれほど珍しいわけではない。しかし、この駐車場はそういうのとは違って公園の駐車場であって、そこへ高速道路が直結されているのだ。

Mappark
この地図で赤く色を付けたのが駐車場で、この駐車場のために黄色に色づけられた道路が設営されている。

横浜横須賀道路を横浜方面から走ってきて地図の上から右手方向(並木中央方面)へ曲がっていくと下の写真のようなゲートがある。一番左端のゲートが「公園直結」となっている。

Gate5

これは面白いと思ったので、朝早くから車を飛ばして行ってみたのは9月の話だったのだが、勢い込んでこのゲートへ入ろうとした途端「通行禁止」の看板が目に入った。それはないだろ~。

仕方がないので、通常のゲートを抜けて最初の出口で降りて駐車場へ向かった。駐車場へは地図で言うと駐車場の右手方面から入ることができる。

朝早かったので、駐車場(これは高速直結ではない)はガラ空きだった。駐車場から通路を歩いていくと私が車を停めた駐車場の上の階が高速直結になっているらしかった。写真を撮ってみた。高速からのゲートを通れないわけだから、車は一台も停まっていなかった。

Parking

警備員さんがいたので、高速から駐車場へのゲートを通れなかったという話をしてみた。そうすると、「すみませんねぇ。あのゲートは9時にならないと開かないんですよ。」「道路公団のほうの決まりなんで私たちにはどうしようもなくて。」そんなに恐縮することもないのに。

私がゲートのところを通りかかったのは9時数分前だったので、閉まっていたのは仕方がない。でも、「9時開門」とか書いてあればちょっと待っただけで通れたのに。

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2018年9月 2日 (日)

伝説の旅行者に悩む

Isabella_birdイザベラ・(ルーシー)・バードは1831年生まれの英国婦人だが、1787年(明治11年)6月から年末にかけて日本を旅行し、旅行記を出版した。

旅行記は妹への手紙という形になっている、というかそのまま妹への手紙を元に出版したものだ。

巻頭に「健康を回復するために日本を旅行することにした」とか書いているが、いやいやこれは病人のすることじゃないですよ。

膝まで入るぬか道を歩いて山越えをしたり、濁流渦巻く川に方までつかりながら歩いて渡ったり、これじゃまるで探検旅行じゃないですか。

同行したのは伊藤鶴吉という18歳の通訳一人で、彼は旅行中献身的にバードに尽くすのだが、バードの方はあまり信用していないのか、「宿賃をごまかしている」、「採用した時の経緯が不明瞭」などの文句を言ったりもしている。それでも「全財産を伊藤に預けたが、彼がそれを持って逃げるということはなかった」などとも書いている。

旅行記は原著に準じて上巻下巻の2巻構成になっている。上巻では日本到着から日光を経て新潟へ移動し、その後日本海側を青森まで難行苦行して青函連絡船で函館まで行く。ここまでで9月になるのかな。下巻では関西の方へ回るらしい。

私は今やっと上巻を読み終わったところで、まぁそこまでの話では読むほうも結構難行苦行だった。内容も退屈と言えば退屈だし、クライマックスも期待できないってわけで。

しかし、バードのレポートにはいろいろと注目すべき事実が記されていて、当時走り始めていた国鉄の東京-横浜間の料金が三等が1分(1シリング)、二等が60銭(2シリング6ペンス)、一等が1円(3シリング8ペンス)であり、この路線は1年間に800万ドルの収益を上げていると書かれている。

あちこちの村を訪れた際にも伊藤がその地の警察へ行って村の戸数と人口を調べてきており、それぞれの地での村人たちの様子が生き生きと書かれている。

気が付いたことを箇条書きにしてみると以下のようになる。

・日光までは日本の文化を気に入っていたようだが、新潟への道から「村人は男女ともに上半身裸で」という表現が多くなる。
・子供の教育やしつけについては田舎へ行っても感銘を受けていた様子。
・交通機関は道の良いところでは人力車、道が悪いと馬や牛に乗る。川は橋があればもちろんそれを利用するが、新潟から先では豪雨で橋が流されることが多くて、川の中を徒歩で渡ったりする。
・当時西洋人は当然珍しくて、しかも女性なので野次馬が山のように押し寄せたらしい。
・それでもバードは果敢に着物を着て変装し、葬式や結婚式に参加したりしている。
・キリスト教の布教について関心が深く、日本人の宗教観にしばしば触れている。
・「西洋の文化から隔絶したところで生活が成立している!」
・バードは道中一度も物乞いを見たことが無いと書いている。
・警察官が村人たちから尊敬されている様子が描かれている。思うに当時の警官は元武士だったんだろう。そのために警官の質と士気が高く、買収などされることもなかったのが日本の治安の基礎となったのかもしれない。

まぁこうやって書いていくときりがないのだが、ご用とお急ぎの方は写真に写っている「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」を読むといいだろう。私はオタクなのでバードの上巻下巻と「『日本奥地紀行』を読む」の両方を読むつもりだ。

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2018年8月22日 (水)

地獄谷はぐれ猿

20世紀の終わりごろにどこかのパソコン通信BBSに書いたものを発掘した。今となっては遠い思い出だなぁ。

Straymonkey
(画像はイメージです)
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地獄谷はぐれ猿                                                               
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 何年か前の夏の話だ。私と私の家族は友人のS氏一家と一緒に信州へドライブ旅行に行った。

 S氏とは産業用ロボットを試作し、評価するという仕事でご一緒したのだったが、偶然にもその仕事が始まるのと前後して私には長女、彼の方には長男が生まれたことから家族ぐるみで親しくつき合うようになったのだった。2番目の子供も両方共に女で歳も同じになった。このBBSではまだ書いたことのない「大笑い女子大生クリ事件」をともに体験したのもこのS氏とだった。

 信州の旅は楽しかった。山道に迷ってほとんどハイカー道のようになったところを車でむりやり通ったり、高原の朝の散歩中に目付きの悪い牛達に囲まれて怖い思いをしたりという、今だから笑える事件などもあった。この話のメインテーマもまさに「今だから笑える」もののひとつである。

 地名をはっきり覚えていないのだが(私は地理には強いのだが、どういうわけか信州だけは苦手だ)オブチザワとかいうあたり(葛飾北斎記念館なんてのがあってこれはなかなか面白かった)でS氏はかねてよりの念願であった「栗おこわ」を購入した。これは彼の大好物だったのである。私もつられて2食ほど買った。

 オブチザワを出て、次の目的地の地獄谷へ向かう。「温泉にはいる猿」で有名なところで猿を見物でもしたあと弁当でも食べようという思惑である。

 地獄谷の駐車場へ車をおいて谷沿いの細い道を猿の棲息地へと向かう。先頭はS氏とご長男、この二人がすたすたと早足で進むために少し間ができてS夫人とご長女(当時3歳くらい)、その後ろに私の家族であるニョーボと長女、次女が続いて私はしんがりを勤めた。

 地獄谷へ続く道は右側が谷になっている。谷は緑で覆われて水の流れはよく見えないが、すこし先に丸太橋のあるのが見えた。正確に言うと丸太橋が見えたのではなくて、その上を私たちのいる方へと渡る猿の姿が見えたので丸太橋があるとわかったのだった。

 距離があったのでその猿の大きさはわからなかったが、一匹だけで行動する猿というのは珍しいと思った。「はぐれ猿」という言葉が私の頭に浮かんだが、それだけで警戒心を起こすほど私は猿と親しいわけではなかった。

 S氏とご長男はもうだいぶ先へ行ってしまっていて、S夫人が第二グループの先頭になっていたときにその事件は起こった。

 S夫人は先ほど買った栗おこわのはいったビニル袋を下げていた。「猿に注意!ビニル袋を下げて歩かないように!」という注意書きの看板はまだ先の方にあって、そのときには見えていなかった。そのS夫人の目の前に突如として猿が現れたのである。

 猿の歳なんて分かるわけもないが、きっとそいつは子供ではない。成獣だ。顔つきがおっさんくさい。体長は1mくらいだろうか、体格もしっかりしている。先ほど丸木橋のところで見た猿だと思うのだが、確証はない。

 そいつはS夫人を睨み付けた。ビニル袋になにかいいものがはいっているだろうという彼の狙いは正しい。S家ご長女はS夫人にしがみついている。私のニョーボは硬直している。私はと言えば、二人の子供達にしがみつかれて動きが取れない。

 猿はS夫人になにか言った。「よい天気」、「通行税」などの言葉が聞こえたような気もするが定かではない。私は猿語をよく知らないし、S夫人はもっと知らないはずだ。

 話が通じないと見て取った猿は実力行使に出た。ビニル袋に手をかけて引っ張る。S夫人は夫の好物を取られてなるものかと気丈にも頑張るのだが、子供や自分の安全を考えるといつまでも防ぎ切れるものではないことははた目から見ても明かだった。

 ついに猿は勝利した。S夫人からもぎとったビニル袋から手際よく栗おこわ弁当を取りだし、ビニル袋はその場に置いて谷の方へ走り降りて行った。

 そのときになって、ようやく子供達の手を振りほどいた私はS夫人の所へ駆け寄った。S夫人もご長女もおびえてはいるものの怪我はないようだ。

 猿が置き去りにして行ったビニル袋を調べて、割り箸だけが残されているのを知った私は逃げて行く猿に向かって叫んだ。「おおい!箸はいらんのかぁ!?」

 まるでその声によって緊張の糸が切れたかのように、S夫人はその場にへなへなと座り込んだのだった。

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2018年8月 2日 (木)

ゴミの山で悩む

横浜新道を走っていていつも気になっていたのが、この「ゴミの山」だった。

これは2012年のストリートビューなのだが、画面右上のあたりを見ていただきたい。写真をクリックすると拡大されるので、そうやって見ていただくのもよいかと。

Gomiyama2012

でもやっぱりわかりにくいかと思うので、クローズアップしてみるとこんな風。なんかね~、空き缶とかが山積みになっているんだろうと思うんだなぁ。

Gomiyama2015closeup_2

で、これをどうするんだろうと思いながら通るたびに見ていたのだが、ある日ふと気が付くとゴミの上に草が生えて綺麗になってしまっている。

Gomiyama2017

まるで造成したかのように草に覆われてしまっているではないか。これはなんだ?家でも建てる気か?

Googleマップの空撮で見るとこんなふうになっていて、なんだか綺麗に整形されてしまっている。目の錯覚というか、窪んで見えるかもしれないが実際には逆に高くなっている。拡大した木の影とかを見ると分かると思う。

Gomiyama2017top

これ、実際に歩いてみたいんだけど、どうも私有地っぽいので無理そうだなぁ。

8月13日追記:

ストリートビューからこういう情報を得た。

Gomiyama_sign

で、この「三興企業」というのを調べてみると、このゴミ山ができた経過が明らかになった。

簡単に言うと、この三興企業というのがゴミを集めすぎて管理できなくなった状態で事実上破産したので横浜市が引き取って整備した。その整備費用が43億円ということだ。公式な記録としては資源循環局の資料がよくまとっているかな。

横浜市による監視状況がこちら。「経緯」のほうに再発防止についての考察があるが、こういう計画倒産みたいなのは根絶してもらわないとね。

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2018年7月23日 (月)

かわらけ投げで悩む

かわらけというのはKawarakeこういう小さな杯のようなもので、この窪んだ側を下にして水平面内で回転させるようにして投げる。

確か小学生のころに親に連れられて京都あたりのどこかの山寺でかわらけ投げをやった記憶がある。調べてみるとどうも高尾山神護寺(かわらけ投げ発祥の地らしい)というところの景色が記憶に合致するのだが、私が投げたときには丸い的が確かにあったのに、今の神護寺にはないようだ。

ひょっとすると能勢妙見山かもしれないが、こんな的じゃなかったと思う。

かわらけ投げはその時以来やっていないが、中学校の頃にはその代わりに靴ベラ投げをさんざんやった。風に向かって靴ベラ(12cmくらいのプラスティック製のもの)を投げるとブーメランのように帰ってくるのが楽しくて、手首を使ったスナップ投法でよく投げていた。

そんなことをふと思い出したので、近場でかわらけ投げのできるところはないかと探してみたら、神奈川県伊勢原市の大山寺にできるところがあることが分かった。車で30~40kmほどの距離なので、ちょっとしたドライブで行けるかな。

で、大山の第二駐車場へ車を停めて参道を500mほど進む。これが階段にして400段くらい。高低差100mでケーブルカーの駅へ到着する。

ケーブルカーは小田急系列の大山観光株式会社とかいうところが経営している。

Cablecar この車両は2年前に導入された綺麗な車両で、走行中には冷房が効く。

ケーブルカーには駅が3つあって、かわらけ投げをするには中間駅で降りる。切符は途中下車しても有効なので、安心して途中下車する。

「駅から歩いて5分くらいですよ」と聞いていたのだが、5分プラス登りの坂道3分というところかな。


Throwingpoint







これがかわらけを投げるところ(かわらけ投場)。昔、京都で投げたのと何だかずいぶん違うなぁ。

それに、的がえらく低いところにあるぞ。

写真はかわらけ投場の手すりから覗き込んだところだ。

私の記憶の中のかわらけ投げでは目の高さくらいの10mくらい先に両側からワイヤで支えられた丸い的があるというものだった。

Target
さて、自信満々で投げてみたのだが、やはり低いっていうのがネックで、下から吹き上げてくる風があるのか左へ左へぐいぐい曲がる。動画を撮ってもらったのだがことごとく失敗したので、軌跡を思い出しながら描いてみた。結局、的を通すことはできなかった。

Trajectry
ちなみにかわらけは「買う」のではなくて「授(さず)けていただく」のである。これを間違うとお店の、ではなくてお寺の人に叱られる。かわらけは2枚300円で、あわよくば8枚1000円に値切ってやろうと思っていたのだが、そういう雰囲気ではなかったので断念。関西のかわらけはもっと安いんだがなぁ。

まぁかわらけは残念でした、ということで、ケーブルカーで上の駅(まだ頂上ではないのだ)へ行ってみる。そうすると、売店があってこんなものが売られている。

Rumeso

「ルーメソ」って何? って、その答えはすぐに分かったが、なんでわざわざこんなふうに設置するかね? とか思ったが、帰宅してから調べるとこの店の「ルーメソ」は以前にずいぶん有名になったらしい。そういえばWEBで見た覚えがあったかも。

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2018年7月 8日 (日)

高山のミュージアムで悩む

高山へのドライブで、ナビに設定した目的地は「光ミュージアム」だった。ここに展示されているものが目的のひとつだったのだが、このミュージアム自体がなかなかのもので、正直ドギモを抜かれた。

Hikari_museum1

これがこのミュージアムの全景だが、この左手の方に広大な駐車場がある。写真をクリックすると拡大されるので詳細を見ていただくと、なんとなくインカ文明っぽい作りになっているのがわかるかな?わかんないかも。

全景の写真で建物の屋上に何かあるのが見えると思うが、これを近くまで行って撮影するとこういう写真になる。

Hikari_pyramid

なんでもメキシコに実在するエル・なんとかっていうピラミッドを原寸で復元したという力の入れようだ。実物とは違って四角い穴にはガラスがはまっていて明り取りになっている。

このピラミッドを内側から見るとこうなる。

Pyramid_inside

展示物はほとんど「撮影禁止」なのだが、このピラミッド関係は撮影自由なので、ついついたくさん写真を撮ってしまった。

でも(テーマ別展示は別として)常設の展示内容がなんともちぐはぐっていうか、一貫性が無いというか、「個人の趣味で集めたものを展示してみました」という感じで、一体どういう管理体系なんだ?管理主体は?という疑問がわく。

学芸員みたいな人も結構な数うろうろしているし、単なる警備みたいなひともいるし人件費だってバカにならないだろう。パンフレットを見ても主催者がよくわからない。出口のあたりで番台みたいなところに座っている年配の女性に聞いてみると「そういうことはわたしではちょっと。カウンターで聞いてください。」と歯切れが悪い。

なので、発券カウンターの男性に主催者はなんなのだ?と聞いてみる。すると、「今は一般財団になっています。」「え、今は?じゃぁ展示物を集めたりしてた頃は?」と突っ込むと「ええ…、宗教団体です。真光教っていう。」「ははぁ、なるほど。」

道理で駐車場にもバスが何台も留まれるようになっていたわけだ。なるほど。しかしずいぶんお金を持っている団体なんだなぁ。このミュージアムの建設にはおそらく100億円以上かかっていると思うぞ。

この話にはさらに後日談があって、ホテルの窓から黄金の屋根を持つ建物が見えたので、「あれはなんですか?」とホテルの人に聞いてみたところ、「真光教さんの総本山です。今日はたまたまお祭りだということで、ウチのホテルもたくさんご利用いただいております。」ということだった。真光教ってたしか「手かざし」とかやる宗教じゃなかったか?高山市がその本拠地らしい。まったく知らなかったなぁ。

で、まぁ宗教関係にはあまり近づかないようにして話を進めると、飛騨牛を食べてみたかったが牛串焼きとか牛の握りとかは昼過ぎくらいまでにいかないと売り切れちゃってるとか、神戸牛の時みたいに牛と戦うっていうのをやってみたかったんだけれども、「丸明さんのところにあるかも、でも風で倒れたからなぁ」ということでかなわず、農業技術センターみたいなところへ行けば初代飛騨牛である兵庫県出身の「安福号」の銅像があるらしいのだが、これは時間が無くて行けなかった。

で、高山にはもう一つ訪れてみたかったところがあって、それはネット(ってなんですか)のb某有名人の実家のお店があるということ(本人が公開している)だったのでちょっと見てみたかったのだった。

これはGoogleのストリートビューで見つけたそのご実家なのだが、実際に訪れて何か買ってこようとしたのだけれども、通りをワンブロック間違えて行きつけなかった。時間もなかったし。

Kusakabe

なので、ホテルの売店で見つけたご実家商品を購入。

Kakuichi 朴葉味噌っていうのを買いたかったんだけどなぁ。


Kakuichi_label0 で、すっかり念頭になかったのだが、岐阜県には有名なギターメーカの工場があったりして、平日だったら見学なんかができるのだった。

まぁ今回は無理だったんだろうけど。YAIRIとか木曽鈴木(こちらは松本)とかちょっと寄ってみてもよかったかなぁ。


で、帰りにも行きと同じくらい時間がかかるということにうすうす気づいてはいたので、もう昼前には帰路に就くことにした。行きは朝8:30に自宅を出て、のんびり5時ごろに高山市街に入ったのだが、帰りは10時ごろに出て15時くらいに帰り着いたんだったかなぁ。

往復625kmだったと思うが、車のデータを調べると「あと50km走れます」という状態だった。ちょうど家の近所で給油ランプが点いたので、帰宅前に給油した。ああ疲れた。

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